誰もが、自分の過ちに対して責任を取らなければならない。弟もまた、自らの行為に代償を払うべきだった。母さんは、刑務所で狂ったように妄想を繰り返していた。「もし笑美が生き延びていたなら、私は自分の残りの人生を捧げて、彼女を幸せにするのに......」だけど、「もし」は存在しない。今さら私に優しくしたところで、何の意味もない。私が欲しかったのは、曲がった愛情や、過剰な所有欲に満ちた愛じゃない。それに、子どもを甘やかして、破滅へと導く愛でもない。正しいことを教えてくれる、真の愛が欲しかった。だけど、母さんはそのどれも私に与えてくれなかった。そして、私の魂は風と共に消え去っていく。この世で親子として過ごした私たちの縁は、これで終わりだ。もし次の人生があるのなら、二度と出会うことはないように。
「母さん、痛い......助けて!お願い、母さん、お願いだから助けて......」絶望に駆られた私は、電話の向こうで母さんが何か救いの言葉をくれると信じていた。だけど、返ってきたのは冷たい罵倒だった。「桜井笑美!いい加減にしなさい!文彦がもうすぐ解剖実習なの。彼にプレッシャーをかけないでよ!」電話が切れる寸前、母さんの小さな呟きが耳に残る。「まったく、また何か企んでるに決まってるわ......お姉ちゃんは嘘ばっかりつくんだから、ほっとけばいいのよ」その瞬間、電話の無機質な音が私の心を完全に砕いた。犯人は私の髪を掴んで狂ったように笑う。「見ろよ、お前の母さんは全然お前を愛してなんかないんだ。誰もお前なんか助けに来ない。哀れだな」彼の言葉が残酷な現実を突きつける。「お前もお前の母さんも、ほんとにクズだな。その醜い顔、今すぐ切り落として飾ってやるよ!」私は苦しそうに口を開くも、もう声は出ない。生きる力も尽き果てていた。私の肉は、犯人の手によって一片一片切り取られ、血がぽたぽたと床に落ちる。その音が、私の絶望を記録しているかのように感じられた。隣にいる母さんは、私の助けを決して聞くことはない。彼女は今、試験が近い弟に向かって優しく囁いている。「大丈夫よ、リラックスして。きっと上手くいくわ。あの子、本当にもう......大事な時に邪魔して。まったく、どうしてこうも非常識なのかしら」私が死にかけているその瞬間、母さんにはただのノイズでしかなかった。だけど、母さんは知らなかった。不出来な娘の私は、その時すでに凌遅刑で命を落としていたのだ。
私は、桜井笑美。名前には「笑」が入っているけれど、全然笑えない。なぜなら、私は死んでしまったから。隣の家の地下室で。死ぬ前に、生きたまま肉を削がれ、死んだ後は冷たいホルマリンの中で保存されている。誰も私の叫びを聞いてくれなかった。誰も、私の絶望に気づかなかった。一方その頃、弟は法医学の実習が怖くて母に泣きついていた。「お母さん、やっぱり行きたくない......怖いよ」母さんは優しく言い聞かせていた。「怖がらないで。大丈夫よ、実際に解剖はしないんだから」弟は少し口を尖らせながら、渋々うなずく。「ねぇお母さん、姉ちゃんはどこ行ったの?ここ数日、全然帰ってこないよ」母さんは面倒くさそうに答える。「お姉さんなんて、嘘ばっかりついて、またどこかで遊んでるんじゃないの?むしろ死んでくれたほうが楽だわ。あの子ったら、こないだだって......」「もう気にしないで。縁起でもない」その時、電話が鳴り響く。受話器の向こうで、警察が重い口調で話し出す。「桜井さん、現場の状況ですが、被害者は20歳の女性です。生前、凌遅刑で殺されていて、非常に残酷な手口です」母さんは有名な法医学解剖の専門家で、業界で初めての残忍な事件に彼女は挑戦意欲を燃やしていた。「わかりました。すぐに現場に向かいます」準備を整えて弟に声をかける。「さ、文彦。現場に行くだけだから、怖がる必要はないわよ」しかし、現場の住所を聞いた瞬間、母さんの顔色が一変する。その場所は、私が殺された隣家だったのだ。
現場に到着した時、近所の人たちはすでに集まってざわざわしていた。「なんでこんなに残酷なことを......」「聞いた?凌遅刑で殺されたって、逃げられるわけないよね」弟は怖がりながら母さんの後ろにぴったりとくっついていた。母さんは数十年の解剖経験を持っているけど、あたり一面に散らばった肉片を見て、一瞬たじろいだ。「どうしてこんなに肉片が......検査しないと、これが被害者のものかどうかもわからないわね。この人、こんなにバラバラにされて......ひどいな」母さんは冷静さを取り戻し、手袋をはめると声をかけた。「みんな、少し離れて。ホルマリンがアレルギーの原因になるかもしれないから、検査チームが先に環境を清掃するまで待って」現場の清掃、写真撮影、図面の作成、そして肉片の収集と冷凍。母さんは責任感の強い法医学の先生で、一つひとつの作業を的確に進めていく。その後、母さんはホルマリンの中にあった残された遺体を取り出した。頭のない遺体。注意深く見なければ、その体の特徴すらわからないほどだ。ホルマリンに浸されていたせいで、肌は青白く、生気を失っている。「可哀想に......この子、一体どれほど怖かったのかしら」遺体には凌遅刑の跡が残っており、合計で三千三百七十四回も刃を入れられていた。胸と腹は完全に切り開かれ、胃の中には土と唐辛子のかけらが詰め込まれている。四肢はバラバラに切り刻まれ、肉の塊と化していた。それでも、最後の瞬間まで、この子は生き延びようと必死にもがいたのだろう。瀕死の状態でも、足の指を何かに引っ掛けてでも、命をつなぎとめようとしていたんだ。一体どんな残酷な人間が、こんなことをできるのか。身元を証明するものは何もなく、遺体の正体はわからない。「可哀想に......あれだけの刃を受けたなんて。そういう子だったんだろうな。でなきゃこんなに酷い目には遭わないさ」
弟はまだ解剖実習に入ったばかりで、こんな現場を見たのは初めてだ。彼は胃の中で何かがひっくり返るのを感じ、耐えきれずに吐き出した。「うぅ......うぇぇっ!」誰も彼を責めることはできない。遺体のあまりの酷さに、私自身も驚きを隠せなかったからだ。そして、誰もこのバラバラの遺体が私だとは気づかない。遺体安置所には、真っ白な骨とバラバラに散らばった髪の毛があって、それだけでも十分に恐ろしい光景だった。若い警官たちも、長く直視することができず、すぐに目を逸らす。だが、これはまだ始まりに過ぎない。頭も四肢も臓器もない。残っているのは、破れた皮膚と肉片だけ。凌遅刑によって殺された私は、こうしてまるで泥のように無造作に転がっていた。母さんは照明の下で、辛抱強く遺体の縫合を進めていく。欠けた身体を、一つひとつ丁寧に縫い合わせていき、ようやく人間の形が見えてきた。近くにいた警官たちが感心したように言う。「さすが桜井さんだ......度胸が違う」その一方で、弟はすでに吐くものもなくなり、空っぽの胃袋から酸っぱい液体を吐き続けていた。突然、母さんが眉をひそめて、何かに気づいた。「これは......」小さな腕に沿って伸びる蛇のような茶色いあざ。それが手首から指先まで続いていた。母さんはそのあざをよく知っている。それは私にあるものと同じだった。なぜか、母さんは胸騒ぎを覚えた。彼女は手袋を脱ぎ、深く息を吐いて気持ちを落ち着かせようとした。「まさか......そんなはずはない」世の中にこんな偶然があるわけがないと、母さんは自分に言い聞かせる。だが、残念なことに、今もなお遺体の頭部は見つかっていなかった。「犯人の手口から見て、これは複数回にわたる犯行だと思われます。精神的に病んだ、猟奇心を持つ男でしょう」「他にもまだ、被害者がいるんじゃないか?」警官たちが推測する。「いえ、このケースは特例です。他に発見されたものはありません」「最終的にはDNA鑑定に頼るしかないですね、身元の確認には」警察は、母さんと弟に「気をつけてください」と注意を促す。なんといっても、恐ろしい殺人現場は、隣の家だったのだから。
私はずっと、母さんと弟のそばを漂っていた。すると、突然母さんの携帯に学校の先生から電話がかかってきた。「もしもし、桜井笑美さんの保護者の方ですか?笑美さんの携帯が繋がらず、寮にも戻っていないようです。もう3日間も学校に来ていません」母さんはさして気にせず、適当に応対して電話を切った。「心配いらないわ。どうせまた、どこかで遊び歩いてるんでしょ!」そう、心配なんていらない。だって、もう私は二度と心配させることなんてできないから。母さんは、昔から私のことが嫌いだった。私なんて、母さんが結婚を繋ぎ止めるための道具でしかなかった。だから、母さんが少しでも機嫌が悪い時には、私は殴られたり、罵られたりする対象になっていたんだ。弟が生まれるまでは。弟が生まれると、すべてが変わった。10歳の弟は母さんに溺愛されて、まるで宝物のように扱われていた。弟がほんの少しでも怪我をすると、母さんは昼夜問わず、弟のそばに付き添って丁寧に看病していた。それに比べて、14歳の私はと言えば、学校とバイトを両立し、さらに弟のために稼いだお金で、彼の習い事まで支払わされていた。私のお金は、いつの間にか弟のために使われるのが当たり前になっていたんだ。それでも、母さんは私のことを「遊び歩いている」と決めつけて、いつもこう言っていた。「死んでしまえばいいのに」今となっては、母さんの願い通り、私は本当に死んでしまったけどね。この家では、無視されるのが日常で、いじめられるのが普通のことだった。私が14歳の時、41度の高熱を出した。ベッドに横たわり、辛くて震えながら、母さんに頼んだ。「母さん、苦しい......病院に連れて行ってくれない?」でも、母さんは私をちらりと一瞥して、冷たく言い放った。「仮病使って学校に行かないつもり?絶対ダメよ!」私が熱で幻覚や幻聴に襲われていた時でさえ、母さんは一言も私を気遣ってくれなかった。最終的には、私は壊れた人形のように無理やり母さんに学校へ引きずられていった。その夜、私は熱で頭がぐらぐらして、死にそうなほどの痛みを感じていた。結局、私を見かねた先生が救急車を呼んでくれて、ようやく助かった。それ以来、私は気づいたんだ。母さんは、私のことなんて愛していないって。
歳を重ねるごとに、弟の横暴はエスカレートしていった。母さんからの溺愛が、彼を同年代の子よりも早く、そして残酷に大人にしてしまったのだ。まさか、私を学校でいじめる加害者が、血の繋がった弟だなんて、想像もしていなかった。弟は私の入浴シーンを盗撮し、その全裸の写真を、学校中にばらまいた。私の、最もプライベートな部分が、無防備に晒された。その写真が、まるで戦利品のように、生徒や教師たちの手に渡っていくのを、私はただ見ていることしかできなかった。学校中が、私を嘲笑うささやきで満ちていた。「ねえ、見た?あの写真」「あんな小さいのに、もう......結構、すごいね」「真面目でおとなしい子だと思ってたのに、実は......そうだったんだ」誰もが私を、汚れたゴミを見るような嫌悪の目で見てくる。その視線は、まるで刃物のように、私の心を切り刻んでいった。ある日、弟とその手下どもに校舎の隅に追い詰められた。髪を掴まれ、殴られ、蹴飛ばされる。傍観する生徒たちは、まるで幽霊のように消え失せ、誰も助けの手を差し伸べようとはしなかった。彼らの、冷たく、無関心な視線は、泥のように踏みにじられる私を、ただ眺めているだけだった。いじめは、ゼロ回か、無限回かのどちらかだ。母さんに、その事が伝わった。怒りに満ちた母が学校に駆けつけてきた。私は、母が真実を明らかにし、事態を解決してくれる、せめて慰めてくれると信じていた。だが、母さんは何もしてくれなかった。すべての責任を、私へと押しつけたのだ。母さんは、私の耳を掴み、髪を引っ張り、校舎から校門まで、人々の視線の中、私を引きずり回した。「あんたったら、一体何を考えているの!こんな小さい頃から、だらしない!誰に媚びを売ろうとしてるの!勉強もせず、いつもそんな恰好して!あんたみたいな子供を産んでしまった私が悪いのか!」耳鳴りがして、頭がクラクラした。弟の、得意げな嘲笑が、耳元でこだまする。母さんの言葉は、矢のように、私の心を突き刺した。母さんは、弟の悪意を知っていながら、見て見ぬふりをした。家族からの裏切り、その痛みは、いじめよりもはるかに深く、私の心を凍らせた。その時、私は初めて、絶望という名の奈落の底を味わったのだ。愛されていないわけではない。ただ、母さんの愛は、常に
母さんは有名な法医学の専門家で、その世界では「桜井一刀流」として知られていた。多くの人が、彼女に解剖の指導を依頼し、さらにはいくつかの地方の機関から顧問としても招かれていた。その名声に弟も加わるべく、母さんは彼の未来をしっかりと計画していた。母さんの威圧感に抗えず、弟は嫌々ながらもその道を選ぶことになった。母さんの手引きで、弟は無事に大学の法医学部に進学した。母さんは、弟が優秀な法医学者となり、自分の後を継ぐことを当然のように期待していた。ちょうど良いタイミングで、母さんが所属する研究所が見習い法医を募集していたので、母さんは迷わず弟を推薦した。弟は実習生の中でも評判が良く、研究所の上層部も彼が母さんの宝物であることを知っていた。研究所には母さんを崇拝する人も多く、そのため弟も自然とちやほやされていた。「お母さん、最近お金が必要なことが多いんだよ。これからお姉ちゃんにもっとお金を送らせてよ。この前、友達と遊ぶ時にお金がなくてさ、あいつわざと送ってくれなかったんだ。マジでイライラする!」弟は不満げな顔で文句を言う。私はその様子を見ながら、もう心が完全に麻痺していた。目の前の母子が、ただただ刺々しく感じる。幼い頃から、私は終わりのないATMのように扱われていた。大学に入ってからも、奨学金や助成金はすべて母さんと弟に吸い取られた。夏休みにアルバイトをしてようやく貯めた学費も、すぐに弟に要求される始末。「いいからさっさとお金を渡せ。無駄に話を長くするな。金を渡さないと、お前の学校に行って、みんなにバラしてやるからな!」弟はパラサイトのように、私のすべてを奪い取ることに慣れ切っていた。「姉なんだから、弟に譲ってやればいいじゃない!文彦は将来、一家の主になるんだから。今のうちからお金の管理を覚えさせないと」母さんは幼い頃から、弟に「奪うこと」だけを教え、「与えること」を教えることは一度もなかった。私なんて、ただの道具。弟の要求を満たすための存在にすぎなかった。弟は自分の未来に無限の期待を抱いているけれど、残念なことに、彼は法医に向いている人間ではなかった。