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第3話

辰也は拳を握りしめ、その目には怒りが滲んでいた。

「貴様らは全員無能か?女一人がここから逃げ出すなんて」

藍井は彼の肩を軽く叩きながら言った。

「ただ遊びに出かけただけかもしれないわ。すぐ戻ってくるかも」

彼女の言葉に、辰也はさらに苛立ちを募らせた。

顔には一層不機嫌な表情が浮かぶ。

「俺があいつに出かける許可を出した覚えはない」

そう言って振り向くと、傍らにいた秘書に命じた。

「杏子のところにある銀行口座を全部停止しろ。金がなければすぐに戻ってくるだろう」

秘書はしばらく躊躇した後、心苦しそうに言った。

「院長、季山さんは渡されたカードを使っていません。ずっと自分のお金を使っています」

その言葉に、辰也の怒りはさらに燃え上がった。

「じゃあ、あいつの銀行口座も全部停止しろ」

夫であっても妻のカードを停止する権利はないが、辰也は怒りに我を忘れていた。秘書もそれを察して、しぶしぶ了承するしかなかった。

辰也は携帯を手に取り、私に何度も電話をかけた。

私の携帯は、彼のわずか1メートルも離れていない場所で、点いては消え、また点いては消えていたが、彼はそれに全く気づかなかった。

最後には怒りが頂点に達し、今度は怒涛のメッセージを送りつけた。

私はその場に立ち尽くし、彼から次々と送られてくるメッセージを無言で見つめた。

「どこに行ったんだ」

「一分以内に戻ってこい」

「藍井と張り合って、何の意味もない」

全ては闇に飲まれるように返事がないままだった。

思い通りにならないこの状況が、辰也をさらに苛立たせた。

藍井はそんな彼の態度を見て、勝ち誇ったように口元を歪めて笑った。

私は彼女のそんな態度に我慢ができず、部屋を出ようとした。しかし、出た瞬間、再び見えない力で引き戻された。

私の魂は、辰也と藍井のそばから離れることができない。

辰也はすぐに私のいない生活に慣れ、新しい愛情に没頭していた。

藍井と毎日甘い時間を過ごし、夜になってようやく私に「早く戻ってこい」とメッセージを送るくらいだった。

「まだ駄々をこねるつもりか。さっさと戻るか、二度と戻らないかどっちかにしろ」

彼は藍井と白方家でキスを交わしながら、食事をし、会話を楽しんでいた。

その間、私は地下室の冷凍庫に閉じ込められていた。

情熱が高まり、藍井は辰也の胸に身を寄せて聞いた。

「辰兄、私と杏子、どっちがいい?」

辰也はためらわずに答えた。

「あいつが藍井と比べられるわけないだろう。あんなの、ただの使い古した女だ」

藍井は彼の顔を撫でながら言った。

「やっぱり、辰兄は私が留学していたから腹いせに彼女と結婚したのね」

ふと、私は辰也との初めての出会いを思い出した。

それはある雨の夜のこと。帝都で前代未聞の大洪水が発生した日だった。

辰也と私は洪水で孤立してしまい、彼は怪我をしていた。

傷口が炎症を起こし、彼は意識を失ってしまった。

私はずっと父に「人には優しくしなさい」と教えられていたので、彼を背負い、水をかき分けて救助所まで連れて行った。

彼は無事だったが、私は水中の石やゴミに足を傷つけられ、しばらく足を引きずっていた。

辰也はそのことを知り、毎日私のそばにいてくれた。私たちは自然な流れで付き合うようになったが、その時初めて彼には幼馴染がいることを知った。

彼は私を慰めながら言った。

「俺たちはただの友達だよ。もし付き合う気があったなら、もうとっくに一緒にいるはずだ」

私はその言葉を信じた。彼は本当に私に優しくしてくれたから。

結婚してしばらくは幸せだった。しかし、結婚後、彼の態度は豹変した。

彼は私の顔を指差しながら批判した。

「鼻は低いな」

「肌も汚いし、藍井ほど綺麗じゃない」

私は白方家の地下室にある冷凍庫でずっと眠ってしまうのかと思っていたが、辰也と藍井がある日、何故かパーティーからの帰りに地下室の前で立ち止まった。

彼は何かに引き寄せられるように扉を開けた。

私の体は損傷が激しく、血が混じった水が顔の上で凍りついていた。

藍井が不満を感じるたび、彼女はナイフを持って地下室にやって来ていた。

辰也は最初、私のことを藍井が作った模型か何かだと思っていた。

しかし、ふと振り返った時、彼は私の骨ばった手を見つけた。

その手には、三周年記念日に彼が私に贈った指輪がはめられていた。

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