番外編(江村結衣)「ねえ、結衣!最近知り合ったイケメンがめちゃくちゃカッコいいんだよ。今度会わせてあげるから、目の保養して!」横で水島城也がジトッとこちらを睨んでいるのを盗み見しながら、私はこっそりと百合の腕をつついた。「何よ結衣、どうしてつつくの?」まったく私の意図を察してくれない百合は、呑気に話を続け、イケメンの話をもっと聞かせようとする。城也が今にも怒って百合を部屋から放り出しそうになったその時、突然インターホンが鳴った。「百合、ドアに出て!行ってきて!」私は急いで百合にドアを開けに行かせ、嫉妬でむくれている城也の顔にそっとキスを落とした。「ほら、もう怒らないで。百合を追い出したら、あとで絶対に口をきいてくれなくなっちゃうよ!」私は笑いながらなだめた。城也は鼻を鳴らし、何か言いかけたところで、志保がリビングにずかずかと入ってきた。「おや、城也もいたのか?」彼が意地悪く言うと、さっき落ち着きかけていた城也の顔がまた険しくなった。「志保、わざわざ火を付けに来たのか?」私は頭を抱えて呆れたように言った。「いやいや、結衣の回復具合を見に来ただけさ。それと、ちょっと話があるんだ」彼は悪びれもせず言った。「わざわざ君が来る話って何?」私は少し興味をそそられた。「それはね……」志保はわざと城也と、ちょうどドアから戻ってきた百合を見回して、追い出す気満々の表情を浮かべた。私は呆れ笑いしながら、城也はさっさと百合を連れて二階へと上がっていった。「ふむ、君の新しい彼氏は……なかなかいいんじゃないか」志保は驚いたように言った。「もういいから、さっさと用件を言いなさいよ」私は彼に冷ややかに視線を送った。城也は確かに素敵だ。でも、その分、これからもいろいろと彼をなだめるのは私の役目になりそうだ。「深澤修二、完全に狂ったらしいよ。彼は今、幻想の君と話し続けているそうだ。精神病院の部屋で、一日中、君のこと以外には反応しないんだ」志保は私の顔色を見て、ほとんど反応がないことを確認すると、続けた。「彼、白川雪奈を階段から突き落として、流産させたんだ」「ほかの人の証言によれば、白川雪奈が何かしらの見返りを要求したが、深澤修二は彼女を無視し続けた。彼女が苛立って結衣はもう死んだと言っ
今日は深澤修二と結婚してからの一年目の記念日だ。私は自ら台所に立ち、たくさんの料理を作り並べた。でも、料理でいっぱいのテーブルの前で、一人ぽつんと料理を見つめる私だけ。時計の針が無言で動き、時刻はすでに八時を過ぎている。彼とのメッセージ画面には、午後五時半に送った私のメッセージが止まったままだ。「修二、今日は結婚記念日だけど、帰ってご飯を食べてくれる?」それに対する返信は一切なかった。その前に残っているのは、半月前に彼が送ってきた振込記録だけ。体を丸め、笑おうとするが、笑えない。特にしんどいわけでもない。ただ、少し麻痺したような疲労感があるだけ。どうせ慣れっこになっているのだから、違うか?一年前、復讐のためだけの結婚が始まったときから、修二は私の感情と尊厳を幾度となく土の中に踏みにじってきた。結婚式の夜、彼はさっそく一人の女性を連れ帰り、私たちのベッドで夜を過ごした。その夜、私は客室で音を聞きながら、目を開けたまま夜明けを迎えた。あのときから私ははっきりと悟った。私たちはもう決して過去には戻れない、と。修二は、もうあの頃の私が心から愛した、まっすぐで純粋な少年ではなくなってしまった。それから私は、泣きもせず騒ぎもせず、ただの静かな飾りとしての役割を自覚して演じることにした。彼が次々と女性を変えるのを冷静に見つめながら。客室で黙々と自分のことをしながら、彼が連れ帰ってくる女性たちに、素直に場所を譲ってきた。この一年の出来事が、もはや私の中から余分な怒りや嫉妬心を取り去ってしまったのだ。
私はぼんやりと時計を見つめ、時刻が夜の八時半になっていることに気づいた。その瞬間、ある人物が修二の行方を知っているかもしれないと思い出した。スマホを開き、白川雪奈のインスタグラムを確認する。案の定、またコメントのない投稿が一つ。「今日も愛しの彼と映画デート!」下には、二人が指を絡ませた写真が添えられている。その男のすらりとした、骨ばった手を見つめると、なぜか心の中に安堵感が広がっていく。それは修二の手だった。彼の手の甲には私がつけた浅い傷跡があるからだ。私たちが付き合い始めたばかりの頃、あるケンカの最中に私が腹立ちまぎれに思いっきり噛みついた跡だ。当時、両親に愛され甘やかされていた私は、天真爛漫なお嬢様そのもので、怒りのあまり、加減もわからず彼の手の皮をかなり剥いでしまった。口の中に血の味が広がった瞬間、頭が真っ白になった。どうしていいか分からず、気づくと大粒の涙が次々とこぼれ落ちていた。この時、私は修二がきっと激怒するに違いない、絶対に別れると言われると覚悟していた。後悔と罪悪感、そして恐怖の入り混じった気持ちに堪えきれず、私は顔をしかめて号泣してしまった。けれど、次の瞬間、広くてしっかりした腕に包まれた。「ばかだな、結衣、俺は噛まれたのに、なんでお前が泣いてるんだ?」彼は顔を下げて、けがをしていない方の手で、そっと私の涙を拭ってくれた。「俺の方が悪かった、ごめんな。結衣を怒らせるなんて、俺が悪いんだ。ほら、もう噛んだんだから、この悪い彼氏を許してくれよ?」あの時、まだ少年だった修二は、手当もせずに泣きじゃくる私を静かに慰め続けた。私のすべての不安と悲しみを少しずつ消し去ってくれた。私は涙でぼやける目で、修二の顔をじっと見つめた。私だけの唯一無二の印をつけた、と優しく笑うその少年の姿が、少しずつ深く、消えない形で私の心に刻み込まれていった。でも今、その私の印がある修二の手は、別の女性としっかりと手をつないでいる。彼女と指を絡ませて一緒に散歩をし、食事をし、映画を見て、さらには彼女の手を握りながら最も親密な恋人同士の行為に浸っている。悲しむべきでないとわかっている。でも、私はまだ生きた人間で、鮮やかに鼓動する心臓は、どうしようもなく締めつけられてしまう。心が締めつ
疲れ果ててソファに横になり、うとうとしていた。突然、胃に鋭い刺すような痛みとねじれるような激痛が走り、一日何も食べていなかったことに気づいた。昼はほんの一口食べたもののすぐに吐いてしまい、夜はそもそも食欲が湧かなかった。医者からは一日三食の軽い食事をしっかり摂るように言われていたが、さもなければ今すぐ深刻な症状が現れる可能性があるとも忠告されていたことを思い出し、苦笑せずにはいられなかった。何か胃に入れようと起き上がりかけたその時、痛みが急に腹全体に広がっていった。思わず苦しみの声が漏れた。まるで腹全体がミキサーで刻み粉々にされているような耐え難い痛みで、私は再びソファに崩れ落ちた。それは言葉にできないほどの痛みで、全身が反射的に縮まり、唇を噛みしめるうちに、口の中に血の味が広がっていた。意識を失いかけるほどの痛みに耐えながら、無意識のうちにスマホを握り、緊急連絡先の一人目に電話をかけた。着信音がしばらく鳴った後、ようやく繋がり、まるで永遠にも感じられる時間が過ぎたように感じた。「修二、お願い、戻ってきて」ぼんやりとした意識の中、自分の壊れたような、屈辱的な声が聞こえた。「もしもし、どちら様?深澤社長をお探しですか?深澤社長は今お忙しいので、何かご用があれば私が伝えますよ」電話の向こうから、どこか作ったような優しい女性の声が響いた。私は絶望の中で目を閉じ、苦しい思いで電話を切った。今はもう、あまりの激痛に他に何かを恨む気力も残っていない。雪奈のことも、一生愛し守ると誓った修二のことも、もうどうでもよかった。結局、死にゆく者なのだから、もがくことに意味などない。もう十分に惨めで、悲しみも味わった。それなら、このまま終わりにした方がいいかもしれない。ぼんやりとした思考が漂う中。ふと脳裏に浮かんできたのは、白髪の父と母、遠くイギリスにいる友人の百合、そして学問と人生の先生であるエイリン。私の絵『脱皮』も。この世界には、修二以外にも私を気にかけてくれる人がたくさんいる。こんなふうに終わらせてはいけない。強く唇を噛みしめると、血の鉄臭さが少しだけ理性を取り戻させてくれた。震える手で二人目の緊急連絡先に電話をかけた。――プルルルルン活気ある着信音がわずか二秒鳴ったところで
再び目を開けると、白い天井が見えた。胃の奥に残る細かい刺すような痛みが、さっきの出来事を思い出させる。病室のベッドのそばに目を向けると、案の定、やんちゃそうな美しい顔が見える。「おやおや、うちの純情乙女の結衣さんが目覚めたね?どう?俺でガッカリしたかい?心の中で思い焦がれていた旦那さんじゃなくて」高橋志保が意地悪く笑いながら言う。「何言ってんのよ!」白い肘が志保の腹を強く突いた。そちらを見ると、彼の隣に背が高く、優雅な長い髪の女性が立っている。私の視線に気づいたその女性が、こちらを向き、微笑んだ。「はじめまして、早川素香と言います。素香と呼んでくださいね。私は志保の彼女です。安心して、あなたに宣戦布告しに来たわけじゃない。私はあなたと志保の関係を信じてるし、彼が私を裏切るようなことはしないと信じているから」私は素香の目を見つめた。その瞳には、柔らかな申し訳なさと哀れみが宿っていた。「実は、あなたの作品に惹かれて、少し興味本位で志保からあなたのことを聞き出してしまった。ごめんなさい、少しプライバシーに踏み込んでしまったかもしれない。それについて、許さないでも、嫌いになっても構わない」「ここに来たのはただ、あなたに伝えたかったから。私はあなたの作品の中にある、そのどんな絶望にも屈しない勇気と希望にあふれた強さが好き。そして、あなた自身も大好きよ。あなたは数え切れないほどの人々に敬愛されるに値する人だと思う」「だから」彼女は穏やかながらも、力強く続けた。「どうしてそんなにも悲しみと絶望に囚われ続けているのかわからないけれど、きっとあなたは作品のように、希望を抱いて生まれ変わると信じているわ。そうでしょ?」私は唇を噛みしめ、涙を流した。長い間感じなかった心の鼓動が、確かな答えを告げていた。この一年間の屈辱と抑圧で、私は自分を見失いかけていた。でも、どれだけ麻痺しても、私の心はまだ燦々と輝く太陽と温かい愛を求めている。修二を愛しているけれど、自分を失うほど愛するわけにはいかない。彼を愛するあまり、私を愛してくれる人たちを犠牲にするわけにはいかない。「もちろんよ」私はそっと答えた。この返事は素香に向けてでもあり、私自身へのものでもあった。私はもちろん、心に太陽を抱き、炎の中から生まれ
志保と素香が去った後、再び眠りに落ちてしまった。私は、夢の中であの鮮やかで美しい日々に戻っていた。初めて修二のことを聞いたのは、中学二年生の頃だった。彼が転校してきて以来、他を圧倒する成績で学年トップを独占し続け、第二位など到底及ばない成績を収めていたからだ。その頃、私の中にあったのは、ただ学年一への憧れと好奇心だけだった。二年生の後期、私は体育館の壇上でスピーチをする修二を見つめ、彼の冷静で落ち着いた雰囲気と、冷たくも品のある顔立ちに、耳が赤くなるのを感じた。両親に甘やかされて育った私は、すぐに勢いよく彼に笑顔で連絡先を聞きに行った。けれども、修二は冷たく一瞥をくれると、「僕は恋愛に興味がない、ごめん」とだけ言って、私を避けるように去っていった。私はその場で顔を赤らめてしまった。しかし、負けず嫌いでわがままな性格が顔を出し、私は密かに、いつかこの学年一の彼を驚かせてやると誓った。それから、私は修二の“付きまとい”になった。休み時間になると彼の教室に駆けつけ、放課後には彼を追いかけて帰宅するまで見送り、週末には偶然を装って何度も彼の前に現れた。彼のことを知れば知るほど、最初はただ顔が好きで意地になっていた気持ちが、次第に本当の想いと好きという感情へと変わっていった。私は修二の冷静さと理知的なところが好きだった。彼の礼儀正しさと、ふと見せる優しさが好きだった。彼のひたむきさと向上心が好きだった。彼の芯の強さと鋭さが好きだった。そして、困難な状況に置かれても、心の中に不屈の優しさと消えない希望を宿すその姿が好きだった。……私は、深澤修二が好きだった。彼のすべての素晴らしいところも、不完全なところも、全部好きだった。修二が「成績の悪い子は好きじゃない」と言ったのを口実に、苦手な勉強にも必死に取り組んだ。彼を助けるため、何年も貯めてきたお小遣いを全て校長に渡し、彼が必ず受賞できるような賞を作ってもらった。彼のために、すぐに爆発しそうな短気やプライドを抑えることも覚えた。修二が毎朝朝食を食べられるように、誰よりも早く登校し、彼の机にこっそり彼の好きな焼そばパンと豆乳を置いて、「余分に買ったから、無駄にしないでね」と書いたメモを残しておいた。……修二の素晴らしさを知るうちに、
その後、修二は私を心の底から甘やかしてくれた。毎日どんな天気でも、遠回りをしてまで私を家まで送ってくれた。毎朝、私のマンションの前で早くから待って、一緒に学校へ行く。食事の時は、私が嫌いな料理を全て自分の皿に移し、私の好きなものだけを残してくれた。私がクッキーが好きだと言うと、それだけで何日も研究して、ついに色も香りも味も完璧なクッキーを作り上げてくれた。休みの日には毎回、私のためにそのクッキーを作って持ってきてくれた。私が芸術科に進んでからは、毎日各教科のノートを整理して、私のために特別に学習時間を空けて教えてくれた。高二の年、私に特別な誕生日プレゼントを贈るために、彼は週末や夏冬休みの間、昼も夜もアルバイトに励んでいた。痩せこけて顔つきまで変わってしまった修二を見て、涙が止まらなかった。「私、そんな貴重なプレゼントなんていらない!あなたに元気で、幸せでいてほしいだけ!」修二は優しく私を抱きしめた。「結衣ちゃん、君さえいてくれれば、僕はいつでも元気で幸せだよ」と微笑んで言った。……突然、けたたましい電話の音が夢の中から私を呼び覚ました。半分寝ぼけた状態で、修二の低くて魅力的な声が聞こえた気がした。「結衣、お前はどこにいる?」修二の口からこんな冷たい名前が呼ばれるのを聞いて、私はまだ過去の自分に浸っていたため、口を尖らせて不満げに返した。「修二、結衣ちゃんって呼んでよ!」しばらく沈黙が続いたあと、彼の声が再び聞こえてきた。「結衣、お前はまた……」その先の言葉はよく聞き取れなかった。なんだか胸の中が急に乾いたようで、無性に彼が作ってくれたクッキーが食べたくなった。だから、私はそっと囁いた。「——修二、あなたのクッキーが食べたい」そして、握りきれなかったスマホが私の指から滑り落ち、カラリと床に落ちた。私の意識は再び暗闇へと戻っていった。ただ、今回ばかりは、楽しかった過去も、冷酷な現実に引き戻されるせいか、もう二度と夢の中には現れないかもしれない。
今回目が覚めたとき、外はもう真っ暗だった。私は時間を確認する。10月15日、夜の7時半。心の中で少し驚きが走った。最後に発作で気を失ったのは13日の夜だったことを覚えているからだ。もう2日が経っているけど、修二は私が家にいないことに気づいただろうか?でも、気づいたとしても、私のために何か反応を示すだろうか?自嘲気味に笑って、期待せずにスマホを開いてみた。ところが、予想に反して、連絡先には十数件の修二からの着信が残されていた。最初の通話記録を除けば、すべてが30分おきの不在着信だった。その着信履歴を見つめていると、新しい通話リクエストが無言で表示された。部屋の静寂の中で、「深澤修二」の四文字が映る画面をじっと見つめ、5、6秒ほど経ってから通話ボタンを押した。「結衣!お前一体どこにいるんだ!」修二の荒々しい非難の声が耳元に炸裂した。それでも、私はただ冷静に言った。「修二、何か用?」修二は一瞬黙ったあと、冷たく嘲笑するように言い放った。「てめえ、結衣、人をからかうのは楽しいか?」「お前がクッキーを食べたいって言ったから、朝一で材料を買いに行って、三回試してやっと昔の味ができた。それで、今さら何か用だって?」「お前が帰ってくるのを待って、朝から夜まで十数回も電話したんだぞ!全部出ないで、今も影も形も見えないまま、お前は何か用だって?結衣、いい度胸だな!」修二の声には、尽きることのない怒りが込められており、その中に、少し隠れた苛立ちと疲労が感じられた。この時になって初めて、夢の中で修二にクッキーをせがんだあの言葉が、現実でも同じように発していたのだと気づいた。修二もまた、私の何気ない一言に応えるため、再び手作りでクッキーを作り、一日中待っていてくれたのだ。この結婚が始まったときから、私は分かっていた。修二は私を憎んでいるけれど、同時に深く愛してもいると。彼の愛は彼の憎しみを加速させ、彼の憎しみは彼の愛と入り混じっている。私が帰国したとき、彼は母親の治療費を口実にして、私と結婚させた。その理由は、彼の心の中に消えない恨みと愛への執着に他ならない。彼は私を侮辱し、かつて私が与えた苦しみをそのまま私に味わわせようとした。しかし同時に、追い詰められたギャンブラーのように、どうしても私の愛を