「母さん、痛い......助けて!お願い、母さん、お願いだから助けて......」絶望に駆られた私は、電話の向こうで母さんが何か救いの言葉をくれると信じていた。だけど、返ってきたのは冷たい罵倒だった。「桜井笑美!いい加減にしなさい!文彦がもうすぐ解剖実習なの。彼にプレッシャーをかけないでよ!」電話が切れる寸前、母さんの小さな呟きが耳に残る。「まったく、また何か企んでるに決まってるわ......お姉ちゃんは嘘ばっかりつくんだから、ほっとけばいいのよ」その瞬間、電話の無機質な音が私の心を完全に砕いた。犯人は私の髪を掴んで狂ったように笑う。「見ろよ、お前の母さんは全然お前を愛してなんかないんだ。誰もお前なんか助けに来ない。哀れだな」彼の言葉が残酷な現実を突きつける。「お前もお前の母さんも、ほんとにクズだな。その醜い顔、今すぐ切り落として飾ってやるよ!」私は苦しそうに口を開くも、もう声は出ない。生きる力も尽き果てていた。私の肉は、犯人の手によって一片一片切り取られ、血がぽたぽたと床に落ちる。その音が、私の絶望を記録しているかのように感じられた。隣にいる母さんは、私の助けを決して聞くことはない。彼女は今、試験が近い弟に向かって優しく囁いている。「大丈夫よ、リラックスして。きっと上手くいくわ。あの子、本当にもう......大事な時に邪魔して。まったく、どうしてこうも非常識なのかしら」私が死にかけているその瞬間、母さんにはただのノイズでしかなかった。だけど、母さんは知らなかった。不出来な娘の私は、その時すでに凌遅刑で命を落としていたのだ。
私は、桜井笑美。名前には「笑」が入っているけれど、全然笑えない。なぜなら、私は死んでしまったから。隣の家の地下室で。死ぬ前に、生きたまま肉を削がれ、死んだ後は冷たいホルマリンの中で保存されている。誰も私の叫びを聞いてくれなかった。誰も、私の絶望に気づかなかった。一方その頃、弟は法医学の実習が怖くて母に泣きついていた。「お母さん、やっぱり行きたくない......怖いよ」母さんは優しく言い聞かせていた。「怖がらないで。大丈夫よ、実際に解剖はしないんだから」弟は少し口を尖らせながら、渋々うなずく。「ねぇお母さん、姉ちゃんはどこ行ったの?ここ数日、全然帰ってこないよ」母さんは面倒くさそうに答える。「お姉さんなんて、嘘ばっかりついて、またどこかで遊んでるんじゃないの?むしろ死んでくれたほうが楽だわ。あの子ったら、こないだだって......」「もう気にしないで。縁起でもない」その時、電話が鳴り響く。受話器の向こうで、警察が重い口調で話し出す。「桜井さん、現場の状況ですが、被害者は20歳の女性です。生前、凌遅刑で殺されていて、非常に残酷な手口です」母さんは有名な法医学解剖の専門家で、業界で初めての残忍な事件に彼女は挑戦意欲を燃やしていた。「わかりました。すぐに現場に向かいます」準備を整えて弟に声をかける。「さ、文彦。現場に行くだけだから、怖がる必要はないわよ」しかし、現場の住所を聞いた瞬間、母さんの顔色が一変する。その場所は、私が殺された隣家だったのだ。
現場に到着した時、近所の人たちはすでに集まってざわざわしていた。「なんでこんなに残酷なことを......」「聞いた?凌遅刑で殺されたって、逃げられるわけないよね」弟は怖がりながら母さんの後ろにぴったりとくっついていた。母さんは数十年の解剖経験を持っているけど、あたり一面に散らばった肉片を見て、一瞬たじろいだ。「どうしてこんなに肉片が......検査しないと、これが被害者のものかどうかもわからないわね。この人、こんなにバラバラにされて......ひどいな」母さんは冷静さを取り戻し、手袋をはめると声をかけた。「みんな、少し離れて。ホルマリンがアレルギーの原因になるかもしれないから、検査チームが先に環境を清掃するまで待って」現場の清掃、写真撮影、図面の作成、そして肉片の収集と冷凍。母さんは責任感の強い法医学の先生で、一つひとつの作業を的確に進めていく。その後、母さんはホルマリンの中にあった残された遺体を取り出した。頭のない遺体。注意深く見なければ、その体の特徴すらわからないほどだ。ホルマリンに浸されていたせいで、肌は青白く、生気を失っている。「可哀想に......この子、一体どれほど怖かったのかしら」遺体には凌遅刑の跡が残っており、合計で三千三百七十四回も刃を入れられていた。胸と腹は完全に切り開かれ、胃の中には土と唐辛子のかけらが詰め込まれている。四肢はバラバラに切り刻まれ、肉の塊と化していた。それでも、最後の瞬間まで、この子は生き延びようと必死にもがいたのだろう。瀕死の状態でも、足の指を何かに引っ掛けてでも、命をつなぎとめようとしていたんだ。一体どんな残酷な人間が、こんなことをできるのか。身元を証明するものは何もなく、遺体の正体はわからない。「可哀想に......あれだけの刃を受けたなんて。そういう子だったんだろうな。でなきゃこんなに酷い目には遭わないさ」
弟はまだ解剖実習に入ったばかりで、こんな現場を見たのは初めてだ。彼は胃の中で何かがひっくり返るのを感じ、耐えきれずに吐き出した。「うぅ......うぇぇっ!」誰も彼を責めることはできない。遺体のあまりの酷さに、私自身も驚きを隠せなかったからだ。そして、誰もこのバラバラの遺体が私だとは気づかない。遺体安置所には、真っ白な骨とバラバラに散らばった髪の毛があって、それだけでも十分に恐ろしい光景だった。若い警官たちも、長く直視することができず、すぐに目を逸らす。だが、これはまだ始まりに過ぎない。頭も四肢も臓器もない。残っているのは、破れた皮膚と肉片だけ。凌遅刑によって殺された私は、こうしてまるで泥のように無造作に転がっていた。母さんは照明の下で、辛抱強く遺体の縫合を進めていく。欠けた身体を、一つひとつ丁寧に縫い合わせていき、ようやく人間の形が見えてきた。近くにいた警官たちが感心したように言う。「さすが桜井さんだ......度胸が違う」その一方で、弟はすでに吐くものもなくなり、空っぽの胃袋から酸っぱい液体を吐き続けていた。突然、母さんが眉をひそめて、何かに気づいた。「これは......」小さな腕に沿って伸びる蛇のような茶色いあざ。それが手首から指先まで続いていた。母さんはそのあざをよく知っている。それは私にあるものと同じだった。なぜか、母さんは胸騒ぎを覚えた。彼女は手袋を脱ぎ、深く息を吐いて気持ちを落ち着かせようとした。「まさか......そんなはずはない」世の中にこんな偶然があるわけがないと、母さんは自分に言い聞かせる。だが、残念なことに、今もなお遺体の頭部は見つかっていなかった。「犯人の手口から見て、これは複数回にわたる犯行だと思われます。精神的に病んだ、猟奇心を持つ男でしょう」「他にもまだ、被害者がいるんじゃないか?」警官たちが推測する。「いえ、このケースは特例です。他に発見されたものはありません」「最終的にはDNA鑑定に頼るしかないですね、身元の確認には」警察は、母さんと弟に「気をつけてください」と注意を促す。なんといっても、恐ろしい殺人現場は、隣の家だったのだから。
私はずっと、母さんと弟のそばを漂っていた。すると、突然母さんの携帯に学校の先生から電話がかかってきた。「もしもし、桜井笑美さんの保護者の方ですか?笑美さんの携帯が繋がらず、寮にも戻っていないようです。もう3日間も学校に来ていません」母さんはさして気にせず、適当に応対して電話を切った。「心配いらないわ。どうせまた、どこかで遊び歩いてるんでしょ!」そう、心配なんていらない。だって、もう私は二度と心配させることなんてできないから。母さんは、昔から私のことが嫌いだった。私なんて、母さんが結婚を繋ぎ止めるための道具でしかなかった。だから、母さんが少しでも機嫌が悪い時には、私は殴られたり、罵られたりする対象になっていたんだ。弟が生まれるまでは。弟が生まれると、すべてが変わった。10歳の弟は母さんに溺愛されて、まるで宝物のように扱われていた。弟がほんの少しでも怪我をすると、母さんは昼夜問わず、弟のそばに付き添って丁寧に看病していた。それに比べて、14歳の私はと言えば、学校とバイトを両立し、さらに弟のために稼いだお金で、彼の習い事まで支払わされていた。私のお金は、いつの間にか弟のために使われるのが当たり前になっていたんだ。それでも、母さんは私のことを「遊び歩いている」と決めつけて、いつもこう言っていた。「死んでしまえばいいのに」今となっては、母さんの願い通り、私は本当に死んでしまったけどね。この家では、無視されるのが日常で、いじめられるのが普通のことだった。私が14歳の時、41度の高熱を出した。ベッドに横たわり、辛くて震えながら、母さんに頼んだ。「母さん、苦しい......病院に連れて行ってくれない?」でも、母さんは私をちらりと一瞥して、冷たく言い放った。「仮病使って学校に行かないつもり?絶対ダメよ!」私が熱で幻覚や幻聴に襲われていた時でさえ、母さんは一言も私を気遣ってくれなかった。最終的には、私は壊れた人形のように無理やり母さんに学校へ引きずられていった。その夜、私は熱で頭がぐらぐらして、死にそうなほどの痛みを感じていた。結局、私を見かねた先生が救急車を呼んでくれて、ようやく助かった。それ以来、私は気づいたんだ。母さんは、私のことなんて愛していないって。
歳を重ねるごとに、弟の横暴はエスカレートしていった。母さんからの溺愛が、彼を同年代の子よりも早く、そして残酷に大人にしてしまったのだ。まさか、私を学校でいじめる加害者が、血の繋がった弟だなんて、想像もしていなかった。弟は私の入浴シーンを盗撮し、その全裸の写真を、学校中にばらまいた。私の、最もプライベートな部分が、無防備に晒された。その写真が、まるで戦利品のように、生徒や教師たちの手に渡っていくのを、私はただ見ていることしかできなかった。学校中が、私を嘲笑うささやきで満ちていた。「ねえ、見た?あの写真」「あんな小さいのに、もう......結構、すごいね」「真面目でおとなしい子だと思ってたのに、実は......そうだったんだ」誰もが私を、汚れたゴミを見るような嫌悪の目で見てくる。その視線は、まるで刃物のように、私の心を切り刻んでいった。ある日、弟とその手下どもに校舎の隅に追い詰められた。髪を掴まれ、殴られ、蹴飛ばされる。傍観する生徒たちは、まるで幽霊のように消え失せ、誰も助けの手を差し伸べようとはしなかった。彼らの、冷たく、無関心な視線は、泥のように踏みにじられる私を、ただ眺めているだけだった。いじめは、ゼロ回か、無限回かのどちらかだ。母さんに、その事が伝わった。怒りに満ちた母が学校に駆けつけてきた。私は、母が真実を明らかにし、事態を解決してくれる、せめて慰めてくれると信じていた。だが、母さんは何もしてくれなかった。すべての責任を、私へと押しつけたのだ。母さんは、私の耳を掴み、髪を引っ張り、校舎から校門まで、人々の視線の中、私を引きずり回した。「あんたったら、一体何を考えているの!こんな小さい頃から、だらしない!誰に媚びを売ろうとしてるの!勉強もせず、いつもそんな恰好して!あんたみたいな子供を産んでしまった私が悪いのか!」耳鳴りがして、頭がクラクラした。弟の、得意げな嘲笑が、耳元でこだまする。母さんの言葉は、矢のように、私の心を突き刺した。母さんは、弟の悪意を知っていながら、見て見ぬふりをした。家族からの裏切り、その痛みは、いじめよりもはるかに深く、私の心を凍らせた。その時、私は初めて、絶望という名の奈落の底を味わったのだ。愛されていないわけではない。ただ、母さんの愛は、常に
母さんは有名な法医学の専門家で、その世界では「桜井一刀流」として知られていた。多くの人が、彼女に解剖の指導を依頼し、さらにはいくつかの地方の機関から顧問としても招かれていた。その名声に弟も加わるべく、母さんは彼の未来をしっかりと計画していた。母さんの威圧感に抗えず、弟は嫌々ながらもその道を選ぶことになった。母さんの手引きで、弟は無事に大学の法医学部に進学した。母さんは、弟が優秀な法医学者となり、自分の後を継ぐことを当然のように期待していた。ちょうど良いタイミングで、母さんが所属する研究所が見習い法医を募集していたので、母さんは迷わず弟を推薦した。弟は実習生の中でも評判が良く、研究所の上層部も彼が母さんの宝物であることを知っていた。研究所には母さんを崇拝する人も多く、そのため弟も自然とちやほやされていた。「お母さん、最近お金が必要なことが多いんだよ。これからお姉ちゃんにもっとお金を送らせてよ。この前、友達と遊ぶ時にお金がなくてさ、あいつわざと送ってくれなかったんだ。マジでイライラする!」弟は不満げな顔で文句を言う。私はその様子を見ながら、もう心が完全に麻痺していた。目の前の母子が、ただただ刺々しく感じる。幼い頃から、私は終わりのないATMのように扱われていた。大学に入ってからも、奨学金や助成金はすべて母さんと弟に吸い取られた。夏休みにアルバイトをしてようやく貯めた学費も、すぐに弟に要求される始末。「いいからさっさとお金を渡せ。無駄に話を長くするな。金を渡さないと、お前の学校に行って、みんなにバラしてやるからな!」弟はパラサイトのように、私のすべてを奪い取ることに慣れ切っていた。「姉なんだから、弟に譲ってやればいいじゃない!文彦は将来、一家の主になるんだから。今のうちからお金の管理を覚えさせないと」母さんは幼い頃から、弟に「奪うこと」だけを教え、「与えること」を教えることは一度もなかった。私なんて、ただの道具。弟の要求を満たすための存在にすぎなかった。弟は自分の未来に無限の期待を抱いているけれど、残念なことに、彼は法医に向いている人間ではなかった。
弟は研究所での実習は学校よりも楽だと思っていた。けれど、現実は彼に容赦なく牙を剥いた。次の日、研究所に高度に腐敗した遺体が送られてきて、実習生たちはその遺体で検視を行うことになった。「うっ......」遺体安置所に入った途端、弟はすでに吐き気をこらえきれず、ずっとえずいていた。彼が目を向けた先には、腐敗した女性の遺体がベッドの上に横たわっていた。その遺体は膨れ上がり、無数のウジ虫が体を這い回っていた。「もう無理だ、臭すぎる!お前らでやれよ!」弟は床に這いつくばり、大きく口を開けて吐き続けた。「こんな奴が法医なんて無理だろ。さっさと転科でもすれば?」他の実習生が嘲笑を浮かべながら言った。「今じゃ、どこの猫も杓子も法医になれるんだな!」母さんに守られ、ちやほやされて育った弟にとって、こんな屈辱は初めてだった。それでも意地を張り、何とか遺体安置所に残ろうとしたけれど、その後も次々と腐敗した遺体に直面し、弟は何度も何度も嘔吐を繰り返した。「うわぁ......なんでこんなに気持ち悪いんだよ!」それ以来、弟は実習生の間で嘲笑され、見下されるようになった。その日の午後には、弟が行った抜き打ち試験で0点を取ったことが、研究所中で話題になっていた。弟はそれに耐えきれず、母さんに泣きついた。「お母さん、こんな仕事、もう一日も耐えられないよ!これ以上やらされたら、マジで頭おかしくなっちゃうよ!」私はその様子を見て、軽く笑った。法医なんて、誰にでもできるものじゃないんだから。
誰もが、自分の過ちに対して責任を取らなければならない。弟もまた、自らの行為に代償を払うべきだった。母さんは、刑務所で狂ったように妄想を繰り返していた。「もし笑美が生き延びていたなら、私は自分の残りの人生を捧げて、彼女を幸せにするのに......」だけど、「もし」は存在しない。今さら私に優しくしたところで、何の意味もない。私が欲しかったのは、曲がった愛情や、過剰な所有欲に満ちた愛じゃない。それに、子どもを甘やかして、破滅へと導く愛でもない。正しいことを教えてくれる、真の愛が欲しかった。だけど、母さんはそのどれも私に与えてくれなかった。そして、私の魂は風と共に消え去っていく。この世で親子として過ごした私たちの縁は、これで終わりだ。もし次の人生があるのなら、二度と出会うことはないように。
やがて、安仁は息絶え、地面に倒れた。その場で、彼の死が確認された。こんな風に死ぬなんて、かえって楽にしてやったようなものだ。母さんはその場で逮捕された。法廷内での殺人は、社会に与える影響が甚大だった。彼女は殺人罪で有罪となり、刑務所へ送られた。一度は名声を大切にしていた彼女が、これからどうやって生きていくのか、想像もできない。警察車両に押し込まれる時、母さんは泣きながらも笑っていた。「笑美、母さん、やったよ......母さんは、あなたを無駄に死なせなかった。仇を取ってあげたんだよ」彼女の狂気じみた言葉は、どこか哀れだった。でも、哀れな人は世の中にたくさんいる。誰もが少しの同情を受けられる。でも、母さんだけは違う。彼女は刑務所で、ゆっくりと反省すればいい。その後、弟もついに精神病院に送られた。そこでは誰も彼に優しく接することもなく、誰も彼を気にかけることもなかった。むしろ彼は他の患者たちにいじめられ、殴られ、罵られた。時にはトイレに頭を押し込まれ、「水」を飲まされることさえあった。彼の生活は地獄そのものだった。しかし、それでも彼らが私に与えた傷と比べれば、まだ足りないくらいだ。やがて、耐えきれなくなった彼は、ついに発狂し、暴力を振るい始めた。その結果、故意に傷害を与えた罪で、鉄のベッドに鎖で繋がれることになった。他の患者たちは彼に熱湯を浴びせ、彼の体を焼き尽くした。彼は逃げようとしたが、鎖に繋がれていて身動きが取れなかった。彼が罵倒するたびに、熱湯が何度も彼に浴びせられた。力が尽き果て、動けなくなるまで彼は苦しみ続け、顔には火傷の跡が残った。その痛みを感じながら、彼は自分の過ちに気づき、周囲に許しを乞うた。だが、すでに遅すぎた。彼は熱湯で顔を焼かれ、形を失った。耐えきれなくなった彼は、精神病院の10階から飛び降りて命を絶った。だけど、これらはもう私には関係のないことだった。
その後、母さんは毎日狂ったように独り言を繰り返すようになった。私が幼い頃の話を空中に向かって語り、そして謝罪を口にする。「笑美は5歳の時に、初めて母さんにご飯を作ってくれたんだよね。あの時は、私まだ笑美に腹を立てていたけど、今思えば、あれが一番おいしいご飯だったわ。笑美の担任も、何度も私のところに来てくれた。笑美はいつもクラスのリーダーで、毎年優秀生徒に選ばれていたって。もし笑美が生きていたら、きっと私たち家族は幸せに暮らしていたのに......」以前はこんなこと、全く気にも留めなかったはずなのに。今さら大事に思うなんて、遅すぎるよね。葬式が終わると、警察は全ての証拠を検察に提出した。そして、江川安仁の裁判が開かれることになり、二日後には判決が言い渡される。事件の詳細が少しずつネットに広がり、凌遅刑の恐怖が知られるようになった。この事件を知った人々は、みんな激怒していた。誰もが、「桜井笑美」という少女が、悪魔に引き裂かれたことを知ったのだ。安仁は、間違いなく死刑に値する。ついに裁判の日がやってきた。法廷には、裁判官や検察官、そして他の被害者たちの家族も出席していた。最終的に安仁は死刑判決を受け、執行は4日後に決定した。しかし、彼はそれに納得せず、その場で不服を唱え、挑発的に母さんを睨んだ。「お前を殺してやる!このクズ野郎!地獄へ堕ちろ!」母さんは怒りに燃え、どこからかナイフを手に取り、安仁に向かって突進した。その一刺し一刺しは、全て本気だった。彼女は安仁の血が自分に飛び散るのも気にせず、ただ彼に死を与えようとしていた。しかし、一人の命を奪ったところで、別の命が戻ることは決してない。「うわああ、殺人だ!」法廷内はパニックに陥り、他の人々は恐怖で叫びながら逃げ惑った。裁判の進行は当然中断され、法廷は混乱の渦に巻き込まれた。人が狂気に走れば、何もかもがどうでもよくなるのだ。
母さんは感情が高ぶりすぎて、その場で気絶してしまった。再び目を覚ました時、彼女はすでに二日後のことだった。その時、母さんの顔はやつれており、まるで魂が抜けたかのような姿だった。私の葬式では、母さん一人が孤独に冥銭を燃やしていた。彼女は墓碑の前に跪き、私のモノクロ写真を見つめながら、ぼんやりと笑っていた。小雨がぱらぱらと降り始め、その後はまるで滝のような豪雨になった。「笑美は雷が大嫌いだった......こんな日は、きっと眠れないわよね。笑美、あなたはきっと恨んでいるのよね。でも、母さんは本当に後悔しているの。だから、お願いだから戻ってきて。あなたがいないと、母さんはもう生きていけない......」母さんの言葉が耳に響くが、私の心には届かない。生きている間、私はずっと弟よりも低い存在だった。母さんはいつも弟を優先していたくせに、今さら後悔だなんて。何のために?今さら後悔したところで、私はもう死んでいるのに。「桜井さん、もう日が暮れてきました。そろそろお帰りになってはどうですか?」一人の親切な警官が母さんに声をかけ、優しく支えようとした。しかし、母さんはその手を払いのけて言った。「私の子供はここに埋まっているのに、どうして帰れって言うの?」そう言って、母さんはそのまま地面に倒れ込んでしまった。次に目を覚ました時、母さんは病院のベッドに横たわっていた。「笑美を......笑美を探さなきゃ......」母さんはベッドの上で泣き叫びながら、無理にでも起き上がろうとしていた。その姿はあまりに哀れで、周りの人が見れば、誰もが同情するようなものだった。だけど、今の私には何も感じない。もし次の人生があるなら、絶対に母さんの娘にはなりたくない。
地下室に足を踏み入れた瞬間、強烈な血の臭いが鼻をついた。なんと、安仁の家の地下には、干からびた遺体がいくつも転がっていた。目に入るのは、彼がネットで騙して誘い出したり、直接拉致してきた女性たちの無残な姿ばかりだった。彼は決して悪事を止めていなかったのだ。さらに驚いたのは、家の中にたくさんの母さんの若い頃の写真が貼られていたことだ。安仁は狂信的に信じ込んでいた。私さえ消えてしまえば、母さんは最後に彼と一緒になると。だから、私を誘拐して殺したのも、母さんに似ているからだった。さらに恐ろしいことに、彼は私を凌遅刑にした映像を何ギガものデータとして保存していた。安仁は、その動画を何度も再生しながら、私が血を流していく様子を楽しんでいたのだ。警察は安仁の書いた日記をめくり、その内容に顔をしかめた。読むたびに、警官の表情はますます険しくなり、眉をひそめたまま日記を閉じた。「こいつ、本当に人間じゃねぇ......」「こんな残酷な奴は、何度でも殺されるべきだ」私はふわりと近づき、その日記の内容を覗き込んだ。そこには、私を凌遅刑にかけた詳細な記録がびっしりと書かれていた。「顔に百回以上切り刻んで、彼女が最後の一滴の血を流すまで死なせるつもりだ。終わった後、彼女をホルマリン漬けにして芸術作品にする。ハハ、考えるだけで興奮するな」母さんはその日記を見た途端、完全に崩壊し、絶叫を上げた。「笑美......私の笑美......!ごめんね、あの日あなたを放っておいたことが間違いだったのよ。お願い、私が土下座するから、戻ってきて!」母さんは地面にひざまずき、必死に祈るように泣き続けた。その姿を見ても、私は心が動くことはなかった。安仁の罪は明らかだが、母さんの偏愛が私の死を加速させたことも事実だった。この不公平な人生、最初から悲劇だったんだ。
警察の調査により、この男―江川安仁は、ずっと母さんに恋心を抱いていたことが判明した。彼は大学時代、母さんの同級生だった。過去にしつこく母さんに言い寄っていたものの、醜く、狭量な彼のような男に母さんが興味を持つことはなかった。その後、母さんは父と結婚し、安仁はずっとそのことを恨んでいたのだ。彼はその恨みすべてを私に向け、残酷な行動に出た。「ハハハハ――!」安仁は警察に手錠をかけられながら、狂ったように笑い続けていた。「もしやり直せるなら、もっと徹底的にやるさ!あのクソガキども全員の首を切り落としてやる!俺はお前が好きだった。だからお前の子供を殺したんだ。これで俺たちは一緒になれるだろ?」母さんは怒りを抑えきれず、安仁に拳を何度も浴びせた。彼の顔は血まみれになり、最後には地面に蹴り倒された。「ふざけるな!このクズ野郎が!お前なんか、人間のクズだ!どうしてそんな残酷なことができるのよ!」安仁は意図的に母さんを挑発し、さらにその怒りを引き出そうとしていた。「あいつは死ぬ前、お前に助けを求めていたぞハハハ!だけどお前は、あいつのことなんてどうでもよかったんだ!」母さんは激しく叫び、安仁の首を絞め始めた。「嘘だ!そんなこと、信じられるわけがない!私の娘を返して!お前が彼女と一緒に死ぬべきなんだ!」安仁は息が詰まり、苦しそうに呻いた。母さんは完全に理性を失い、彼よりも狂ったように見えた。安仁が今にも息絶えそうになったその時、傍観していた警官たちが慌てて二人を引き離した。「もう十分だ!これ以上は危険だ!」母さんは目を真っ赤にして、拳を握りしめながら引きずられていった。もし警官が止めなかったら、母さんはそのまま安仁を引き裂いていたかもしれない。その後、私の魂は警察と共に安仁の家に向かった。
男たちは満足そうに笑いながら、意識を失った弟を荒れ果てた野外に放り出した。驚いたことに、私の頭も同じく野外で発見された。それを見つけたのは、ゴミを拾って生計を立てている年老いた男だった。土の中から半分だけ顔を出した私の頭。それは、顔の皮膚が剥ぎ取られ、薄赤い肉だけが残っていた。口元は不気味に裂け、白い歯がむき出しになっていた。目玉が飛び出し、その姿は恐ろしいものだった。佐藤が母さんを連れて現場に到着した時、私の頭からは強烈な腐敗臭が漂っていた。その瞬間、母さんは「うわっ」と叫び、地面に崩れ落ちた。「全部、母さんのせいだ......母さんが悪かったのよ......お願い、どうか戻ってきて。母さんが何でもしてあげるから......」母さんは悔しさと苦しみに打ちひしがれ、まるで私が本当に大切な存在であったかのように見えた。だが、私の頭が見つかってからそう時間も経たないうちに、近くで裸のまま意識を失った弟が発見された。彼の脚の間は血まみれで、見るも無惨な姿だった。その夜、彼が体験したことはあまりにも恐ろしく、さらに彼の大事なところもそのまま切り取られていたのだ。「触るな!離れろ!」弟は目を覚ますと、叫び声を上げた。そう、あの日を境に弟は完全に狂ってしまったのだ。彼は誰とも話すことはなくなり、まるで原始人のように振る舞うようになった。母さんは、ありとあらゆる看護師を雇ったが、誰も彼の世話をすることができなかった。心理治療の専門家もやってきたが、ただ首を振るばかりだった。「患者の心の傷はあまりにも深すぎる。このまま一生、狂ったままでしょう」それ以来、弟は常に叫んだり、暴れたりするようになった。「うわあああああ――!」今日もまた弟は暴れ出し、母さんの髪を掴んで殴り始めた。「このクソガキ!なんでお前にこんなことまでしてやらなきゃならないんだ!なんで私がこんな奴を産んだんだろう......」母さんは弟を何度も平手打ちし、最後には蹴り倒した。その顔には不満とともに、明らかに軽蔑が浮かんでいた。母さんは、これ以上彼を育てるわけにはいかないことを悟った。さもなければ、彼に殺される日が来るだろうと感じたのだ。そして、私を殺した男は、警察によってあっさりと逮捕された。なぜ
暗い廊下を、弟は独り歩いていた。彼はイライラしながら悪態をつき続けていた。「なんだよ、死んだら死んだで終わりにしろよ。お母さんまで頭おかしくなっちまって、最悪だ!自分が無能なだけだろ。死んで当然だよな」歩いていると、背中に視線を感じた。しかし、振り返っても誰もいない。彼は思わず寒気を感じ、足を速めた。その時、突然天井から大きな網が降ってきて、弟はしっかりと捕らえられてしまった。「うわっ!」彼の叫び声が夜空に響く。暗闇の中から、いくつもの手が伸びて彼を押さえつけ、その口を布で塞いだ。「動くな、下手に動けば、すぐに殺すぞ」月明かりの下、弟はようやく周囲の状況を確認した。いかつい男たちが彼の口に布を押し込み、しっかりと縛り上げていた。「なんだ、この白い肌。男のくせに、こんなに尻がキュッと上がってるなんて、そりゃ歩いてるだけで狙われるわな」彼らは唇を舐め、弟の顔を興味津々に眺めた。その時、曲がり角から声が聞こえてきた。杖をついた近視の老人が近づいてきた。「何を騒いでるんだ、こんな夜中に......命が惜しくないのか?おいおい、これは虎か?こんな大きな網を使って、まだ生きてるのか!兄ちゃん、お前らも勇気があるな。夜中に虎を捕まえて、食われたりしないのか?」「いやいや、この虎はおとなしいもんさ」男たちは大笑いした。「お爺さん、さっさと帰れよ。この虎がお前を傷つけたら、大変だぞ」弟は必死に「んんんっ」と叫び、恐怖で目を見開いた。「うわああ――!」先ほどよりもさらに大きな叫び声が夜を裂いた。男たちは、持っていた器具を使って弟を蹂躙した。彼がいくらもがいても、無駄だった。どれだけ叫ぼうが、助けなんて来ない。なぜなら、その時、母さんはまだ遺体安置所で泣きながら懺悔をしていて、家に帰る気などなかったからだ。
彼らの様子を見て、佐藤も辛そうな表情を浮かべていた。誰も、被害者が同僚の娘だとは思ってもみなかった。佐藤が何度も母さんと弟をなだめて、ようやく二人の争いは落ち着いた。そして、佐藤は母さんに尋ねた。「笑美さんが事件に遭った日、何か特別な異常はありましたか?」その言葉を聞いた瞬間、母さんの頭にあの日のことがよぎり、ゾッとした。そう、あの時の私の電話は本物だったのだ。「母さん、痛い......助けて!」私は死にかけながら、母さんに必死で電話をかけた。もし、あの時少しでも私を気にかけてくれたなら、私はまだ生きていたかもしれない。だけど、皮肉なことに、母さんは私を罵り続けた。「くだらない子!またスマホで変なことしてるのね!まったく、また何か企んでるに決まってるわ。お姉ちゃんは嘘ばっかりつくんだから、ほっとけばいいのよ」母さんは壁にもたれ、顔を両手で覆いながら泣き崩れた。「笑美......母さん、いったい何をしてしまったの......どうしてこんなことに......」私はその光景を上から見下ろしながら、呆れて笑いたくなった。生きている時には、私を見向きもしなかったくせに。死んでからは、こうして涙を流す。なんて滑稽なことだろう。佐藤は、母さんの情緒不安定な様子を見て、それ以上の質問を控えた。弟は悪態をつきながら、そのまま一人で帰っていった。彼はこの出来事をまったく気にしていなかった。母さんがただ狂っているだけだと思っていたのだ。残された母さんは、遺体安置所で一人謝り続けた。「笑美、ごめんなさい......母さん、本当に知らなかったのよ......」彼女は嗚咽を漏らし、涙で顔をくしゃくしゃにしていた。声は震え、まともに話すこともできないほどだ。私は、その姿を見ながら皮肉な笑みを浮かべた。ああ、もし私が声を出せるなら、こんな虚偽に満ちた母さんの顔を叩きたい。そして、私が受けてきた数々の屈辱を語りたかった。彼女は私を生んだだけで、育てた覚えなんて一切ない。与えられたのは、苦しみと傷だけだった。でも、まさか彼らがこんな形で報いを受けるとは思ってもみなかった。