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第67話

渡辺玲奈は慌てて本を拾い上げ、顔が熱くなって、目のやり場に困っていた。視線をあちこちに彷徨わせても、結局は男の体に引き寄せられてしまった。

彼女は本で赤くなった顔を隠しながら、声が震えて調子が掴めない様子で言った。「な、なんで服を着ないで出てきたの?」

田中一郎は乾いたタオルで短髪を拭き、タオルを横に置いて彼女の方に歩み寄り、低くかすれた声で答えた。「どうせすぐ脱ぐんだから、面倒だろ」

渡辺玲奈はその言葉の意味を理解し、少し動揺しながら、驚いて彼の深い瞳を見つめた。彼の目を直視することができず、緊張しながら尋ねた。「どうして寝る前に服を脱ぐの?」

田中一郎は一瞬怔んで、沈黙した。

彼は渡辺玲奈の無邪気な表情と、その赤くなった頬の恥じらいを見ていた。

伊藤健太郎は、彼女の記憶喪失が演技だと言った。

それなら、彼女の今の純真さと無知さも演技なのか?

田中一郎が沈黙している間に、渡辺玲奈は慌ててクローゼットを指差し、「この船のクローゼットには新しい予備のパジャマがあるわよ。着てちょうだい」と言った。

田中一郎は苦笑し、勘違いしていたことに気づいた。

渡辺玲奈は最初から性的なことを考えていなかったのだ。

彼は仕方なくクローゼットに向かい、パジャマを取り出して着た。

ベッドに戻ると、渡辺玲奈はすでに横になっており、彼に背を向けていた。

田中一郎は理解し、無理強いするつもりはなかった。

以前、渡辺玲奈が床で寝ると言ったとき、彼は何気なくきつい言葉を吐いた。もし彼が今、自分から性生活を望んでいると言い出したら、自分自身を侮辱することになる。

田中一郎は雑念を払い、横になってから灯りを消した。

部屋は一片の静寂と漆黒に包まれた。

窓から差し込む月の光がかすかに部屋を照らし、ぼんやりとした光景を作り出していた。

緊張と、心の中にある不可解な欲望のせいで、二人の呼吸はやや荒く、静かな夜の中で一層はっきりと聞こえた。

しばらくして、田中一郎がその沈黙を破り、かすれた声で言った。「伊藤健太郎のことを覚えているか?」

渡辺玲奈の体が微かに震え、手はゆっくりと毛布を握りしめた。

彼女の心は妙に不安になった。

田中一郎が気にしているのではないかと心の奥で怖くなり、しばらくしてから「今日会ったけど、覚えていないわ」とつぶやいた。

その「覚えていない」と
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