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第7話

しおりが遠藤先生に会いに行く途中、知名な店に高級な人参が入荷したという話を聞いた。

智里が以前から話していたが、彼女に恩がある佐山監督は特に高麗人参が好きだという。今回も佐山が手がける映画の挿入歌を智里が担当することになり、彼女はそのお礼に何か贈り物をしたいと考えていた。

しおりは途中で車を停めようとしたが、後ろから赤いラン○○ギーニが割り込み、停める場所を奪われてしまった。女の運転手はふらふらと駐車してそのまま立ち去っていった。

仕方なくしおりは少し離れた場所に車を停め、歩いて店まで向かうことにした。店に入ると、さっきの女の運転手もそこで買い物をしていた。

「いらっしゃいませ!」店員が笑顔で迎えた。

「すみません、入荷したばかりの百年人参を見せてもらえますか?」

「申し訳ございませんが、その商品はすでに売れてしまいました。他の野山参もありますが、いかがですか?」

しおりは首を横に振った。「それなら、いいです」

しおりが店を出ようとした時、背後から声がかかった。「あなたが高橋しおりさんでしょ」

さっきの高慢そうな女運転手が近づいてきた。「その車、元々はユリカに贈られる予定だったものよ。ナンバープレートが彼女のラッキーナンバーだから覚えてるの」

「......」しおりは彼女が誰かをすぐに思い出した。

店員が人参を包装しながら、紙とペンを手渡した。「お手数ですが、受け取り人の情報をご記入ください。確認のために高橋様にご連絡させていただきます」

しおりは携帯をぎゅっと握りしめた。この町で高橋という男が百年人参を買うとしたら、誰なのかは考えるまでもなかった。

その女は腕を組んでしおりを見下ろし、傲慢な態度で言った。「金花賞にノミネートされたユリカのことは知ってるわよね。高橋様が彼女のために注文したものよ。芸能人の個人情報は言えないけど、受け取りは私がするわ。私は彼女のマネージャー、相沢菫」

しおりの表情には驚きも怒りもなく、ただ冷静で淡々としていた。

しかし、心の中では鋭い痛みが走った。

ユリカは額を少し擦りむいただけで、賢也は彼女のために百年人参を買い与える。心底大事にしていることがよく分かる。

しおりが無反応でいると、菫はさらに挑発的な態度を取ってきた。

「温和で上品なお嬢さんが、まさか人を奪うのが好きだとはね。男を奪ったところで、その心までは奪えないのに。若いうちに、自分に合った男を見つけることをお勧めするわ。さもないと、捨てられて孤独になるわよ」

「それ、白石から聞いたの?」しおりは少し顎を上げて答えた。「さすがは同類ね。彼女は自ら進んで不倫相手になり、そしてあんたみたいな犬を正妻の前に送り込んで吠えさせるなんて」

しおりが真剣になると、その冷ややかな気迫が自然と漂い、菫の存在感はかすんでしまう。

「ユリカこそ先だったのに!」菫は負けじと主張した。「あんたが彼らの別れに割り込んだんでしょ。あんたこそ不倫相手よ!」

「相沢さん、まだ独身ですか?」しおりは耳にかかった髪を軽く直しながら言った。「幼稚園から旦那を探すべきね。いや、産科病院で探したほうがいいかも。だって、不倫が嫌いなんでしょ? あんたが不倫相手になる確率はかなり高いわよ」

菫の顔は怒りで真っ赤になった。

しおりは鼻で笑い、冷たく言った。「野山参を持って行きたいならどうぞ。ただし、店員さんにはその半分を切り分けてもらって。私の旦那が支払ったんだから、妻としての所有権は半分あるわ。それでも無理やり持っていくつもりなら、今夜にでも結婚証明書をネットに晒すわ。みんなが白石こそ不倫してるって知ることになるわよ」

菫は呆然としながら、しおりの強さに驚きを隠せなかった。温和でおとなしいと聞いていた彼女が、こんなに強気な人だとは予想していなかった。

しおりを恥ずかしめて、彼女を自ら引き下がらせようとしたつもりが、逆に言い負かされて何も言い返せなくなってしまった。

その時、店員が電話を切って、しおりの前に駆け寄ってきた。「申し訳ございません、奥様。ご主人様がすぐにお見えになりますので、少々お待ちください」

今日の展開はあまりにも次々と覆された。

アシスタントが電話を取っていた時、賢也の声がスピーカーから聞こえ、店員たちは震え上がっていた。

しおりは賢也が来るのを待つつもりは全くなかったが、菫と店員に道を塞がれてしまい、逃げ場がなかった。

賢也はすぐ近くにいたらしく、まるで閃光のように店の外に姿を現した。

ほぼ190センチの長身に仕立ての良いスーツを纏い、彼が店に入ってくる時、まるで背中に10メートルもの翼を広げたかのような威圧感を漂わせていた。

圧倒的な威圧感が迫ってくる。

この体格、このオーラ、誰だって一瞬は惑わされるだろう。

しおりも少し戸惑ったが、すぐに理性を取り戻した。目の前に立つその高い影が言う。

「ふざけるな、まずは家に帰れ」

「耳が聞こえないの?もう一度言うけど、私はもうあの家から出たわ。二度と戻らない」

しおりが出口に向かおうとすると、追いかけてきたアシスタントに道を塞がれた。

「高橋社長はわざわざあなたを探しに来たんです」

戻って、また専業主婦をやれってこと?

賢也との関係を知っているアシスタントの今井は、賢也のためにしおりの電話を取ることが多かったが、彼女には決して適当な対応をしない。

「今井さん、あんた本当にいい犬だよね。彼のために吠えるだけじゃなくて、尻尾も振れるなんて」

「しおり」賢也の声が少し低くなった。「これ以上騒いでもお前に得はない。戻ってこい。パリのファッションウィーク、欲しいものは何でも買ってやる」

服、バッグ、ジュエリー......

毎回、賢也が贈るプレゼントでしおりは怒りを鎮めていた。

賢也が自分にお金を使うってことは、まだ自分を気にかけている証拠だと思っていた。ただ、彼はロマンチックでも優しくもないだけ――そう信じていた。

だが、ユリカが帰国してから、賢也は彼女に対して今まで見せたことのない優しさを見せた。

しおりは腕を組み、自分の感情を守るようにしながら皮肉を込めて言った。

「お金を貯めて白石さんのプロモーションにでも使いなよ。あの演技力で金花賞にノミネートされたなんて、少なくとも何億はつぎ込んだんでしょ。私たち、まだ離婚してないわよ?あんたのお金は私のものでもある。でも、もう追及しない。これはあんたたちへの新婚祝いってことにしておくわ」

ついに菫は反論の言葉を見つけた。

「高橋夫人、ユリカは実力でノミネートされたんです。彼女は高橋社長を尊敬しているけど、他人の家庭を壊すようなことは決してしていません。たかが山参一つで誤解しないでください」

たかが?

この山参、少なくとも九桁の価値がある。どんな家庭がそれを「たかが」なんて言えるんだ?

「あんたたちがそう言うなら......」しおりは満面の笑みを浮かべた。「その山参、私が持って帰るわ。もっと豪華なプレゼントを彼女に選び直してね」

この貴重な山参なら、遠山智里の顔を立てるには最高だ。

賢也のブラックカードを使おうと思っていたが、彼が自ら支払うなら、それも悪くない。

賢也がユリカに何を贈ろうと、彼女の目に入らなければ構わない。

しおりが店員に手を振ったその瞬間、賢也が彼女の手首を掴んだ。

「お前はあれを食べないだろ。今井、飛行機のチケットを取れ。今すぐパリに飛ぶぞ。欲しいものは何でも買ってやる」

しおりの傷ついた心は、まるで血を流すかのように痛んだ。指が微かに震える。

3年間、空っぽの部屋に一人で放置され、無視され続けた。そして帰国したばかりのユリカは、賢也の特別な愛を独占している。

賢也の言うことは理解している。何でも手に入れていい。ただし、ユリカが目をつけたもの以外なら。

彼女の目が少し潤み、賢也に気づかれないように店員に向かって言った。

「その山参を包んで!持ち帰るわ」

賢也は彼女がようやく折れたと思い、彼女の手首を離して、軽く指を絡めた。

「俺の車で帰れ。今井に荷物を取りに行かせる」

「ブルーの包装紙で、男性向けにしてね」しおりは彼の言葉を無視して続けた。「ハート形のリボンもつけて」

賢也はようやく和らいだ表情をまた曇らせた。

「俺に渡すなら、包装なんていらない」

しおりの目が、微笑みで弧を描いた。

「これ、あんたへのじゃないのよ。次の人へのプレゼントよ」

「......」賢也の顔は一瞬で暗くなった。

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