共有

偽りの愛
偽りの愛
著者: 朝月(あさつき)

第001話

柏木和也と婚姻届を出すこの日、彼の初恋が戻ってきた。

彼女のために、私は役所に置き去りにされた。

彼は「夜道は危険だ」と言い、初恋の彼女を私たちの新居へと連れて帰った。

追い出された私は、本当に暴漢に遭遇してしまった。

九死に一生を得た私は、ようやく彼を捨てる決心を固めた。

それなのに彼は泣きながら私に引き留めてくる。

私は笑いながら言った。「あなたみたいな、身持ちの悪い男なんていらないわ!」

白川美咲が帰国したのは、ちょうど私と柏木和也が婚姻届を出すこの日だった。

どれだけ偶然かというと......

ちょうど、結婚届にサインをして、役所の職員に書類を提出したその瞬間に。

和也の電話が鳴った。

普段は冷静沈着な彼が、その時は珍しく動揺し、ペンを握る手が震えていた。

電話に出た後の彼の声は、興奮しつつも優しかった。

驚いている私の前で、まるで少年時代の彼が戻ってきたかのようだった。

「泣かないで、まだ間に合うんだ......」

「空港にいるなら、動かないで。迎えに行くから」

電話を切ると、彼はすぐに職員に手を伸ばし、

「書類を返してください、結婚はやめます」

その一部始終、彼は一度も私に目を向けることはなかった。

周囲の複雑な表情の中で、私は彼の手を掴んだ。

「和也、とりあえず証明書を受け取ってからでいい?」

まるで私の存在に気づいたかのように、彼の背筋がピンと張った。

私の哀願の目があまりにも明らかだったせいか、彼はしばらく口を開けたまま何も言えなかった。

私は微笑みを整え、職員に続行してもらおうとした。

しかし彼は突然立ち上がり、証明書を持ってそのまま振り返らずに立ち去った。

その場は騒然となった。衝動的に、私は車に乗り込もうとしていた彼を引き止めた。

「彼女が戻ってきたんだ」

喉まで出かかっていた疑問は言葉にならなかった。

たった一言、彼は軽々と言ったが、私はまるで底なしの深淵に落ちたかのような気分だった。

「白川美咲のこと?」

彼は黙っていたが、その伏し目がちな目にははっきりとした優しさがあった。

私は苦笑いを浮かべた。

「あなたを捨てた女のために、今度は私を捨てるつもりなの?」

「彼女を忘れられないなら、どうして結婚を申し込んだの?」

「私がどれだけ待ったか分かってる?5年よ!氷山だってその間に溶けるでしょう?」

言葉がヒステリックになるほど叫んでいたけれど、彼はただ明らかな苛立ちを見せた。

胸の中に流れていた熱い血は、時間が経つにつれ冷めていく。

それでも私は諦めきれず、うつむきながら静かに言った。

「もし彼女のところに行くなら、私たちは別れよう」

和也は逆に冷静になり、私の顎を持ち上げて、

冷笑を浮かべながらも、その目には抑えきれない冷酷さが滲んでいた。そして、私が車のドアにかけていた手を強く振り払った。

「別れる?お前は一体何の立場で俺にそんなことを言ってるんだ?」

「桑原柚子、俺はお前を彼女だなんて一度も認めたことはないぞ。ずっとお前が勝手に俺に付きまとっていただけだ」

和也が乗ったベンツの排気が私の赤いスカートを揺らし、彼の姿が視界から消えるまで、私はその場で立ち尽くしていた。

忘れていた。脅しは、自分を気にかけてくれる人にしか通じない。

そして、和也は決して私を心に留めてはいなかった。

頭を上げて炎天下を見上げると、顔に涙が伝った。

心の中で、どうしてこんなに強い日差しがこんなにも冷たく感じるのか、不思議に思った。

今朝の優しさがまだ鮮明に残っている。

目が覚めると、彼はすでに朝食を作っていて、私の大好きな目玉焼きまで焼いてくれていた。

化粧をしている時も、彼はゴールデンレトリバーのようにべたべたと私に抱きついてきて、

「ついに君を自分のものにできるんだな......」と言って微笑んでいた。

結婚証明書だって、彼は三度も確認してから慎重にポケットにしまっていた。

だからこそ、彼に役所に置き去りにされた時、私はそれを受け入れるのがとても難しかった。

愛は本当に演技できるんだと、信じざるを得なかった。

和也のそばで過ごした5年間、私は愛してくれる家族や友人に背を向け、自分の好きだったことも忘れ、彼の良いところも悪いところもすべて受け入れてきたのに......

関連チャプター

最新チャプター

DMCA.com Protection Status