共有

第6話

風間グループから電話がかかってきたのは意外なことではなかったが、こんなに早く返事がくるとは思っていなかった。

電話相手は今日広瀬雫がデザイン画を渡したあのプロジェクトチームの今井マネージャーで、彼は彼女に対してかなり恭しい口調だった。「広瀬様、今回のサニーヒルズ開発は風間社長が責任者です。彼は広瀬様のデザイン原稿を見て、このプロジェクトについてお話したいと言っております」

広瀬雫は驚いた。風間グループ傘下が行うプロジェクトは多岐に及んでいるのに、サニーヒルズ開発を風間社長自ら責任者として行っているのか?

「今井マネージャー......」広瀬雫は少し声を途切れさせながら続けた。「今回は今井マネージャーにご推薦していただきありがとうございます。時間を見つけ、有賀グループを代表しまして、必ず今井さんにお礼をいたします」

今井マネージャーはそれを聞くとすぐ彼女が誤解していることに気づき慌てて言った。「お礼なんてとんでもないです。私はただ横山秘書から風間社長は今晩時間があると伺っています。広瀬様、このチャンスを逃さないようにされてくださいね」

サニーヒルズは今年はじめにはすでに一番注目を集めていたプロジェクトだ。さらには風間グループが行っているもので、有賀グループがこのプロジェクトを受けることができれば、不動産業にたった足掛け二年に過ぎない会社からしてみれば大きなチャンスになる。

広瀬雫は何の迷いもなく、それに答えた。この日の夜、ロイヤルガーデンホテルでデザイン画初稿の件について話し合うアポイントを取り付けてから電話を切った。

坂本美香は午後会社に戻ると、自分の仕事があった。そして昼以降、広瀬雫は春日部咲の姿を一切見かけず、彼女に電話をかけても出ないので、仕方なくデザイン原稿を持って地下駐車場に行った。

ロイヤルガーデンに着くと、今井マネージャーはもうそこで待っていて、彼女を見て媚びるような笑いをしてみせた。

「広瀬さん、来ましたね。急いで私と一緒に来てください。風間社長はもう個室でお待ちです」

「遅くなって、すみません」広瀬雫は慌てて今井マネージャーの後に続いた。

もうすぐ個室に着くその手前で、今井マネージャーは足を止め広瀬雫に満面の笑みを浮かべた。「広瀬さん、今回のプロジェクトにおいて何かお困りのことがありましたら、私に何でもご相談くださいね」

広瀬雫はそれを聞いて今井マネージャーがここまで親切にしてくれることに驚いた。

今井マネージャーは軽く咳払いをして言った。「私も広瀬さんのデザイン案を拝見いたしました。お若くいらっしゃるのにこんなに才能に溢れていらっしゃって、私は本当に感心しているんです」

そう言い終わり、広瀬雫が怪訝そうに見つめる中、彼は急に態度を変え恭しく目の前の個室の扉を開いた。

広瀬雫はまだ少し訳がわからないまま個室へと入り、後ろのドアが閉まる音を聞いて後ろを振り向くと、今井マネージャーは彼女に続いて部屋には入ってこなかった。

「座って」

すると目の前から低く冷たい声が伝わってきた。まるでチェロの低いトーンのようだった。

広瀬雫は彼のほうへ振り向いた。

さっき個室へ入った時には気づいていなかったが、この時部屋の中には風間湊斗だけが座っていることに彼女はようやく気がついた。

彼はスーツは着ておらず、白のシャツの袖を少しまくってネクタイを緩めたスタイルだった。今日エレベーターの中で会った時のスーツと革靴スタイルに比べると、この時の彼は少しばかりラフな印象だった。左手にはタバコを持ち、右手のライターでタバコに火をつけた後、彼のその冷たい顔はもやもやとした煙の中でぼんやりとした。

「風間社長、お待たせしてしまい、申し訳ありません」

広瀬雫は風間グループから何人も人が来て話し合いをすると思っていて、頭の中で聞かれそうな質問の答えをもう一度確認していた。しかし、来たのはまさか風間社長ただ一人だとは。

彼女は乾いた笑みで風間湊斗の向かいにある椅子を引き、そこに座った。テーブルの上に置かれた多くの料理を見て、少しだけ不安を感じた。

もし、もっと人がここにいればよかったのだが、自分一人で風間湊斗の相手をするわけだから、どういうわけか妙なプレッシャーを感じていた。彼のその瞳を前にしては、見透かされたような気持ちになる。

「風間社長、私は有賀グループ設計部Aグループのリーダーである広瀬雫と申します。サニーヒルズプロジェクトの責任者も兼任しております。これは私のデザイン画の初稿です。ご覧ください」

自己紹介を終えると、勢いにまかせてデザイン原稿を風間湊斗の前に差し出した。

彼女が手を離した瞬間、目の前の男性が突然顔を上げ、タバコの煙が彼女の顔に吹きかかった。

広瀬雫はタバコの煙でむせて咳をし、彼の真夜中の漆黒のような瞳と目が合い、気まずくなって椅子に座りなおした。

風間湊斗は淡々とそのデザイン原稿に目を落とした。その目からは彼が何を考えているのか読み取ることはできなかった。そして彼はそのままそのデザイン画をテーブルの横へとずらしてしまった。

「広瀬さんはもうご結婚なさっているそうですね?」彼は突拍子もなく尋ねた。スッキリとしたラインの顎を少し上げ、全身から傲慢で高貴なオーラを漂わせていた。

関連チャプター

最新チャプター

DMCA.com Protection Status