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第18話

 ショッピングモールから出た日向桃は、すぐに菊池雅彦の車を目にした。頭を下げて自分のみすぼらしい姿を見て、彼女は少し緊張した。

 今日の喧嘩では負けなかったけれども、菊池家はやはり名門の家柄で、もし菊池雅彦に今日のことを知られたら、きっとさんざん怒鳴られてしまうだろう。

 しかし、逃げても問題を解決できないのだ。彼女は深呼吸して、勇気を振り絞って車に乗り込んだ。

 幸いなことに、菊池雅彦は手元のノートパソコンをずっと見ていて、彼女にはあまり関心を持っていなかった。

 日向桃は一安心して、身を縮めて窓の外を見つめ、菊池雅彦と目線を交わさないようにしていた。

 車は穏やかに進んでいた。今日のことはこれで終わるだろうと思った矢先、菊池雅彦の目が淡々と彼女に向けられた。

 乱れた髪、そして体に残った引っかき傷を見て、菊池雅彦の眉は少ししかめられた。

 「どうしたんだ?」

 日向桃は先生に名前を呼ばれた生徒のようにおどおどしながら、「ごめんなさい、これから気をつけます」と言った。

 「お前は菊池家の一員として、一挙手一投足は菊池家を代表しているのだ。服を買う時にもトラブルを起こしたとは。そんなことなら、これからはうちでおとなしくいてくれ。許可なしに外出は許さない」

 本来、菊池雅彦に叱責される覚悟をしていたが、急に行動の自由が制限されると聞いた日向桃は焦った。「雅彦様、今日の件は私が悪かったですが、こちらからトラブルを起こしたわけではなく、他の人が…」

 「お前の言い訳は聞きたくない」菊池雅彦は容赦なく彼女の話を遮った。

 日向桃は力強く唇を噛みしめ、しばらくしてから話を続けた。「雅彦様、今日は私の衝動的な行動で、菊池家の名誉を汚しそうになったことについて、心からお詫び致します。罰を受けますが、自由を制限されることはどうしても受け入れられません」

 母親がこの間転院したばかりで、間もなく手術を受けることになった。唯一の娘として、日向桃は母親のそばに付き添わなければならないのだ。

 日向桃が言い終わると、男がノートパソコンをパチンと閉めた。そして、不快そうな視線が彼女に向けられた。「お前、僕に文句をつけているのか?」

 彼の口調はゆったりとしていたが、物凄い圧迫感が込められていた。

 「母親の面倒を見るために、病院に出掛けなければなりません」

 「日向家は介護士を雇うお金さえ持ってないとでもいうのか?」

 日向桃は彼の言葉を聞いて、怒りがこみ上げてきた。日向家は介護士を雇うお金がもちろんあるが、母親に手を差し伸べるより、日向明は愛人にブランド品を送るほうを選択した。

 彼らの気持ち悪い顔を思い浮かべた日向桃は思わず「信じてくれなければ、誰かに聞いてみてください。母親が病気になって以来、ずっと私一人で母の世話をしています。みんな、雅彦様のようにお金で全ての問題を解決できるわけではありません」と言った。

 菊池雅彦は顔色が一層陰鬱になった。車内の雰囲気もますます圧迫感を増していた。

 「止まれ!」

 菊池雅彦の不機嫌な声が響き、車は急停止した。

 「降りろ」と男は冷たく命じた。

 反応する間もなく、日向桃は車から投げ出されてしまった。

 去っていく車の後ろ姿を見ながら、彼女の口元には苦い笑みが浮かんだ。

 彼女は菊池雅彦と平等な関係にあるのではなく、お金で買ってきた偽りの妻に過ぎないということを日向桃は忘れてしまっていた。菊池雅彦と条件を交渉する資格なんか、彼女にはないのだ。

 しかし、母親を一人で病院に置き去りにするわけにはいかなかった。

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