夫からの暴力に耐え続けた女性の物語。 心も体も深く傷つき、ただ耐えることしかできなかった日々。 あることがきっかけに、そんな彼女の運命が大きく動き出した。 長年の沈黙が、静かな怒りへと変わっていく。 これまでの屈辱と諦めの日々から、自分の人生を取り戻すための闘いが始まった。
View More薬の効果で、高橋月子は一時的に体力を取り戻した。計画通り、彼女は佐々木健一に近づき始めた。計画初日から、私は佐々木健一の食事に薬を混ぜ続けた。その目的はただ一つ、あの人でなしが高橋月子に触れられないようにするためだった。7月18日。高橋月子と佐々木健一の初めてのデートの日。その日、佐々木健一は私から二十万円を持ち出した。私は鈴子ちゃんの世話をするため、上の階の部屋を借りていた。その部屋が後にこれほど重要な役割を果たすとは、当時は想像もしていなかった。7月20日。突然、会社から28日に大阪出張の指示が来た。一度は仕事を手放すことも考えた。しかし、何年もかけて築き上げたこのポジション。新しい職場を見つけても、また一からのスタートを強いられる。そうなれば鈴子ちゃんの将来は?出張を受けるにしても、計画と日程が重なってしまう。数日間、決断できずにいた。7月25日。妹が突然訪ねてきたことで、新たな案が浮かんだ。この件を妹に任せることにし、細かい手順を伝えた後、大阪への出張に向かった。出発前に、化粧品店で泣きぼくろシールを購入し、顔に貼った。8月2日。戻ってきた時、計画は完璧に遂行されていた。ただ一つ、予想外だったのは高橋月子の死だった。彼女が命を懸けるとは思わなかった。その遺体を目にした瞬間、私は涙が止まらなかった。犯行の経緯は、確かに鈴木力也の証言通りだった。妹は廊下で彼と出くわし、意図的に彼の怒りを煽った。激高した男の理性を完全に奪うのは、意外なほど容易いことだった。「あなたの妻が今、佐々木健一とやっている」という一言で十分だった。妹の証言によれば、彼は家に入るなり台所へ直行し、包丁を手にしたという。実は、たとえ鈴木力也が動かなくても、高橋月子が計画を完遂するはずだった。彼女こそが、私の計画における第二の切り札だったのだから。これが事件の全容だ。私が田中刑事に唯一偽ったのは、佐々木健一と鈴木力也に辱められた人物が私だと証言した点だけ。この真実を知る者は、私と妹、そして既に他界した二人だけ。出所の日、私たち三人——私と妹、そして鈴子ちゃんは、遅ればせながら新年の祝い膳を囲んだ。そして、新しい人生の一歩を踏み出した。
あの時の光景は、今でも鮮明に覚えている。私がその言葉を告げた瞬間、高橋月子は私の手を握りしめ、声を押し殺して泣き崩れた。だからこそ、計画を打ち明けた時、彼女は一瞬の躊躇いもなく承諾した。私は彼女を入院させ、一週間の休養を取らせた。その間、鈴子ちゃんの面倒は妹の川村美鈴が見てくれて、会社の方も私の代わりに出勤してくれていた。しかし、不測の事態で妹が巻き込まれることだけは避けたかった。7月5日、妹の必死の反対を押し切って、新潟行きの新幹線に乗せた。7月10日。高橋月子は計画の全てを理解していたはずだったが、それでも退院の日に『聖杯と剣』を手渡した。彼女は微笑みながら言った。「結婚して六年、初めてもらった贈り物です」その言葉に胸が締め付けられた。私にはまだ、わずかでも温もりを感じられる日々があった。でも彼女は、毎日が生き地獄のようだった。
病床で横たわる彼女は、中絶手術を終えたばかりだと告げた。そして、子宮頸がんの診断も受けたという。その話を聞いて、私の中で鈴木力也への憎しみが沸き上がった。だが、こんな事態を警察に訴えても何も変わらないことは分かっていた。「鈴木力也のことを、憎いですか?」彼女の弱々しい性格を考えると、説得には相当な時間がかかるだろうと思っていた。しかし、予想に反して高橋月子は即座に頷いた。「ええ、地獄へ道連れにしたいくらい」彼女の声は震えていた。「でも今の私には、それだけの力もない。ただ鈴子のことだけが心配で......私がいなくなったら、この子はどうなるんでしょう」女の子を蔑む鈴木力也が、実の娘である鈴子の面倒を見るはずがない。それは私も、高橋月子も痛いほど分かっていた。女児だと分かるたびに、彼女の体など考えもせず、執拗に中絶を迫ってきた彼の行為が、それを何より証明していた。「鈴子ちゃんのことは、私が必ず引き取ります。実の娘として大切に育てさせてください」私はそう約束した。
7月3日。退院後、すぐには家には戻らなかった。私たち姉妹は身なりを変え、あるホテルに身を寄せた。部屋に置かれていた『聖杯と剣』という本が、私たちに新たな着想を与えてくれた。そして同時に、鈴木力也の妻・高橋月子のことが頭をよぎった。午前中をかけて、私たち姉妹は佐々木健一を誘惑する計画を物語として紡ぎ上げた。その後、妹は原稿と『聖杯と剣』を持って出版社へ向かった。私は特に原稿を残すよう指示した。もし計画が失敗した時、全ての責任を私一人で背負うためだった。一方、私は高橋月子に会いに向かった。彼女との出会いは、鈴木力也が初めて佐々木健一から取り立てに来た時まで遡る。最初の返済金は、鈴木力也の指示で高橋月子の口座に振り込んでいた。それ以来、私たちは時折連絡を取り合うようになっていた。彼女の境遇を知っていたからこそ、私は彼女に目をつけた。しかし、事前に用意していた言葉は、彼女と対面した瞬間に全て意味を失った。
それは私たち姉妹にとって、最も暗い日々だった。しかし、互いを支え合い、姉妹の絆を頼りに、少しずつ闇から抜け出していった。7月2日の夜。一晩中考え抜いた末、私は二人に報いを与える計画を思いついた。夜が明けるまで妹と話し合い、全ての段取りを決めていった。
もし妹の体の傷跡に気付かなければ、彼女は私に何も話すつもりはなかった。真相を知った私は即座に警察に通報しようとしたが、妹は最後に動画まで撮られていたと告白した。その時、私は確信した。佐々木健一は最初から妹が私ではないと分かっていたはずなのだ。恋愛から結婚まで4年間、互いの体を知り尽くしていた私たちだ。たとえ最初は人違いだったとしても、触れた瞬間に気付いたはずなのに、彼は行為を止めなかった。それどころか、承知の上で犯行に及んだのだ。私は通報を諦めた。事件が公になれば、未婚の妹の人生に取り返しのつかない傷を残すことになるからだ。
病院で目覚めた時、医師からその事実を告げられ、死にたいと思った。妹の川村美鈴が現れなければ、私はその絶望から抜け出せなかったかもしれない。入院中、佐々木健一は一度も見舞いに来なかった。私は完全に彼への未練を断ち切った。そして7月1日、妹が着替えを取りに自宅へ行った時のことだった。たまたま佐々木健一と、彼から取り立てに来ていた鈴木力也に出くわした。佐々木健一は妹を私と勘違いし、金を要求してきた。義兄の佐々木健一を心底憎んでいた妹が金を渡すはずもなく、激高した佐々木健一は罵声を浴びせかけた。そこへ鈴木力也が悪意に満ちた言葉を投げかけ、佐々木健一は妻を借金の担保に差し出すという卑劣な考えを抱くに至った。その日、私の妹は二人の人でなしに辱められた。
6月29日の夜。父親になると知れば、きっと更生してくれるはずだと、淡い期待を抱いていた。彼が嫌がっていた泣きぼくろさえ、わざわざ取ってもらった。その夜、彼が帰宅したのは深夜1時を回っていた。ソファで待ち続けて眠っていた私は、彼の物音で目が覚めた。酒の臭いを漂わせる彼を見て、思わず口を滑らせてしまった。「いい加減にして。いつも友達と飲んでばかりで、まともな生活できないの?」その一言が、全てを狂わせた。彼は私を殴り倒し、容赦なく暴力を振るい続けた。妊娠していることを必死で訴えても、獣と化した彼の暴力は止まることはなかった。そして私は、赤ちゃんを失った。
DVに「最初で最後」はない。一度始まれば、それは止めどなく繰り返される。私は離婚を考え始めていた。しかし6月25日、妊娠が分かった。数日間悩んだ末、離婚の考えを諦め、佐々木健一にもう一度だけチャンスを与えることにした。
夫の佐々木健一が死んだ。家のベッドで、見知らぬ女と一緒に死んだ。2021年8月2日、夏の日のこと。出張から福岡に戻った私は、家に入るなり腐臭に襲われ、思わず何度もえずいてしまった。急いで窓を全開にして換気し、鼻を押さえながら臭いの元を探し始めた。「健一......」何度か呼びかけたが、返事はない。家具に積もった埃を見て、すぐに察した。佐々木健一はまた麻雀に行っているのだろう。私がこの数日家を空けている間、きっと外で賭け事三昧だったに違いない。こんなことはもう何度目だろう。この男に対して、もはや何の期待も持てなくなっていた。今や頼れるのは自分だけだ。疲れ切った体を引きずりながら、家中を探し回った。一通り探したが何も見つからず、寝室へ向かった。荷物を先に片付けてからまた探そうと思ったのだ。しかし、寝室のドアを開けた瞬間、強烈な腐臭が鼻を突いた。そして目に飛び込んできたのは、一人の男と女の姿だった。男は夫の健一だった。そして、見知らぬ女と二人でベッドに横たわっていた。二人とも裸で、その体はすでに膨れ上がり黒ずんでおり、悪臭を放っていた。茶色がかった血液がシーツや床に広がっていた。その凄惨な光景に、私は驚きと悲しみで立ち尽くした。私は口を押さえたまま、呆然とドア口に立ち尽くしていた。我に返った時には、涙が止まらなかった。夫の裏切りなど、全く予想だにしていなかった。力なくリビングへ戻り、震える手で嗚咽しながら警察に通報した。警察はすぐに駆けつけてきた。彼らは手際よく、一人が私への事情聴取を担当し、他の者たちは現場を封鎖し証拠採取を行い、マンションや団地の防犯カメラ映像も調べ始めた。家には大勢の人がいたが、それでも私の心から恐怖は消えなかった。ソファーで体を丸めながら震える私に、田中刑事が質問を続けた。「この数日、大阪へ出張していたんですね?」「はい」私は目元の涙を拭った。「ご主人とは普段どんな仲だったんですか?」私は黙って首を振り、少し悲しさが込み上げてきた。「良好とは言えませんでした。彼が半年前に失業してから、私たち夫婦関係は日に日に悪化していきました。出張前日も、このことで口論になったばかりです」「原因は何だったんですか?」...
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