地下室に足を踏み入れた瞬間、強烈な血の臭いが鼻をついた。なんと、安仁の家の地下には、干からびた遺体がいくつも転がっていた。目に入るのは、彼がネットで騙して誘い出したり、直接拉致してきた女性たちの無残な姿ばかりだった。彼は決して悪事を止めていなかったのだ。さらに驚いたのは、家の中にたくさんの母さんの若い頃の写真が貼られていたことだ。安仁は狂信的に信じ込んでいた。私さえ消えてしまえば、母さんは最後に彼と一緒になると。だから、私を誘拐して殺したのも、母さんに似ているからだった。さらに恐ろしいことに、彼は私を凌遅刑にした映像を何ギガものデータとして保存していた。安仁は、その動画を何度も再生しながら、私が血を流していく様子を楽しんでいたのだ。警察は安仁の書いた日記をめくり、その内容に顔をしかめた。読むたびに、警官の表情はますます険しくなり、眉をひそめたまま日記を閉じた。「こいつ、本当に人間じゃねぇ......」「こんな残酷な奴は、何度でも殺されるべきだ」私はふわりと近づき、その日記の内容を覗き込んだ。そこには、私を凌遅刑にかけた詳細な記録がびっしりと書かれていた。「顔に百回以上切り刻んで、彼女が最後の一滴の血を流すまで死なせるつもりだ。終わった後、彼女をホルマリン漬けにして芸術作品にする。ハハ、考えるだけで興奮するな」母さんはその日記を見た途端、完全に崩壊し、絶叫を上げた。「笑美......私の笑美......!ごめんね、あの日あなたを放っておいたことが間違いだったのよ。お願い、私が土下座するから、戻ってきて!」母さんは地面にひざまずき、必死に祈るように泣き続けた。その姿を見ても、私は心が動くことはなかった。安仁の罪は明らかだが、母さんの偏愛が私の死を加速させたことも事実だった。この不公平な人生、最初から悲劇だったんだ。
母さんは感情が高ぶりすぎて、その場で気絶してしまった。再び目を覚ました時、彼女はすでに二日後のことだった。その時、母さんの顔はやつれており、まるで魂が抜けたかのような姿だった。私の葬式では、母さん一人が孤独に冥銭を燃やしていた。彼女は墓碑の前に跪き、私のモノクロ写真を見つめながら、ぼんやりと笑っていた。小雨がぱらぱらと降り始め、その後はまるで滝のような豪雨になった。「笑美は雷が大嫌いだった......こんな日は、きっと眠れないわよね。笑美、あなたはきっと恨んでいるのよね。でも、母さんは本当に後悔しているの。だから、お願いだから戻ってきて。あなたがいないと、母さんはもう生きていけない......」母さんの言葉が耳に響くが、私の心には届かない。生きている間、私はずっと弟よりも低い存在だった。母さんはいつも弟を優先していたくせに、今さら後悔だなんて。何のために?今さら後悔したところで、私はもう死んでいるのに。「桜井さん、もう日が暮れてきました。そろそろお帰りになってはどうですか?」一人の親切な警官が母さんに声をかけ、優しく支えようとした。しかし、母さんはその手を払いのけて言った。「私の子供はここに埋まっているのに、どうして帰れって言うの?」そう言って、母さんはそのまま地面に倒れ込んでしまった。次に目を覚ました時、母さんは病院のベッドに横たわっていた。「笑美を......笑美を探さなきゃ......」母さんはベッドの上で泣き叫びながら、無理にでも起き上がろうとしていた。その姿はあまりに哀れで、周りの人が見れば、誰もが同情するようなものだった。だけど、今の私には何も感じない。もし次の人生があるなら、絶対に母さんの娘にはなりたくない。
その後、母さんは毎日狂ったように独り言を繰り返すようになった。私が幼い頃の話を空中に向かって語り、そして謝罪を口にする。「笑美は5歳の時に、初めて母さんにご飯を作ってくれたんだよね。あの時は、私まだ笑美に腹を立てていたけど、今思えば、あれが一番おいしいご飯だったわ。笑美の担任も、何度も私のところに来てくれた。笑美はいつもクラスのリーダーで、毎年優秀生徒に選ばれていたって。もし笑美が生きていたら、きっと私たち家族は幸せに暮らしていたのに......」以前はこんなこと、全く気にも留めなかったはずなのに。今さら大事に思うなんて、遅すぎるよね。葬式が終わると、警察は全ての証拠を検察に提出した。そして、江川安仁の裁判が開かれることになり、二日後には判決が言い渡される。事件の詳細が少しずつネットに広がり、凌遅刑の恐怖が知られるようになった。この事件を知った人々は、みんな激怒していた。誰もが、「桜井笑美」という少女が、悪魔に引き裂かれたことを知ったのだ。安仁は、間違いなく死刑に値する。ついに裁判の日がやってきた。法廷には、裁判官や検察官、そして他の被害者たちの家族も出席していた。最終的に安仁は死刑判決を受け、執行は4日後に決定した。しかし、彼はそれに納得せず、その場で不服を唱え、挑発的に母さんを睨んだ。「お前を殺してやる!このクズ野郎!地獄へ堕ちろ!」母さんは怒りに燃え、どこからかナイフを手に取り、安仁に向かって突進した。その一刺し一刺しは、全て本気だった。彼女は安仁の血が自分に飛び散るのも気にせず、ただ彼に死を与えようとしていた。しかし、一人の命を奪ったところで、別の命が戻ることは決してない。「うわああ、殺人だ!」法廷内はパニックに陥り、他の人々は恐怖で叫びながら逃げ惑った。裁判の進行は当然中断され、法廷は混乱の渦に巻き込まれた。人が狂気に走れば、何もかもがどうでもよくなるのだ。
やがて、安仁は息絶え、地面に倒れた。その場で、彼の死が確認された。こんな風に死ぬなんて、かえって楽にしてやったようなものだ。母さんはその場で逮捕された。法廷内での殺人は、社会に与える影響が甚大だった。彼女は殺人罪で有罪となり、刑務所へ送られた。一度は名声を大切にしていた彼女が、これからどうやって生きていくのか、想像もできない。警察車両に押し込まれる時、母さんは泣きながらも笑っていた。「笑美、母さん、やったよ......母さんは、あなたを無駄に死なせなかった。仇を取ってあげたんだよ」彼女の狂気じみた言葉は、どこか哀れだった。でも、哀れな人は世の中にたくさんいる。誰もが少しの同情を受けられる。でも、母さんだけは違う。彼女は刑務所で、ゆっくりと反省すればいい。その後、弟もついに精神病院に送られた。そこでは誰も彼に優しく接することもなく、誰も彼を気にかけることもなかった。むしろ彼は他の患者たちにいじめられ、殴られ、罵られた。時にはトイレに頭を押し込まれ、「水」を飲まされることさえあった。彼の生活は地獄そのものだった。しかし、それでも彼らが私に与えた傷と比べれば、まだ足りないくらいだ。やがて、耐えきれなくなった彼は、ついに発狂し、暴力を振るい始めた。その結果、故意に傷害を与えた罪で、鉄のベッドに鎖で繋がれることになった。他の患者たちは彼に熱湯を浴びせ、彼の体を焼き尽くした。彼は逃げようとしたが、鎖に繋がれていて身動きが取れなかった。彼が罵倒するたびに、熱湯が何度も彼に浴びせられた。力が尽き果て、動けなくなるまで彼は苦しみ続け、顔には火傷の跡が残った。その痛みを感じながら、彼は自分の過ちに気づき、周囲に許しを乞うた。だが、すでに遅すぎた。彼は熱湯で顔を焼かれ、形を失った。耐えきれなくなった彼は、精神病院の10階から飛び降りて命を絶った。だけど、これらはもう私には関係のないことだった。
誰もが、自分の過ちに対して責任を取らなければならない。弟もまた、自らの行為に代償を払うべきだった。母さんは、刑務所で狂ったように妄想を繰り返していた。「もし笑美が生き延びていたなら、私は自分の残りの人生を捧げて、彼女を幸せにするのに......」だけど、「もし」は存在しない。今さら私に優しくしたところで、何の意味もない。私が欲しかったのは、曲がった愛情や、過剰な所有欲に満ちた愛じゃない。それに、子どもを甘やかして、破滅へと導く愛でもない。正しいことを教えてくれる、真の愛が欲しかった。だけど、母さんはそのどれも私に与えてくれなかった。そして、私の魂は風と共に消え去っていく。この世で親子として過ごした私たちの縁は、これで終わりだ。もし次の人生があるのなら、二度と出会うことはないように。
「母さん、痛い......助けて!お願い、母さん、お願いだから助けて......」絶望に駆られた私は、電話の向こうで母さんが何か救いの言葉をくれると信じていた。だけど、返ってきたのは冷たい罵倒だった。「桜井笑美!いい加減にしなさい!文彦がもうすぐ解剖実習なの。彼にプレッシャーをかけないでよ!」電話が切れる寸前、母さんの小さな呟きが耳に残る。「まったく、また何か企んでるに決まってるわ......お姉ちゃんは嘘ばっかりつくんだから、ほっとけばいいのよ」その瞬間、電話の無機質な音が私の心を完全に砕いた。犯人は私の髪を掴んで狂ったように笑う。「見ろよ、お前の母さんは全然お前を愛してなんかないんだ。誰もお前なんか助けに来ない。哀れだな」彼の言葉が残酷な現実を突きつける。「お前もお前の母さんも、ほんとにクズだな。その醜い顔、今すぐ切り落として飾ってやるよ!」私は苦しそうに口を開くも、もう声は出ない。生きる力も尽き果てていた。私の肉は、犯人の手によって一片一片切り取られ、血がぽたぽたと床に落ちる。その音が、私の絶望を記録しているかのように感じられた。隣にいる母さんは、私の助けを決して聞くことはない。彼女は今、試験が近い弟に向かって優しく囁いている。「大丈夫よ、リラックスして。きっと上手くいくわ。あの子、本当にもう......大事な時に邪魔して。まったく、どうしてこうも非常識なのかしら」私が死にかけているその瞬間、母さんにはただのノイズでしかなかった。だけど、母さんは知らなかった。不出来な娘の私は、その時すでに凌遅刑で命を落としていたのだ。
私は、桜井笑美。名前には「笑」が入っているけれど、全然笑えない。なぜなら、私は死んでしまったから。隣の家の地下室で。死ぬ前に、生きたまま肉を削がれ、死んだ後は冷たいホルマリンの中で保存されている。誰も私の叫びを聞いてくれなかった。誰も、私の絶望に気づかなかった。一方その頃、弟は法医学の実習が怖くて母に泣きついていた。「お母さん、やっぱり行きたくない......怖いよ」母さんは優しく言い聞かせていた。「怖がらないで。大丈夫よ、実際に解剖はしないんだから」弟は少し口を尖らせながら、渋々うなずく。「ねぇお母さん、姉ちゃんはどこ行ったの?ここ数日、全然帰ってこないよ」母さんは面倒くさそうに答える。「お姉さんなんて、嘘ばっかりついて、またどこかで遊んでるんじゃないの?むしろ死んでくれたほうが楽だわ。あの子ったら、こないだだって......」「もう気にしないで。縁起でもない」その時、電話が鳴り響く。受話器の向こうで、警察が重い口調で話し出す。「桜井さん、現場の状況ですが、被害者は20歳の女性です。生前、凌遅刑で殺されていて、非常に残酷な手口です」母さんは有名な法医学解剖の専門家で、業界で初めての残忍な事件に彼女は挑戦意欲を燃やしていた。「わかりました。すぐに現場に向かいます」準備を整えて弟に声をかける。「さ、文彦。現場に行くだけだから、怖がる必要はないわよ」しかし、現場の住所を聞いた瞬間、母さんの顔色が一変する。その場所は、私が殺された隣家だったのだ。
現場に到着した時、近所の人たちはすでに集まってざわざわしていた。「なんでこんなに残酷なことを......」「聞いた?凌遅刑で殺されたって、逃げられるわけないよね」弟は怖がりながら母さんの後ろにぴったりとくっついていた。母さんは数十年の解剖経験を持っているけど、あたり一面に散らばった肉片を見て、一瞬たじろいだ。「どうしてこんなに肉片が......検査しないと、これが被害者のものかどうかもわからないわね。この人、こんなにバラバラにされて......ひどいな」母さんは冷静さを取り戻し、手袋をはめると声をかけた。「みんな、少し離れて。ホルマリンがアレルギーの原因になるかもしれないから、検査チームが先に環境を清掃するまで待って」現場の清掃、写真撮影、図面の作成、そして肉片の収集と冷凍。母さんは責任感の強い法医学の先生で、一つひとつの作業を的確に進めていく。その後、母さんはホルマリンの中にあった残された遺体を取り出した。頭のない遺体。注意深く見なければ、その体の特徴すらわからないほどだ。ホルマリンに浸されていたせいで、肌は青白く、生気を失っている。「可哀想に......この子、一体どれほど怖かったのかしら」遺体には凌遅刑の跡が残っており、合計で三千三百七十四回も刃を入れられていた。胸と腹は完全に切り開かれ、胃の中には土と唐辛子のかけらが詰め込まれている。四肢はバラバラに切り刻まれ、肉の塊と化していた。それでも、最後の瞬間まで、この子は生き延びようと必死にもがいたのだろう。瀕死の状態でも、足の指を何かに引っ掛けてでも、命をつなぎとめようとしていたんだ。一体どんな残酷な人間が、こんなことをできるのか。身元を証明するものは何もなく、遺体の正体はわからない。「可哀想に......あれだけの刃を受けたなんて。そういう子だったんだろうな。でなきゃこんなに酷い目には遭わないさ」