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第003話

突然、二つの人影が視界に飛び込んできた。退く間もなく、イヤホンから女性の澄んだ驚きの声が聞こえた。

「柚子がリフォームしたの?私もこのスタイルすごく好きだわ!」

長い髪をたなびかせ、淡い黄色のワンピースを着た女性が、自然に隣の男性の腕に絡ませた。瞬間、言葉が不安と罪悪感に変わった。

「和也、私があなたたちの婚姻届を台無しにしたのよね。でも、あなたが送ってくれたメッセージを見た時、あなたが私を捨てるんじゃないかって本当に怖かったの!」

ドーン!

周囲の音が一瞬で消え、私はその場に立ち尽くして一歩も踏み出せなかった。

そういうことか、そういうことだったんだ。

なぜ白川美咲がこの日にぴったり戻ってきたのか、なぜ和也が午後まで出発を遅らせたのか。

私は一体何なの?彼らの愛の磨き石なの?

動画の中で、和也は涙を浮かべる女性を優しく撫でながら、深い愛情を込めてこう言った。

「君のせいじゃない。俺が結婚したくなかったんだ。俺と彼女は同じタイプじゃない」

私は自尊心がないわけじゃないし、マゾでもない。

彼が最初に近づいてきて、「君は太陽みたいだ」と言ったのは彼だった。私が諦めようとした時、必死に「離れないでくれ」と言ったのも彼だった。私たちの関係が結婚を前提としていると言ったのも彼だった。

何年もの努力が、和也が愛人を慰めるための口実になってしまった。私は全身が寒くなり、震えが止まらなかった。

そのため、すぐに周囲の異変に気づけなかった。

それは、普段は臆病でおとなしい団子が、不安そうに警告の声をあげた時だった。

その時ようやく、背後に誰かがじりじりと近づいていることに気づいた。

薄暗く、誰もいない通りを見て、私は胸がざわつき始めた。

思わず和也に助けを求めるメッセージを送った。

「助けて、取り壊し中の区域にいるんだけど、誰かに尾行されてる!」

手のひらはすでに汗で濡れ、足は震え始めた。歩調を早めた。

もう一度タクシーの運転手に電話しようとした瞬間、髪が力強く引っ張られ、後ろに引き倒された。

「助けて!」

私は通話ボタンを押したまま、

必死に誰かが電話を取ってくれるよう願った。

「このクソ女!」

反応する間もなく、強烈な酒の匂いと汗臭い体が私に覆いかぶさってきた。

空中に投げ出されるように、私は頭を守ろうと本能的に腕を上げたが、次の瞬間、地面に叩きつけられた。ケージも手から離れて、少し先に転がっていった。

「和也、どうして柚子の電話に出ないの?」

その電話は和也に届いていたのだろうか?

恐怖に駆られながらも、自分に言い聞かせて冷静を保ち、少しでも彼が来るまでの時間を稼ごうとした。

彼は私の一番近くにいるはず、車で5分もかからない距離だ。

やっとの思いで半身を起こすと、ぼんやりと高くて太った中年の酔っ払いが目に入った。

強烈な生存本能が働き、私は本能的に懇願した。

「お願い、お金なら全部あげるから、お願いだから助けて」

前に立つ男はさらに私に近づき、酒と食べ物の発酵したような匂いを漂わせながら、悪意に満ちた笑みを浮かべた。

彼は再び私の髪を掴み、階段の下に頭を叩きつけようとした。

「金持ちだからって偉いのか?俺を見下すんじゃねえ!」

腕も彼に捻じ曲げられたようで、激痛に襲われ、体が言うことを聞かなくなった。

「俺を捨てて他の男と逃げようなんて、金を全部吐き出せ!」

声も出せず、温かい粘つく液体が流れ落ち、意識がだんだん遠のいていく。

突然、私の上からの重圧が消えた。必死に前方を見ようとしたが、ぼんやりとしか見えなかった。

和也?和也が助けに来たの?

「なんだ、このクソ猫!噛みつきやがって!」

やっとのことで体に力を入れて、その光景を見た時、全ての気力が抜けた。

「やめて!」

男は団子を高く持ち上げると、そのまま崩れた壁に投げつけた。

団子はこれまでに聞いたことのない、鋭くて痛々しい鳴き声を上げた。

血まみれの視界の中、団子がゴミの山に丸くなって横たわり、微動だにしないのを見た。

横に落ちていたイヤホンからは、電流のノイズとともに、冷たく無情な声が聞こえてきた。

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