共有

第10話

風が冷たさを伴って、私たちの指先をかすめていった。

ふと、以前読んだことのある一文が頭をよぎる。

「傷つけられた人の、その重い傷跡は決して暴かれるべきものではない」

「称えられるべきものは、絶望の中でも耐え抜いた勇気だ」

かつて、私の目の前に立ちはだかっていた大きな山。

それは、直人が戻ってきた時点で、もう越えられた。

「もうやめましょう、康之。これで終わりにして」

「私たち、もうそれぞれ幸せに生きていきましょう。もうこれ以上絡まないで」

彼の目から、突然涙がポロポロとこぼれ落ちた。

唇はひどく震えていて、反論する言葉が一つも出てこない。

「真波、行かないで……」

彼の懇願が聞こえてくる中、私は直人の腕に抱かれながら、一歩一歩前へ進んだ。

振り返ることはなかった。

21、

帰り道、私はわざと直人に一緒に散歩しようとお願いした。

川沿いには街灯の光が反射して、きらきらと波のように輝いている。

しばらく歩いていると、直人は微笑み、優しい眼差しで私を見つめた。

「あの時、実はここで告白しようと思ってたんだ」

でもその時、彼は私を待っていても私が来ることはなかった。

その言葉を聞くと、胸に一瞬、締め付けられるような痛みが広がり、目の奥が熱くなった。それでも私は優しく問い返した。

「私は罪に問われるの?」

直人の目と目が合う。彼は私の姿を見つめ、目を逸らすことはなかった。

喉からわずかに笑い声が漏れた。

そして、優しい声で言った。

「俺はまだ真波にちゃんと告白してない気がする」

直人は歩みを止め、私をしっかりと抱きしめた。

しばらくして、彼は顔を近づけ、私の額にキスを落とした。

くすぐったい感触が私を包み込み、鼻先に漂うのは清々しい木の香り。

全身の感覚が一気に呼び覚まされる。

耳元に届く彼の声は、どこか時の埃を纏いながらも、無限の愛情がこもっていた。

「愛しているよ、真波」

柔らかな風が吹く中、直人の目には揺れる月光が映っていた。

私は彼の胸に顔を埋め、ゆっくりと彼を抱きしめ返した。

「直人、私も昔からずっと、直人のことを愛していたよ」

22、

7年前、直人が海外に旅立つ日、私はこっそりと空港まで見送りに行った。

その2時間の間、私は彼の姿を見つめ、期待から絶望へと移り変わる彼の表情を見続けた。

心臓
ロックされた本
この本をアプリで読み続ける

関連チャプター

最新チャプター

DMCA.com Protection Status