第2話

宝石？

私は軽く眉をひそめ、トイレに入ったばかりの江川宏に声を上げて言った。「宏、アナ姉が来たから、私は先に見てくるよ」

ほとんど次の瞬間、彼は大股で出てきて、私が見たことのない冷たい表情をしていた。

「俺が行くから、気にしないで、顔洗って行ってね」

私の前にはいつも落ち着いて控えめな男性が、その声には言い難い感情が混ざっており、イライラしているか緊張しているかのようだった。

私の心には疑いが湧き上がった。「もう洗ったわよ。あなたの歯磨き粉は私が絞っておいたのに、忘れたの？」

「よし、じゃ一緒に行こう。お客さんを長く待たせるのはよくないから」

彼の手を引いて、階下に向かって歩いた。

階段は回転デザインで、半ばまで降りると、白いワンピースを着た優雅で上品な江川アナがソファに座っているのが見えた。

彼女も音に気づいて顔を上げ、笑顔は穏やかだが、私と江川宏が手をつないでいるのを見つめた時、手に持ったコップが揺れて、少し茶がこぼれた。

「ああ……」

多分、ちょっと熱いのか、彼女はてんてこ舞いして声を上げた。

彼は手をひ引き離して、あわてて階段を下り、彼女からコップを取り上げた。「まったく、コップさえ持てないのか？」

口調は厳しく冷たかったが、口を挟む余地なく江川アナの手をつかんで洗面所に連れて行き、冷水で洗わせた。

江川アナはしょうがなくて、手を引っ込めようとした。「大丈夫、騒ぎすぎだよ」

「黙れ。やけどは気をつけないと傷跡が残るんだ、わかる？」

江川宏は厳しく叱りつけ、まだ手を離さない。

私は階段に立って、ぼんやりとこの光景を見つめていた。

何か映像が頭に浮かんだ。

私たちが結婚したばかりの頃、江川宏の胃が悪いことを知って、料理を習い始めた。

家には佐藤さんがいるけど、作った料理は彼の好みに合わない。

料理を始めたばかりで、手を切ったり、どこかをやけどしたりすることは避けられない。

ある時、うっかり鍋をひっくり返して、熱い油が私の動きに従ってお腹にこぼれ落ちた。

服がびしょぬれで、熱くて歯をむき出すほどだった。

江川宏は音を聞いて、いつものように優しく言った：「大丈夫？自分で処理して、私がやるから」

優しくて思いやりがあるけど、平凡で波風の立たない人だ。

時々、何かがおかしいと感じることがあるが、

彼のことを何年も密かに好きになっている。日記には彼に関する数々の感情が書かれている。

彼と結婚できるだけで、十分満足した。

彼は淡白で内向的な性格だと思っていた。

……

「私がアナ様に注いだのはレモンウォーターですね」

横で、佐藤さんがつぶやいて私を引き戻した。

視線がいつの間にかぼやけてきて、心臓が見えない手にしっかりと握られ、息苦しくなるほどだった。

見ろ。

彼は明らかに江川アナからコップを取り上げたが、心配しすぎて水の温度が熱いのか冷たいのかも気にしなかった。

深呼吸してゆっくりと階段を下り、彼らを見つめながらにやりと笑った。「宏、佐藤さんがアナ姉に注いだのはレモンウォーターで、冷たいから、やけどすることはないよ。それとも低温やけどするのではないかと心配してるか？」

我慢しようと思ったけれど、そうできずに嘲笑した。

江川宏は一瞬固まって、その後手を離しながら、私の視線を避けて江川アナを責めた。「冷たい水を手にかけても叫ぶのか？お前だけがそんなに弱いんだよ」

江川アナは彼を睨みつけ、優しく私を見つめながら言った。「彼はそういう人だよ。大げさ好きなんだ。気にしないでね」

言葉が終わると、彼女はテーブルの上にある高級なビロードのギフトボックスを取って、私に手渡した。

優雅な笑顔で言った。「これは、元の持ち主に返す」

私はそれを受け取って、開けて中を見た。指の爪が手のひらに食い込んだ。

心の中で荒れ狂う波が立ち上がった。

動画の中の女性は、江川アナなの？

再び顔を上げると、感情を隠して笑おうとしたが、笑えなかった。

昨夜、私は江川宏にネックレスを取り戻すように迫ったが、今、そのネックレスは私の手にあるのに、何の安堵感も感じられなかった。

私は江川宏を見つめながら、探りの眼差しを向けた。彼は瞳が深く秘められて、私を抱きしめた。

「気に入った？気に入らなければ、誰かに適当にあげてもいいよ。とにかく、価値のないちょっとしたおもちゃだから。新しいプレゼントを買ってあげるよ」

「いいよ」

私は唇を噛んだ。最後に彼に少しの面子を残すことにした。

または、私自身のためかもしれない。

今日、江川アナがここに来た目的は、しばらくはわからない。

彼女は本当にこのネックレスを受け取るべきではないと思っているのか、

または、何かを宣言しているのかもしれない。

江川アナの顔には、何か感情が一瞬現れ、捉えるのが間に合わないほど速く消えた。

彼女は微笑んで言った。「このネックレスがあなたたちの間に誤解を生むことを心配していたが、今のところはなさそうだね。それじゃ、私は先に帰るわ」

佐藤さんは彼女を見送った。

家のドアが閉まった瞬間、私は江川宏の腕から抜け出した。「あなたは伊賀の代わりに買ったと言ったでしょう？それに、アナ姉は結婚しているはずだが、いつ彼女が伊賀の彼女になったのか...うん！」

彼は何も言わずに私の唇にキスし、残りの言葉を強引に打ち切った。

急に、荒々しく占有して、何かを発散しているようだった。

私が息もつけないほど苦しい時、彼はやっと私を少し緩めて、私の頭を撫でながら謝った。「騙したんだ」

彼は私を抱きしめて、「アナ姉は離婚した。彼女が思い詰めないように、プレゼントを彼女に贈ったんだ」と言った。

私はびっくりした。

動画で彼の言った「おめでとう、ようやく新しい人生へ」という言葉の意味が分かった。

私は唇を噛みしめ、半信半疑で言った。「それだけ？」

「それだけだ」

彼は確信を持って答えた。声は温かく、急がずに説明した。「君は知っているはずだ、彼女の母親は私を救うために事故に遭った。だから、私は彼女を放っておけないんだよ」

この件、佐藤さんから聞いたことがあるが。

江川宏の生母は難産で亡くなり、5歳の時に父親が再婚し、相手は江川アナの母親だった。

義理の母であるが、江川宏にはとても大切にして、自分の子のように大切にしていた。

江川広が危険に遭った時、命さえかけて彼を救い、植物状態になってしまった。数年間も昏睡状態だった。

もしそれが理由なら。

それなら納得できた。

私は一瞬で安心し、そして優しく忠告した。「宏、あなたがただ恩返しをしたいだけで、彼女をただ姉としていると信じてる」

……

そのネックレスは最後収納室に捨てられた。

おそらく、私の疑いは完全に消えていなかった。

一時的に抑え込まれただけで、何度も積み重ねの後、復活する可能性があった。

大幅に。

思ってもみなかったのは、この日が私の想像よりも早くやって来た。

私は大学でファッションデザインを学び、インターンで江川グループのデザイン部に入った。

江川宏と結婚しても、私のキャリアプランには影響がなかった。

4年間で、私はデザイン部の副部長になった。

「清水部長、食事でも私と一緒にしない？」

この日、私は食堂で昼食を食べていると、大学のルームメイトである河崎来依がお皿を持って、くびれた腰をくねらせ、風情溢れるように私の前に座った。

「食べ終わって、急いでデザインの下書きを仕上げるよ」

彼女が私に目くばせをするのを見て、しょうがなくて言った。「何よ？」

「午前中に人事部の人が言ってたけど、デザイン部の部長はもう決まったんだって！」

彼女の美しい顔が笑顔になり、「きっとあなただと思ったわ、それで早く昇進のお祝いに来たのよ。互いに繁栄しましょう」

「知らせが来る前に、誰が確かめられるの？声を小さくして」

デザイン部長が今月中旬に退職した。みんなが言っているけど、このポジションはほぼ私のものだと。

自分も少し自信はあるけど、何かしらの万が一を心配している。

「どうして言い切れないの？あなたが社長の奥様でしょう」

彼女は後半を言う時に声を抑えた。私と江川宏の結婚は公にされていないため、外部の人々は江川宏が妻を溺愛していることは知っているが、彼の妻が私であることは知らない。

そして、彼女は私について熱く語り始めた：

「あなたが入社後に達成した成果は、誰もが認めるんだ。ブランドデザインとパーソナルカスタマイズの両方を手掛け、何社もがあなたを引き抜きたがっているのは明らかだよ！なぜ江川宏は昇進を許さないの？」

河崎来依言い終わった瞬間、私と彼女の携帯電話が同時に鳴った。

任命知らせだった。

彼女はメールの大きな文字を見たとき、目が輝き、喜んで見ていたが、眉間にしわを寄せ、やや不平を感じていた。

「江川アナ、誰？」