宝くじで十億円が当選した瞬間、私はその場で辞表を叩きつけ、実家へと帰る決意をした。 家族みんなに豪邸と高級車を贈る計画を胸に、高揚感いっぱいで家路を急ぐ。 しかし、玄関を開けるなり、冷たい現実が容赦なく私を叩きのめした。 「あんた、毎月の給料を全部渡してたから犬の世話をしてやったけどさ。今じゃ無職なんだろ?この犬、まだここに置いておくつもりか?それならいっそ、私の体の栄養にでもなってもらうわ」 弟の嫁の美羽(きりたに みう)が膨らんだお腹を撫でながら毒づいた。 「もうすぐこの家は五人家族になるんだから、あんたが居場所を取れるわけないだろ?分かってるよな、さっさと出ていけ!」 それに弟の智樹(ともき)も追い打ちをかけるように賛同する。 「そうだ、まずはこれまで親父とお袋が使った金を全部返せ。それから、その犬が食べたエサ代と水代も一円単位で払えよ。払えないなら、俺が訴えてやるからな!」 当選した喜びは喉の奥に押し込め、私はただ目を伏せた。 この家を建てる金を出したのも家具を買ったのも私だ。それなのに、愛犬を殺しておいて、今度は私に家から出ていけとは…… 怒りで震える体を抑え、私は呟いた。 「犬小屋で寝ればいいじゃない」
View More車がこちらに突っ込んでくるのを見て、私のボディガードがすぐに動いた。その腕で私を抱え上げると、一気にオフロード車に駆け込み、車の中に押し込んだ。軽自動車がオフロード車に突っ込んでくるなんて、卵で石を叩くようなものだ。結果、私は無傷だったが、智樹はその場で気を失った。私は迷わずスマホを取り出して通報すると、美羽の顔色が一気に青ざめた。彼女は足早にその場を後にした。智樹は「傷害罪」で収監されることになったが、まだ叫び続けていた。「俺は怪我なんてさせてねぇだろ!倒れたのは俺なんだぞ!」係員も呆れた様子で言った。「前にも説明したけど、君が自分で車を突っ込ませたんだよ。司法的には結果よりも動機が重要なんだ」だが智樹にはそんな理屈は理解できない。ひたすら怒鳴り散らすばかりだった。彼は面会に来た私を指さしながら、汚い言葉を次々と投げつけてくる。私は軽く笑って返した。「ねえ、知ってる?今のあんた、まるで狂犬みたいだよ」智樹は怒りで顔を真っ赤にして叫ぶ。「俺を出せ!どうせお前、怪我なんてしてねぇんだから、俺は長くても数年で出られる!そしたらお前をぶっ殺してやる!」私は冷静に一枚の清算書を取り出し、広げて見せた。「そうね。でも、その前にこれをどうにかしたほうがいいんじゃない?」「何の話だよ!」「ほら、まずはあんたが借金してる膨大な額。それと、あんたが壊した私の新しいオフロード車ね。これ、一億円もしたの。ほぼ新品同然だったのに、修理不能なほど壊れちゃった。かなり割引してこの額よ」智樹は目を見開き、信じられないと言わんばかりに叫ぶ。「ふざけんな!車で怪我したのは俺だぞ!それに、これはお前が仕組んだことだろうが!」私は彼の言葉を無視して、書類の別の部分を指差した。「あとね、これが今まで私が家族に使ったお金。全部細かくリストアップしてるから。1円でも足りなかったら、さらに訴えるからよろしくね。それと、あんたのゲームアカウント、全部売り飛ばしたけど、残念ながら大した金額にはならなかったわ」私は指を数えながら計算をしてみせる。「こうして見るとね、朝から晩まで、私が昔やってたみたいに働いても、完済するには数百年かかるだろうね。がんばってね!」智樹の顔色は見る見るうちに灰色に変わり、鉄格子越しに
ボディガードの言葉は、私の心にズシリと響いた。手元にある10億円の資産。それを使って、私はすぐさま名の知れた私立探偵を雇い、真相を調査することにした。数日後、詳細な調査報告書が届くと、私は思わず目を見開いた。私とこの家族の親子鑑定結果は「血縁なし」。それどころか、彼らには合法的な養子縁組の書類すら一切なかった。私が彼らを街に呼び寄せたのは、自分が稼いで家を買った後のことだった。それまでは田舎で暮らしていたから、出生に関する管理もゆるかった。調査によると、私が初めて村に連れて来られたとき、着ていた服は新品同様で、それが村中の注目を集めたらしい。そして当時、智樹の家には頻繁に別の子供が出入りしていたことも分かった。その子たちは、どこへ行ったのか、誰も知らない。私は「一番おとなしくて働き者」だったから残された。でも、少しでも気に入らないことがあれば、すぐ殴られた。この瞬間、私のこれまでの苦しみと悲しみの全てに説明がついた。私は彼らの実の子供ではなかった。さらには、誘拐されて連れて来られたのだ。真相が分かると、私はすぐに証拠を警察に提出した。智樹一家が人身売買に関与していた疑いで通報したのだ。どれだけの家庭が、あの人間以下の連中のせいで壊されたのだろう。そして、私もあと一歩でその犠牲者になるところだった。調査はさらに進み、私が誘拐される前に住んでいた場所も特定された。そこは智樹の家の近くの町だった。その町に到着すると、通りの入口にいたおばあさんが私を見て驚き、駆け寄ってきた。彼女は私の耳の後ろにあるほくろを指でなぞりながら震える声で言った。「あんた……あんた、住吉(すみよし)家の子供だろう?ついに戻って来たんだねえ……良かったよ、本当に良かった……この何年、あんたのご両親がどれだけ苦労して探したことか……」 私はおばあさんの後について歩きながら、心の中は親生の両親に会える喜びと緊張でいっぱいだった。 しかし、彼女が連れて行った先は、二つの墓の前だった。 「子供よ……あんたの両親はね、この何年あんたを探してね、30にもならないうちに髪が真っ白になってね……あの人たちは本当にあんたを愛してたんだよ。貧しい家だったけど、あんたにはちゃんと新しい服を買ってあげてたんだからね。 でもね、5
父さんと智樹が私を掴もうとして一歩踏み出す。 母さんも慌ててドアを閉めようとしたけど、次の瞬間、全員その場で固まった。 私の背後には、大柄で筋肉隆々の男性が五人、堂々と立っていたからだ。 彼らの腕の太さは智樹の頭よりも大きい。 全員無表情で家に入ると、瞬く間にリビングの半分以上を占拠した。 その威圧感に耐えられず、居合わせた中年の男性たちは言い訳を並べてそそくさと帰っていった。 母さんが唇を震わせながら聞いてくる。 「こ、この人たちは誰なの?」 私は笑顔でボディーガードの一人を引き寄せた。 「あ、言い忘れてたけど、母さん、この人、私の彼氏なの。このところ彼にずっとお世話になっててね」 そして他の人たちにも順番に役割を割り振った。 「こっちは彼氏のお兄さん、こっちは弟さん。それと、おじさんにおじさんのお兄さんね」 彼らはプロフェッショナルだから、笑いを堪えながらも完璧にその場を演じてくれた。 「どうも、奥さん。今日は莉子さんの家族にご挨拶に伺いました」 私はソファにどっかり座り、涼しい顔で智樹に話しかける。 「ねぇ、弟よ。あんた、いくら借金してるの?もしかしたら私の彼が助けてくれるかもよ?」 智樹の目が輝き、態度が急に軟化した。 彼はボディーガードを大げさに持ち上げながら、嬉々として借金の額を口にした。 「いや、全然大したことないよ、姉ちゃん!姉ちゃんの彼氏さん、たった4000万円だって!」 私は智樹のバカさ加減には慣れているつもりだったけど、この額にはさすがに驚いた。 ようやく美羽が智樹に向ける怨みがましい視線の理由がわかった気がする。 ボディーガードの一人が眉をひそめながら言った。 「4000万円か……莉子のためなら何とかしたいけど、正直今は全額は難しいなぁ」 彼は私が選んだシンプルな服装に身を包み、困った表情で本当に悩んでいるように見せた。 「催促が厳しいなら、警察に相談したらどうかな?」 私が提案すると、智樹が慌てて否定する。 「ダメだ!普通の手段じゃ時間がかかりすぎるし、美羽だってもうすぐ子供が生まれるんだ!」 智樹は私の彼に向かって必死に頼み込む。 「頼むよ、彼氏さん!ここで助けてくれたら、姉ちゃんもあんたにベタ惚れするに違いない!」 父さん
私はスマホの画面を智樹に見せながら、わざと自信ありげに言った。 「これが嘘に見える?全部ちゃんとした投資の利益だよ。この辺りには資源もコネも揃ってるから、投資すれば必ずリターンがあるんだって」 でも実際のところ、これはエキストラにたっぷりお金を払って作り上げた偽の投資記録だ。 ただ、智樹の強欲で愚かな性格を考えれば、これに引っかからないわけがない。 案の定、智樹は目を輝かせて興奮していたが、突然私の首を掴み上げてきた。 「何を待ってんだよ!さっさと金を俺に渡せ!」 私は泣きそうな顔で答えた。 「だって、これは私が借金して投資して稼いだお金だよ?あんたも稼ぎたいなら、自分で投資したらいいじゃん!」 今まで家に送ったお金のほとんどは、智樹の懐に入っている。 だから私は知っていた。こいつの手元には結構な額の貯金があるはずだと。 案の定、彼は私を睨みつけてこう言った。 「お前の金は親の金で、親の金は俺の金だ。さっさと全部渡せ!じゃないと痛い目見るぞ」 「やめてよ!」 私は涙を浮かべながら必死に頼み込む。 「この投資の担当者の連絡先を教えるから、自分でやりなよ。私はこの1000万円をもっと回さなきゃいけないの」 「回す?」 「そうだよ」 私は口元の笑みを隠し、涙を拭いながら投資の理論を智樹に一生懸命説明してみせた。 彼の数学の点数はいつもゼロ。おかげであっさり信じ込んでくれた。 さらに私はこう付け加えた。 「じゃあ、実際にその人に会いに行ってみようよ。一緒に行く?」 その後、用意しておいたエキストラさんが登場。彼のプロフェッショナルな演技により、投資の話はまるで夢のように美しいものに聞こえた。 智樹は高級車に乗って豪邸に住む夢を膨らませ、彼の欲望は膨張する一方。私はそれを横目に、エキストラさんと共にその場を離れる。 彼が見た小さなカード、それが彼の人生を壊す最初の一撃になることを私は知っていた。 その後、私は彼らから離れることを決心した。 もう家族なんていらない。 でも、私は十億円の資産を持っている。 長年の社会経験は私を磨き上げ、狡猾なまでの知恵を授けてくれた。 以前は「家族」という幻想に騙されていたけど、あの時点で気づいていれば、もっと早く切り捨てていたはずだ。
心の奥底まで冷え切るのを感じた。 彼らが私を家族として見ていないのは分かっていた。でも、今のやりとりで気づいた。彼らは私を「人間」としてすら扱っていなかったのだ。元々、いくらか金を渡して縁を切るつもりだった。でも、ここまでされて彼らをただで済ませる気にはならない。彼らには、その代償をきっちり払わせてやる――「たった二百万円で、あんたたち犬みたいに飛びつくんだ?」普段の穏やかな私とは違う、鋭い口調に家族は驚いたようだ。しばらくの沈黙の後、父さんが目を細めて言った。「まさか、お前、まだ金を持ってるのか?」私は肩をすくめた。「金なんかない。でも稼ぐ方法ならある。それが分かってるから、私は辞めても慌ててないのよ」自信たっぷりな態度に、両親は一瞬怯んだようだった。でも智樹は騙されなかった。「どうせまた嘘だろ?何を信じろって言うんだ?」「じゃあ、試してみたらどう?」スマホを開き、偽装したメッセージ画面を見せる。「今から連絡して、商談を進めてやるわ。儲かったら五分五分で山分けね。少なくとも一千万にはなるはず」智樹は目をしばたきながら、罵倒しかけた言葉を飲み込む。そして、半信半疑といった様子で画面を覗き込んだ。智樹は昔から本を読むのが嫌いで、いつもふざけてばかりだった。 私のお金で仕事もせず、社会に出たこともない。 そんな猪みたいな頭だから、騙すのなんて朝飯前だ。 智樹が渋々折れると、すぐさま母さんの態度が変わった。 「じゃあこうしましょう。この間は家に住んで、母さんがあんたの好きなもの作るから、稼いだお金でまた引っ越せばいいわね」 その計算高い魂胆が見え透いていた。どうせ私が稼ぎ口を見つけたら、またさっさと放り出すつもりだ。 「いいよ」 私はあっさりと承諾して、スーツケースを置いた。「で、私はどこに住めばいい?」 両親は顔を見合わせたあと、気まずそうに言った。 「家にはもう空き部屋なんてないし……今はリビングで我慢してもらえないかな?」 私はかつての自分の部屋に向かい、ドアを開けた。 そこには、私の荷物なんて影も形もなく、代わりに智樹の数え切れないフィギュアと、美羽が買った山のような化粧品が散乱していた。 母さんは慌てたようにドアを閉めた。 「ここは今、美羽の部
「それから、今持ってる金も全部出せ!」 智樹が苛立ち、髪をかきむしりながら言い放つ。 「お前が辞めたせいで、今月はゲームの課金すらできないんだよ、この役立たずが!」 私が黙って動かないでいると、彼は呆れたように白眼を向けて続けた。 「まさか全部使っちまったわけじゃないだろ?自分の分くらいは残してるはずだ」 そう言いながら、彼は私のスマホを奪おうと手を伸ばしてきた。 実際、もし宝くじが当たっていなければ、私の手元には新幹線の切符代すら足りない千円しか残っていなかった。 それでも、これまで私は家族のために一生懸命働いてきた。 お正月やお盆に帰るたび、両親が親戚に「見栄を張れる」よう、贈り物を欠かさなかった。 輸入物の高級フルーツや菓子を買って実家に持ち帰り、美羽や彼女の実家にも新しい服を一人一着ずつ用意した。 彼らには常に最高のものを与え、自分には最低限しか残さなかった。 その代償は私の体に現れていた。栄養不足で肌は乾ききり、顔色も土気色。 一方で、父さんも母さんも、智樹も美羽も、健康的で艶やかな肌をしていて、少しの苦労も見えない。 今、この場で争えば、一人では太刀打ちできない。それに、宝くじの当選がバレるわけにはいかない。 「私に何が残ってるって言うの!」 突然私は怒鳴り声を上げた。その勢いに智樹は驚き、一瞬で手を引っ込めた。 「私は中学の時、一位の成績だった。それでも市からもらえる奨学金を蹴られて、無理やり働かされたんだ! 学歴がないから、いつも底辺の仕事から始めなきゃいけなくて、毎日吐くほど働いて、何も言わず耐えてきた。それでも、家に帰れば母さんが作る豚の角煮が食べられるから、それを楽しみにしてたの! それなのに、仕事を辞めた途端、こんなふうに私を追い出そうってわけ?」 一気に怒りを吐き出し、彼らの顔を睨みつける。 少しでも罪悪感を抱いてくれるのではないか――そんな微かな期待も虚しく、誰の顔にも一片の情けすら見えなかった。 智樹は肩をすくめ、父さんの肩を軽く叩いた。 「どうやら、本当に金がないみたいだな。さて、どうする?」 美羽は呆れたように床に座り込み、吐き捨てるように言った。 「知らないわよ。でも、弟はまだ小学生だし、この家には絶対にお金が必要なの。稼ぎがないなら、
母さんが帰ってくるなり、私に平手打ちをくらわせた。目は血走り、怒りに満ちている。 「あんた、どうしてこんなに言うことを聞かないの!この前、上司に言い寄られたって言ってたけど、まさか断ったんじゃないでしょうね? 我慢しろって言ったわよね?今の世の中、仕事を見つけるのがどれだけ大変だと思ってるの!せっかくあんなに稼げる仕事だったのに、少しの辛抱ができないなんて!」 私は痛む頬を押さえながら、母さんを見つめた。口の中に広がる鉄錆のような味が、彼女の言葉以上に胸をえぐる。 父さんが溜息交じりに追い討ちをかける。 「上司がお前に言い寄ってきたのは、見込みがあるってことだろ。女が足りないわけじゃないんだから、相手がその気になるだけでも感謝しろよ。 少しくらい触られたって減るもんじゃないだろ。それで仕事が続くなら、どんなに楽なことか分かってんのか?」 「今どきは誰もが割り切ってんだよ。妊娠しなきゃいいし、結婚するときだって嫁入り金がもらえるんだから、損はしないだろ。なんでそんなことも理解できないんだ!」 そう言うと、母さんは私のシャツの襟をつかみ、ボタンが飛ぶ勢いで引っ張った。 「さっさと戻って、上司に謝ってきなさい!最悪、上司のベッドにでも入ればいいのよ。この仕事を辞めるなんて絶対に許さない!」 私は必死で母さんの手を振り払った。信じられないという思いが全身を支配する。 「父さん、母さん、私のこと、少しも気にしてないの……?」 「あんたの何を気にしろって言うんだよ?」 その瞬間、美羽が冷たい笑みを浮かべながら言い放った。 「あんたが何をしていようと、家の中心は男だって決まってるんだからね。今の私は妊娠してるの。お腹の子は家の未来よ。あんたが外で稼ぎもしないくせに、家で白米でも食べようって?冗談じゃないわ!」 彼女はお腹をポンと叩き、まるで宣言するように言葉を続けた。 「あんたがここでごねるなら、あの犬みたいに始末してやる。まずはこの子を堕ろして、それからあんたを酒のつまみにしてやろうか?」 その言葉に、母さんは慌てて彼女を抱きしめ、なだめるように言った。 「ただの犬でしょ。殺したってどうでもいいじゃない。それに、こいつは何も言えやしないんだから気にすることないわよ」 美羽は満足げに笑みを浮かべ、私を見下
仕事帰りに何気なく買った宝くじが当たり、額を見た瞬間に頭がクラクラした。十億円。一瞬で人生が変わる金額だ。すぐに会社を辞める決意を固め、上司の机に辞表を叩きつける。あの女好きの上司の顔を見ることももうない。その足で新幹線に飛び乗り、故郷への切符を握りしめた。車内では興奮が冷めやらず、家族それぞれにどんなプレゼントを贈ろうかと想像が膨らむ。母さんには広大な庭付きの豪邸、義妹の美羽には五部屋ある川沿いの大きなマンション。父さんには愛用しているSUVの最新モデル、弟の智樹には夢にまで見たスポーツカーを……一つひとつ計画を立てながら、ふと電話をかけた。迎えに来てもらおうと思ったのだ。「もしもし、父さん?私、帰ってきたよ」「ああ?どうして帰ってきた?」「仕事を辞めたんだ。実はその理由は……」だが、その言葉を最後まで聞いてもらうことはなかった。電話は途中でブツリと切れ、ビジー音が鳴るだけになった。胸に抱いていた喜びは半分以上消え失せ、不安を抱えたまま家の扉を開ける。だが、その先に待っていたのは温かい家族の迎えなどではなく……熱い液体が頭から降りかかり、立ち尽くす私の足元にいつも駆け寄ってきてくれる愛犬のマロンの姿はなかった。「マロンはどこ?」凍えるような冷たさが全身を走り、私は掠れた声でそう問いかけた。美羽が血に染まった桶を放り投げ、嘲るように私を見つめる。「当然殺したわよ。今まであんたの稼ぎも大して残らなかったのに、あんな犬のエサ代なんて無駄だったのよ」「それに、今はお前、無職なんだろ?そんな貧乏人の犬なんて誰が面倒見るかっての。それより肉にして栄養にした方がマシじゃない?」愕然としたまま、台所へと駆け込む。そこにあったのは、小鍋に浮かぶ血まみれの肉片だった。マロンは、私が両親に中学を辞めさせられ、働かされるようになった頃から、ずっと一緒だった。辛い時、悲しい時、彼は私の手を優しく舐めてくれた。しかし、そのマロンはもういない。無念だったのだろうか。台所には抵抗した痕跡すらなかった。マロンが最期に思ったことは何だったのだろう。なぜこんな仕打ちを受けたのか、きっと彼には分からなかったに違いない。怒りと悲しみが胸に押し寄せる。「私、毎月家に四十万円も送金してたのよ。な
仕事帰りに何気なく買った宝くじが当たり、額を見た瞬間に頭がクラクラした。十億円。一瞬で人生が変わる金額だ。すぐに会社を辞める決意を固め、上司の机に辞表を叩きつける。あの女好きの上司の顔を見ることももうない。その足で新幹線に飛び乗り、故郷への切符を握りしめた。車内では興奮が冷めやらず、家族それぞれにどんなプレゼントを贈ろうかと想像が膨らむ。母さんには広大な庭付きの豪邸、義妹の美羽には五部屋ある川沿いの大きなマンション。父さんには愛用しているSUVの最新モデル、弟の智樹には夢にまで見たスポーツカーを……一つひとつ計画を立てながら、ふと電話をかけた。迎えに来てもらおうと思ったのだ。「もしもし、父さん?私、帰ってきたよ」「ああ?どうして帰ってきた?」「仕事を辞めたんだ。実はその理由は……」だが、その言葉を最後まで聞いてもらうことはなかった。電話は途中でブツリと切れ、ビジー音が鳴るだけになった。胸に抱いていた喜びは半分以上消え失せ、不安を抱えたまま家の扉を開ける。だが、その先に待っていたのは温かい家族の迎えなどではなく……熱い液体が頭から降りかかり、立ち尽くす私の足元にいつも駆け寄ってきてくれる愛犬のマロンの姿はなかった。「マロンはどこ?」凍えるような冷たさが全身を走り、私は掠れた声でそう問いかけた。美羽が血に染まった桶を放り投げ、嘲るように私を見つめる。「当然殺したわよ。今まであんたの稼ぎも大して残らなかったのに、あんな犬のエサ代なんて無駄だったのよ」「それに、今はお前、無職なんだろ?そんな貧乏人の犬なんて誰が面倒見るかっての。それより肉にして栄養にした方がマシじゃない?」愕然としたまま、台所へと駆け込む。そこにあったのは、小鍋に浮かぶ血まみれの肉片だった。マロンは、私が両親に中学を辞めさせられ、働かされるようになった頃から、ずっと一緒だった。辛い時、悲しい時、彼は私の手を優しく舐めてくれた。しかし、そのマロンはもういない。無念だったのだろうか。台所には抵抗した痕跡すらなかった。マロンが最期に思ったことは何だったのだろう。なぜこんな仕打ちを受けたのか、きっと彼には分からなかったに違いない。怒りと悲しみが胸に押し寄せる。「私、毎月家に四十万円も送金してたのよ。な...
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