第5話

江川宏が私を待っていることを知っていたのに、

ただ乗りするやつが、助手席に座ってしまった。

私は引き返して逃げ出したいと思ったが、理性が私に留まるように促した。江川宏に手を差し伸べて言った、「鍵を」

江川宏は何も言わず、車の鍵を私の手に置いた。

私は車の前を回り、まっすぐに運転席に座った。江川アナは硬直した驚いた表情で私を見つめたが、私は微笑んで言った。「何でもないよ、あなたも宏の姉だから、この車に乗るのは当たり前だよ」

そして、車の外にいる江川宏に向かって言った、「早く乗ってよ、おじいちゃんはもう私たちを待っているはずだよ」

無言のまま道を進んだ。

棺の中のように静かだった。

江川アナは最初は江川宏と何か話したいと思っていたが、頻繁に振り向くことは不自然になるだろうと思ったのか、何も言わなかった。

私が心地よくないと感じたのを察したのか、江川宏は突然飲み物を私に手渡した。「マンゴージュース、南の好きなものだよ」

一口飲んで、眉をひそめてそれを返した。「ちょっと甘すぎた、宏が飲んで」

最近は酸っぱいものが好きで、前は合わないものを無理して食べたこともある。

でも今は一口も我慢できなかった。

「うん」

江川宏は何も言わず、喜んで受け取った。

「南さんが飲んだものを宏に渡すのはよくないよね？口の中の細菌はたくさんいるし、ピロリ菌はそうやって感染するんだよ」江川アナは複雑な口調で言う。

思わず笑ってしまった。「そう言うと、夜一緒に寝るのはもっと危険じゃない？」

「……」

大人になったんだから、江川アナはもちろん私が何を指しているかわかった。「思いつかなかったね。もう夫婦だってこんなに親しいのか」

「嫉妬してる？」

江川宏は彼女に冷たく当たった。

時々、例えば今のように、江川宏の態度は私に江川アナが嫌いだと感じさせることがある。

これは彼らの両方が慣れている付き合い方のようだった。江川アナは反論した。「私は嫉妬しているんだから、何よ？」

「どうでもいいよ」

「はいはいはい」

江川アナは口を尖らせ、笑みが浮かんだ。「まあ、私のことを心配して、新婚の夜に私がトラブルに巻き込まれたと聞いて、妻でさえも気にしないで、一晩中私を見守ってくれたのは誰だと思うかしら……」

「江川アナ！」

江川宏の顔色が変わって、厳しい声で制止した！

私は突然意識が取り戻して、ブレーキを踏んで、車が横断歩道にほとんど突っ込む寸前で止まった。

バックミラーを通して、私は江川宏の深い顔立ちをじっと見つめ、心臓がレモンジュースで浸されたような感じがした。

鼻と目が酸っぱくなるような屈辱感が、一瞬にして湧き上がった。

江川宏は珍しく緊張した様子で、私の前で言った。「南……」

「あの夜、彼女に会いに行ったのか？」

私は口を開けると、声にも苦い感じが漂っていることに気づいた。

心の中で感情が渦巻き、私は自分をほとんど制御できなかった。

今でも江川宏との関係が良好であるが、結婚の夜、誰からのか分からない一本の電話で、私を置いて去って、一晩帰らなかったことは、私の心にとってまだ刺の一つだった。

その時、結婚のことは江川爺さんが決めたんだ。

初めて結婚した時、彼と私はしばらくの間、まるで他人同士のようだった。その晩彼がどこに行ったのか尋ねる機会もなかった。

この件はずっと保留されていた。

ただ今、江川アナは予兆なく私の心の棘を容赦なく抜き取り、さらに深く刺した。

私の視線は彼ら二人に行き来し、自分がまるで笑いもののようだと感じた。

江川アナは驚いて口を押さえ、江川宏を見つめた。「このこと、南に言ってなかったの？私が直球すぎて悪いわ」

まるで、あなたたちの関係もそんなに良くないんだね、こんなことを隠すなんてと言っているようだった。

「江川アナ、お前、頭がおかしいのか？」

江川宏の顔色は陰沈し、冷たくて恐ろしいほどだった。

彼の五官は深く、はっきりとしており、人を怖がらせる冷たい顔をすると凶暴な雰囲気が漂っていた。これは彼が若くして江川家を指導できる理由の一つでもあった。

「もういいよ、ごめんなさい、君が彼女にこれも言わないとは知らなかった」

江川アナはすぐに謝ったが、口調は無実で親密だった。

彼女は確信したように、江川宏は彼女に何もしないだろう。

慣れた携帯の着信音が突然鳴った。

「返してくれ」

私は手を伸ばして携帯を取り戻し、着信表示を見てから、思考をまとめながら電話に出た。「おじいちゃん」

「南ちゃん、もう着いたの？」

本当は、私はもう降りて帰りたかった。

江川爺さんの優しい声を聞いて、また心が軟化した。「もうすぐ着きます。おじいちゃん、今日は風が強いので、庭で待たないでくださいね」

みんなが江川爺さんを厳格で、独断専行と言うが、私はいつもそう思った。もし私のおじいちゃんがまだ生きていたら、私に対してもおそらくこの程度だろうと。

……

秋に入って、昼が短く、夜が長くなってきた。

車が江川家の古い屋敷に入ると、すでに夕暮れが迫っていた。

屋敷の周りには中秋の提灯が飾られ、祝祭の雰囲気が濃厚だった。

私は車を停めて、バッグを持って車から降りた。

電話で念を押したにもかかわらず、おじいさんは私たちを庭で待ち続けていた。

電話で、私はまだ少し感情を隠すことができるが、

その場で、おじいさんに一目で見透かされた。

「あの臭いガキは君をいじめたのか？」と、おじいさんは小さなひげをぴくぴくさせて、私のために立ち上がるような様子をしていた。

「何もないですよ」

おじいさんを心配させたくないので、彼を引っ張って入り口に入った。「風が強いですね、頭が痛くなりませんか？」

私は江川宏のためにふりをしたが、おじいさんは江川宏と江川アナが車を降りるのを見て、やはり顔を沈めた。

ただし、叔父さんとその家族もいたので、おじいさんは我慢した。

お義父さんこそは、江川アナが帰ってきたのを見てとても喜んでいた。

「宏、アナは会社に出勤したんだって？彼女をしっかりとお世話しろうよ。温子叔母さんに報いないとね」

「……」

食卓の上で、私は聞こえなかったことにして、真剣に食事をした。

江川宏は私の顔色をみって、淡々と言った。「うん、わかってます」

「南、あなたも宏と一緒に、アナを気遣ってあげてくださいね」

義父は私にも言及し、会社で江川アナを誰がいじめるか心配していた。

私はコーンジュースを飲んで、冷静に言った。「安心してください、アナ姉は今私の上司ですから、私を気遣ってくれるでしょう」

私の言葉に、食卓の上の人々はそれぞれ異なる表情を浮かべた。

「南さん、言ったはずだ、好きなら、部長のポジションはいつでもあなたに譲るよ」江川アナはおとなしい態度で言った。

比べると、私は少し威圧的になった。

おじいさんはティーカップを重々しく置き、明らかに怒っている様子で言った。「譲る？これは元々南のものだ！あなたが何ができるか、宏のばかが恩を返すと言っても、あなたは本当に受け取るのか！」

「おじいちゃん……」

「いや、この呼び方をやめてくれ」

叔母さんの話によると、おじいちゃんは江川アナの身分を一度も認めたことがなさそうだった。

江川アナの母親が入ってきた時も、彼は激しく反対した。

義父は強引に結婚した。

そのため、江川家の財産は義父とは一切関係がなく、あげるのは年に500万元（約一億圓）の生活費だけだった。

他には何もなかった。

義父は急いで口を開いた。「お父さん、彼女は今孤独で困っているんですよ、どうして……」

「黙ってろ！」とおじいちゃんは怒声で叱った。

以前は、江川おじいさんは江川アナをあまり好きではないと聞いていたが、

彼女が公の場で恥をかくのは、今回は初めてだった。

江川アナは顔色が青ざめ、バッグを持ちながら、手足を無駄にして立ち上がった。「今日は来るべきではなかった、皆の楽しみを台無しにしてしまいました」と言った。

言葉が終わると、彼女は泣きながら外に走って行った。

義父は江川宏に目で合図した。「説得しに行かないのか？彼女はたった今離婚したばかりだ、何かあったら、どうするのよ？」

「……」

私は突然、江川宏がなぜ江川アナをそんなに甘やかすのかを理解できた。

例えある人が、あなたに絶えず他の人に対して申し訳ないと思わせたら、

長期的な拘束の下では、誰が耐えられるのか。

おじいさんが止めようとした時、江川広は既に外に追いかけて行った。

私は彼の背中を見つめ、静かにため息をついた。

しばらくしても、2人はまだ戻って来なかった。

江川宏の妻として、見栄を張るためでも、私は立ち上がるべきだ。「おじいちゃん、祁川を見に行ってきます」

「うん」

江川宏は頷き、使用人に指示した。「夜は涼しいので、若奥様にコートを持って行ってください」

私は家を出て、庭に停まっているメルセデスを見ると、外の宅地を見に行くつもりだった。

出てすぐに、口論の声が聞こえてきた。

「一体何をしようとしているの？車の中であのことを言ったのは、本当にあなたの直感だったの？」

江川宏は厳しい口調で問い詰め、圧力をかけた。

この一面は、彼が仕事中にしか見たことがなかった。

江川アナは優しく静かなスタイルを一変させ、泣きながら騒ぎ立て、江川宏を見つめた。

「私を責めるのね？でも私は嫉妬してしまうの、我慢できない、もう嫉妬で死にそうだわ」

「江川アナ、彼女は私の妻だ、何の立場で嫉妬するの？」江川宏は冷笑し、口調は冷たくて硬かった。

「ごめんなさい…」

江川アナは肩を震わせながら泣いた。「私はもう離婚したの。江川宏、よく知ってるはずだ、あなたのために離婚したのよ」