植物人間の社長がパパになった のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

313 チャプター

第11話

 「はい、わかりました」  二つ返事で引き受けた日向桃は、男の視線から急いで姿を消した。 菊池家を出た後、誰もついてこないことを確認すると、彼女は溜息を深くついた。 菊池雅彦は気まぐれで付き合いにくい人物だが、母親のためには、何としても我慢しなければならないのだ。 … 日向桃はバスで病院に向かい、母親が入院している病室を見つけた。中に入ると、親友の美乃梨が母親の世話をしていた。だいぶ良くなった母親の顔色を見て、日向桃の心配していた気持ちがやっと安らいだ。 やってきた娘を目にした佐藤香蘭は、日向桃に新しい仕事について尋ねた。 彼女は事前の準備があったため、母親からの質問に要領よく答えた。 三人で少し話してから、美乃梨は日向桃の手を握りながら、「ところで、しばらくの間佐和さんのことを聞いていないわ。海外での生活がどうなるか、また、いつ帰国するつもりなのか、まったく分からないね。彼が帰ってきたら、桃ちゃんはこんなに苦労しなくてもいいのに」と言った。 その名前を耳にした瞬間、笑顔だった日向桃は、気持ちが雲に覆われて雨に変わった。 菊池佐和、なんと懐かしい名前だった。 大学時代、日向桃は母親の世話と学業の両立でいつも苦労していた。一番辛い時期には菊池佐和が手を差し伸べてくれた。 彼の明るさと優しさで、日向桃の心の氷が少しずつ融けていった。その後、菊池佐和が頻繁に病院に通って母親の世話を手伝ってくれていた。佐藤香蘭も彼を自分の娘婿として認めるようになった。 元々二人は卒業後結婚することを約束していたが、海外にある医学研究所のオファーを受けた菊池佐和は、最先端の医学研究を行うために毅然として海外に赴いた。 学業を修了して帰国したら、彼女と結婚すると約束した。最初は二人とも頻繁に連絡していたが、半年前から彼の消息は突然途絶えてしまった。 日向桃も次第に理解し始めた。菊池佐和は彼女のような重荷から解放されたかったのかもしれなかった。また、海外で気に入った別の女性を見つけて、彼女をすっかり忘れてしまった可能性もあった。 日向桃は心の中で悲しみを感じつつも、無理に笑顔を作り続けた。「お母さん、佐和さんは海外で多忙な学業に追われているけど、いずれ帰国してくるわ」佐藤香蘭は娘から満足な答えを得られてなかったが、引き続き問い詰
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第12話

 「監視カメラの映像を取るために、ホテルに行きましたが、1ヶ月前の映像は、すでにホテル側に削除されてしまったようです」  伊川海の話を聞いて、菊池雅彦は眉をひそめた。その日、あの女性を探すためにホテルに戻る予定だったが、結局交通事故に遭ってしまった。   ここ数日、企業の株価を維持するのに忙しい伊川海たちは、不審な者が隙間を狙って乗り込むことを防ぐため、その日の事故を調査する余裕はなかった。そのため、菊池雅彦は何も言わなかった。 「調査を続けろ。どんな手がかりも見逃すな」  菊池雅彦は平静な口調で言いつけた。指示を引き受けた伊川海がすぐにその場を去っていった。   仕事を済ませた菊池雅彦は、書斎から出てきたところで、病院から帰宅した日向桃に出くわした。  彼女は昨夜よく眠れなかったうえ帰る途中の情景に触れて悲しみを感じたため、今は綿のように疲れてしまっていた。今彼女は早く静かな場所で気持ちを落ち着かせたいと思っていたが、ドアを開けると、ちょうど菊池雅彦と視線が合った。 菊池雅彦は冷たい目つきで彼女の赤く腫れてしまった目を見つめた。  この女、母親を見舞いに出かけると言ったが、実際は人に愚痴をこぼしてきたのか?  昨夜の彼女の様子はやっぱり自分を騙すための演技だった。お金には目がなくて欲深い女に違いなかった。  菊池雅彦は顔が冷たくなった。「どうした?朝は家で平静を装っていたのに、結局、我慢できずに人に涙ながらに愚痴をこぼしてきたのか?」  日向桃は彼の急な話に戸惑った。彼の要求について、日向桃は全て応じていたのに。ただ悲しいことで涙を浮かべた自分は、彼にこういうふうに思われていたなんて…  しかし、現在の状況を考えると、日向桃は心の中の悔しさを抑え込んだ。「申し訳ありません。私は母親に会えて非常に嬉しかったからです。あなたが言ったようなことではない...」彼女の話にいらいらした菊池雅彦は直接話を遮って、「お前が何をしたかは僕には関係ない。しかし言っておくが、僕と結婚することについて不満に思うなら、その思いを押し殺してくれ。僕はこの家でおまえの泣きそうな顔など見たくない。また、外でお前に関する噂話を耳にするのも好ましくない」と口を挟んだ。 言い終わると、菊池雅彦は振り返ることなく歩いていった。 無言で立ち尽く
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第13話

 ただ、バスって? 菊池雅彦の認識には、そんなものは存在しないのだ。 日向桃の家族は立派な名門ではないけれど、日向家のお嬢様がバスを移動手段とするほどは貧しくはないだろう。 そのため、日向桃がまったく理解できない存在だと菊池雅彦は感じた。 彼は立ち上がって自分の部屋に戻っていった。 ドアを開けると、椅子に座って複雑な表情を浮かべている日向桃が見えてきた。 そのメモを渡した後、日向桃は少し後悔していた。 もし菊池雅彦は度量が狭くて、メモのことに固執する男であれば、自分がお金を返さないといけなくなるだろう。そうすると、困るのはやっぱりこちらだ。 そう考えると、日向桃は非常に悔やんでいた。最近は色々な出来事があって疲弊した自分は頭がすっきりしていないのだろう。 菊池雅彦は興味深そうに後悔だったり怒りだったり複雑な顔をした日向桃を見つめ、しばらくしてから軽く咳払いをした。 声を聞いた日向桃は菊池雅彦に気づいた。おどおどしながら彼を見た。 「あの、私は雅彦様を怒らせるつもりはありません。ただ、私たちの約束を破ることは何もしていませんから、私を疑うことをおやめください」 菊池雅彦はしばらくの間沈黙を続けた。日向桃が謝ろうとしたとき、菊池雅彦は淡々と「ああ」と一声返した。 その後、彼は日向桃がいないかのようにくつろぎ、本を取って読み始めた。 菊池雅彦が何を考えているのか分からない日向桃は、彼が怒っていないことを見て一安心した。 日向桃は本を持って外に出ようと思ったが、その時、菊池雅彦が頭を上げて彼女を一瞥した。 彼女の服はやや古くて、袖口や襟元の部分には色あせが見られることに気づいた。    彼は思わずに眉根を寄せた。これほど色あせた服を着続ける人を見たことはなかったのだ。 「待ってくれ」 男の冷たい声が響き渡った。日向桃は足を止め、緊張で全身が固くなった。 やはり、この男は自分をそう簡単には許さないだろう。 日向桃はさんざんと怒鳴られる心の準備を整えたが、菊池雅彦は指で机を軽くたたきながら、「うちではお前の服を用意してないのか?」と聞いてきた。 「え?」と思った日向桃は自分が着ているのが部屋着であることに気付いた。長年着てきたものだった。日向家は今まで彼女にはお金をあまりかけたくなかった
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第14話

 菊池雅彦は電話に出た。「佐和君、久しぶり。何か用があるのか?」 菊池佐和は彼の兄である菊池英傑の次男であった。菊池英傑夫婦と菊池雅彦は水と油のようで、何かにつけて対立している。しかし、両親と違って、菊池佐和は菊池雅彦と非常に仲が良かった。 菊池佐和は幼いころから人を治す医者に憧れていた。そのため、家業を継ぐことを諦めて医学の道を選んだ。また、彼は親の支配から抜け出すために、大学の学費を自分で稼いだ。現在、優秀な成績で海外留学中であった。 だから、叔甥二人の関係は菊池佐和の親に影響されなかった。 「実はお祖父様は叔父さんが目を覚まして結婚したと教えてくれたから、そんな大事なことは本人から聞きたいと思って電話を掛けたんだ」 彼の話を聞いて、菊池雅彦は眉をひそめた。「海外でも知ってるのか?」 「お祖父様が教えてくれたからだ。本当に気になってね。叔父さんと結婚して、またお祖父様にも絶賛されてる女性が一体どんな人物なのか知りたいんだ。国に帰ったらぜひ紹介してくれよ」 口もとに微笑を漂わした菊池雅彦は話題をそらした。その時、日向桃と既に離婚してしまっているかもしれないからだ。 しばらく話をした後、菊池佐和は電話を切った。 彼がぼんやりとしている間に、国内で彼を待っているあの女の子を思い出した。 海外でのここ数年間、菊池佐和は勉学の傍ら、日向桃の母親の手術を行うことができるロス医師を探し続けていた。 ロス医師は医術が高いが、性格が変わっている。一般の人は彼に会うことができないため、病気を見てもらうのが殆ど不可能なのだ。菊池佐和も偶然のことでロス医師と連絡を取った。 ただし、ロス医師は菊池佐和に対して、戦火の下の国境にある小国で救助活動を一緒に行うよう要請した。その代わりに、ロス医師は手術を行うことを約束した。 ここに半年近く滞在していた菊池佐和は、日向桃に心配を掛けたくないし、また彼女の声を聞くと我慢できずに国に帰りたくなることを恐れたため、彼女と連絡しないと決意した。  ここでの救助活動を済ませた後、彼はロス医師と共に国に帰り、日向桃の母親を元気にするために手術を行い、そして日向桃にプロポーズする予定だった。 その美しい場面を想像しながら、菊池佐和は思わず口角を上げ、スマホの待ち受け画面の日向桃の写真に強くキスをした
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第15話

 車は風のように一気に須弥市で最も有名な高級ショッピングモールに駆けつけた。  「日向様、ここでごゆっくりお買い物なさってください。帰りたいときは電話をください。迎えにきます」 会社でまだ用事があるため、伊川海は日向桃に一言話した後、すぐ立ち去った。 日向桃も彼を引き止めることなく、軽く頷いてから一人で中に入っていった。 中にある多種多様な商品や値札に書かれた目を見張るほどの高額は、彼女を仰天させた。 父親に家から追い出されて以来、こうした場所には滅多に足を運ばなかった。前回、ここに来たのはやはり菊池佐和に連れられてきた時だった。 菊池佐和のことを思い出すと、彼女は少し気落ちしてしまった。記憶を頼りに前回訪ねたその店にたどり着いた。当時、試着したその服が一番目立つ所にかかっているのが見えた。 当時菊池佐和が言った言葉をちゃんと覚えていた。彼女にプロポーズする日には、このようなドレスをプレゼントして、その日、彼女はきっと世界一美しい女性になるだろうって。 懐かしい思い出に浸る彼女は店に入って、そのドレスに触れようとした瞬間、尖った声が響いた。「あら、マナーがわからないの?ここでは服は触っていいものじゃないのよ。汚れたら弁償できないでしょう」 振り返ると、店員一人が嫌悪に満ちた顔で背後に立っていた。 日向桃はいかにも滑稽でばかばかしいと思った。実際、そんな高価なドレスを買おうとは思わなかった。もしこの店員がちゃんと話してくれれば、気にしなかっただろう。 しかし、この店員は自分を乞食と思い、このドレスを汚すことを心配していた。店員の話を聞いて、日向桃は泣き寝入りしたくなかった。「これは試着用に出してあるんでしょ?」と強く反発した。 「その通りです。ですが、買えないでしょう」店員は彼女が着ている安価な服を見ながら、皮肉っぽい口調で言った。 日向桃は店員のばかばかしい話に笑ってしまった。何か言おうとしたその時、外から女性の皮肉声が聞こえてきた。「何事?こんな所でだだをこねて暴れる人がいるとは思わなかったわ。恥を知りなさい」 日向桃が目を声の方に振り向くと、店の入口から男女二人が入ってきた。 高級ブランドの服を身にまとった女は、貴族のように見える。隣の男は長身で容姿端麗だ。見た目だけから言うと、なかなか魅力的だ
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第16話

 きっとそうだと小林夢は心の中で自分に言い聞かせた。 以前の日向桃は大変な美人だったが、着るものに無頓着でいつも地味な服を着ていた。しかし今、無制限に使えるブラックカードを持ってショッピングするなんて、囲われているのでなければなんなのだろうか。 そう考えると、小林夢は店を出たくなくなった。店内の他のドレスを見ているふりをしながら、日向桃のほうをこっそりと見た。 しばらくしてから、日向桃が試着室から出てきた。 その瞬間、店内の人々は一斉に目線を彼女に向けた。 普通派手に着飾らない日向桃は、シンプルな無地のドレスを着ていた。彼女の肌白い顔には化粧をしていないが、生まれたての赤ちゃんのように潤っていた。 そして、真っ黒でつやのある美しい髪は肩のあたりに垂れ下がり、何本かの髪がぱらりと額に落ちていた。彼女が美しい百合の花のように見え、なかなか視線をそらせなかった。 その瞬間、渡部俊介はあっけにとられて我を忘れてしまった。再び大学時代に戻ったように感じた。当時の彼も、日向桃の美しさにすっかり魅せられたのだ。 日向桃をじろじろ見ている渡部俊介の様子を目にした小林夢は、非常に不快な気持ちになった。 初めて渡部俊介に会った時に、小林夢は彼に一目惚れしてしまったが、当時彼の頭の中には日向桃という女しかいなかった。 立派な家柄を頼りにやっとこの男を自分の彼氏にしたが、今また日向桃に目を奪われてしまったなんて… この恥をどうしても受け入れられないのだろう。だからこそ、今日日向桃の化けの皮を剥がなければならないと小林夢は決心した。 そう考えながら、彼女は前に出て渡部俊介の視線を遮った。「桃ちゃん、久しぶりに会ったけど、あなたって相変わらず清純な様子を装って男を誑すのが好きなのね。当初、日向家は一族の名誉を傷つけないように、だらしないあんたを家から追い出した。けれど、本性は変えられないわよね。誰かの愛人になって、またその経験をひけらかすとは、本当に日向桃らしいわ」 そのドレスが自分によく似合ったことを見て、日向桃は非常に嬉しかった。しかし、小林夢の話を聞いて、その良い気分は一気に消えた。日向桃は彼女を見ながら「小林さん、誹謗中傷が法律違反であることを知らないのですか?口を開けば汚い言葉ばかりとは。小林さんは心が汚れているから、何を見ても汚れ
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第17話

 お互いに譲り合わない二人はすぐに乱闘となった。通りかかる人々の注目を集め、やがて店は人々に囲まれてしまった。店側もすぐに警備員を呼んできた。駆けつけてきた警備員は二人をすぐに引き離した。 小林夢は幼い頃から甘やかされてきたため、日向桃の相手にはならなかった。結局、日向桃にさんざんと殴られる憂き目に遭った。 人々が集まってくるのを見た小林夢は、あるアイデアを頭に浮かべた。彼女は傷だらけの顔を見せながら大声で泣き始めた。「みなさん、この極悪の女をよく見てください。この人は高校時代から下品な男らと付き合い、今はどこかのお金持ちに囲われています。人を踏み付けにするほど非常に傲慢な人なんです。こんな恥知らずの女がまさかこの世にいるなんて!」 これらの「罪状」を認めない日向桃は、「あくどい言葉で人を中傷するのも違法よ」とすぐに反発した。 「中傷って?」小林夢は渡部俊介を指差しながら言った。「俊介、彼女はあなたと同じ学科だった。他の人は知らないかもしれないけど、あなたは彼女のことをよく知っているでしょ?今まで、これほど贅沢にお金を使うのを見たことがありますか?」  それを聞いて、渡部俊介は心が乱れた。確かに、当時の日向桃は貧乏そうに見えた。そのため、彼は日向桃を諦めて、その代わりに小林夢を選んだ。 何と言っても、小林夢の家柄も自分によい機会を提供してくれるのだ。そこまで考えると、彼はそばで相づちを打った。「先輩として、今のあなたを見ると、心が本当につらいです」 渡部俊介の話を聞いて、日向桃は何も言うことがなかった。以前、彼女はこの男を拒否したことで少し後ろめたさを感じていたが、今はただのひも男に過ぎないと思った。 渡部俊介ははっきりと言わなかったが、その裏の意味は誰もが理解した。だから、周りの人は小林夢のほうに傾き始めた。    「このひとは清らかできれいに見えますが、実際はこんなに下品なひとなんです」  「ああ、今社会の気風が日に日に悪くなってしまった。でも、囲われる女としてここまで思い上がるとは。珍しいね」  「ちゃんと罰を与えるべきだ。さもないと、彼女のような女がいっそう図々しくなるだろう。警察に通報して、このような人を逮捕し、反省させるべきだ」 周りから応援の声を聞いた小林夢は得意げな顔を見せた。彼女は日向桃を見ながら
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第18話

 ショッピングモールから出た日向桃は、すぐに菊池雅彦の車を目にした。頭を下げて自分のみすぼらしい姿を見て、彼女は少し緊張した。 今日の喧嘩では負けなかったけれども、菊池家はやはり名門の家柄で、もし菊池雅彦に今日のことを知られたら、きっとさんざん怒鳴られてしまうだろう。 しかし、逃げても問題を解決できないのだ。彼女は深呼吸して、勇気を振り絞って車に乗り込んだ。 幸いなことに、菊池雅彦は手元のノートパソコンをずっと見ていて、彼女にはあまり関心を持っていなかった。 日向桃は一安心して、身を縮めて窓の外を見つめ、菊池雅彦と目線を交わさないようにしていた。 車は穏やかに進んでいた。今日のことはこれで終わるだろうと思った矢先、菊池雅彦の目が淡々と彼女に向けられた。 乱れた髪、そして体に残った引っかき傷を見て、菊池雅彦の眉は少ししかめられた。 「どうしたんだ?」 日向桃は先生に名前を呼ばれた生徒のようにおどおどしながら、「ごめんなさい、これから気をつけます」と言った。 「お前は菊池家の一員として、一挙手一投足は菊池家を代表しているのだ。服を買う時にもトラブルを起こしたとは。そんなことなら、これからはうちでおとなしくいてくれ。許可なしに外出は許さない」 本来、菊池雅彦に叱責される覚悟をしていたが、急に行動の自由が制限されると聞いた日向桃は焦った。「雅彦様、今日の件は私が悪かったですが、こちらからトラブルを起こしたわけではなく、他の人が…」 「お前の言い訳は聞きたくない」菊池雅彦は容赦なく彼女の話を遮った。 日向桃は力強く唇を噛みしめ、しばらくしてから話を続けた。「雅彦様、今日は私の衝動的な行動で、菊池家の名誉を汚しそうになったことについて、心からお詫び致します。罰を受けますが、自由を制限されることはどうしても受け入れられません」 母親がこの間転院したばかりで、間もなく手術を受けることになった。唯一の娘として、日向桃は母親のそばに付き添わなければならないのだ。 日向桃が言い終わると、男がノートパソコンをパチンと閉めた。そして、不快そうな視線が彼女に向けられた。「お前、僕に文句をつけているのか?」 彼の口調はゆったりとしていたが、物凄い圧迫感が込められていた。 「母親の面倒を見るために、病院に出掛けなければなりません」
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第19話

 日向桃は軽くため息をついて、周りを見渡したが、ここがどこかが分からなかった。非常に辺鄙な場所のようで、人影さえ見当たらなかった。 仕方なく、彼女は歩きながら、便乗させてもらえる車を探した。 … 日向桃が降りた後、伊川海は後ろの道を見て、非常に辺鄙な所だと思った。誰かが迎えに来なかったら、日向桃は自分で帰れないかもしれなかった。 「若旦那様、奥様一人では…」 「お前も降りたいのか?」 菊池雅彦は冷たい口調で話した。すると、伊川海は口を閉ざした。 菊池雅彦は手元の文書を開いたが、それを読む気は全くなかった。 日向桃の話を思い出すと、男は顔色がますます暗くなった。しばらくして、男は突然口を開いた。「あの女の今までの経歴を調べろ」 日向桃の話について、彼は全く信じなかった。あの欲深い女はいつも母親の病気を口にしていて、それで同情を引こうとしていたのだ。 指示を受けた伊川海は、すぐ人に調査を指示した。間もなくその結果報告が菊池雅彦のメールボックスに届いた。 彼はメールを開き、ざっと目を通した。確かに日向桃は十代で日向家を出て、母親と二人で働きながら生活してきた。それを知ると、彼は目に驚きの色を浮かべた。 今まで菊池雅彦は日向桃にそれほど興味を持っていなかった。ただ自分の要請に従順であれば十分だと思っていたが、今日の調査結果はやはり思いがけないものだった。 そう考えると、彼女が実際には思っていたようなダメ人間ではないのだ。  菊池雅彦は車窓を指でたたき、徐々に暗くなってきた空を見ながら「引き返せ」と言った。 … 日向桃は道をずっと歩いていたが、顔に雨粒が落ちてはじめて空を見上げた。空が真っ暗になって大雨が降りそうだった。 自分は本当に運が悪いと思った彼女は、疲れ果てて道端に座り込んで、ただ道をぼんやりと眺めた。 今日、菊池雅彦を完全に怒らせてしまった。家に帰って、彼がまだ怒りを収めていなければ、約束したお金が全部水の泡になってしまうのではないかと心配していた。 日向桃は深く考え込んでいて、戻ってきた菊池家の車にも気づかなかった。耳障りなクラクションの音で彼女を現実に引き戻した。 頭を上げると、戻ってきた菊池雅彦の車が目に入った。彼女は少し困惑した。 乗るか乗らないか迷っていると、菊池雅彦が淡
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第20話

 菊池雅彦はしばらくぼんやりとして我に返ってから、軽く咳払いをして、「僕を後悔させたくなければ、黙ってくれ」と言った。 日向桃はすぐに黙っていてくれた。こびへつらいたかったが、かえって怒らせてしまうようなことをしたくなかったのだ。 二人は無言のままだ。 菊池永名と一緒に夕食を済ませてから部屋に帰った。 … 翌朝、菊池雅彦は一早く目を覚ました。 目を開けると、珍しく早起きしない日向桃が、床で静かに眠っているのが見えた。 ぐっすりと眠っていて、たぶん昨日のことで疲れ果てたのだろう。全く目覚める気配がない彼女は、華奢な体を丸めて眠っていた。 菊池雅彦は思わず昨日の調査結果を思い出した。十代の少女が自分と病気になった母親を支えるために、働かなければならない姿が目の前に浮かんできた。 その瞬間、彼女が不運や苦境にあって痛ましいと感じた。 彼女に対してそんなに厳しくあるべきではないのかもしれない。 そう考えると、菊池雅彦は彼女に向かい、彼女を起こしてベッドで続けて眠ってもらおうとした。 しかし、彼女に近づいた瞬間、眠っている女が突然寝返りを打ち、長い脚が菊池雅彦の足元に置かれた。 日向桃の脚につまずいた菊池雅彦はやむを得ず、彼女の体の上に直接圧し掛かる状態になった。 美しい夢を見ている日向桃は、突然の重さに驚いて目を覚ました。 目に映ったのは、すぐ目の前の菊池雅彦の整った顔だ。 日向桃は思考が一瞬にして停止したが、気づいたら、本能的に悲鳴を上げた。「きゃ... うっ!」 菊池雅彦はためらうことなく、彼女の叫びを止めるために最も直接的な方法をとった。 彼は妖艶な唇で日向桃の口を封じた。 この行動で、日向桃の元々混乱とした頭が真っ白になって、心臓も胸から飛び出すほど激しく鼓動していた。 気づいたら、日向桃は手を伸ばして、力強く菊池雅彦を押し退けた。 押し退けられた瞬間、菊池雅彦は普段誇りの理性を取り戻した。彼は信じられない顔をした。 自分は一体何をしたのだろうか? これまで彼に近づきたがった女性はたくさんいたが、誰にも心を動かしたことはなかった。あの夜の出来事は例外だ。 しかし、この女を前に、彼は頭が一瞬空白になり、そのような行動を取ってしまった。 日向桃が落ち着いた後、手で唇を力を
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