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第4話

風間家はB市において数えるほどしかいない大富豪家の一つだ。広瀬家の人間である彼女はもちろんこの風間家について知っていた。そしてこの風間湊斗は風間家の四男坊で、一番上には既婚者である姉、そして二人の兄がいる。二人の兄は一人は機動隊勤務で、もう一人は政治家だ。最後の彼自身はビジネスが好きで、風間家のおじいさんが最も可愛がっている孫息子である。しかし、以前はかなり反抗的で、風間家を継承するのを嫌がっていたらしいが、どういうわけか突然帰国して風間グループを継承すると言い出したのだ。

風間家の継承者であるとともに、高身長の整った美形の顔の持ち主で、権力も持っていることから、確かに多くの女性の憧れの的になっているのだ。

それにしても彼のこの目、どこか懐かしいような......

――きっとこの冷たい顔つきが彼女に有賀悠真を彷彿とさせたのだろう。

有賀悠真のことを考えると、さっきの春日部咲の恋に浮かれた顔が頭の中に現れてきた。

広瀬雫はまるで窒息したかのように息苦しく心が締め付けられ、それを必死に抑え込んでいた。

「へへへ、イケメンを見てワクワクするだけでいいんです。生きていくのって大変なんですもん、楽しいことがあったほうがいいでしょう」

広瀬雫はそれを聞いて失笑してしまった。そして、さっき目を通しておいた書類を坂本美香の腕の中に押しやった。「行きましょう。あなたの憧れの男性がいる会社に。大変な生活の中に楽しみがもっとほしいんでしょう」

坂本美香はすこし驚いた後、やっとどういうことなのか理解して咲き誇る花のようにパッと笑顔を作った。

「わあ、広瀬さん、もしかしてサニーヒルズの高級住宅地プロジェクトのことですか?春日部さんが来てから相談して行く予定じゃありませんでしたっけ?」

「彼女は待てないわ。今日あなたが彼女の代わりに来てちょうだい」

彼女はこの時、おそらく有賀悠真と一緒にいるから風間グループへ行くのは嫌がるだろうと広瀬雫は心のうちで自嘲した。

「かしこまりました!必ず立派にそのお役目を務めさせていただきます!」

......

風間グループの地下駐車場に着いた時、広瀬雫は白いBMWを運転していて、そこへ二台のベントレーが彼女の車とすれ違った。

先頭を走っているベントレーミュルザンヌは非常に目を引く車で、広瀬雫の記憶違いでなければ、あれは去年ロンドンベントレーお披露目会において最後に出てきたトップクラスの高級車で、世界でたった一台しか存在していないはずだ。ある謎に包まれた人物が購入していったと聞いていたが。

お互いの車を運転している者同士、視線が交錯する中、広瀬雫はミュルザンヌの後部座席に座っている男に目をやった。ライトは薄暗く、ただ黒いシルエットしか見ることはできなかったが、その人物はクールで高貴さを漂わせていた。

まるで何かを察したかのように、後部座席の男はその瞬間目を大きく見開いた――

広瀬雫の車は彼の車とすれ違っていった。

駐車場をぐるりと一回りし、ようやく外来者専用駐車場を見つけることができた。

エレベーターに入り、ドアが閉まるところの隙間に突然手が差し込まれ、ドアが閉まるのを阻止されてしまった。

「すみません、私たちも乗ってもいいでしょうか?」

いつの間にかスーツと革靴を身につけた数人の男性たちがやってきていて、みな厳格な顔つきでいかにもある業界のエリートといった感じだ。

広瀬雫は少し驚いてから、頷いた。

その男性は彼女に微笑むと、後ろに退き道を作った。彼はアシスタントか秘書レベルの人物のようだった。

後ろにいた坂本美香の冷たい息を吸い込む音だけが聞こえ、手で背中をつつかれた。

広瀬雫はそれで頭を上げると、目の前に来た男の静かに落ち着いた深い瞳と目が合った。

この瞳の持ち主は、ここにいる数人の男たちの中でも一際美形で落ち着いており、背も一番高かった。見たところ34、5歳といったところだろう。精巧に仕立て上げられた黒のスーツを身にまとい、体の線をもっと美しく見せていた。

彼が放つオーラはただ者ではなく、覇者のような雄々しい雰囲気を醸し出し、内に何かを秘めたような人物だった。スーツの下には真っ白なシャツを着ていて、その清潔感も相まり彼から目が離すことができない。

まさかまさかの風間グループ新社長である風間湊斗じゃないか!

広瀬雫の目線を感じ、その男も彼女をちらりと見た。そして、スラリと長い足でゆっくりとエレベータの中へ入ってきた。

冷たいオーラに広瀬雫はおもわず舌を鳴らしてしまった。

「か......かざ......風間さん......ゴホン!」

坂本美香が失態を見せる前に、広瀬雫は肘で彼女を小突き、悶絶した声が聞こえると坂本美香の手を引いて左のほうへと追いやった。

そして、その男たちは次々とエレベーターの中に入ってきた。

「広瀬さん、この方が憧れの風間湊斗さんです!」

坂本美香は自分では小声を出しているつもりで広瀬雫の耳元に興奮した様子で話しかけた。

広瀬雫の顔はすこし赤くなった。なぜなら、さっきのあの秘書らしい男性の咳払いが聞こえたからだ。

彼女は少し申し訳なさそうに横にいる無表情の男性のほうに目をやった。

横に並んで立っていたので、広瀬雫は彼のスッキリとしていて、ナイフの先のように鋭いオーラを放つ横顔しか確認できなかった。なんとも近寄りがたい冷たい雰囲気だ。

彼女の思い違いでなければ、風間湊斗のようなすごい人物は自分専用のエレベーターに乗ればいいだけの話で、一般人が使うエレベーターにぎゅうぎゅう詰めにされる必要はないのにと思っていた......

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