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第8話

著者: 新紅双喜
last update 最終更新日: 2024-11-27 10:15:09
1996年10月9日、ある夫婦に双子の女の子が生まれた。

そして15年後、その夫婦は離婚した。

田中刑事は続けた。

「双子の姉は父親の川村楽陽と暮らし、妹は母親の伊藤紅丸と共に北海道へ。

両親がそれぞれ新しい家庭を築いてからは、姉妹も別々の人生を歩むことになった。

姉の川村澪は継母から虐待を受け、次第に臆病で弱気な性格になっていった。

学校ではいじめられ、家では義弟の嫌がらせに遭い、結婚後は夫からの暴力に苦しめられた。

そんな理不尽な境遇に、川村澪はただ耐えることしかできず、時折、妹にだけ胸の内を明かしていた。

一方、妹の川村美鈴は母親の再婚家庭で、義父に子供ができない事情から、まるで宝石のように大切に育てられた。姉とは対照的に、芯の強い女性に育った。

姉の苦境を知った川村美鈴は、福岡へ向かい......」

私は笑いながら、田中刑事の言葉を遮った。

「面白い創作ですね。編集者にでもなられたら?警察官は勿体ないですよ」

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    黙り込む田中隊長を見つめながら、私は言葉を継いだ。「そんな話をどこでお聞きになったのか分かりませんが、私は川村澪です。妹も姉もおりません」「そう簡単に否定しないでくれ」田中刑事は意味深な笑みを浮かべた。「この一ヶ月余り、私が何をしていたと思う?」私が答える間もなく、田中刑事はカバンから書類を取り出し、テーブルの上に広げた。「これが君たち川村姉妹の出生証明書だ。実家の戸籍謄本に、再婚後の戸籍謄本。身分証明書のコピーもある。この件を調べるために、私は北海道まで足を運んで、川村さんの義父にも会ってきた。こんな証拠がなければ、ここまで踏み込んで来るわけがないだろう」書類を目にした私の瞳が、かすかに揺れた。「いつから疑っていたんですか?」「認めるということかな?」私が黙り込むと、田中刑事は続けた。「君が通報に来た日だ。あの結婚写真を見た時から違和感があった。単なる直感だったが、鈴木力也が逮捕され、事件当日に君と会ったという証言を聞いた時、確信に変わった」「だから私が帰る時、泣きぼくろのことを聞いたんですね」「それで美容院を調べ、私たち姉妹の素性まで探ったというわけですね」田中刑事が頷くのを見て、私は小さく笑った。「随分と手間のかかる捜査でしたね」「ああ」田中刑事も笑みを浮かべた。「でも、その価値は十分にあった」私は眉を上げた。「どういう意味ですか?」

    最終更新日 : 2024-11-27
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    「これらの証拠から、君の犯行の経緯が見えてきたんだ」「そうなんですか?」私は皮肉めいた興味を示した。田中刑事は分析を始めた。「6月30日、君が福岡に着いた時、川村澪は駅まで迎えに来なかった。違うかな?」私は黙って頷いた。確かにあの日、姉は駅で待ち合わせるはずだった。でも30分待っても姿を見せず、電話も繋がらなかった。仕方なく、自分でみどり団地まで向かうしかなかった。「その日はちょうど鈴木力也が佐々木健一のところへ借金取りに来ていたのだ」田中刑事は私の言葉を遮って続けた。「そして君が到着した時、佐々木健一が借金の代償として妻を差し出そうとしている場面を目撃したんだな?」

    最終更新日 : 2024-11-27
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    私の瞳孔が一瞬縮んだ。「鈴木力也の証言なんですか?」田中刑事は頷いた。「ああ。それに私自身も病院へ行って、当日の記録を確認している」田中刑事の言葉で、私の心の奥底に封印していた記憶が蘇ってきた。6月30日、姉が約束を破ったことで、私は不吉な予感がした。駅を出るなり、すぐにタクシーを拾ってみどり団地へ向かった。私たち姉妹は長年離れて暮らしていたが、何でも打ち明けられる関係だった。姉が合鍵を隠す場所さえ知っていた。姉のマンションに着き、靴箱から鍵を取り出した。しかし、ドアを開けた瞬間、目にした光景に私は凍りついた。姉は手足を縛られ、二人の男に辱められていた。皮肉なことに、その一人は夫の佐々木健一だった。「もう一人は鈴木力也か?」私は黙って頷いた。その二人の人でなしを追い払った後、姉を長い時間かけて慰めた。ようやく落ち着きを取り戻した姉を病院へ連れて行った。入院中、姉は少しずつ立ち直っていった。彼女から全てを聞かされた時、私はその二人を即座に殺してやりたいと思った。こんな人でなしがこの世に存在するなんて信じられなかった。借金の返済のために自分の妻を差し出すなんて。彼は姉を人間とすら思っていなかった。だから平気で暴力を振るえたんだ。さらに許せないのは、姉が妊娠中でさえ、佐々木健一はその残虐な性格を改めなかったことだ。些細なことで暴力を振るい続け、結果として姉は流産してしまった。「なぜ警察に通報しなかった?」

    最終更新日 : 2024-11-27
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    私は冷ややかに田中刑事を見た。「こんなことが広まったら、姉はどう生きていけばいいんですか?それに、証拠もなかった」佐々木健一と鈴木力也は明らかに計画的だった。暴行の間、鈴木力也は手袋をして一切の証拠を残さなかった。法的に彼らを罰することは不可能だった。それに姉のことを考えれば、警察沙汰にはできなかった。「だから姉の復讐のために、二人を殺す計画を立てたというわけか」私は黙って微笑んだだけだった。田中刑事は私をしばらく見つめた後、続けた。「認めなくても構わない。私から説明しよう」

    最終更新日 : 2024-11-27
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    数日後、川村澪が退院してから、君たちは入れ替わった。だから会社の同僚が『澪さんが別人のように変わった』と証言していたんだ。彼らの言う通りだ。その時の川村澪は、実は川村美鈴だった。本物の川村澪は北海道にいた。だから義父も『一度帰省してから、随分大人になった』と話していた。同じ顔、同じ体格。誰にも気付かれなかった。もしこれがビッグデータの時代じゃない80年代なら、完璧な計画だったかもしれないな」私は田中刑事の推理を遮った。「仮にそれが全て事実だとしても、何か問題があるんですか?姉妹で入れ替わって生活してみただけです。それ自体は違法ではないはずです」

    最終更新日 : 2024-11-27
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    最終更新日 : 2024-11-27
  • 泣きぼくろの証明   第15話

    証拠を突きつけられ、私は素直に認めた。「この程度なら、せいぜい傷害罪でしょう」「随分と法律に詳しいようだな」私は頷いた。「それだけの価値はありました」「もう一つ。高橋月子をどうやって説得したんだ?」高橋月子。彼女もまた不幸な女性だった。鈴木力也と結婚してすぐに妊娠し、出産を機に仕事を辞めて専業主婦となった。しかしそれは夫の尊敬を得るどころか、「働かない厄介者」と罵られる日々の始まりでしかなかった。そして更に残酷なことに、この一年で高橋は四度妊娠した。しかし女児とわかるたびに、鈴木力也に病院へ連れて行かれ、中絶を強要された。私が彼女を見つけたのは、四度目の中絶直後だった。彼女はベッドで衰弱し、横たわっていた。傍らでは二歳の娘が空腹で泣き叫んでいたが、母親には起き上がる力すら残っていなかった。もし私が訪ねて行かなければ、もし大家が家賃を取り立てに来なければ、母子は本当にアパートで命を落としていたかもしれない。「なるほど。君は彼女を巧みに誘導したわけだ。鈴木力也から逃れる方法があると持ちかけ、計画に引き込んだ」田中刑事の鋭い質問に、私は首を振った。「そこまで冷酷な人間じゃありません。ただ見過ごせなくて、病院に連れて行き、数日間看病しただけです」田中刑事は意味ありげに笑みを浮かべた。「確かに直接は言わなかったが、ある本を渡したんだな」田中刑事がカバンから『聖杯と剣』という本を取り出すのを見て、私は思わず表情を強ばらせた。

    最終更新日 : 2024-11-27
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    最終更新日 : 2024-11-27

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    薬の効果で、高橋月子は一時的に体力を取り戻した。計画通り、彼女は佐々木健一に近づき始めた。計画初日から、私は佐々木健一の食事に薬を混ぜ続けた。その目的はただ一つ、あの人でなしが高橋月子に触れられないようにするためだった。7月18日。高橋月子と佐々木健一の初めてのデートの日。その日、佐々木健一は私から二十万円を持ち出した。私は鈴子ちゃんの世話をするため、上の階の部屋を借りていた。その部屋が後にこれほど重要な役割を果たすとは、当時は想像もしていなかった。7月20日。突然、会社から28日に大阪出張の指示が来た。一度は仕事を手放すことも考えた。しかし、何年もかけて築き上げたこのポジション。新しい職場を見つけても、また一からのスタートを強いられる。そうなれば鈴子ちゃんの将来は?出張を受けるにしても、計画と日程が重なってしまう。数日間、決断できずにいた。7月25日。妹が突然訪ねてきたことで、新たな案が浮かんだ。この件を妹に任せることにし、細かい手順を伝えた後、大阪への出張に向かった。出発前に、化粧品店で泣きぼくろシールを購入し、顔に貼った。8月2日。戻ってきた時、計画は完璧に遂行されていた。ただ一つ、予想外だったのは高橋月子の死だった。彼女が命を懸けるとは思わなかった。その遺体を目にした瞬間、私は涙が止まらなかった。犯行の経緯は、確かに鈴木力也の証言通りだった。妹は廊下で彼と出くわし、意図的に彼の怒りを煽った。激高した男の理性を完全に奪うのは、意外なほど容易いことだった。「あなたの妻が今、佐々木健一とやっている」という一言で十分だった。妹の証言によれば、彼は家に入るなり台所へ直行し、包丁を手にしたという。実は、たとえ鈴木力也が動かなくても、高橋月子が計画を完遂するはずだった。彼女こそが、私の計画における第二の切り札だったのだから。これが事件の全容だ。私が田中刑事に唯一偽ったのは、佐々木健一と鈴木力也に辱められた人物が私だと証言した点だけ。この真実を知る者は、私と妹、そして既に他界した二人だけ。出所の日、私たち三人——私と妹、そして鈴子ちゃんは、遅ればせながら新年の祝い膳を囲んだ。そして、新しい人生の一歩を踏み出した。

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    6月29日の夜。父親になると知れば、きっと更生してくれるはずだと、淡い期待を抱いていた。彼が嫌がっていた泣きぼくろさえ、わざわざ取ってもらった。その夜、彼が帰宅したのは深夜1時を回っていた。ソファで待ち続けて眠っていた私は、彼の物音で目が覚めた。酒の臭いを漂わせる彼を見て、思わず口を滑らせてしまった。「いい加減にして。いつも友達と飲んでばかりで、まともな生活できないの?」その一言が、全てを狂わせた。彼は私を殴り倒し、容赦なく暴力を振るい続けた。妊娠していることを必死で訴えても、獣と化した彼の暴力は止まることはなかった。そして私は、赤ちゃんを失った。

  • 泣きぼくろの証明   第24話

    DVに「最初で最後」はない。一度始まれば、それは止めどなく繰り返される。私は離婚を考え始めていた。しかし6月25日、妊娠が分かった。数日間悩んだ末、離婚の考えを諦め、佐々木健一にもう一度だけチャンスを与えることにした。

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