第10話

私は唇を引き締めた。「慎一、間違っていなければ、私はもう離婚を申し出たはずよ。あなたには私を縛る権利なんてないわ」

彼の声は冷たく鋭い。「俺に資格がないだと？じゃあ誰にあるんだ？こんなタイミングで離婚を持ち出すなんて、父さんを長生きさせたくないのか？」

彼は皮肉を込めて言った。「お前が霍田家の嫁の座を簡単に手に入れたり、捨てたりできると思うな」

私は唇を歪め、哀れみを感じながらも制御が効かない。「今さら身分の話なんて、笑わせるわね。あなたが言わなければ、この家にはずっと女主人が二人いるのかと思ってたわ」

彼の表情は一瞬ひび割れたように見えたが、すぐに何事もなかったかのように戻った。「佳奈、お前の皮肉もなかなか上手くなったな。雲香は俺の妹だぞ。そんな想像力を働かせるな」

「あなたが本当に一線を越えたかどうかはわからないわ。証拠がないから。でも、雲香を許している時点で、少しでも家族を思っているなら、『避けるべきもの』くらい知っているはずよ」

言い終わった瞬間、私の心は怒りで燃え上がった。単に彼を怒らせたいだけだったのに、私自身が本気になってしまった。

彼は冷淡な態度で、「何年もこうして過ごしてきたんだろ？今さら何を言うんだ？」

私は正直に答えた。「そうね。でも、もうこんな生活にはうんざりよ」

彼はさらに冷たい表情を浮かべ、手の中で数珠を弄っていた。「お前、本当に気まぐれなやつだな」

彼の手にある数珠を見て、私は皮肉を込めて考えた。今日は旧宅に寄ったに違いない。この数珠がなければ、雲香の前で一日も耐えられなかっただろう。

外から雲香の声が聞こえてきた。「お兄ちゃん、出てきて。薬を塗ってほしいの！」

薬を塗る？雲香の怪我したところは確か…お尻だったわね！

昨晩の寝不足か、それとも怒りのせいなのか、慎一が出て行った後、私は目の前が真っ暗になり、そのまま階段から真っ逆さまに落ちて気を失った。

目が覚めた時、私は主寝室のベッドに横たわっていて、田中さんが心配そうに私を見つめていた。私が目を開けると、彼女はすぐに部屋を出ていった。

慎一は緑色のストライプのルームウェアを着て、ゆっくりと部屋に入ってきた。

彼は冷静な声で言った。「軽い脳震盪だ。気分はいいか？」

それはどういう意味だろう。まさか彼はまた私がわざとやったと思っているのか？

手に巻かれた包帯を一瞥すると、すでに血が染みて乾いていた。彼は私の手当てをしてくれなかったのだ。

もし彼が私に少しでも気を遣ってくれて、医者に診せてくれていたら、私がわざとではないことくらい分かっただろうに。

何かを言おうとすると、口を開けるたびに吐き気がこみ上げ、めまいがひどかった。

慎一は一瞬だけ表情を変えたが、私に大きな問題がないと確認すると、すぐに冷静さを取り戻し、感情を一切見せなくなった。「最後の警告だ。もう自傷行為なんかするな」

他人を愛するにはまず自分を愛さなければならない。いくら慎一を愛していたとしても、私は彼のために自分を傷つけるつもりはない。

頭がぐるぐるしていて、反論する気力もなかった。彼を黙らせるために、私は思わず口走った。「それはあなた次第よ。もし私の言うことを聞かないなら、私は本当に死んでみせるわ」

ちょうどその時、田中さんが粥を持って部屋に入ってきた。まだ私の手元に届かないうちに、慎一はその碗を掴んで床に叩きつけた。

パリン——

磁器の碗は粉々に割れ、白粥があたりに飛び散った。

慎一は、普段は冷静で感情を表に出すことは滅多にない。しかし今、彼の眉間には深い皺が刻まれ、その黒い瞳に宿った怒りの炎は、まるで周囲の空気を燃やし尽くさんばかりだった。

「また死ぬことで人を脅すのか？」

慎一が初めて私に怒鳴りつけ、そばにあった椅子を倒して怒りをぶちまけた。「佳奈、次にそんなことをしたら、今度死ぬのは絶対お前だ！」

田中さんはその様子に怯え、慎一が部屋を出た後も、大きな息すらつけずにいた。しばらくしてから、ようやく小さな声で言った。「慎一様は本当にあなたを心配しているんですよ。あなたが気絶したときも……」

私は彼女の言葉を遮った。「もう一度お粥を持ってきて」

彼がこんなに怒るのは、全く理由が分からなかった。しかも過剰な反応に思えた。私たちは結婚して4年になるが、彼がこんなに大声を出したことは一度もなかった。

それに、私は今回たった一度口走っただけなのに、どうして彼は私がいつも脅していると思い込んでいるのか。まるで、私が彼に気に入られないことを言うたびに、彼がこうして威圧的な態度を取る機会を狙っていたかのように。

もうこの結婚生活は続けられない。

数日間、私は家で静養したが、その間一度も慎一の姿を見なかった。雲香も家にいなかった。二人がまた一緒にいるのかと、心がざわつき、回復も遅れがちだった。

少し体調が戻ってくると、頭がすっきりしているうちに法学の本を開いて復習した。幸い、昔覚えたことはすぐに思い出せた。

ある夜、ぐっすりと眠っていた時、かすかにアルコールの匂いが漂ってきた。口を閉じると、その匂いがさらに強くなった。

体が少し震えて目を開けると、驚いたことに、ある男が私に情熱的なキスをしていた。

「目が覚めたか？」彼の声はかすれていて、指で私の唇を弄びながら、耳元で囁いた。「おい、協力してくれよ、あなた」

次の瞬間、彼は私のパジャマを胸元まで押し上げ、両手で私の体をまるで火をつけるように愛撫し始めた。

「慎一、気が狂ったのか！」

私は後ろに身を引こうとしたが、彼のキスは止まらなかった。

これまで、いつも私が彼を誘う側だったが、こんなふうに彼から迫られると、体が自然に熱くなっていった。

気がつくと、私も反応してしまっていた。

「もうそんなに感じたのか？今日はたっぷり味わわせてやるよ！」

......

暗闇の中、彼が私の赤くなった顔を見られないことが幸いだった。私は手首を噛んで、罪悪感に満ちた声を抑え込んだ。

しかし、彼はその声を聞きたがっていた。

彼は私の手を掴み、十指を絡めてベッドに押しつけ、体をさらに寄せてきた。「我慢するな。そうじゃないと、俺が満足したかどうかわからないだろ？」

私は身動きが取れず、心臓が激しく高鳴った。「黙ってよ……満足してるのはあなたでしょう！」

彼は顔を上げ、赤くなった目で私をじっと見つめた。「ふん、そんな風に話すのが好きなのか？」

汗が私の腹に落ち、その熱さで体がビクビクと痺れた。

彼は息を荒げながら言った。「もっと頑張って、俺を満足させたら、お前も満足になれるだろ？」

そう言って、彼はベッドサイドのランプをつけ、自分は横になった。

私はその瞬間、上にいる方が主導権を握れると思っていたが、男女の力の差に抗うことは無意味だと悟った。

やがて、私の呼吸は乱れ、彼も同じようだった。

私は震える声で言った。「コンドームを使って……もうあなたに子供を産みたくないから！」

「できないよ！」

多分、彼が酒を飲んでいたせいで、今日はいつもより激しかった。私も、これまでにない快感を感じていた。