突然「ガタンッ」と音が鳴り、エレベーターが少し揺れた。広瀬雫は少しぼうっとしていて、その衝撃で体のバランスを崩してしまい、横にいる男性のほうへ突然倒れてしまった。彼女はあまりに突然のことだったので、エレベーターにある手すりを掴む暇もなく、すでに白シャツを着た男性の胸元まで顔が近づいていた。その距離はとても近く、広瀬雫は男性の香りが鼻に入ってきた。清々しく、少しタバコの匂いがした。「広瀬さん!」坂本美香は広瀬雫の後ろに安定して立っていて、彼女が倒れそうになったのに驚き、急いで手を引いた。さっきバランスを崩したときに、広瀬雫は誰かの手が簡単に彼女の腰のあたりを抱きとめるのを感じた。その手は骨ばっていて、とても力強かった。「広瀬さん、大丈夫ですか?」坂本美香は心配して尋ねた。幸いにも目の前の男性がすぐに彼女の体を支えてくれたおかげで完全に倒れてしまわずに済んだ。広瀬雫は有賀悠真以外の男性とは今までこのように肌が触れるような接触をしたことがなかった。彼女は体勢を整えると、坂本美香に大丈夫だと頭を横に振り、目の前の男性のほうを見た。その時も風間湊斗の表情には相変わらず余計な感情はなかった。のだが――彼の手は、まだ彼女の腰に触れたままだった。彼の手から熱い温度とその感触が伝わり広瀬雫は体を少しこわばらせた。「風間社長......」広瀬雫は少し気まずそうにしていた。このように狭いエレベーターの中では誰かに当たってしまうことはよくあることだから、彼女も特別驚いたりはしないのだ。しかし、彼のその手は......本来横目で見ていた男性は頭を彼女のほうへ向けると、まるでようやく自分の手が今どういう状況なのか気づいたようで、広瀬雫の顔を一瞥し、自然な動作で手を元の位置に戻し、冷たい表情を保っていた。エレベーターにいる人たちは特に驚いていなかったので、広瀬雫もそれ以上は何も言えなかった。エレベーターを降りて、坂本美香はまだ未練タラタラな様子ですでに閉じたエレベーターのドアを見つめ、自分の胸のあたりを叩きながら言った。「やっぱり、憧れの人は遠くから見ているのに尽きますね。毎日毎日こんなに至近距離で冷たくされたら、何回昇天してしまうか分かったもんじゃないですよ」広瀬雫はニコリと微笑んでいたが、頭の中にはさっきの男性が自分を見つめ
風間グループから電話がかかってきたのは意外なことではなかったが、こんなに早く返事がくるとは思っていなかった。電話相手は今日広瀬雫がデザイン画を渡したあのプロジェクトチームの今井マネージャーで、彼は彼女に対してかなり恭しい口調だった。「広瀬様、今回のサニーヒルズ開発は風間社長が責任者です。彼は広瀬様のデザイン原稿を見て、このプロジェクトについてお話したいと言っております」広瀬雫は驚いた。風間グループ傘下が行うプロジェクトは多岐に及んでいるのに、サニーヒルズ開発を風間社長自ら責任者として行っているのか?「今井マネージャー......」広瀬雫は少し声を途切れさせながら続けた。「今回は今井マネージャーにご推薦していただきありがとうございます。時間を見つけ、有賀グループを代表しまして、必ず今井さんにお礼をいたします」今井マネージャーはそれを聞くとすぐ彼女が誤解していることに気づき慌てて言った。「お礼なんてとんでもないです。私はただ横山秘書から風間社長は今晩時間があると伺っています。広瀬様、このチャンスを逃さないようにされてくださいね」サニーヒルズは今年はじめにはすでに一番注目を集めていたプロジェクトだ。さらには風間グループが行っているもので、有賀グループがこのプロジェクトを受けることができれば、不動産業にたった足掛け二年に過ぎない会社からしてみれば大きなチャンスになる。広瀬雫は何の迷いもなく、それに答えた。この日の夜、ロイヤルガーデンホテルでデザイン画初稿の件について話し合うアポイントを取り付けてから電話を切った。坂本美香は午後会社に戻ると、自分の仕事があった。そして昼以降、広瀬雫は春日部咲の姿を一切見かけず、彼女に電話をかけても出ないので、仕方なくデザイン原稿を持って地下駐車場に行った。ロイヤルガーデンに着くと、今井マネージャーはもうそこで待っていて、彼女を見て媚びるような笑いをしてみせた。「広瀬さん、来ましたね。急いで私と一緒に来てください。風間社長はもう個室でお待ちです」「遅くなって、すみません」広瀬雫は慌てて今井マネージャーの後に続いた。もうすぐ個室に着くその手前で、今井マネージャーは足を止め広瀬雫に満面の笑みを浮かべた。「広瀬さん、今回のプロジェクトにおいて何かお困りのことがありましたら、私に何でもご相談くださいね」広
「......えっと」広瀬雫は突然の質問に呆気にとられていた。男はタバコの先端を灰皿に押し付けた。その動きはとても優雅で、その指は長く骨格まで美しかった。その時、広瀬雫はこの日、エレベーターの中で彼に支えられた時にちょうどこの美しい手が自分の腰に当てられていたことを思い出した。彼女は少しうろたえた様子で頷いた。「はい、もう二年になります」自分の結婚を考えると、広瀬雫は心にまた冷たい風が吹いた。男は彼女の急に冷え切った顔つきには目もくれないようで、そのまま続けて尋ねた。「広瀬さんはなかなかの名家のご出身でしょう。旦那さんの家はきっと広瀬さんに見合った家柄なんでしょうし、さぞや旦那さんから大切にされていることでしょうね」広瀬雫はなぜ風間湊斗がわざわざこんな話をするのか理解できず、この言葉が彼女の逆鱗に触れた。彼女は顔を暗くし、口角を下げて言った。「風間社長、今日私がここに来たのはサニーヒルズプロジェクトに関することを話すためなんですが」風間湊斗はまたタバコを手に取り火をつけようとしていたが、彼女のこの言葉を聞いて、火をつけようとした手が少し止まり、ライターをしきりに開閉していた。急に個室の中は微妙な空気が流れた。「プロジェクトの話じゃなく俺が広瀬さんのプライベートな話を聞きたいだけだとでも?」風間湊斗は少し口元を引き締め、きれいに整っている眉を眉間に少し寄せていて、この時彼は機嫌を悪くしたようだ。「広瀬さんが軽い世間話もせずに単刀直入に本題に入りたいのであれば、早速今回のサニーヒルズプロジェクトに対する特別な考えを聞かせていただこうか」ライターがテーブルの上に投げ捨てられた。ライターは「バンッ」と音をたて、広瀬雫は気まずくなってしまった。彼女のさっきの言葉は、明らかに目の前にいるこの男を怒らせてしまったようだ。もしかしたら、彼のさっきの話はただこの場の雰囲気を和ませるためだったのかもしれない。彼女は乾いた咳をして言った。「風間社長、今回のサニーヒルズプロジェクトの初稿なのですが、私個人の好みのデザインを加えてみました。例えば......」少し強引に本題に入った形だったが、風間湊斗はわざと彼女を困らせるようなことはしなかった。それでも、彼は右手の人差し指と中指でトントンとテーブルを叩いていたので、この迫力のせいで広瀬
車を運転して家に帰る途中、坂本美香が電話をかけてきて商談はどうだったのか結果を尋ねた。広瀬雫はありのままに事実を坂本美香に伝えた。もちろん、余計なあのシーンはカットしてなのだが。それを聞いて坂本美香は大喜びし、続けて彼女の憧れの男性について一通り質問してから電話を切った。デザイン画の初稿が認められたからだろう、広瀬雫の気分もなかなか晴れやかだった。家に帰ると、すでに10時ちかくで、この時間には有賀恭子はもう眠りについていた。車が有賀邸の門を過ぎると、中には一台の黒いランボルギーニが止まっていて、そこから艶かしい驚きの声が聞こえてきた。この声を広瀬雫は知っている。春日部咲だ。さっきの晴れやかな気持ちは真冬に冷水を浴びせられたかのように凍りついてしまった。広瀬雫は車の中に座り、体が硬直していた。とりわけ心が冷たかった。彼女は車のライトを消した。向かいに止まっている車のライトも消えていた。ただその車はちょうど庭園のライトの下に止めてあったので、車の中の曖昧な情景を余すことなく伺うことができた。広瀬雫は春日部咲が急いでスカートとコートを着て、有賀悠真をとがめるような目つきで見つめ、彼にしつこくキスをするのを見ていた。その時、心にまるで穴が空いたかのように、冷たい風がお構いなしに吹き込んできた。長く待ち過ぎて、一体どのくらいの時間が過ぎたのかわからないほど彼女の心は麻痺していた。有賀悠真はようやく車のエンジンをかけ、春日部咲を乗せたまま走り去っていった。広瀬雫は生気を失ったかのようにふらふらと家の中に歩いていき、直接洗面所まで行くと蛇口をひねり顔を洗おうとした。水が出てきてすぐ、彼女はズルズルと地べたにへたり込み、自分の顔を膝に埋めた。彼女と有賀悠真は初めはこのようではなかった。多くの場合、彼女が彼につきまとう形だったが、彼も彼女に優しくしてくれていた。一度も彼女を厳しく責め立てたり、苦しめるようなことはしたことがなかった。しかし、いつからだっただろうか、彼は変わってしまった。彼はある時から彼女が彼のためにする事は一切見ることもなくなり、ひたすら徹底的に彼女を苦しめ始めたのだ。体中が冷えてきて、広瀬雫は寒さで身震いをし、ようやく蛇口をひねったままなことに気がついた。そして洗面所の床はすでにかなり水が溜まってお
彼女は低い声で笑っていた。その笑い声はとても冷ややかだった。「有賀悠真、あなたは私に無関心だと思ってたけど。それとも、まだ私なんかのことを気にしてくれているのって聞くべきかしら?」有賀悠真は何も言わず、唇を固く歪めていた。広瀬雫はとても苦しくなり、仏頂面でそれ以上は何も言わず、そのまま上の階にあがっていった。長時間冷たい水に当てられていたせいなのか、この日の夜広瀬雫は微熱が出て、眠りについてからしばらく夢を見ていた。有賀悠真と初めて出会った時のこと、それから彼が他の女性と愛し合っているのをただ黙って見ていた時のこと、そして最後に彼とやっと一緒になり結婚したこと、最後は結婚式の情景だった。有賀悠真は両目を真っ赤にさせて、疲れた表情に彼女を憎む目つきで冷たく彼女に尋ねた。「もう一度言え。俺に何か申し開きできないようなことをしなかったか!?」彼女は手を握り締め、力いっぱい頭を横に振って否定した。有賀悠真の顔色は一瞬にして暗くなった。「わかった。おまえの望むようにしよう」彼の憎しみに満ちた顔が夢の中に再び現れ、広瀬雫はようやく驚き目を覚ました。広瀬雫は体を起こし、ブランケットを抱きしめ、深く呼吸をした。時間を見ると、まだ明け方の4時だったが、それからはどうしても眠ることができなかった。次の日の朝起きる時、目の周りにはやはり大きなクマができていて、ファンデーションを厚塗りしてやっと誤魔化すことができた。下の階では、有賀悠真がちょうど食卓で朝食をとっていて、有賀恭子が隣でブツブツと小言を言っていた。小言はどうせ彼に毎晩早く帰って来るようにとか、広瀬雫に一人で寂しくさせないようになどの話でしかない。普段の有賀悠真はそれに耐え切れなくなり、有賀恭子の話を遮ってしまうのだが、今日は珍しくそれに反発することはなく、階段の上にいる広瀬雫の姿を見て、これまた珍しいことに「分かった」と一言答えた。有賀恭子はとても嬉しそうにしていた。彼女は振り返って階段の踊り場にいる広瀬雫を見ると、すぐに喜色満面になり彼女に手招きをした。「雫ちゃん、早く降りてきて朝ごはんを食べましょう」明らかに自分の息子が理解してくれたと思っているようだった。広瀬雫の表情は乏しく、有賀恭子に軽くお辞儀して低い声で言った。「お義母さん、今朝は用事があるので、家でごはん
「あなたはAグループ、私はBグループのリーダーよ。私達は会社での立場は同じじゃないの!広瀬雫、こんなふうに会社の上層部の意向を無視するなんて、もしかして風間グループに対して人には言えないような取引でもしてるんじゃないでしょうね。それが私にバレるのが怖くて、こうやって私をないがしろにしているんじゃないの!」騒ぎを聞きつけて野次馬社員がどんどん集まって来ると、春日部咲の目に嫉妬と憎しみが現れた。「あー、分かったわ。風間グループがこんなに簡単に今回のプロジェクトを任せたってことは、広瀬雫、あなたもしかしてプロジェクト担当のあの今井マネージャーと......」彼女はそこで話を止めると、同僚たちの目に広瀬雫に対する軽蔑の色が出てきたのを見て、得意げになってまた続けた。「広瀬雫、あの今井マネージャーはあなたの父親くらいの年齢でしょう。年取ってるし、カッコよくないし。あなた会社のために自分を犠牲にしちゃってさ、もし最終的に私たちの会社が風間グループに選ばれなかったら、あなた大損じゃないの?......そうだ、あなたが好きなのは有賀社長でしょう?社長を誘惑したけど、ダメだったからって、あんな奴に乗り換えなくたっていいじゃないの......あ――!」「もう十分かしら!」広瀬雫はコーヒーカップを手に持ち、目の前にいる熱いコーヒーをかけられた女を冷ややかな目で見つめた。彼女はこの目の前にいる女が有賀悠真の好みであることに嫌悪感を覚えた。こんなに虚栄心が強く愚かで、口の汚い女を彼は喜んで受け入れられるのに、自分のことは拒絶するのだから。彼は一体どれほど自分のことを嫌っているというのか!どうしてこのように自分の自尊心を傷つけなければならないのか!「ああ!広瀬雫、あんた......このクソ女!」春日部咲が今日着ている服は有賀悠真が彼女に買ってあげたシャネルの上下セットで、合わせて彼女の年収でも足りない値段だ。茶色のコーヒーが襟元からポタポタと落ちていて、ひどく醜い縦線になり、彼女は発狂してしまいそうだった!「言葉遣いには気をつけなさいよ」広瀬雫は頭がクラクラするのを我慢し、カップを持つ手と逆の手を体の横に下げ力強く握り締めた。「あのデザイン原稿がすぐに採用されて、私も驚いているのよ。でも、昨晩の食事では風間社長とデザイン原稿について話し合っただけ。あなた、風
広瀬雫はペンを持つ手を止め、彼のほうは見ずに言った。「私と一緒に帰ってくれなくていいわ。帰ったらお義母さんに私から説明しておくから」「なにを説明するって?」有賀悠真は顔を曇らせ、目を細めた。「広瀬雫、まさか怒ってるんじゃないだろうな?おまえはこんなことで駄々をこねるような女じゃないと思っていたが」駄々をこねる?広瀬雫は目を閉じた。じゃあどのような人がそうではないというのだろうか?「私の夫は先に愛人と一緒に服を買いに行って、それから私を迎えに来て一緒に家に帰るって。有賀悠真、あなた本当に自分がひどい人間じゃないって思ってるの?」今や自分もデザイン原稿に集中することができないと分かり、広瀬雫はいっそのことペンを置き、目線を目の前の絶世のイケメンのほうに移した。彼は実際にとてもルックスが良い。高く整った鼻、薄い唇にその瞳。優しくなれば、彼に見つめられたいと思う女性は世界中にいるだろう。このような男性を好きにならない女性はこの世にいるだろうか?「これ以上用がないのであれば、有賀社長、お先にどうぞ。私はまだ仕事がありますので、あなたに構ってる時間なんてないんです」広瀬雫は彼に出て行けと言わんばかりに告げた。有賀悠真はすでに怒りが頂点に達していた。彼は凍るような冷たい目線で広瀬雫を睨み、最後にふんと鼻を鳴らし去っていった。「勝手にしろ!」広瀬雫は有賀悠真が去っていく背中を見つめ、しばらく深く呼吸をして気持ちを整えた後、ようやく窒息しそうな感覚が和らいできた。携帯が鳴り、彼女はその着信相手を見ると顔色が一気に青くなり、出らずにそのまま電話を切ってしまった。そして携帯を適当に机の上に放り投げ、広瀬雫は目の前のデザイン原稿を見つめ呆然としていた。......退勤時間となり、春日部咲はおめかしをして先に会社を出て行った。広瀬雫は無表情で彼女が去っていく後ろ姿を眺めていた。彼女は会社に残り、そのままデザイン画の修正を行った。風間湊斗の個人資料を調べて見たことがある。彼が昔どのような不動産プロジェクトに関わったのか、その中から有用な情報を引き出したかったのだ。例えば、彼はどのようなスタイルの建築に興味を持っているかを理解し、それを自分の作品に取り入れようと思っているのだ。そして偶然、彼に関する動画を目にした。そ
クラブルミナスにて。広瀬雫は店員の案内でようやくロビーの片隅にひっそりといた長谷川優花を見つけだした。彼女が近づいていった時、長谷川優花はつまらなさそうに、自分の前にあるレモンジュースをシャンパンの中に入れながら、頻繁に頭を上げてそのコーナーのすぐ横にある一本の廊下のほうをチラチラと見ていた。「何を見てるのよ?」広瀬雫は彼女の向かい側にある椅子に座ると、ようやくモヤモヤとしていた頭が少しだけスッキリするのを感じた。長谷川優花は彼女が来たのを見ると、瞳がすぐにキラキラと輝きだした。彼女は広瀬雫に手招きをし、少し興奮した様子で声のトーンを抑えて尋ねた。「あなた、風間家の三男坊を知ってる?」広瀬雫は彼女のその言葉の意味をはっきりと理解した。ただ今日の彼女は体の調子が悪く、元気がなかったので淡々と彼女に注意した。「優花、元カレと別れてまだ一週間しか経っていないでしょう」「それでも別れたことに違いはないじゃない!」長谷川優花は太ももを叩き、少し広瀬雫の言った言葉に不満そうに白目で一瞥した。そして我慢できずにこう続けた。「あのね、今回は私本気なのよ!ある日、市役所のロビーで彼をひと目見た時......白シャツに黒のスーツでさ、重苦しい色なのに彼がそのスーツを着たとたんに、エレガントで高貴な雰囲気に......本当に天使が舞い降りたかのようだったのよ!絶対的な紳士!彼の一つ一つの動作が、もう私を虜にしちゃったわ......雫、私は絶対彼を追いかけて、結婚してやるんだから!」「あなたが今までに結婚すると言った男性は、ここからあなたの家まで並べるほどたくさんいるけど」広瀬雫は一口レモンジュースを飲み、長谷川優花の話を真面目に捉えて聞いてはいないようだった。長谷川優花は広瀬雫の幼馴染で、芸能界では有名な移り気な女王様で知られていた。男性をまるで服のように取っ替え引っ替えし、広瀬雫とは全く正反対の恋愛歴だ。ただ、毎回彼女がある男性を追いかける時、必ずその男性と結婚するという考えに重きを置いているのだが、今でも彼女はまだ独身のままだった......「雫、いつも私のやる気をなくさせるわよね。どうりで私の恋愛がいっつも失敗に終わるわけだわ」長谷川優花の表情は一気に曇り、撮影現場ではない演技が始まり、彼女は目を真っ赤にさせ涙をぽろぽろと流した。広瀬雫は少し