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夏夜は二度と戻らぬ
夏夜は二度と戻らぬ
著者: ドミー

第1話

「夏夜さん、婚約式はあなたに任せますよ」

「かしこまりました。問題ありません」

私は常に礼儀正しい笑顔を保ちながら、かつて7年間愛した女性を前にしても、内心は驚くほど静かだった。

沙也加は疑わしげに眉を上げ、私をちらりと見た。「まだ何か問題でもあるの?」

「あります」

「言ってみなさい」沙也加の顔に一瞬、得意げな表情が浮かんだ。

私は一字一句丁寧に尋ねた。「今回の婚約式の予算はいくらに設定されていますか?具体的な日時は決まりましたか?ドレスやアクセサリーの準備は......」

「もういいわ!それは中川さんと調整して」

「かしこまりました」

「他に何か質問は?」

「特にありません」

「ふん......」

ほんの一瞬、沙也加の表情にかすかな失望の色が見えたような気がした。彼女は、私があまりにも冷静すぎると感じたのだろう。

だが彼女は知らない。私はとうの昔に彼女への愛を捨て去っていたことを。

......

中川悠斗、中川家の長男にして、有名な傲慢な御曹司だ。

この婚約が、皆が知っている商業的な結びつきであることは明白だが、世間では「一目惚れ」「美男美女のカップル」「天作の縁」と称されている。

私はノートパソコンを手に、悠斗の様々な要求を聞きながら、終始笑顔を崩さなかった。

ようやく全ての要求を書き終えると、私は職業的な態度を保ちながら礼儀正しく尋ねた。「徐先生、婚約式に関して、他に何かご要望はございますか?」

「あるぞ!」

「どうぞお聞かせください」

悠斗は挑発的な視線を私に向け、一言ずつはっきりと言った。「婚約式が終わったら、夏夜さんには田村グループを去ってもらいたい」

私は悠斗を疑わしげに見つめたが、すぐに彼の意図を理解した。

「申し訳ありませんが、それはすぐにはお答えできません。私の雇用契約は田村グループの人事部にありますし、正当な理由なく解雇するわけにはいきません。ただし......」と私は言葉を変え、笑顔で悠斗を見つめた。「もし退職補償が適切であれば、検討させていただきます」

「夏夜さんは賢いな。君を辞めさせるのは君のためだってこと、わかっているだろう?」

「承知しておりますが、自分のことも考えなければなりません。何せ、田村グループでの待遇は良いものですから」

「ふん、小さな家から出てきた奴はやっぱり目が狭いな。どうせ金のことだろう?満足させてやるさ」

私は軽く笑い、「では、どうぞよろしくお願いします」と答えた。

悠斗を見送った後、そばにいた児玉が不満げに言った。「まだ結婚もしていないのに、田村グループのことに口出しするなんて」

「彼にはその資格があるよ」

「でも、夏夜さん......これまでのあなたの会社への貢献は誰の目にも明らかで、社長もあなたに頼りきりなのに、そんな簡単に......」

児玉は私が会社に来た時からずっと一緒に働いており、心を許せる数少ない仲間だ。

私は彼の肩を軽く叩き、特に何も言わなかった。

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