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第12話

 「監視カメラの映像を取るために、ホテルに行きましたが、1ヶ月前の映像は、すでにホテル側に削除されてしまったようです」

 伊川海の話を聞いて、菊池雅彦は眉をひそめた。その日、あの女性を探すためにホテルに戻る予定だったが、結局交通事故に遭ってしまった。

 ここ数日、企業の株価を維持するのに忙しい伊川海たちは、不審な者が隙間を狙って乗り込むことを防ぐため、その日の事故を調査する余裕はなかった。そのため、菊池雅彦は何も言わなかった。

 「調査を続けろ。どんな手がかりも見逃すな」

 菊池雅彦は平静な口調で言いつけた。指示を引き受けた伊川海がすぐにその場を去っていった。

 仕事を済ませた菊池雅彦は、書斎から出てきたところで、病院から帰宅した日向桃に出くわした。

 彼女は昨夜よく眠れなかったうえ帰る途中の情景に触れて悲しみを感じたため、今は綿のように疲れてしまっていた。今彼女は早く静かな場所で気持ちを落ち着かせたいと思っていたが、ドアを開けると、ちょうど菊池雅彦と視線が合った。

 菊池雅彦は冷たい目つきで彼女の赤く腫れてしまった目を見つめた。

 この女、母親を見舞いに出かけると言ったが、実際は人に愚痴をこぼしてきたのか?

 昨夜の彼女の様子はやっぱり自分を騙すための演技だった。お金には目がなくて欲深い女に違いなかった。

 菊池雅彦は顔が冷たくなった。「どうした?朝は家で平静を装っていたのに、結局、我慢できずに人に涙ながらに愚痴をこぼしてきたのか?」

 日向桃は彼の急な話に戸惑った。彼の要求について、日向桃は全て応じていたのに。ただ悲しいことで涙を浮かべた自分は、彼にこういうふうに思われていたなんて…

 しかし、現在の状況を考えると、日向桃は心の中の悔しさを抑え込んだ。「申し訳ありません。私は母親に会えて非常に嬉しかったからです。あなたが言ったようなことではない...」

彼女の話にいらいらした菊池雅彦は直接話を遮って、「お前が何をしたかは僕には関係ない。しかし言っておくが、僕と結婚することについて不満に思うなら、その思いを押し殺してくれ。僕はこの家でおまえの泣きそうな顔など見たくない。また、外でお前に関する噂話を耳にするのも好ましくない」と口を挟んだ。

言い終わると、菊池雅彦は振り返ることなく歩いていった。

無言で立ち尽くしていた日向桃は、手をぎゅっと握りしめた。

彼女はきちんと説明したかったが、この男、何とも理解しがたい存在だった。

怒りを抑えながら、彼女は部屋に戻った。

しかし、考えてみると、やはりこの屈辱を受け入れられないと感じた日向桃は、紙とペンを取り出して、メモを一枚書いた。部屋の外に出ると、ちょうど菊池雅彦にコーヒーを運んでいく使用人に出会った。彼女はそのメモをトレイに置いた。

書斎で文書を見ている菊池雅彦は、コーヒーを受け取った時、そのメモに気づいた。開いてみると、一行の整った字が目に入った。

「一流の人である雅彦様は太っ腹で気前がよい。他の事はともかく、お金だけ考えてみると、あなたと結婚するのが悔しいと思ったことは一度もありません。ですので、自信を持ってください。この私にふさわしくないと思わないでください!」

人生で初めてこのような口調で揶揄された菊池雅彦は、怒ることなく、むしろこの女に興味を持ち始めた。

優しそうに見えるこの女が、実はハリネズミのような存在だった。彼女にかみつこうとする者は、刺されることになるだろう。

彼は突然、日向桃の行方に興味を持ち始めた。そのため、携帯電話を取り出して伊川海に電話をかけた。「あの女が今日どこに行ったか調べてくれ」

伊川海は最初あの女が誰か分からなかったが、すぐに奥様の日向桃を指していると分かった。

 間もなく調査の結果報告書が菊池雅彦の前に出された。

 そこには日向桃がバスに乗って病院に行き、そしてバスで帰宅したと書かれている。不適切な場所には行っていないことは明らかだった。

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