All Chapters of 鬼課長とのお見合いで: Chapter 31 - Chapter 40

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第三十一話。

「私は課長となら、何があってもいいと思っています!」 「しかし……」  亜季は必死に恥ずかしそうにしながらも伝えるが、それでも櫻井課長は渋っているようだった。 上司としての責任があるのだろうか? 部下と関係を持つのは良くないとか。 だけど自分たちはお見合い相手だ。今は、そんなことは忘れてほしい。 「……自分から誘う女って嫌ですか?」 「いや……そんなことはないけど」 「私……課長の家に行きたい」  櫻井課長は曖昧に返事をしていたが頬は赤い。それでも亜季は折れずに思い切って、もう一度おねだりをしてみる。 自分でも驚くほどの大胆な発言だったかも知れない。 「……そう言うのは、俺だけにしろよ?」  櫻井課長は、ボソッとそう言うと亜季の手を優しく握ってきた。 こんなことは、櫻井課長以外に言う訳がない。 亜季は静かに頷く。そして手を引かれ夜の街を歩き出した。 その後ろ姿は、既に本物の恋人同士のようだった。  駅から少し離れた場所に櫻井課長の住んでいるマンションがあった。 私の住んでいる古くて安いアパートと違い、立派なマンションだ。 12階建てのファミリー向け。エレベーターまである。 エレベーターで5階に上がると櫻井課長の部屋まで案内される。 「ココが俺の部屋だ!」 「お邪魔します」  玄関のドアの鍵を開けて中に通してくれた。 亜季は緊張で心臓がバクバクと高鳴ってきた。 玄関で靴を脱いで、リビングの方に案内されるが、几帳面な彼の性格がよく出ていてホコリ一つない。 リビングの中に入ると、仕切ったように半分は整理整頓されている。 ダイニングテーブルはない。ソファーのそばにあるテーブルで、ご飯を食べているのだろう。 もう半分は健康グッズがギッシリと置いてあった。 あれは、電動で走るマシーンだろう。 「凄い健康グッズですね?」 「こんなのばかりで引いたか? すまない。買い集めていたら、こうなってしまったんだ」  櫻井課長は恥ずかしそうに言ってきた。 これだけ集めるのに、どれぐらいかかったのだろうか? 「いいえ、逆にどんなのがあるか興味があります」  亜季は健康グッズが置いてある場所に行き、触ってみる。 (うわぁ……これなんて重い)  ズシッと重みが、のしかかって動かせなかった。女性の力では持てない。 何キロぐらいあるのだろうか? 「松井。危ないから、そういうのは、あまり触れるな。今、
last updateLast Updated : 2025-03-12
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第三十二話。

「シャワー浴びたいなら、リビングを出て右側の突き当たりにあるから」  櫻井課長は、目線を逸らしながら頬を赤く染めていた。 それでも、何とか教えてくれた。 「わ、分かりました。ありがとうございます。なら、お先に失礼します」 「バスタオルは、好きなの使っていいから」  お互い恥ずかしくて目が合わせられない。 亜季は頭を下げながら返事をすると、そのままリビングから出て、脱衣場まで向かった。 脱衣所のドアを開けて入ると、そのまま閉めて蹲る。 (緊張した~)  心臓が張り裂けそうになるぐらいにバクバクと鳴っていた。 シャワーを浴びなくてはいけないのに。 そう思うのだが、緊張し過ぎてなかなか動けないでいた。 重い腰を上げて、何とか服を脱いだ。 もっと可愛い下着をつけてこれば良かったと、思いながら何とかシャワーを浴びた。 しかし、よく考えてみたら、この後は同じ服に着替えないといけない。 ここは、バスタオルだけの方がいいのだろうか? (いやいや……それだとやる気満々みたいだし)  どっちが正解なのだろうか? 櫻井課長どっちの方が嬉しいのだろう。 シャワーを浴び終わるが、どちらにするか悩んで、なかなか出れないでいた。 するとドア越しから櫻井課長の声が聞こえてきた。 「松井。大丈夫か? やっぱり気分が悪いいのではないか?」 「あ、いえ……大丈夫です。すぐに出ますから」  亜季は、あわあわと着替えようとする。 どうやら長風呂になってしまって、気分が悪いと思われたようだ。 「あのさ…松井。やはり、お前はそのまま帰れ。今は勢いで来たのだろうけど、無理をするものじゃない。それに気持ちは、嬉しいがゴムも無いし。その……やめておいた方がいいと思うんだ」  と、課長は徐に言ってきた。何を言い出すのだろうか? 驚いた亜季はバスタオルだけの格好も構わずに、ドアを開ける。 (何よ……それ? それでは、櫻井課長は私と関係を持ちたくないみたいじゃない!?)  それは、あまりにもショックだった。 「課長は嫌なんですか? 私は……勇気を出して言ったのに」 「松井。いや……そういう意味では……とにかく服を着ろ」 「だったら、ちゃんと私を見て下さい」  櫻井課長は慌てて目線を逸らしてきたが、私はそう言った。 自分だって恥ずかしい。凄く……。 でも課長に想いを伝えるには、これしかなくて。 「松井。そうやって無理をさ
last updateLast Updated : 2025-03-12
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第三十三話・『悪い噂』

 翌朝。亜季はカーテンの隙間から太陽の光りで目を覚ました。 隣を見たら、一緒に眠ったはずの櫻井課長の姿がなかった。「……どこに行ったのかしら?」 眠い目を擦りながら起き上がろうとする。 しかし下半部の鈍い痛みに、思わず顔が引きつる。 そのせいもあって、昨日のことが鮮明に思い出してしまった。(そうだった……私、櫻課長と) 昨晩、亜季は櫻井課長と愛し合うことができたのだ。 ちゃんとお互いに想いが通じ合えてと思ったら嬉しさがこみ上げてくる。 これは、幸せの痛みだ。 徐にベッドから降りると、痛みに耐えながら脱ぎ散らかした服に着替える。 そして寝室から出て、リビングの方に向かった。(課長……どこに居るのかしら?) リビングにも居ない。 ズキズキする痛いを我慢しながら、あちらこちらを探してみたが、何処にも居なかった。 外に出て行ったのだろうか? 疑問に思ったシャワーを浴びたくなったので、勝手に使わせてもらうことにする。 しかし、シャワーを浴び終わっても、まだ帰って来る気配はない。 仕方がないので、また勝手ながらキッチンを借りて朝食の作ることにした。。 櫻井課長が戻って来たのは、朝食が丁度できあがった頃だった。 ガチャッとリビングのドアが開くと、ランニングに行ってきたのか、ジャージ姿の櫻井課長が入ってきた。汗だくだ。「松井……起きたのか?」「あ、櫻井課長。おはようございます。すみません。勝手にキッチンを使わせて頂きました」 亜季はフライパンで焼いた目玉焼きを、お皿に乗せながら謝罪をする。 お腹を空いていると思って、作ったのだが良くなかっただろうか?「いや……別に構わない。すまない。本来なら俺が作らないといけないところだったのだが、どうも習慣にしているランニングをサボると調子が出なくて」「さっきまで走って来たんですか?」「あぁ起きて、すぐに走ってきた。悪かったな……松井」「いえ、とんでもありません。それよりも朝食前にシャワーを浴びて来たら、どうですか? 凄い汗ですよ」 汗でジャージがベタベタになっている。五キロも走ってきたのだろうか? 朝から凄いと亜季は心の中で感心する。「そうだな。先にシャワー浴びてくるか。 先に食べていてもいいからな?」 櫻井課長は、そう言うとタオルで汗を拭きながらリビングから出て行ってしまった。 
last updateLast Updated : 2025-03-13
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第三十四話。

 心配されるほど大げさなものではないが。 多分、大丈夫だろう。会社に行けるはずだ。 そのことに話をふれてきたので照れてしまっただけだ。「無理しない方がいい。お前は有給休暇が、たくさんあるのだから休め」「ですが……」「そうなったのは俺が原因だ! 気を使わなくてもいい。今日は一日、体をゆっくりと休めていろ」 櫻井課長から意外なことを言われて、亜季は驚いてしまう。 上司から、そう言われたら休まないといけなくなる。 申し訳ない気持ちもあるけど……正直助かった。たしかに有給休暇を消費するのも大切だ。「あの……ありがとうございます」「いや、お礼を言われるようなことは、何もしていない」 少し困った様子で言ってくる櫻井課長に亜季はフフッと苦笑いする。 そして朝食が終わると、櫻井課長は食べたお皿を洗った後、仕事に行く身支度をしていた。 いつもの姿だ。スーツ姿の彼は、よく似合うと思った。「あ、そうだ。これをお前に渡しておく」「これは……?」「家の合い鍵だ。そのまま持っていてくれ。俺は行くけど……自由に出入りしていいから」 まさか櫻井課長自ら、自宅の合い鍵を貰うことができた。 合い鍵を持っていると、まるで本当に恋人同士になれたのだと、実感して嬉しさがこみ上げてくる。(嬉しい) 亜季は、その鍵を大切そうに受け取った。「じゃあ、行ってくる」「行ってらっしゃい」 まるで新婚夫婦みたいな会話だ。 櫻井課課長を見送ると、鼻歌を歌いながらソファーに座った。 まだ体はダルいけど……幸せの痛み。平気だ。 帰るには、まだ辛いため、しばらく横になった後に自宅に帰った。もちろん合い鍵で玄関のドアを使って閉めた後に。 しばらく自宅のベッドで眠ると、スマホからメッセージが届いた。 一件は、美奈子からの心配のメッセージ。もう一件は、櫻井課長からのメッセージだった。『体調は、どうだ? 松井の仕事分は、他に代わってもらったから安心しろ。朝食は、美味しかった。また作ってくれると嬉しい』 嬉しくなるようなメッセージだった。 亜季は布団の中で笑みが止まらない。ゴロゴロと寝返りを打ちながら、ずっとそのメッセージを読んでいた。 せっかく合い鍵も貰ったのだ。今度は夕食でも作りに行こう。 そのためには母親から、もう少し料理を教えてもらわなくては。 でもその前に、明
last updateLast Updated : 2025-03-13
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第三十五話。

 それを知ったのは翌朝のことだった。 亜季が荷物を置くために、会社の更衣室に行くと周りの視線に気づいた。 八神とのことで噂になっているのだろうか? 彼とは付き合っていることになっているみたいだし。 誤解だと言わないと、余計にややこしいことになりそうな気がする。 しかし、それが現実となる。同僚の澤村梨香が亜季に声をかけてきた。「松井先輩。あの噂って、本当なんですか?」「澤村さん。それは違うの」「八神さんだけではなく、多数の男性と何股もかけているって、本当なんですか!?」「えっ? 何股……私が!?」 彼女の発言は、衝撃的なものだった。 何故、そこで自分が何股をしている話になるのだろうか? そもそも何処から、そんな噂が出たのだろうか?「社内で噂になっていますよ? 何人かの男性と関係を持っているとか。八神さんとは遊びの関係とか」「えぇっ? そんな噂が出ているの!?」 どうして、そんなことになったのだろうか? 櫻井課長と付き合うことになったが、それだけだ。 八神とは何もないし、噂になるような特別な関係でもない。そもそも、その噂が流れるほどの男性経験は持っていないのに。「あ、他にも過去に不良と付き合っていたこともあるとか……色々言われていますよ? どれが信じられないような話ですけど、どれが真実なんですか?」 澤村は不思議そうに尋ねてくる。 どれもなにも、根も葉もない噂ばかりで一つも真実味がない。 どうして、こんな噂が広まってしまったのだろうか?「澤村さん。その噂は違うの。このことは……」「でも~私、見ちゃったんですよね? 八神さんや複数の人と会っているところを」 澤村が被せるように、とんでもない発言をしてきた。 急に何を言い出すだろうか!?「えっ?」「澤村さん……その話って、本当なの!?」「うん。私も驚いちゃって~。まさか松井先輩が、そういうことをするなんて思ってもみなかったし。だから、もう一度、確認したくて」 まるで、彼女の言うことが真実のように言ってくる。 どうして澤村は、そんな噓をつくのだろうか?「ちょっと何を言っているの!?」 昨日、確かに八神とは会ったけど、交際を断るためだ。 それに複数の男性に会ってはいない。どう考えても冤罪だ。 早く誤解を解かないといけなくなった。 「あの~確かに、八神さんとは話
last updateLast Updated : 2025-03-13
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第三十六話。

「大丈夫よ! 噂は、あくまでも噂。真実ではない以上は、すぐに皆忘れるわよ?」「……そうかな?」「噓なのは分かっているし。もっと堂々としていた方がいいわよ」 美奈子は、すでにさっきのことは知っていたみたいだ。 しかも変わらずに温かい言葉をくれた。それが亜季にとっては嬉しかった。 亜季は美奈子に寄り添ってもらって、自分のデスクに着く。 その後。櫻井課長が出勤した頃には何も無かったかのように通常に戻っていた。 亜季も気を取り直して、仕事に打ち込む。 美奈子は、そんな亜季に気遣ってか、お茶を代わりに淹れてくれた。「はい。亜季の分」「ありがとう……」 お茶が入ったマグカップを受け取り、一口飲む。 やっと少し気持ちが落ち着いてきた。こんなことで、動揺するなんて情けない。 もっと毅然とした態度でいないと、逆に疑われてしまう。 亜季はそう思い直すのだが、噂を信じている社員は、思ったよりも多かった。 仕事をしていると、ドサッと大量の資料を亜季のデスクに置かれる。「……えっ?」「これだけの資料を全部まとめといてくれる? 松井さん」「あの……これ全部。私1人で、ですか?」 いくら何でも一人でできる量ではない。 それに自分のやっている仕事もあるし、担当の仕事ではない。「できるでしょ? あちらこちらの男性を口説いている暇があるのなら。お願いしますね? こっちは、そんなことができないぐらいに忙しいので」 断ろうとしても一方的に言われて、そのまま行ってしまった。 どう考えても嫌がらだろう。これは……。 亜季は、ただ唖然とした。「何よ……あれ? 感じ悪い上に無茶苦茶よねぇ~亜季。私も手伝うから」「美奈子……ありがとう」 一体、何が起きているのか。亜季は恐怖で体が震える。 だが嫌がらせは、それだけでは終わらなかった。 しばらくしてから亜季がコピーをするためにコピー機を使っていると、「ねぇ、いつまで使っているのよ? 人の迷惑も少しは、考えてよ」「あ、すみません。 すぐに終わらせますので」 慌ててコピーを中断させて、残りを後でやることに。 コピー機から書類を取り出した。すると呆れたようにブツブツと文句を言ってくる。「本当……年だけ、とっているくせに。無駄にトロいんだから」 酷い。そこまで言うことないではないだろう。 お手洗いに行っ
last updateLast Updated : 2025-03-14
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第三十七話。

  自分が所属している部署にイジメがあるなんて、きっと不愉快な思いをさせるだろう。 それが自分のことだなんて恥ずかしい。むしろ噂が櫻井課長の耳に入っていないかが心配だった。「亜季。言った方がいいわよ? 櫻井課長なら嫌がらせを止められるかも知れないし」「……うん」「あと、その噂を広げたのって、同じ部の澤村さんだから」 実は亜季も美奈子と同意見だった。。あの時も噂を、さらに広げるように発言をしたのは彼女以外は考えにくい。 澤村さんは、あれだけ騒いで噓を言ったからだ。しかし控え室以外は決定的な証拠がある訳ではない。 下手に言えば、自分がさらに悪者にされるだろう。「……多分そうかも」「何で、そんな噂をするのか知っているの? あれは絶対に八神さん関係よ! ほら、なんかあの子。八神さん狙っていたじゃない? あんたと付き合っていると勘違いして嫉妬しているのよ……きっと。まったく。嫉妬で、こんな噂を広めるなんて小学生じではあるまいし。大人気ないわよねぇ~」 美奈子は呆れながら、そう言ってきた。 原因が、それなら確かに大人気ない。 八神は人気の高いイケメンだ。好意を持つ女性社員は、たくさん居るだろう。 そんな中で、亜季みたいな地味系の女性が恋の噂になっていたら、面白くないと思う人も多いだろう。「とりあえず櫻井課長に言った方がいいわ。 それと八神さんにも迷惑だと、もう一度やんと伝えたら?」 亜季は小さく頷く。だけど櫻井課長には、やっぱり言えなかった。 社内でイジメられているなんて、情けない姿を見せたくない。。自分でも惨めだと思うのに。 八神に言うのも気が引ける。色々と頭の中で考えていると、気分が沈んでしまった。 気持ちは沈んだままだった。 翌朝は、会社に行くことも憂鬱になる。「今日……日曜だったら良かったのに」 渋々会社に行くが、やはり周りの女性社員の冷たい目線が痛かった。 ただの噂なのに……。 落ち込みながらもロッカーにカバンとコートを置いて、部署に向かった。 その現状に絶句する。亜季ののデスクが荒らされていたからだ。「嘘……何で!?」 慌てて駆け寄り、何か紛失していないかチェックする。資料も置いてある。 貴重品などは持って帰るため問題ないが、やりかけの企画書に使うファイルなどが失くなっていた。 どうしよう、これだと仕事がで
last updateLast Updated : 2025-03-14
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第三十八話。

 亜季は謝罪をすると、荷物を持って部署から出る。 美奈子と別れると1人でトボトボと電車に乗った。こんな時間に帰宅する自分が情けなくて仕方がない。 これから、どうしたらいいのだろうか? 噂になっている自分が否定したところで誰も信じてくれない。言い訳をしているとしか思われないなんて理不尽だと思う。 電車に乗りながらスマホをずっと眺めていた。そうしたらスマホが光り出した。 メッセージが届く。誰からだろうと? 見ると美奈子からだった。『大丈夫? あの後で課長に出勤してきて。悪いと思ったのだけど、事情を全部話したの。そうしたら課長ったら、凄い剣幕で部署全員を叱り飛ばしたわよ!』「えぇっ!?」 あまりにも驚いて声が出てしまった。 電車の乗客は、こちらを見る。ハッと気づくと恥ずかしくなった。「……すみません」 恥ずかしそうに俯いた。しばらくすると、もう1件メッセージが届いた。『今、こっそりメッセージ中。これ以上やるなら警察沙汰にするって。で、亜季と付き合っているのは、俺だと正直に話していたわよ! だから嫌がらせをして、傷つける奴は俺が許さないってさ。あんたの課長。ちょっと……見直しちゃった。私』 美奈子からそう送られてきた。 櫻井課長が、私のためにわざわざ皆の前で話してくれたらしい。付き合っているって……。 メールを何度も確認する。同じことしか書いていないけど……何度も泣きたくなるぐらいに嬉しかった。 櫻井課長の優しさが亜季の心の中に染み渡る。 きっと言うのに抵抗があったかも知れない。周りに交際宣言をするなんて男性にとったら恥ずかしことだろう。 でも、自分のために言ってくれたんだ。涙がスマホに付いてしまった。 自宅のアパートに着いた頃には櫻井課長からメッセージが二件届いていた。『具合は、どうだ? 多分、玉田からの連絡で聞いているかも知れないが、今回の揉め事は、俺が全て叱り飛ばして解決させておいたから。余計なことをしたかも知れないが許してくれ。今日来れそうなら家に来てくれるか? 何か美味しい物でも作って待っている』 そう書いてあった。余計なことだなんて思わない。 だって、櫻井課長の優しさをちゃんと知っているから。 亜季は自宅のアパートに着くと、疲れた精神を癒やすためにベッドに向かった。 精神的にボロボロだけど櫻井課長と美奈子のお陰で
last updateLast Updated : 2025-03-14
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第三十九話。

 亜季自身、このままではダメだと思わせてくれた。 すると櫻井課長は、照れたのを隠すように慌てて鍵を開けてくれた。「と、とにかく中に入れ。寒いだろう」「……はい」 亜季もつられて頬が熱くなっていた。自宅に入らせてもらうと、櫻井課長はキッチンで買ってきたエコバッグを置いた。 そして中身を出すと、そこには野菜と豆腐などが入っていた。。「あの……何を作る気ですか?」「あぁ、鍋を作ろうと思って。寒いし、体も心も温まるだろ?」「いいですねぇ~私も手伝います」 確かに体も心も温まりそうだ。 亜季は急いで、お手伝いするためにキッチンに向かった。 一緒に食材を切ったりしていく。 出来上がったのは、テーブルに運んで食べた。櫻井課長が作る鍋は、野菜や具材がたくさん入っていて美味しい。「どうだ? 男料理だから、豪快な感じになってしまうが……味付けは?」「凄く美味しいです。温まる~」 ホクホクした気分になる。 確かに体も心も温まった。だけど、それだけではない。櫻井課長の気遣いや優しさが鍋にも現れているように感じた。(あ、いけない……) そう思ったら自然と涙が溢れてきた。 年をとると、涙もろくなってしまうから困る。「松井? どうした? 嫌なことでも思い出したのか? それとも不味かったか?」「いえ……ただの嬉し涙です」 亜季は涙を拭きながら苦笑いする。 辛かったからこそ、櫻井課長の優しさが目に染みてしまったようだ。 その時だった。櫻井課長は席を立つと亜季を抱き締めてくれた。ギュッとされると、そこから優しくて温かいぬくもりが伝わってくる。 もう、涙が止まらなかった。 今まで我慢してきたことが、一気に溢れてくる。心が解放されたような切ない気持ちになった。「お前は、我慢し過ぎだ。泣きたい時には泣けばいい。今は、俺しか居ないから甘えろ」「……っ」 櫻井課長は、泣き止むまでずっと抱き締めてくれた。言葉は無くても、気持ちが伝わってくる。 たくさん泣いたせいか、泣き止む頃には随分と気分が楽になった。「もう……大丈夫です。ありがとうございます」「そうか? それなら良かった。鍋が冷めてしまったな。温め直すから、ちょっと待っていろ」「あの……櫻井課長」「何だ?」「今日……泊まってもいいですか?」 残りの鍋をキッチンに持って行こうとする櫻井課長
last updateLast Updated : 2025-03-14
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第四十話。

 そしてシャワーから出ると朝食の準備をした。 しばらくして櫻井課長が帰ってきた。 ガチャッとドアが開くと、汗をかいている。息も切らしていた。「松井……もう起きていたのか? 体調は、どうだ?」「おはようございます。はい。なんとか……」「そうか。汗をかいたからシャワーを浴びてくる」 亜季は恥ずかしくなりながらも返事をすると、櫻井課長は、シャワーを浴びに行ってしまった。お互いに照れてしまう。 シャワーを浴びている間に、朝食を作り終わらせ一緒に食べた。「それで今日は、どうする? 昨日の今日だ。無理して会社に行く事ことはない。有給休暇を使うか?」 確かに昨日の今日で会社に行くのは辛い。辛さを思い出すと、悲しくて仕方がない。 でも……このままではダメだろう。 自分は何もやましい事していないのだから堂々としていないと。 支えてくれた櫻井課長や美奈子に悪い。亜季は真っ直ぐと前を見る。「もう大丈夫です。会社に行きます」「無理しなくてもいいんだぞ?」「いいえ。櫻井課長が庇ってくれたので、もう大丈夫です!」 亜季はニコッと微笑む。会社で一人ではない。美奈子も居る。 それに櫻井課長の隣に並んでも恥じない女になりたい。 だから、ちゃんと会社で実績を上げて、認められる存在になりたい。「……そうか。お前は、強いな」「はい。櫻井課長の彼女ですから」 だから負けたくない。亜季は前向きに思うようになった。 先に出勤をして自分の部署に向かった。 美奈子には、お礼のメッセージと今日は会社に行くことは伝えておいた。 部署に入ると周りの女性社員は、一瞬驚いたような顔をしてきて、よそよそしくなる。嫌がらせはピタリと止まっていた。 澤村は気まずいのか、目線を逸らされてしまったが。 その後も陰口を言っている人は、まだ居るけど直接には被害がないので無視した。 これも櫻井課長が、ビシッと叱り飛ばしてくれたお陰だろう。 櫻井課長と美奈子には、本当に感謝してもしきれないぐらいだ! そんな中。私は変わらずに給湯室で、お茶の準備をしていた。 すると八神さんに声をかけてきた。「松井さん」「八神さん」 亜季は一瞬動揺する。また、こんなところを見られたら、勘違いをされるかもしれないと思ったからだ。 つい周りをキョロキョロと確認をしてしまう。「つい最近まで出張で会
last updateLast Updated : 2025-03-14
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