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第76話

夜の七時半に実験室から出て光風市中学にいる北田菜奈を迎えに行こうとしたとき、高橋優子は佐藤峻介の黒いSUVが実験棟の下に停まっていたのを見かけた。

高橋優子はマフラーを巻き直し、実験棟の階段を降り、SUVを通り過ぎようとした。その時、佐藤峻介が彼女を呼ぶ声が聞こえた。

「高橋優子!」

高橋優子は足を止め、軽く息をついて振り返った。

佐藤峻介は運転席のドアを開けてSUVにもたれ、手にタバコを持っていた。

高橋優子が手をダウンジャケットのポケットに突っ込んだまま振り返ると、佐藤峻介はブーツでタバコを踏み消し、高橋優子の前に歩み寄った。

「信じてもらえるかは分からないけど、常盤太郎が君のいとこだとは知らなかった。実験室に来る前も彼が来るとは思っていなかった」

高橋優子は以前にも問題を起こしていた。二年間昏睡状態から目覚めた後、佐藤峻介の記憶を取り戻すために、彼に接近するいろいろな方法を試みていた。しかし今回は違った。

「分かっています」佐藤峻介は高橋優子から一歩の距離に立ち、「北田静子のこと、本当に申し訳ない」

高橋優子はポケットの中で手を握りしめた。彼が記憶を失ってから初めて謝罪した瞬間だった。

暗い街灯の下で、佐藤峻介は眉をひそめて、高橋優子の冷静で無表情な目を見つめていた。あの夏の日、彼が高橋優子にキスを盗んだとき、彼の心に刻まれたその黒い瞳の輝きを思い出し、心の中に突然の苛立ちが湧いた。

「確かに、歩道で押したことが危険だとは思わなかった」佐藤峻介は硬い口調で言った。「あの日、僕が言ったことは確かに乱暴だった。何にせよ、北田静子を押したのは僕だ」

「もう言いたいことは全部言った?」高橋優子は尋ねた。

佐藤峻介は彼女の意味を理解できなかった。

「佐藤峻介、私たちはもう関係ない。次に会ったとしてもお互いを他人として扱うべきよ」高橋優子は冷静な声で言い、振り返って歩き出そうとした。

佐藤峻介は彼女の腕を掴んだ。「聞きたいことがあるんだ!」

高橋優子は腕を振り払った。「聞いて」

「その晩、僕たちは本当に何もなかったんだよな?」

ここ数日、佐藤峻介はずっとそのことを考えていた。荒井瑛介が持ってきた薬が本当の真実薬ではなかったのなら、高橋優子の言葉が真実かどうかも分からなかった。特に、彼がそのことを聞いたとき、高橋優子は最初に「あるのとない
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