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第0003話

十五分後、警察署で。

紗月は、供述調書を終え、全身から力が抜けたかのように椅子に座っていた。2時間待ったが、現れたのは涼介ではなく、彼の代理弁護士だった。

弁護士は鞄をテーブルに置き、彼女の向かいに座ると、数枚の書類を差し出した。「中川さんからの伝言です。もし佐藤さんが署名に同意されるなら、離婚協議書にサインしていただき次第、北湖山のマンションを譲渡するとのことです」

彼の態度は穏やかだが、同時に冷静なプロフェッショナリズムが漂っていた。

書類に書かれた「離婚協議書」という大きな文字が、紗月の目を鋭く刺した。

彼女はふっと笑みを浮かべた。涼介は本当に急いでいるのだ。

筆を取らない彼女を見て、弁護士は再び書類を取り出し、紗月に渡した。「こちらは中川さんと佐藤さんの個人財産の詳細です。二人の間に共有財産は存在しません。北湖山のマンションも中川さんの個人的な善意で譲られるものです」

「さらに、こちらは一年前に行われた株式分割の書類です。佐藤グループの負債はすべて佐藤さん個人のものとなり、夫婦双方の責任ではありません。中川さんには何の責任もありません」

株式、資産、クレジットカードなど、すべてが明確に整理された資料を手にした。

紗月の心は、完全に冷え切った。ついに彼女は気づいた。すべてが涼介の計画通りだったのだ。

彼はすべてを計算し、抜け目なく計画していたのだ。

確かに、彼の頭脳は明晰だ。2年前、父が彼の才能に目をつけ、自分の婿に選んだのも無理はなかった。

若くして中川グループを築き、北川で最も成功した企業に成長させた彼。

父はその才覚に惚れ込んでいた。

佐藤グループが破産した今、彼は見事にその危機から抜け出し、自身を守ったのだ。

父はこの結末を予想していただろうか?

涼介の冷酷な計画に、紗月は恐怖と絶望を感じた。

彼は自ら姿を見せることなく、紗月に「死刑」を宣告したのだ。もはや彼女には何の抵抗もできなかった。

紗月は拳を握りしめ、冷静を取り戻そうとしながら、資料をテーブルに置いた。「涼介はどこにいるの?」

「中川さんは、現在婚約者の藤崎さんとウェディングドレスの試着でお忙しいため、離婚に関する事務はすべて私に一任されています。佐藤さんにご不明な点があれば、何でもお聞きください」

「私はただ、涼介に会いたいだけ。マンションなんていらない。彼に直接会いたい」紗月は顔を上げ、完璧に対応する若い弁護士を見つめた。

しかし、弁護士は変わらぬ態度で繰り返した。「申し訳ありませんが、中川さんは佐藤さんに会うことはありません」

「......ふふ」

紗月は冷たい笑みを浮かべ、すべてが予想通りだと言わんばかりに、書類を閉じ、手のひらに爪を立てた。「それなら、決してこの離婚協議書にサインしないわ。彼が温香と結婚するつもりなら、重婚罪で訴えてやるわ」

「佐藤さん!」

弁護士はさらに説得しようとしたが、彼女の悲しみと決意を目の当たりにし、言葉を飲み込んだ。

「涼介が、温香と問題なく結婚できるとでも思っているの?」紗月は冷ややかに見上げた。「で、彼は今どこにいるの?」

弁護士は少し躊躇した後、事実を告げた。「中川さんは午後7時に、白川クラブで鷹羽不動産の社長と会う予定です。佐藤さん、商談が終わり次第、お会いする段取りを整えます......」

「結構だわ」紗月は冷たく言葉を遮った。「私たち二人だけで解決できることだから」

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