友樹視点:俺が人生で初めて好きになった女の子は、俺ではなく、俺の親友である智彦に惚れていた。智彦に当たってしまった後、俺はものすごく後悔していた。実は、智彦に怒っていたんじゃない。自分自身に腹が立っていたんだ。でも、一度感情が爆発すると、もうコントロールするのは難しかった。智彦と青葉がうまくいっている間に、俺の存在が邪魔になるんじゃないかって、俺はいつも怯えていた。それで、二人との距離を意識的に取るようになってしまった。でも、智彦は俺にとってずっと大切な友達だった。ただ、どうやってこの状況を解決すればいいのか、俺はわからなかったんだ。こんなことを続けるわけにはいかない。ちゃんと話して、元の関係に戻らなければならないんだ。そんな時、智彦が日曜日にキャンプに誘ってきた。青葉が同僚を紹介してくれるらしい。これを機会に、ちゃんと話をしよう。逃げてばかりじゃダメだ。その夜、俺はどうやって智彦との誤解を解くか考え続けて、結局、眠れなかった。翌朝、まだ暗いうちに家を出たが、ひどく眠かった。青葉の家の近くの交差点に差し掛かった時、突然、大きなトラックが視界の盲点から飛び出してきたんだ......その瞬間、時間が止まったかのように感じた。でも、智彦を守ることは俺にとって本能だった。強烈な衝撃が襲い、意識がぼやけていく中で、鋭い痛みが走った。何かが俺の手を貫いた感覚があった。そして俺は、恐ろしく長くて不気味な夢の中に落ちていったようだった。夢の中で、もう一つの意識が俺の体を操っていた。そいつは、ここがパラレルワールドだと言い、俺にこう告げた―「お前はここにいる全ての人間を、この世界に留めることができる」と。そいつはまず、俺にこの世界で青葉を見つけさせ、その力を証明してみせた。俺は全力でそいつに抵抗しようとしたが、次第に人間でもなく、怪物でもない存在へと変わっていった。本当に疲れていた。もうそいつに完全に呑み込まれる寸前で、家のドアの暗証番号すら思い出せなくなっていた。すべてを諦めかけていたその時―俺は智彦の声を聞いたんだ。「友樹!?こんな夜中に、外出してたのか?」智彦は、モップを抱えながら呆然と俺を見つめていた。そいつの意識が俺を支配して、真実を話すことができなかった。俺はどう説明すればいいかわから
俺はプログラマーだ。仕事のストレスは半端なくて、休むときはホラー映画を見てリラックスするのが好きなんだ。刺激もあって、気持ちも落ち着く。土曜の夜、俺は妹が義兄を好きになって姉を殺すっていう、まさにクソ展開の映画を見ていた。姉が真っ赤な花嫁衣装で復讐に来るシーンが始まったところで、友樹の部屋から突然、古い曲が大音量で流れてきた。『血塗られた愛』ってやつだ。昔はよくリピートしてたけど、こんなタイミングで聞くと心臓に悪い......俺は心拍を落ち着けてから、友樹の部屋のドアをノックした。「おい、友樹!音楽の音、下げろよ!ビビったじゃんか!」友樹はゲームをするとき、音楽を爆音で流しながらヘッドホンでプレイする癖があって、それがゲームのBGMみたいで最高だとか言ってたけど、ただのノイズキャンセリングがダメなだけだろう......誕生日に新しいのでもプレゼントしてやるか。何度かノックしたけど返事がない。どうせゲームに夢中で無視してるんだろうと、俺はそのまま映画に戻った。数分後、映画の冥婚シーンが始まった。いよいよ式が始まるってところで、友樹の部屋からまた音楽が変わった。今度は不気味な『祝い』だ......伊藤友樹は大学時代からのルームメイトで、一番の親友でもある。彼は昔からいたずら好きで、こういうことをやらかしても全然驚かない。でも、あの選曲だけは、さすがに俺の心をゾクッとさせた。もう一度、思い切りドアを叩いた。「おい!さっき俺の部屋覗いてただろ?無視してんじゃねぇよ!さっさとドア開けろ、音止めろ!」音楽がピタッと止んで、友樹が寝ぼけ眼でドアを開けた。「なんだよ、叩くなよ......昼寝中だったんだぞ」「昼寝だと!?音楽大音量で流してて寝れるわけないだろ!」「は?音楽?俺、音楽なんかかけてないけど......」友樹は頭を掻きながら、面倒くさそうに答えた。「嘘だろ、俺がドア叩いた途端に止まったじゃん。冗談はやめてくれよ......」友樹にイライラさせられて気が散った俺は、結局パソコンを閉じて寝る準備をした。だけど、またしても音楽が鳴り出した。今度は『一緒に踊ろう』って曲だ。イライラしながらスマホを見て、友樹にメッセージを送った。「おい、深夜12時だぞ!誰と踊ろうってんだよ?さっさと寝ろ!」メッセージを送ると音楽はピタッと
完全に目が覚めた。3ヶ月前、青葉がいきなり俺に別れを告げた。理由は同僚に惚れたからだと。あいつの方が俺より優れてるって言ってな。それ以来、連絡は一切取れなくなり、電話も無視、メッセージも返ってこない。正直、俺はもう浮気されてたんじゃないかって思ってた。でも、さっきの「ドアを開けないで」ってどういう意味だ?何のドアだよ?とりあえず、青葉に音声メッセージを送ってみたが、応答はなし。さらに何通かメッセージを送ったけど、それも無視されたままだった。暗闇の中でポツンと表示されたあの白いメッセージボックスが、なんだか不気味で仕方ない。訳が分からず混乱していると、突然玄関の方からAIの声が響いた。「パスワードエラー」その瞬間、俺はビクッと飛び起きた。俺と友樹は大学を卒業してから二人で二部屋一リビングのアパートをシェアしている。普段はお互いのプライバシーを大事にしていて、ドアは基本的に閉めっぱなし。だから外で何が起こってるのか全然見えなかった。慌てて友樹にメッセージを送った。「おい友樹、聞いたか?なんか家のドアを開けようとしてるぞ!」でも、やっぱり返事がない。もう直接電話しよう。立て続けに2回かけたが応答なし。さっきまで音楽鳴らしてたのに、どうして急に寝るんだ?まったく、あいつはホントに豚だな......玄関からは「パスワードエラー」の声が何度も繰り返され、どんどん急かされるように聞こえてきて、背筋に寒気が走った。何か確認しようと思って立ち上がった瞬間、頭に浮かんだのは、さっきの「絶対にドアを開けないで」という青葉のメッセージ。一瞬だけ迷ったけど、俺はドアノブを掴んでいた。だって、このメッセージ、いきなり過ぎて意味不明だろ?何を怖がる必要があるんだ?その瞬間、「パスワードエラー」が突然「パスワード認証完了」に変わり、玄関のドアが開いた。俺は反射的に近くにあったモップを掴んだ。
ドアから入ってきたのは、友樹だった。「友樹!?お前、こんな夜中に出かけてたのか?」友樹はぼんやりと俺を見つめ、「ああ、同僚が失恋してさ、付き合って飲んできたんだ。ごめん、起こしちまったな」と、妙に丁寧な口調で謝ってきた。なんかおかしい。普段の友樹はこんなに丁寧な言葉を使わないし、さっき部屋からは音楽が聞こえてたはずだ。もしかして出かけるとき、パソコンを切り忘れたのか?「お前、どうして家のパスワード忘れたんだ?何回もエラーしてたから、俺、泥棒かと思ったぞ」「いや、ちょっと飲みすぎて、目がチカチカしてさ。数字がダブって見えたんだよ」友樹は酒が強い方だ。普通、酔っぱらってこんなになるまで飲むのに、どれだけビールを空けたんだ?しかも、失恋したのは同僚で、友樹じゃないのにここまで酔うか?さらに妙だったのは、こんなに近くにいるのに、全然酒の匂いがしないことだった。俺は無意識に友樹の部屋の方を見た。ドアは閉まっている。さっきの音楽が頭をよぎり、あのドアがやけに不気味に見えた。月明かりに照らされた友樹の顔はどこか硬くて、いつもの軽い感じが全然ない。顔色も悪いし、酒を飲んだ形跡もない。何か得体の知れない不安が押し寄せてきた。俺は手を伸ばしてリビングの電気をつけようとしたが、その瞬間、友樹が一歩飛び出してきて、俺の手首を掴んだ。「電気はつけるな!」その声に、俺は反射的に体が震え、友樹の手元に目をやると、鳥肌が立った。その手はまるでねじれた縄のように変形していて、爪は5、6センチも伸びている。指の一部は白骨が露出して、指先には固まった血の塊がついていた。こんなの、友樹の手じゃない!いや、これはもう人間の手ですらない!友樹は虚ろな目で俺を見つめるだけで、特に動く様子はなかった。それでも、一瞬だけ、彼の目の奥に無限の絶望と苦痛が見えたような気がした。恐怖に駆られて、考える間もなく俺は友樹の手を振り払い、全速力で自分の部屋に戻り、ドアを閉めると、鍵をかけた。俺は震える手で青葉からのメッセージを凝視しながら、思わず彼女に再び音声通話をかけていた。コール音が2回鳴った後、電話がつながった!
スマホの向こうからため息が聞こえ、俺の回想が中断された。「智彦......もう手遅れよ」「何が手遅れだって!?」ドアの外から金属がこすれるような鋭い音が聞こえ、耳をつんざくように痛みが走った。「バンッ!」と大きな音がして、どうやら友樹が自分の部屋に戻ったようだ。それと同時に、また『一緒に踊ろう』が隣から流れ始めた。いつもなら楽しい曲が、今はただ不気味でしかない。「智彦、さっきあなたが部屋のドアを開けた時、実はパラレルワールドに入ったのよ。私がいなくなってた間、ずっとその世界に閉じ込められていたの。この世界は危険よ、智彦。それは、私たちを殺そうとしてる!」頭が真っ白になった。彼女は一体何を言っているんだ?誰が俺たちを殺そうとしてるんだ?質問する間もなく、青葉の声が続いた。「智彦、これから言うことを絶対に忘れないで。他の人は外から君の部屋のドアを開けることはできないけど、ガラスを通り抜けてくるわ。必ず階段で逃げて、絶対にエレベーターに乗っちゃダメ。生き残るヒントは、時に闇の中に隠されている。鏡を信じないで。偽物には必ずほころびがある、細かいところをよく見て。それと、もし『一緒に踊ろう』を歌ったら、それは......」青葉の声がどんどん焦り始め、最後の言葉を言い切る前に電話は切れた。世界がまるで一時停止ボタンを押されたように静まり返った。電話は切れ、ドアの外からの鋭いノイズも消え、音楽も止まっていた。再びかけ直しても、もう誰も出なかった。俺は壁にもたれて立ち上がり、冷静に青葉が言っていたことを整理しようとした。そして、一つ信じ難い事実に気づいた。俺は、本当に別の世界に入り込んでしまったのかもしれない。ドアの外にいるのは、あの友樹じゃないし、ここは俺の家じゃない。誰が、俺たちを殺そうとしてるんだ?
さっき見た、ドアの外の友樹の姿が頭に浮かぶ。まさか、あいつはまだ俺たちを許してないってことなのか......俺はスマホを掴み、警察に通報しようとした。しかし冷たいAIの声が無情に告げる。「おかけになった番号は存在しません......」え?110すらないのか、この世界は?絶望が一気に押し寄せた。「カタン」という音がして、カーテンの向こうから何かが転がってきた。近づいて確認すると、それは俺が以前、青葉にプレゼントしたキツネのブローチだった。あの日、彼女が俺を振ったときにも着けていたものだ。心臓の鼓動が一気に速くなる。このブローチがどうしてカーテンの後ろから出てきたんだ?まさか、青葉がさっきまでベランダにいたのか?俺は勢いよくカーテンを引いた。しかし目の前にあったのは、血の気のない友樹の顔だった。奴はカーテンの後ろ、ベランダの引き戸に寄りかかって、まるで俺を待っていたかのようだった。恐怖が足元から頭頂まで突き抜け、思わず震えが走った。どうやってこいつ、入ってきたんだ?その瞬間、青葉の言葉が頭をよぎった。「他の人は外から君の部屋のドアを開けられないけど、ガラスは通り抜けられる」俺と友樹の部屋は同じベランダを共有している。あの引き戸は床から天井までのガラスだ!もしかして、青葉が言っていた奇妙なルールは全部本当なのか?考える暇もなく、俺は反射的に逃げ出した。だが、ドアにたどり着く前に強烈な力で引き戻された。振り返ると、思わずまた友樹の手に目がいった。すると友樹が笑った。「なんでずっと俺の手を見てるんだ?何かおかしいか?」声の震えを必死に抑えながら俺は答えた。「な、なんでもない。お前の手、綺麗だな......友樹、話せばわかるだろ?」友樹は俺より頭ひとつ分背が高い。俺は恐怖を押し殺し、冷静を装って顔を上げた。すると、友樹がまたニヤリと笑った。その笑顔に俺は心臓が止まりかけた。友樹の口元は、耳まで裂けていた。目玉が飛び出さんばかりに膨らみ、歯はまるで鋸のようにギザギザに変形し、そこから気味の悪い液体が滴っていた......だが、その恐ろしい表情も一瞬で消え、友樹はまるで何事もなかったかのように無表情で俺を見つめ、「話すか?」と尋ねた。俺は意を決して、友樹の目を見つめ返し、今までの人生で一番強気な態度
「ガンッ!」という音がして、俺は思い切り鉄のドアにぶつかった。目の前がクラクラしていたが、何とかドアを押し開けると、そこには階段があった。俺は手すりにしがみつきながら、下へと進んでいった。何度も階段を回り、やっと平坦な廊下にたどり着いた。前方に微かな光が見える。おそらく、防犯ドアだ。ここを抜ければ、外に出られる―そう思うと、少しだけ安堵した。しかし、近づいてみると、それは全く外ではなかった。またしても、全く同じような暗い廊下が広がっていた。違うのは、廊下の奥に鏡が掛かっていることだった。俺は鏡の方へと向かった。すると突然、鏡に友樹の姿が映り込んだ!あの恐怖の笑顔が再び―しかも、今度は口から10センチ以上も垂れ下がった長い舌が見える!俺の前には誰もいない。ということは、友樹は俺の背後、見えない闇の中にいるということだ。俺は恐怖に駆られ、鏡の方へと全速力で走った。しかし、鏡の中の友樹も同じようにこちらに向かって猛スピードで近づいてくる。もうすぐ鏡にたどり着くというところで、ふと何かが引っかかった。この鏡には友樹しか映っていない―俺自身が映っていないんだ。友樹は俺の背後にいない!鏡が俺を引き寄せようとしているだけだ!その瞬間、青葉の声が脳裏をよぎった。「鏡を信じないで」俺は急ブレーキをかけ、反対方向に向かって全力で走り出した。背後からは、俺の名前を呼ぶ声が次々に響き、耳を殴りつけるようにこだましていた。それでも俺は振り返らず、ただ前へと必死に走り続けた。その時、右前方の「103号室」と書かれたドアが突然開いた。そこから顔を覗かせたのは、優しい笑顔の老婦人。「坊や、早く入りなさい。ここなら安全だよ」と手招きしてくる。このおばあさんはよく知っている。1階に住む独り暮らしの老婦人で、可愛い猫の「王子」を飼っていた。彼女はいつも王子と一緒に外のベンチで日向ぼっこしていて、俺も早く帰れた日は一緒に座ってお喋りすることがあった。おばあさんが危険なわけがない。俺は少しでも安全だと思って足を踏み入れようとした。だが、一歩足を踏み込んだ瞬間、リビングの真ん中に王子が座って俺を見つめ、「ニャー」と2回鳴いた。......おかしい。王子は先月、年を取って亡くなったはずだ。偽物だ!これもまた偽物だ!心
再び目を覚ますと、俺は白いベッドの上に横たわっていた。友樹がベッドのそばに立っている。さっき起こった出来事を冷静に思い返してみたが、友樹は俺を害そうとしていたわけじゃない気がする。彼が帰ってきた時、俺が電気をつけないように止めただけだし。エレベーターの前では、あいつが突然声をかけなければ、俺は間違いなくそのまま乗っていただろう。中で何が起きるかわからないが......鏡に引き寄せられた時、彼が鏡の中に現れたからこそ、俺はその異常に気づくことができた。一階のおばあさんの家のドアを閉めた後も、彼はまた現れ、俺が走り続けるきっかけをくれた。今この瞬間も、友樹はすぐそばにいるが、何もしてこない。ただ、そこに立っているだけだ。......俺は、青葉が電話で言っていたことを思い出した。「この世界は危険よ、智彦。それは、私たちを殺そうとしている!」それ?それとも彼?もしかして、俺は何かを誤解していたのか?俺は何度か深呼吸をして気持ちを落ち着け、言葉を絞り出した。「友樹......ごめん。お前、何か苦しんでるんだろ?教えてくれ。俺にできることがあれば、手伝うから」友樹は一瞬驚いたように目を見開いた。そして、口を開いた。「智彦......お前は、今も昔も、俺の一番の友達だ。でも、ここを離れるんだ。振り返らずに、必ず出ていくんだ」聞き返す暇もなく、突然凄まじい笑い声が俺たちの会話を遮った。その時気づいた―その声は、友樹自身から発せられていたのだ。彼の姿は再び恐ろしいものに変わっていく。頬には血の涙が流れていたが、なぜか俺は前ほど恐怖を感じなかった。これは、きっと本当の友樹じゃない。俺は彼の名前を大声で呼び、「友樹!友樹!」と叫びながら、必死で彼の肩を揺さぶった。友樹は苦しそうな顔をして、奇妙に変形した指で自分の髪を掴んでいた。「智彦!早く逃げろ!俺はもうコントロールできない!俺を放っておけ!早く逃げろ......」その言葉が終わるか終わらないかのうちに、友樹は突然狂ったように俺の首を掴もうとした。俺は慌てて手を放し、ベッドから転がり落ちた。友樹の爪は空を切り、ベッドの板に深々と食い込んだ。彼の突き出た目が俺をじっと見つめる。その視線を感じながら、冷や汗が額を伝って流れ落ちた。友樹の顔は次々と入れ替わる。