第72話

「おばあさん、あなたが親切な方だと知っていますが、これは私の気持ちです」北田菜奈はお金をおばあさんの手に押し付けて、「どうか、これを受け取ってください」

おばあさんは困り果てた末、ようやくお金を受け取った。

火曜日の朝、高橋優子は空港へ向かう前に何度も北田菜奈に言い聞かせた。「毎日私に電話をかけて、外出前と寝る前にはガスが閉まっているか、ドアがちゃんと閉まっているかを確認すること」

リュックを背負った北田菜奈は素直にうなずき、高橋優子のためにタクシーのドアを開けた。

「じゃあ、行ってくるね。何かあったらおばあさんに頼んで私に電話してもらって」

北田菜奈は笑顔で手話を使った。「心配しないで」

飛行機が着陸したばかりの高橋優子は、北田菜奈からのメッセージを受け取った。

彼女は安全に気を付けてちゃんと食事をするようにと繰り返し言い聞かせた後、空港バスに乗り光風市大学に向かった。

学校に着くと、高橋優子は寮にも寄らず、すぐに実験室に行きデータの整理と確認を始めた。

水を汲んで戻ってきた渡辺綾子は、高橋優子が画面のデータを見つめていたのを見て眉をひそめて尋ねた。「どうしたの？」

「計算機で出したデータが、ここ3年間の実験の3回の実測データとちょっと合わない気がするんだ」高橋優子は振り返って言った。「量子コンピュータで再度計算し直してみる」

「もう9時だよ！」渡辺綾子は慌てて言った。「量子コンピュータでも恐らく明日の朝までかかるし、あっちには人が必要だし……」

「大丈夫だ！」高橋優子は笑って手元の実験データと実験記録を整理し、重たい資料を抱えて立ち上がった。「データが早く出れば、どこで問題があったかも早く分かるから」

渡辺綾子は高橋優子の急ぎ足の後ろ姿を見送りながら、感慨深げに言った。「うちの優子ちゃん、本当に精力旺盛だね」

「精力旺盛なんじゃなくて、優子の養母が急に亡くなって、前は妹がいたからなんとか家のことを片付けていたけど、今急に気が抜けて、何かに打ち込んでいないと悲しみに押しつぶされちゃうんだ」森川律子は給水機の前に立ちながら言った。「私もおばあちゃんが亡くなった時そうだった。何もしていないと、とても悲しくなってしまうから」

「じゃあ、優子ちゃんがデータを確認し終わったら、もっと仕事を増やしてあげよう！優子ちゃんを一人にしないようにして、皆