その後、母さんは毎日狂ったように独り言を繰り返すようになった。私が幼い頃の話を空中に向かって語り、そして謝罪を口にする。「笑美は5歳の時に、初めて母さんにご飯を作ってくれたんだよね。あの時は、私まだ笑美に腹を立てていたけど、今思えば、あれが一番おいしいご飯だったわ。笑美の担任も、何度も私のところに来てくれた。笑美はいつもクラスのリーダーで、毎年優秀生徒に選ばれていたって。もし笑美が生きていたら、きっと私たち家族は幸せに暮らしていたのに......」以前はこんなこと、全く気にも留めなかったはずなのに。今さら大事に思うなんて、遅すぎるよね。葬式が終わると、警察は全ての証拠を検察に提出した。そして、江川安仁の裁判が開かれることになり、二日後には判決が言い渡される。事件の詳細が少しずつネットに広がり、凌遅刑の恐怖が知られるようになった。この事件を知った人々は、みんな激怒していた。誰もが、「桜井笑美」という少女が、悪魔に引き裂かれたことを知ったのだ。安仁は、間違いなく死刑に値する。ついに裁判の日がやってきた。法廷には、裁判官や検察官、そして他の被害者たちの家族も出席していた。最終的に安仁は死刑判決を受け、執行は4日後に決定した。しかし、彼はそれに納得せず、その場で不服を唱え、挑発的に母さんを睨んだ。「お前を殺してやる!このクズ野郎!地獄へ堕ちろ!」母さんは怒りに燃え、どこからかナイフを手に取り、安仁に向かって突進した。その一刺し一刺しは、全て本気だった。彼女は安仁の血が自分に飛び散るのも気にせず、ただ彼に死を与えようとしていた。しかし、一人の命を奪ったところで、別の命が戻ることは決してない。「うわああ、殺人だ!」法廷内はパニックに陥り、他の人々は恐怖で叫びながら逃げ惑った。裁判の進行は当然中断され、法廷は混乱の渦に巻き込まれた。人が狂気に走れば、何もかもがどうでもよくなるのだ。
やがて、安仁は息絶え、地面に倒れた。その場で、彼の死が確認された。こんな風に死ぬなんて、かえって楽にしてやったようなものだ。母さんはその場で逮捕された。法廷内での殺人は、社会に与える影響が甚大だった。彼女は殺人罪で有罪となり、刑務所へ送られた。一度は名声を大切にしていた彼女が、これからどうやって生きていくのか、想像もできない。警察車両に押し込まれる時、母さんは泣きながらも笑っていた。「笑美、母さん、やったよ......母さんは、あなたを無駄に死なせなかった。仇を取ってあげたんだよ」彼女の狂気じみた言葉は、どこか哀れだった。でも、哀れな人は世の中にたくさんいる。誰もが少しの同情を受けられる。でも、母さんだけは違う。彼女は刑務所で、ゆっくりと反省すればいい。その後、弟もついに精神病院に送られた。そこでは誰も彼に優しく接することもなく、誰も彼を気にかけることもなかった。むしろ彼は他の患者たちにいじめられ、殴られ、罵られた。時にはトイレに頭を押し込まれ、「水」を飲まされることさえあった。彼の生活は地獄そのものだった。しかし、それでも彼らが私に与えた傷と比べれば、まだ足りないくらいだ。やがて、耐えきれなくなった彼は、ついに発狂し、暴力を振るい始めた。その結果、故意に傷害を与えた罪で、鉄のベッドに鎖で繋がれることになった。他の患者たちは彼に熱湯を浴びせ、彼の体を焼き尽くした。彼は逃げようとしたが、鎖に繋がれていて身動きが取れなかった。彼が罵倒するたびに、熱湯が何度も彼に浴びせられた。力が尽き果て、動けなくなるまで彼は苦しみ続け、顔には火傷の跡が残った。その痛みを感じながら、彼は自分の過ちに気づき、周囲に許しを乞うた。だが、すでに遅すぎた。彼は熱湯で顔を焼かれ、形を失った。耐えきれなくなった彼は、精神病院の10階から飛び降りて命を絶った。だけど、これらはもう私には関係のないことだった。
誰もが、自分の過ちに対して責任を取らなければならない。弟もまた、自らの行為に代償を払うべきだった。母さんは、刑務所で狂ったように妄想を繰り返していた。「もし笑美が生き延びていたなら、私は自分の残りの人生を捧げて、彼女を幸せにするのに......」だけど、「もし」は存在しない。今さら私に優しくしたところで、何の意味もない。私が欲しかったのは、曲がった愛情や、過剰な所有欲に満ちた愛じゃない。それに、子どもを甘やかして、破滅へと導く愛でもない。正しいことを教えてくれる、真の愛が欲しかった。だけど、母さんはそのどれも私に与えてくれなかった。そして、私の魂は風と共に消え去っていく。この世で親子として過ごした私たちの縁は、これで終わりだ。もし次の人生があるのなら、二度と出会うことはないように。
「母さん、痛い......助けて!お願い、母さん、お願いだから助けて......」絶望に駆られた私は、電話の向こうで母さんが何か救いの言葉をくれると信じていた。だけど、返ってきたのは冷たい罵倒だった。「桜井笑美!いい加減にしなさい!文彦がもうすぐ解剖実習なの。彼にプレッシャーをかけないでよ!」電話が切れる寸前、母さんの小さな呟きが耳に残る。「まったく、また何か企んでるに決まってるわ......お姉ちゃんは嘘ばっかりつくんだから、ほっとけばいいのよ」その瞬間、電話の無機質な音が私の心を完全に砕いた。犯人は私の髪を掴んで狂ったように笑う。「見ろよ、お前の母さんは全然お前を愛してなんかないんだ。誰もお前なんか助けに来ない。哀れだな」彼の言葉が残酷な現実を突きつける。「お前もお前の母さんも、ほんとにクズだな。その醜い顔、今すぐ切り落として飾ってやるよ!」私は苦しそうに口を開くも、もう声は出ない。生きる力も尽き果てていた。私の肉は、犯人の手によって一片一片切り取られ、血がぽたぽたと床に落ちる。その音が、私の絶望を記録しているかのように感じられた。隣にいる母さんは、私の助けを決して聞くことはない。彼女は今、試験が近い弟に向かって優しく囁いている。「大丈夫よ、リラックスして。きっと上手くいくわ。あの子、本当にもう......大事な時に邪魔して。まったく、どうしてこうも非常識なのかしら」私が死にかけているその瞬間、母さんにはただのノイズでしかなかった。だけど、母さんは知らなかった。不出来な娘の私は、その時すでに凌遅刑で命を落としていたのだ。
私は、桜井笑美。名前には「笑」が入っているけれど、全然笑えない。なぜなら、私は死んでしまったから。隣の家の地下室で。死ぬ前に、生きたまま肉を削がれ、死んだ後は冷たいホルマリンの中で保存されている。誰も私の叫びを聞いてくれなかった。誰も、私の絶望に気づかなかった。一方その頃、弟は法医学の実習が怖くて母に泣きついていた。「お母さん、やっぱり行きたくない......怖いよ」母さんは優しく言い聞かせていた。「怖がらないで。大丈夫よ、実際に解剖はしないんだから」弟は少し口を尖らせながら、渋々うなずく。「ねぇお母さん、姉ちゃんはどこ行ったの?ここ数日、全然帰ってこないよ」母さんは面倒くさそうに答える。「お姉さんなんて、嘘ばっかりついて、またどこかで遊んでるんじゃないの?むしろ死んでくれたほうが楽だわ。あの子ったら、こないだだって......」「もう気にしないで。縁起でもない」その時、電話が鳴り響く。受話器の向こうで、警察が重い口調で話し出す。「桜井さん、現場の状況ですが、被害者は20歳の女性です。生前、凌遅刑で殺されていて、非常に残酷な手口です」母さんは有名な法医学解剖の専門家で、業界で初めての残忍な事件に彼女は挑戦意欲を燃やしていた。「わかりました。すぐに現場に向かいます」準備を整えて弟に声をかける。「さ、文彦。現場に行くだけだから、怖がる必要はないわよ」しかし、現場の住所を聞いた瞬間、母さんの顔色が一変する。その場所は、私が殺された隣家だったのだ。
現場に到着した時、近所の人たちはすでに集まってざわざわしていた。「なんでこんなに残酷なことを......」「聞いた?凌遅刑で殺されたって、逃げられるわけないよね」弟は怖がりながら母さんの後ろにぴったりとくっついていた。母さんは数十年の解剖経験を持っているけど、あたり一面に散らばった肉片を見て、一瞬たじろいだ。「どうしてこんなに肉片が......検査しないと、これが被害者のものかどうかもわからないわね。この人、こんなにバラバラにされて......ひどいな」母さんは冷静さを取り戻し、手袋をはめると声をかけた。「みんな、少し離れて。ホルマリンがアレルギーの原因になるかもしれないから、検査チームが先に環境を清掃するまで待って」現場の清掃、写真撮影、図面の作成、そして肉片の収集と冷凍。母さんは責任感の強い法医学の先生で、一つひとつの作業を的確に進めていく。その後、母さんはホルマリンの中にあった残された遺体を取り出した。頭のない遺体。注意深く見なければ、その体の特徴すらわからないほどだ。ホルマリンに浸されていたせいで、肌は青白く、生気を失っている。「可哀想に......この子、一体どれほど怖かったのかしら」遺体には凌遅刑の跡が残っており、合計で三千三百七十四回も刃を入れられていた。胸と腹は完全に切り開かれ、胃の中には土と唐辛子のかけらが詰め込まれている。四肢はバラバラに切り刻まれ、肉の塊と化していた。それでも、最後の瞬間まで、この子は生き延びようと必死にもがいたのだろう。瀕死の状態でも、足の指を何かに引っ掛けてでも、命をつなぎとめようとしていたんだ。一体どんな残酷な人間が、こんなことをできるのか。身元を証明するものは何もなく、遺体の正体はわからない。「可哀想に......あれだけの刃を受けたなんて。そういう子だったんだろうな。でなきゃこんなに酷い目には遭わないさ」
弟はまだ解剖実習に入ったばかりで、こんな現場を見たのは初めてだ。彼は胃の中で何かがひっくり返るのを感じ、耐えきれずに吐き出した。「うぅ......うぇぇっ!」誰も彼を責めることはできない。遺体のあまりの酷さに、私自身も驚きを隠せなかったからだ。そして、誰もこのバラバラの遺体が私だとは気づかない。遺体安置所には、真っ白な骨とバラバラに散らばった髪の毛があって、それだけでも十分に恐ろしい光景だった。若い警官たちも、長く直視することができず、すぐに目を逸らす。だが、これはまだ始まりに過ぎない。頭も四肢も臓器もない。残っているのは、破れた皮膚と肉片だけ。凌遅刑によって殺された私は、こうしてまるで泥のように無造作に転がっていた。母さんは照明の下で、辛抱強く遺体の縫合を進めていく。欠けた身体を、一つひとつ丁寧に縫い合わせていき、ようやく人間の形が見えてきた。近くにいた警官たちが感心したように言う。「さすが桜井さんだ......度胸が違う」その一方で、弟はすでに吐くものもなくなり、空っぽの胃袋から酸っぱい液体を吐き続けていた。突然、母さんが眉をひそめて、何かに気づいた。「これは......」小さな腕に沿って伸びる蛇のような茶色いあざ。それが手首から指先まで続いていた。母さんはそのあざをよく知っている。それは私にあるものと同じだった。なぜか、母さんは胸騒ぎを覚えた。彼女は手袋を脱ぎ、深く息を吐いて気持ちを落ち着かせようとした。「まさか......そんなはずはない」世の中にこんな偶然があるわけがないと、母さんは自分に言い聞かせる。だが、残念なことに、今もなお遺体の頭部は見つかっていなかった。「犯人の手口から見て、これは複数回にわたる犯行だと思われます。精神的に病んだ、猟奇心を持つ男でしょう」「他にもまだ、被害者がいるんじゃないか?」警官たちが推測する。「いえ、このケースは特例です。他に発見されたものはありません」「最終的にはDNA鑑定に頼るしかないですね、身元の確認には」警察は、母さんと弟に「気をつけてください」と注意を促す。なんといっても、恐ろしい殺人現場は、隣の家だったのだから。
私はずっと、母さんと弟のそばを漂っていた。すると、突然母さんの携帯に学校の先生から電話がかかってきた。「もしもし、桜井笑美さんの保護者の方ですか?笑美さんの携帯が繋がらず、寮にも戻っていないようです。もう3日間も学校に来ていません」母さんはさして気にせず、適当に応対して電話を切った。「心配いらないわ。どうせまた、どこかで遊び歩いてるんでしょ!」そう、心配なんていらない。だって、もう私は二度と心配させることなんてできないから。母さんは、昔から私のことが嫌いだった。私なんて、母さんが結婚を繋ぎ止めるための道具でしかなかった。だから、母さんが少しでも機嫌が悪い時には、私は殴られたり、罵られたりする対象になっていたんだ。弟が生まれるまでは。弟が生まれると、すべてが変わった。10歳の弟は母さんに溺愛されて、まるで宝物のように扱われていた。弟がほんの少しでも怪我をすると、母さんは昼夜問わず、弟のそばに付き添って丁寧に看病していた。それに比べて、14歳の私はと言えば、学校とバイトを両立し、さらに弟のために稼いだお金で、彼の習い事まで支払わされていた。私のお金は、いつの間にか弟のために使われるのが当たり前になっていたんだ。それでも、母さんは私のことを「遊び歩いている」と決めつけて、いつもこう言っていた。「死んでしまえばいいのに」今となっては、母さんの願い通り、私は本当に死んでしまったけどね。この家では、無視されるのが日常で、いじめられるのが普通のことだった。私が14歳の時、41度の高熱を出した。ベッドに横たわり、辛くて震えながら、母さんに頼んだ。「母さん、苦しい......病院に連れて行ってくれない?」でも、母さんは私をちらりと一瞥して、冷たく言い放った。「仮病使って学校に行かないつもり?絶対ダメよ!」私が熱で幻覚や幻聴に襲われていた時でさえ、母さんは一言も私を気遣ってくれなかった。最終的には、私は壊れた人形のように無理やり母さんに学校へ引きずられていった。その夜、私は熱で頭がぐらぐらして、死にそうなほどの痛みを感じていた。結局、私を見かねた先生が救急車を呼んでくれて、ようやく助かった。それ以来、私は気づいたんだ。母さんは、私のことなんて愛していないって。