大物麻薬密売人が文句を言うはずもなかった。 むしろ、彼は寛大に3キロの薬物と二人の部下を香織に手助けさせるために残した。 「お前は実に卑劣な女だが、俺は気に入ったよ。もし警察でやっていけなくなったら、俺のところに来い」 大物は紙に電話番号を書き残し、言った。 「そんなことは絶対にありえないわ」 「だって、私は剛志と永遠に幸せになるんだから!」 香織はその番号を見向きもせず、私の携帯を使って外で待機している警察にメッセージを送った。 「アジトに爆弾あり、軽率な行動を控えるべし」 その後、彼女は大物麻薬密売人が事前に録音した音声を少しずつ流し、すべての麻薬密売人がまだアジトにいるように見せかけた。 実際には、私を拷問し、命を奪おうとしていた。 丸三日三晩、私の体は黒い針の痕だらけになった。 薬物依存が発作的に襲ってくると、骨の髄まで無数の蟻が這い回り、噛みついているようだった。 私は尊厳を失い、叫び、転げ回り、失禁さえし、人間とも幽霊とも言えない姿になった。 香織は言った。「私に土下座してお願いすれば、楽に死なせてあげるわ」 だが、そんなことは絶対にありえない! 私は警察官だ。罪人に屈するわけにはいかない! それを見た彼女は、私の目をえぐり出し、耳元でそれを潰す音を立てた。 さらに、特製の小さなハンマーで私の全ての骨を一つずつ砕き、手足を細かく切断した。 それでも、アドレナリンを注射して私を生かし続け、すべての苦痛を完全に感じさせた。 ついには、鈍いナイフで喉をゆっくりと切られ、血が床一面を赤く染めていった。 私はそこで完全に息絶えた。 私の遺体の断片は、大物麻薬密売人の手下によって運び出され、廃工場には香織だけが残った。 彼女は私の銃を使い、何のためらいもなく自分の両脚を撃ち抜き、激痛に耐えながら外の警察支援部隊を引き寄せた。 「ごめんなさい、剛志! 私が無力だったせいで!」 「理沙は大物麻薬密売人から金を受け取って、偽情報を流し、罪を恐れて逃げたのよ!」 彼女の脚は血で染まり、涙で顔を濡らしていた。 剛志が彼女を疑うはずもなかった。その場で局長に報告し、私の全国指名手配が始まった。 それも赤手配のリストだ。
「気持ち悪い?じゃあ、どうしてゲームの課金が終わると私にご飯代を借りに来たの?」 「どうして女の子に振られた時、私の足にしがみついて大泣きしたの?」 「それに、せっかく書き上げた検死報告書が、香織の名前で表彰されて、悔しくて私に愚痴をこぼしてたのは誰?」 「本当に、どっちが気持ち悪いのか!」 その時、同僚が小声で海斗を突いた。 「こんなめでたい日に、何でわざわざそんな縁起でもない話を持ち出すんだよ?」 彼は局長の方を見て、海斗に目で示した。 海斗もようやく私と局長の関係に気づいたのか、口を閉じた。 しかし、局長は笑顔で手を振りながら言った。 「我々は警察官だ。間違いに直面する時は逃げてはいけない」 「そして、警察隊に理沙のような裏切り者が出たことを、私も非常に悲しんでいる」 「彼女の行方についても、警察は追跡を続けているから、香織にもしっかり報告できるよ。安心しなさい」 そう言いながら、局長は剛志の肩を軽く叩いた。 その時、私の全身は、痛みで震えていた。 8歳の時に、両親が殉職した後、局長は私を引き取ってくれた。 彼は私を自分の子供のように育て、父親のように愛情を注ぎ、私を誇りに思ってくれていた。 そして、剛志と結婚した時、涙を浮かべながらも厳しい顔をして、 「もし、理沙を大切にしなかったら、お前の脚を折ってやる」と言っていたのに。 今では彼も......。 「局長、もう一つお願いがあります」 剛志が真剣な表情で言った。 「香織と二人で、理沙の両親の墓を建て直したいと思っています。私たち二人の名前で。彼女のような裏切り者は、烈士の子供としてふさわしくありません。彼女は烈士の名誉に泥を塗るだけです」 私はまるで雷に打たれたかのようだった。 私のすべての名誉を抹消するだけでは足りないのか? 私の両親の名誉までも奪おうというのか! 剛志、お前は本当に人間か!? 局長は少し考えた後、頷いた。 「君の言う通りだ。烈士の名誉は守られるべきだ。彼女の名前がそこに残っているのは不適切だな」 「結婚式が終わったら、すぐに手続きを進めるといい」 「ああ、そうだ」 局長は思い出したかのように、スマホを取り出して
瞬間、剛志の体がビクッと震えた。 携帯を落としそうになるほどだった。 香織はすぐに彼を支え、「剛志、大丈夫? どうしたの?」と心配そうに聞いた。 だが、剛志は彼女に目もくれず、携帯を強く握りしめたまま、相手に尋ねた。 「本当に確かか?」 「分かってるでしょう、宮崎隊長。僕は以前、一度彼女の援護をしたことがあるんです」 相手はため息をついて続けた。 「あの任務の時、彼女は私を守るために犯人の銃弾が顎をかすめて裂傷を負いました。そして今回引き上げた頭蓋骨は、すでに白骨化していますが、顎の同じ場所に明らかな小さな凹みがありました」 「誰が見ても、それは銃弾による傷跡です」 私にははっきりと見えた。 感情を抑え込もうと、剛志は携帯を握る手に力を込め、その手の甲に青筋が浮き上がっていた。 眉間に深い皺が刻まれ、目には複雑な色が浮かんでいた。 でも、喜んでいるはずじゃないの? 剛志。 なぜ笑わないの? 「もちろん、慎重を期すためにDNA鑑定もするつもりですが......」 相手がそう言いかけた時、剛志はもうそれ以上聞く気になれなかった。 「すぐに行く!」 彼はこの言葉を叫ぶと、電話を切る暇もなく、急に結婚式の壇上から飛び降りた。 香織の顔色が一変した。 「剛志! どこに行くの?」 剛志はその場で一瞬足を止めた。 まるで何かの夢から突然目が覚めたかのように、深く息を吸い込んで振り返り、香織に微笑んだ。 「大丈夫だよ。古い事件に進展があって、情報提供者と会わなきゃならないんだ」 「宫崎、それはちょっとひどいんじゃないか?」 局長がわざと厳しい顔をして言った。 「たとえ事件のためだとしても、儀式が終わるまで待ちなさい。新婦をそのまま置いて行くなんて、どこにそんな新郎がいるんだ?」 「さすがに宫崎隊長、あんたは仕事に夢中すぎだよ」 海斗も頭を振って言った。 「こうしよう、住所を教えてくれたら、俺が代わりに行ってくるよ。話の内容は録音して、全部そのまま伝えるから、今日は新郎らしくしっかりしてな!」 剛志は何か言いたげだったが、言葉を飲み込んだ。 香織も何かを感じ取ったのか、手を握りしめた。 「剛志.
その道中、剛志は8つの赤信号を無視した。 港に着いた時には、車のタイヤが片方パンクしていたが、彼は全く気づいていなかった。 「宮崎隊長!」 引き上げ作業を担当していた高木は、申し訳なさそうに頭を下げた。 「本当にすみません。結婚式の最中にお呼び立てしてしまって......ですが、どうしても......」 しかし、剛志は高木の言葉を遮り、ただ手を差し出して言った。 「頭だ、見せてくれ!」 「お、おう、ここに......」 高木は急いで別の車から袋を取り出し、剛志に渡した。 「殺した犯人は、彼女の身元を特定できる特徴を全て消そうとしたんだろうな。遺体と同じように、巨人観にさせるために保険金庫に沈めるんじゃなく、頭部を鉄のカゴに入れて石で沈めて海底に放り込んだんです」 「魚やエビに食われて肉が全部無くなって、白骨だけが残る。証拠が何も残らないようにするためだな」 「でも、完璧じゃなかった」 剛志が頭蓋骨を何度もひっくり返して調べている間、高木は煙草を一口吸い、続けた。 「犯人は考えもしなかっただろうが、これが逆に、俺たちに彼女の身元をすぐに確認させたんだ」 私は苦笑せざるを得なかった。 そう、その時私は、香織がまだ金持ちの男の犬になっていた頃で、彼女はまだ剛志のところに戻ってきていなかった。 当然、この傷のことも知るわけがない。 「左の下顎の擦り傷、7年前、俺を救うためについた傷だ」 「眉骨のひびは9年前、人質を助けた時についた傷だ」 「後頭部には骨セメントが打ち込まれている。あれは命からがら逃げた時、車に跳ね飛ばされて開頭手術を受けたからだ......」 「彼女だ......」 「本当に、彼女だったのか......」 「どうして、彼女なんだ......」 剛志は、高木の言葉には返事をせず、ただひたすらそう呟いていた。 彼が呟けば呟くほど、その手は震えていった。 私は嘲笑せずにはいられなかった。 どうして、私ではあり得ないと思うの? 剛志、お前はいつも「事実を目の前に置く」と言ってたじゃないか? それなのに、今になっても、香織の嘘を疑おうとしないなんて。 その時、彼の手が滑り、私の頭蓋骨が地面に転がり
玄関先の剛志の同僚、高木が突然嘔吐した。 私も吐きそうだった。 初めて流産したとき、彼はただこう言った。 「俺の母さんも結婚したばかりの頃、流産したけどな。ちょっと黒砂糖水を飲んで、その日にはもう畑仕事に出てたよ」 「お前、弾が当たっても泣かなかったのに、子供を流したくらいでそんなに大袈裟になるのか?」 「キャラ壊れるって思わないのか?」 そうだ。 私は、ずっと心待ちにしていた命を失って悲しかった。彼はそれを、私が弱さを装っていると思った。 それなのに今、彼が後悔しているかのようなこの姿は一体誰に向けたものだ? まるで空気のように無視されている私にか? 剛志、あなたは本当に滑稽だ。 その時、廊下の向こうから海斗の怒鳴り声が聞こえた。 「剛志、お前一体何やってるんだ!」 「今何時だと思ってるんだよ!」 「香織さんは泣き腫らしてるんだぞ!お前はそれでも良心が痛まないのか!」 だが剛志は焦ることなく、私の遺体の一部を元に戻し、丁寧に引き出しを閉めた。 まるで、そうすればバラバラになった身体が元通りになるとでも思っているかのように。 高木はただ、どうしたらいいのか分からないといった様子だった。 「ちょ、ちょっと!これは!」 その間に、海斗が飛び込んできて、拳を振り上げて剛志の顔面に殴りかかった。 「この野郎!香織さんはお前と結婚して幸せになるためだったんだ!こんな笑い者になるためじゃない!」 だが剛志は軽くそれを避け、素早く海斗の手首を捻り、彼をドア枠に押しつけた。 高木はますます混乱した様子で、「剛、剛志......」と震えながら言った。 「剛志、一体何をしているんだ!」 「自分の結婚式だからって、こんなふざけたことが許されると思ってるのか?」 「香織さんはこんなに素晴らしい子だぞ。俺はもう自分の娘みたいに思っているんだ。今日の件、納得のいく説明がないなら、容赦なく処罰するぞ!」 局長まで来てしまった。その後ろには、涙で目を腫らし、ウェディングドレスを着たままの香織が立っていた。 私は思わずまた笑ってしまった。 香織のために正義を振りかざしているこの人たち、一人一人がまるで道化師のようだ。 真実が明ら
「それは違う」 この答えを聞いて、香織は密かに安堵の息をついた。 だがすぐに、剛志の冷たい声が耳に入った。 「なぜなら、彼女はもう死んでいるからだ」 局長も海斗もその場で固まった。 「死んだ?」 香織は顔色を失い、信じられないように首を振った。 「いつのことよ?何かの間違いじゃないの?たとえ罪を逃れようとしたとしても、理沙は身のこなしが抜群なのに、どうして......」 「五年前、彼女はバラバラにされた」 「数日前、漁船が彼女の体を封じた保険箱を引き上げた。全身の骨は砕かれ、高濃度のドラッグが注射された跡があった」 「さらに犯人は、彼女の頭部を海に沈めて、魚に食わせたんだ」 剛志は冷たく彼女を見つめ、一歩一歩近づいた。 「それなのに、お前は俺に『逃げた』と嘘をついたのか?」 香織は完全に動揺し、足元がふらついた。 「で、でも、仮に彼女が死んだとしても、それは大物の麻薬ディーラーと逃げた際に口封じされた可能性だって......」 「じゃあ、これはどう説明する?」 剛志はポケットから輝く青いダイヤモンドを取り出した。 彼の声は痛みで震え、呼吸すら詰まるほどだった。 「お前、指輪を失くしたって俺に言ってたな。だけど、それは理沙の口の中にあったんだな!」 「香織、答えろよ!」 剛志の怒号が解剖室中に響き渡る。 局長と海斗は驚愕し、香織を見つめた。彼らの口は開きかけて、だが言葉が出ない。 二人とも知っていた。香織は青いものが大好きだと。 今日の結婚指輪も、青いダイヤだった。 突然、香織は笑い始めた。 「はは......なるほどね」 「だからか!」 「だからあの時、私がどれだけナイフで刺しても、絶対に口を開けなかったんだ!」 「てっきり痛くて声も出せないのかと思ったわ。あれだけアドレナリンを注射して、針でツボを刺激したってのに、指輪を盗んだのを隠すために黙ってたんだなんて。私を告発するためにね!」 「理沙、あんたって本当にしぶとい女だ!」 「死んでもなお、私を困らせるなんて。どうしてあんたは、私を苦しめ続けるんだ!」 彼女の顔は醜く歪み、ヒステリックに叫び出した。 局長はその場で身体を震わ
彼女の表情には、まるで自分が被害者であるかのような、途方もないほどの悲しみが浮かんでいた。 局長は怒りに震えながら足を踏み鳴らした。 「お前は狂っている!俺はお前の嘘に騙され、理沙を冤罪に追いやったんだ!」 香織は嘲笑った。 「それは、あんたたちの頭が悪いってだけでしょ?」 「だから、私を責めれば自分は何も悪くないって思ってるんだろうけど、そうはいかないよ」 「結局、あんたたちだってロクな人間じゃない。ははは!」 「お前!」 局長はその場で気を失い、倒れ込んだ。 剛志は拳銃を抜き、彼女に向けて叫んだ。 「もうたくさんだ!香織、お前を逮捕する!」 事件の凶悪さから、数日後、香織は死刑を言い渡された。 そして、私はついに葬られることになった。 烈士陵園、両親の合葬墓の隣だ。 「これで、少しは理沙にも顔向けできるだろう」 局長は悔しさに涙を流しながら呟いた。 「だが、俺は彼女に申し訳ない......彼女のご両親にも」 「いや、全ては俺の責任だ」 剛志は私と両親の墓前にひざまずき、魂を失ったかのように、背中を丸めながら呟いた。 「理沙を死なせたのは俺だ。そして、局長......実は香織が言ってたことは、かなり当たってるんじゃないか?」 局長は驚き、剛志を見つめた。 彼は顔を上げ、一言一言をかみしめるように惨めな笑みを浮かべた。 「俺たちも、結局ロクな人間じゃなかったんだ」 「そうでなきゃ、なぜ彼女を信じなかった?」 局長が叫んだ。 「剛志!やめろ、撃つな——」 “パン!” 銃声が響き、剛志は血の海に倒れた。 「理沙、もし来世があるなら......」 「来世なんて、ないわよ」 突然、暖かい感覚が全身を包み込み、私は静かに目を閉じた。 陽の光の中で、自分が煙のように消えていくのを感じながら。 たとえ来世があったとしても、もう二度と会いたくはない。
解剖台の上にある死体の断片は、まるで巨大なクラゲのように膨れ上がっていた。薄黄色の粘液が絶え間なく滲み出し、ぽたぽたと垂れている。 臭いんだろうなあ。 もう死んでしまった私は、匂いを感じることはできないけれど。 「宮崎隊長が来たよ」 扉の音に気づいた検視官の海斗が、作業の手を止めて顔を上げた。 剛志は眉をひそめ、鼻を指でつまみながら言った。 「状況はどうだ?」 「遺体は完全に巨人観を呈しており、表面にもタトゥーのような目立った特徴はないです。女性だということは辛うじてわかりますけどね」 「随分と残酷だな。遺体を切り刻む前に、多くの骨がすでに粉々に砕かれていたようだ」 海斗はため息をつきながら続けた。 「でも、金庫に付いていた海底の苔から、死亡推定時期は約5年前だと判断できました」 剛志の手が一瞬止まった。しかしすぐに冷静さを取り戻し、手袋をしっかりはめ直すと、海斗と共に解剖の作業を続けた。 ――もう、死んで5年も経っていたのか? 私は空中に浮かびながら、自嘲気味に口元を歪めた。 何かの理由で、私は死体を海に捨てられた後も、深海のその場所に長く彷徨っていた。人気のないその場所では、鳥さえも滅多に姿を見せない。 嵐や雷がどれほど荒れ狂おうと、私は消えることができなかった。 そんなある日、禁漁期にこっそり深海に入って、一儲けしようとした船がやってきた。 彼らが引き上げたのは――私の死体だった。 しかし、刑事課の隊長である剛志が、今回の解剖に自ら立ち会うとは思ってもみなかった。 彼は重度の潔癖症なのに。 「うっ......!」 巨人観の死体の悪臭は、通常の死体よりもはるかに強烈だ。百戦錬磨の海斗ですら、最初の一刀を入れた瞬間、ゴミ箱にしがみついて激しく嘔吐した。 剛志も数歩後退した。 しばらくして、彼はもう一度確かめるように聞いた。 「今日は香織がいないんだな?」 「香織さんは結婚ドレスの試着で休んでますよ」 海斗は顔を拭いながら力なく答えた。 「分かってます、宮崎隊長。この件は香織さんには黙っておきますよ。お二人はもう妊活を始めてますから、こんな臭いものは、身体に良くないですし」 「そうだな」 剛