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第0342話

輝明は腕を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。

彼は綿の前に来て、手を差し伸べて彼女を引き起こそうとした。しかし、その瞬間、後ろから男がナイフを持って綿を襲おうとしていた。

輝明は眉をひそめ、すぐに綿を抱きかかえ、二人の位置を入れ替えた。

ナイフは彼の肩をかすめ、服を切り裂いて血が滴り始めた。

綿はその場面をしっかりと見て、彼の肩から血が流れるのをはっきりと目にした。

彼女は輝明を見て、微笑んだ。その笑顔はとても優しく、美しかった。

その手はしっかりと輝明を掴んでいたが、その目には一切の痛みや悲しみはなく、ただ淡々とした感情が漂っていた。

その笑顔はあまりにも美しく、まるで壊れてしまいそうなくらい脆かった。周囲にいた誰も、その意味を理解できなかった。

周囲が騒がしくなり、次々と人が駆け寄ってきた。

「あなたは命を一つ借りてるわ」綿は静かに言った。その声はあまりにも小さく、まるで風が吹けば消えてしまいそうだった。「これで、私たちは完全に清算できたわ」

そう言うと、綿はそのまま意識を失った。

輝明は最初の言葉を聞き逃したが、「これで清算」という後半だけはしっかりと耳に残った。

清算?何の清算だ?

「救急車が来たぞ、急げ!」という声が響き渡った。

……

病院。

綿が目を覚ましたのは夜の8時だった。

病室の隅からすすり泣きの声が聞こえ、彼女は思わず目を開けた。その声には、切ない悲しみが込められていた。

「目覚めた!綿ちゃんが目覚めたよ!」

その声を聞いて、綿はすぐにそれが盛晴の声であることに気づいた。

母親を心配させてしまった。

本当に悪かったと、綿は思った。

彼女はそっと手を伸ばし、盛晴の手を握った。

盛晴はさらに激しく泣き出した。「本当に怖かったわよ!」

綿は母親を見つめながら、喉が乾き、声が出なかった。

この数時間を振り返ると、まるで夢のような気がした。

何の警戒もなく、突然拉致されるなんて。

Mとしての立場を考えると、自分が情けなく感じた。

もし雅彦がこれを知ったら、きっと大笑いされるだろう。

盛晴は綿を起こし、水を飲ませてくれた。しばらくして、綿は大きく息をつき、かすれた声で「ママ」と呼んだ。

「うん!」盛晴は力強く頷いた。

病室には盛晴しかいなかった。

「おじいちゃんとおばあちゃんは帰らせたわ。お
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