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第32話 暗闇に呑まれて

「だ......大丈夫だ」

男の声はひどく震えていて、まるで闇に呑まれそうな彼を、奈央に握られたその手が唯一の救いのようだった。

「携帯は電池切れだから、宇野さんの携帯はどこ?」

彼の震えがますます激しくなるのを感じ、奈央は焦りながら尋ねた。このままでは、彼がエレベーター内で意識を失ってしまうかもしれない。

「言わないなら、勝手に探すよ」

そう言うと、彼女は彼の体を手探りで探し始めた。

もちろん、やましい気持ちなど一切なく、ただ早く携帯を見つけて管理会社に電話をかけたかっただけなのだが......

暗闇の中で彼女の手は彷徨い、硬い胸筋に触れた。さらに下に進むと、見事な腹筋が感じられた。

この男、結構いい体してるのねと、彼女は心の中で思った。

「どこを触ってるんだ!」

男は歯を食いしばりながら、その震える声に寒気を帯びていた。

奈央は慌てて手を引っ込め、乾いた笑いを浮かべた。

「携帯がどこにあるのかを知らないのよ」

男は冷たく鼻を鳴らし、恐怖を必死に抑えながらバッグの中から携帯を取り出し、彼女に差し出した。

「管理会社の番号はないから、海斗に電話しろ」

「うん、わかった」

奈央は時間を無駄にせず、すぐに海斗に電話をかけ、状況を伝えた。今できることは、ただ待つことだけだった。

彼女は椿の携帯の懐中電灯を点け、微かな光が彼を少しでも落ち着かせるように祈った。その光のおかげで、椿の震えは多少収まったように見えた。

「閉所恐怖症?」

彼女は彼の注意を引こうとして尋ねた。

男は首を振った。

「じゃあ、何が原因なの?」

医者として、彼女はつい知りたくなった。

椿は彼女を睨みつけ、目には鋭い光が宿っていた。

「君には関係ない」

奈央は無言で唖然とした。

気分を害された彼女は、椿から少し距離を取った。さっきまで彼のことを心配していたのに、今はその気持ちが冷めてしまった。この男は心配いらないみたいだ。

「なんでそんなに離れてるんだ?」

懐中電灯の微かな光では、彼女が離れると椿には見えなくなる。

彼は暗闇の中に入る勇気がなく、その闇は彼にとってまるで巨大な深淵のようで、近づけば呑み込まれてしまうように感じていた。

「私の勝手でしょ」

奈央はぶっきらぼうに答えた。

椿は頭を抱え、立ち上がろうとしたが、どうしてもできなかった。

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