その道中、剛志は8つの赤信号を無視した。 港に着いた時には、車のタイヤが片方パンクしていたが、彼は全く気づいていなかった。 「宮崎隊長!」 引き上げ作業を担当していた高木は、申し訳なさそうに頭を下げた。 「本当にすみません。結婚式の最中にお呼び立てしてしまって......ですが、どうしても......」 しかし、剛志は高木の言葉を遮り、ただ手を差し出して言った。 「頭だ、見せてくれ!」 「お、おう、ここに......」 高木は急いで別の車から袋を取り出し、剛志に渡した。 「殺した犯人は、彼女の身元を特定できる特徴を全て消そうとしたんだろうな。遺体と同じように、巨人観にさせるために保険金庫に沈めるんじゃなく、頭部を鉄のカゴに入れて石で沈めて海底に放り込んだんです」 「魚やエビに食われて肉が全部無くなって、白骨だけが残る。証拠が何も残らないようにするためだな」 「でも、完璧じゃなかった」 剛志が頭蓋骨を何度もひっくり返して調べている間、高木は煙草を一口吸い、続けた。 「犯人は考えもしなかっただろうが、これが逆に、俺たちに彼女の身元をすぐに確認させたんだ」 私は苦笑せざるを得なかった。 そう、その時私は、香織がまだ金持ちの男の犬になっていた頃で、彼女はまだ剛志のところに戻ってきていなかった。 当然、この傷のことも知るわけがない。 「左の下顎の擦り傷、7年前、俺を救うためについた傷だ」 「眉骨のひびは9年前、人質を助けた時についた傷だ」 「後頭部には骨セメントが打ち込まれている。あれは命からがら逃げた時、車に跳ね飛ばされて開頭手術を受けたからだ......」 「彼女だ......」 「本当に、彼女だったのか......」 「どうして、彼女なんだ......」 剛志は、高木の言葉には返事をせず、ただひたすらそう呟いていた。 彼が呟けば呟くほど、その手は震えていった。 私は嘲笑せずにはいられなかった。 どうして、私ではあり得ないと思うの? 剛志、お前はいつも「事実を目の前に置く」と言ってたじゃないか? それなのに、今になっても、香織の嘘を疑おうとしないなんて。 その時、彼の手が滑り、私の頭蓋骨が地面に転がり
玄関先の剛志の同僚、高木が突然嘔吐した。 私も吐きそうだった。 初めて流産したとき、彼はただこう言った。 「俺の母さんも結婚したばかりの頃、流産したけどな。ちょっと黒砂糖水を飲んで、その日にはもう畑仕事に出てたよ」 「お前、弾が当たっても泣かなかったのに、子供を流したくらいでそんなに大袈裟になるのか?」 「キャラ壊れるって思わないのか?」 そうだ。 私は、ずっと心待ちにしていた命を失って悲しかった。彼はそれを、私が弱さを装っていると思った。 それなのに今、彼が後悔しているかのようなこの姿は一体誰に向けたものだ? まるで空気のように無視されている私にか? 剛志、あなたは本当に滑稽だ。 その時、廊下の向こうから海斗の怒鳴り声が聞こえた。 「剛志、お前一体何やってるんだ!」 「今何時だと思ってるんだよ!」 「香織さんは泣き腫らしてるんだぞ!お前はそれでも良心が痛まないのか!」 だが剛志は焦ることなく、私の遺体の一部を元に戻し、丁寧に引き出しを閉めた。 まるで、そうすればバラバラになった身体が元通りになるとでも思っているかのように。 高木はただ、どうしたらいいのか分からないといった様子だった。 「ちょ、ちょっと!これは!」 その間に、海斗が飛び込んできて、拳を振り上げて剛志の顔面に殴りかかった。 「この野郎!香織さんはお前と結婚して幸せになるためだったんだ!こんな笑い者になるためじゃない!」 だが剛志は軽くそれを避け、素早く海斗の手首を捻り、彼をドア枠に押しつけた。 高木はますます混乱した様子で、「剛、剛志......」と震えながら言った。 「剛志、一体何をしているんだ!」 「自分の結婚式だからって、こんなふざけたことが許されると思ってるのか?」 「香織さんはこんなに素晴らしい子だぞ。俺はもう自分の娘みたいに思っているんだ。今日の件、納得のいく説明がないなら、容赦なく処罰するぞ!」 局長まで来てしまった。その後ろには、涙で目を腫らし、ウェディングドレスを着たままの香織が立っていた。 私は思わずまた笑ってしまった。 香織のために正義を振りかざしているこの人たち、一人一人がまるで道化師のようだ。 真実が明ら
「それは違う」 この答えを聞いて、香織は密かに安堵の息をついた。 だがすぐに、剛志の冷たい声が耳に入った。 「なぜなら、彼女はもう死んでいるからだ」 局長も海斗もその場で固まった。 「死んだ?」 香織は顔色を失い、信じられないように首を振った。 「いつのことよ?何かの間違いじゃないの?たとえ罪を逃れようとしたとしても、理沙は身のこなしが抜群なのに、どうして......」 「五年前、彼女はバラバラにされた」 「数日前、漁船が彼女の体を封じた保険箱を引き上げた。全身の骨は砕かれ、高濃度のドラッグが注射された跡があった」 「さらに犯人は、彼女の頭部を海に沈めて、魚に食わせたんだ」 剛志は冷たく彼女を見つめ、一歩一歩近づいた。 「それなのに、お前は俺に『逃げた』と嘘をついたのか?」 香織は完全に動揺し、足元がふらついた。 「で、でも、仮に彼女が死んだとしても、それは大物の麻薬ディーラーと逃げた際に口封じされた可能性だって......」 「じゃあ、これはどう説明する?」 剛志はポケットから輝く青いダイヤモンドを取り出した。 彼の声は痛みで震え、呼吸すら詰まるほどだった。 「お前、指輪を失くしたって俺に言ってたな。だけど、それは理沙の口の中にあったんだな!」 「香織、答えろよ!」 剛志の怒号が解剖室中に響き渡る。 局長と海斗は驚愕し、香織を見つめた。彼らの口は開きかけて、だが言葉が出ない。 二人とも知っていた。香織は青いものが大好きだと。 今日の結婚指輪も、青いダイヤだった。 突然、香織は笑い始めた。 「はは......なるほどね」 「だからか!」 「だからあの時、私がどれだけナイフで刺しても、絶対に口を開けなかったんだ!」 「てっきり痛くて声も出せないのかと思ったわ。あれだけアドレナリンを注射して、針でツボを刺激したってのに、指輪を盗んだのを隠すために黙ってたんだなんて。私を告発するためにね!」 「理沙、あんたって本当にしぶとい女だ!」 「死んでもなお、私を困らせるなんて。どうしてあんたは、私を苦しめ続けるんだ!」 彼女の顔は醜く歪み、ヒステリックに叫び出した。 局長はその場で身体を震わ
彼女の表情には、まるで自分が被害者であるかのような、途方もないほどの悲しみが浮かんでいた。 局長は怒りに震えながら足を踏み鳴らした。 「お前は狂っている!俺はお前の嘘に騙され、理沙を冤罪に追いやったんだ!」 香織は嘲笑った。 「それは、あんたたちの頭が悪いってだけでしょ?」 「だから、私を責めれば自分は何も悪くないって思ってるんだろうけど、そうはいかないよ」 「結局、あんたたちだってロクな人間じゃない。ははは!」 「お前!」 局長はその場で気を失い、倒れ込んだ。 剛志は拳銃を抜き、彼女に向けて叫んだ。 「もうたくさんだ!香織、お前を逮捕する!」 事件の凶悪さから、数日後、香織は死刑を言い渡された。 そして、私はついに葬られることになった。 烈士陵園、両親の合葬墓の隣だ。 「これで、少しは理沙にも顔向けできるだろう」 局長は悔しさに涙を流しながら呟いた。 「だが、俺は彼女に申し訳ない......彼女のご両親にも」 「いや、全ては俺の責任だ」 剛志は私と両親の墓前にひざまずき、魂を失ったかのように、背中を丸めながら呟いた。 「理沙を死なせたのは俺だ。そして、局長......実は香織が言ってたことは、かなり当たってるんじゃないか?」 局長は驚き、剛志を見つめた。 彼は顔を上げ、一言一言をかみしめるように惨めな笑みを浮かべた。 「俺たちも、結局ロクな人間じゃなかったんだ」 「そうでなきゃ、なぜ彼女を信じなかった?」 局長が叫んだ。 「剛志!やめろ、撃つな——」 “パン!” 銃声が響き、剛志は血の海に倒れた。 「理沙、もし来世があるなら......」 「来世なんて、ないわよ」 突然、暖かい感覚が全身を包み込み、私は静かに目を閉じた。 陽の光の中で、自分が煙のように消えていくのを感じながら。 たとえ来世があったとしても、もう二度と会いたくはない。
解剖台の上にある死体の断片は、まるで巨大なクラゲのように膨れ上がっていた。薄黄色の粘液が絶え間なく滲み出し、ぽたぽたと垂れている。 臭いんだろうなあ。 もう死んでしまった私は、匂いを感じることはできないけれど。 「宮崎隊長が来たよ」 扉の音に気づいた検視官の海斗が、作業の手を止めて顔を上げた。 剛志は眉をひそめ、鼻を指でつまみながら言った。 「状況はどうだ?」 「遺体は完全に巨人観を呈しており、表面にもタトゥーのような目立った特徴はないです。女性だということは辛うじてわかりますけどね」 「随分と残酷だな。遺体を切り刻む前に、多くの骨がすでに粉々に砕かれていたようだ」 海斗はため息をつきながら続けた。 「でも、金庫に付いていた海底の苔から、死亡推定時期は約5年前だと判断できました」 剛志の手が一瞬止まった。しかしすぐに冷静さを取り戻し、手袋をしっかりはめ直すと、海斗と共に解剖の作業を続けた。 ――もう、死んで5年も経っていたのか? 私は空中に浮かびながら、自嘲気味に口元を歪めた。 何かの理由で、私は死体を海に捨てられた後も、深海のその場所に長く彷徨っていた。人気のないその場所では、鳥さえも滅多に姿を見せない。 嵐や雷がどれほど荒れ狂おうと、私は消えることができなかった。 そんなある日、禁漁期にこっそり深海に入って、一儲けしようとした船がやってきた。 彼らが引き上げたのは――私の死体だった。 しかし、刑事課の隊長である剛志が、今回の解剖に自ら立ち会うとは思ってもみなかった。 彼は重度の潔癖症なのに。 「うっ......!」 巨人観の死体の悪臭は、通常の死体よりもはるかに強烈だ。百戦錬磨の海斗ですら、最初の一刀を入れた瞬間、ゴミ箱にしがみついて激しく嘔吐した。 剛志も数歩後退した。 しばらくして、彼はもう一度確かめるように聞いた。 「今日は香織がいないんだな?」 「香織さんは結婚ドレスの試着で休んでますよ」 海斗は顔を拭いながら力なく答えた。 「分かってます、宮崎隊長。この件は香織さんには黙っておきますよ。お二人はもう妊活を始めてますから、こんな臭いものは、身体に良くないですし」 「そうだな」 剛
胸の中に針で刺されるような痛みが込み上げてきて、涙がこぼれそうになる。 香織に昼夜を問わず拷問された時ですら、こんなに崩れそうな痛みを感じたことはなかった。 私の子ども、本当なら無事に生まれていたはずなのに。 そして、元気に育ち、可愛く「ママ」と呼んでくれるはずだった...... きっと、私は喜びに満ちてあの子を大切に育てていたはず。 でも、私を殺したのは香織なんだ! すべては5年前、あの廃工場で終わってしまった! そしてベテラン刑事である剛志も、長い沈黙の後にようやく口を開いた。 「初歩的な考えとしては、情殺か仇殺の可能性だな」 海斗はさらに怒りを露わにした。 「俺は情殺だと思います!」 「遺体の切断面は不規則です。これは、少なくとも頭部を切断される前に被害者がまだ意識を保っていたことを示しています。さらに、犯人は人体についてある程度の知識がある可能性が高く、おそらく女性でしょう」 「そうでなければ、これほどまでに被害者を痛めつける理由が説明できません」 私は苦笑した。 かつては死体を見るたびに震えていた海斗が、今ではこんなにも熟練しているなんて。 まさにその通りだ。 だが、剛志は海斗の言葉を聞いて眉をひそめた。 「警察の捜査は、証拠を目の前に突きつけるべきだ!」 「お前、それが『可能性が高い』とかで済む話か? 法医学者として、そんな発言が許されるのか?」 「警察学校でお前の先生はそんなふうに教えたのか?」 彼はいつも慎重で、簡単に結論を出すことはない。 だからこそ、入職したばかりの年にいくつもの冤罪事件を覆し、一気に刑事課長に昇進したのだ。 それなのに、私の件に関しては、まるで即断即決だった。 彼は香織を永遠に信じている。 あの、お金のために彼を捨てたことがあっても、絶対に純粋で善良だと信じて疑わない「初恋」を。 笑わせる。 海斗は口を尖らせながら反論した。 「俺は適当なことを言うかもしれませんが、死体は決して嘘をつきませんよ」 「見てください、宮崎隊長」 「皮膚は水に浸かってふやけていますが、異常に青黒い色をしています。これは生前、皮膚が激しく壊死していた証拠です。そして、肺には広範囲に感
私は自分の耳を疑った。 そんな言葉が、私がこの世で一番愛した夫の口から出るなんて、なんて皮肉なんだろう。 「そうだよな、あんな奴に、警察なんて務まるわけない!」 海斗も頷きながら軽蔑の声を上げた。 「あの人でなし、死んで当然だし、記録からも抹消してやるべきだ!」 「もうすぐだな」 剛志はドアノブに手を置き、押して外に出ていった。 私の頭は真っ白になった。 記録には、私が命懸けで得た栄光が一つひとつ、鮮明に刻まれている。それは命より大事なものだ。 それなのに、ただ香織のために、それさえも抹消するつもりなのか! 本当に、彼の胸倉を掴んで問いただしたい。 ――剛志、あなたは私を愛したことがあるの? 「もしもし、香織?」 歩いている途中で、剛志は電話を取り、その瞬間、自然に笑顔が浮かんだ。 電話の向こうからは甘えた声が聞こえてきた。 「剛志、もう終わった? どのドレスもすごく可愛くて、選ぶのに迷っちゃう。早く来て一緒に選んでよ」 「わかった、すぐ行くよ」 剛志はその優しい声で返事をし、足早に歩き出した。 そして、私はそのまま引きずられるように、ウェディングドレスの店へと連れて行かれた。 「剛志!」 香織は白いマーメイドドレスをまとって、彼の胸に飛び込んだ。 剛志は微笑みながら、彼女の輝くティアラを直して、頬に軽くキスをした。 「本当に綺麗だよ」 「これだけで綺麗?」 香織は顔を上げて鼻を鳴らした。 「後ろのドレスの方がもっと綺麗だったら、どうするの?」 「赤ちゃん、一つだけ言わせてくれ」 剛志は彼女の腰をそっと抱きながら、優しい口調で言った。 「君が美しいから、どのドレスも素敵に見えるんだよ」 香織は恥ずかしそうに微笑み、軽く彼を叩いた。 「もう、いやらしい!」 その光景は、あまりにもロマンチックだった。 ウェディングドレス店のスタッフも羨ましそうに笑い、二人はまさに「お似合いのカップルだ」と囁いていた。 かつて、私がウェディングドレスを試着した時、剛志はこんな風ではなかった。 「忙しいから、君が気に入ったものを選べばいい」と言っただけ。 でも、何がそんなに忙しかった
その当時、剛志は仕事を通じて私に惹かれ、私たちは婚姻届を出した。 ただ、私の身分が特殊だったため、結婚式を挙げることはできなかった。 でも、署内のみんなに結婚の報告をし、お祝いの祝い菓子も配った。それが私にとって、幸せな生活の始まりになるはずだった。 しかし、剛志はその後、頻繁に私と口論するようになった。 「同僚を家まで送っていくのが、そんなに問題か?」 「お前、もういい加減にしてくれないか?」 「理沙、頼むからもう疑うのはやめてくれ。何度も言ってるだろ、俺と香織はただの友達だ!」 でも、本当にそうだったのだろうか? どんな「ただの友達」が、頻繁にランジェリーのレースがどうとか話し合うんだ? どんな「ただの友達」が、うっかり真っ裸のバスローブ姿の写真を他人の夫に送るんだ? どんな「ただの友達」が、妻が流産した日に仕事を休んで一緒に山登りに行くんだ? それに、酔っ払って電話をかけてくるなんて。 「剛志、どうして私を待ってくれなかったの? あなた、まだ私を愛してるんでしょ?」 剛志はすぐには答えなかった。私から身を隠すために。 「そうだ、俺はまだ君を愛しているよ、香織」 浴室で蛇口を全開にしながら、彼は真剣に答えた。 「でも、もう遅すぎる。俺は理沙の夫になったんだ」 「もし次の人生があるなら、絶対に君を逃さない」 でも、彼は忘れていたようだ。 私は最も優秀な潜入捜査官であり、最も厳しい訓練を受けた警察官だ。 この程度の水音なんかで、私の聴力を誤魔化せるわけがない......。 だから、それが私にとって初めて、彼と本気で口論した日だった。 でも、私の訴えに対する彼の反応は、ただの苛立ちだった。 「理沙、お前、いつまで続けるつもりだ?」 「まさか犯罪者相手にするみたいに俺にもやろうってのか?」 「俺はもうお前と結婚したんだろ? 一体何を望んでるんだ?」 その一言一言が、私の心に鋭い刃を突き立てる。 私は泣き崩れながら彼に問いかけた。 「剛志、あなたが私にプロポーズしたんじゃないの?」 でも、返ってきたのはドアが閉まる音だけだった。 私はその夜、彼の背中に向かって一晩中泣き続け、翌朝、局長に潜入捜査