All Chapters of 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜: Chapter 31 - Chapter 40

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晴れていく心-05

開園から遊び倒したので、お昼も過ぎてそこそこに帰り支度を始めた。 まだ遊びたいと渋る海斗だったが、車に辿り着く前に抱っこをせがみ、杏介の胸の中であっという間に船をこぎ出した。「杏介さんすみません、重いでしょう?」「紗良さんこそ荷物持たせてしまってすみません」「いいえ、海斗の重さに比べたら全然余裕ですよ」「海斗よだれ垂れてる」「えっ! すみません!」「いや、いいんです。子供らしくて可愛いなと思って」杏介は嫌がることもなく面白そうに笑う。 その笑顔につられて紗良もふふっと微笑んだ。すっかり爆睡状態の海斗を後部座席に乗せ、今度は紗良が助手席に座ることになった。 普段自分で運転してばかりの紗良は、助手席に乗るということが初めてに近い。 開けた視界にゆったりとしたシートは贅沢だと感じ、紗良を新鮮な気持ちにさせる。 チラリと横目で杏介を見れば、整った綺麗な顔で真剣にハンドルを握っていた。(こんな風に、運転してもらえる日が来るなんて……)不思議な気分になりながら見つめていると、ふと目が合う。「あ、えっと、今日は連れてきてくださってありがとうございました。杏介さんが誘ってくれなかったら、 私、 海斗のこと一生プールに連れてきてあげられなかった気がします」「よかったです。……あの、 聞いてもいいですか?」「はい」きょとんと首を傾げる紗良に、杏介は一旦口をつぐむ。 本当に聞いてもいいのだろうかと思いつつも、でもやはり聞かずにはいられなかった。「紗良さんは、その、……海斗の母親ではないんですか?」一瞬車内がしんとなった気がした。 聞くのは時期尚早だっただろうかと焦るも、時間は戻せない。 だが紗良は何でもないようにふふっと微笑んだあと「はい」と肯定した。
last updateLast Updated : 2024-12-26
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晴れていく心-06

「実はそうなんです。 海斗の母の妹です。海斗の両親は事故で亡くなってしまって、 代わりに私が育てています」「そうだったんですか。 大変なご苦労をされているんですね」 ストンと憑きものが落ちるように、杏介は納得した。杏介が抱いていた疑問が一瞬のうちに晴れていくようだ。だから『紗良姉ちゃん』だったのだ。だから父親がいなかったのだ。紗良と海斗の境遇を思うと胸が潰れそうになる。今までどんな苦労をしてきたのだろう。どんな生活をしてきたのだろう。考えても想像に及ばない。「あ、でも家には母もいて、母と一緒に面倒見てる感じなんですけど。あの、だから、前に杏介さんに、私が愛情をもって育てているから海斗が楽しそうに笑ってるって言われて、本当に嬉しかったんです。なんだか私の努力が認められた気がして。まあ、子育てを努力っていうのも何か違う気がしますけど。……えっと、何て言うんでしょうね。上手く言い表せません」「いえ、立派です。子育てをしたことがない僕なんかが偉そうなことを言えた立場じゃないんですが、紗良さんは凄いと思います」「……ありがとうございます」誰かにこんな風に自分の気持ちを吐露したのは初めてかもしれない。もちろん会社や保育園に家庭の事情を話してはある。けれどそんな事務的なことではなくて、もっと紗良の心の奥底にあった感情を少しだけ見せてしまったような、そんな気分だった。「あの、もしよければ、またどこかに行きませんか?」「えっ?」「あー、えーっと、何て言うか、僕も楽しかったですし、海斗も喜んでくれて嬉しいって言うか……」「いいんですか? ご迷惑では?」「どうせ仕事以外は暇してるので」「嬉しいです。ありがとうございます。海斗も喜びます」「じゃあこれからもよろしくお願いします、紗良さん」「はい、こちらこそよろしくお願いします、杏介さん」二人は顔を見合わせるとはにかむように笑った。何だか心が晴れ晴れとするような、そんな爽やかさに胸が弾んだ。
last updateLast Updated : 2024-12-26
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晴れていく心-07

自宅前まで車を着けてもらい、まったく起きる気配のない海斗に声を掛ける。「海斗、着いたよー。起きてー」案の定反応なくぐーすか眠りこける海斗に苦笑いしながら、紗良は海斗のシートベルトを外して抱っこしようと背中に手をかけた。「紗良さん、僕が運びますよ」そっと杏介に肩を引かれ、紗良は一歩下がる。軽々と海斗を持ち上げた杏介は相変わらず逞しく、それでいて頼りになる。「すみません、ありがとうございます」海斗を杏介に任せ紗良は荷物を手早く掴むと、自宅へと案内した。玄関を上がるとすぐにリビングがある。紗良は座布団を二枚並べると、そこに海斗を寝かせてもらうように指示を出した。「紗良、帰ってきたの? ……って、あら? こんにちは」別の部屋にいた紗良の母親が顔を出すと、見慣れない顔――、杏介を見て目を見張る。「こんにちは。お邪魔します」「あらあら、紗良ったらなあに? 彼氏と一緒だったの?」「やだ、お母さん、そんなんじゃないからっ。す、すみません、杏介さん」急にそんなことを言うものだから、今まで意識していなかったのに心臓がドキンと大きな音を立て、紗良は顔を赤くしながら焦り出す。そんな紗良の様子につられて杏介の心臓もきゅっと鳴ったような気がしたが、「大丈夫ですよ」と曖昧な笑顔でごまかした。「紗良と海斗がご迷惑をお掛けしたみたいですみません。疲れたでしょう? お茶でも飲んでってくださいな」「ちょ、ちょっと、お母さんったら」紗良の母はニコニコとしながら強引に杏介を座布団に座らせ、いそいそとお茶を入れ始める。「今日も暑かったわねぇ」などと世間話が始まり、完全に母のペースに巻き込まれてしまった。
last updateLast Updated : 2024-12-26
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晴れていく心-08

「――まあ、ご親切にチケットをいただいて、車まで出してもらったの? まあ~」「とても楽しかったですよ。海斗くんは水が大好きで紗良さんに泳ぎを教えていました」「そうなのよー、この子ったら海ちゃんと違って昔から水が苦手でね。二十五年生きてきて学校以外のプールなんて初めて行ったんじゃないかしら? 水着だって持ってないから慌てて買いに行って――」「お母さん! もう、恥ずかしいからやめて!」「だからあんなに必死に浮き輪を持っていたんだね?」「きょ、杏介さんまでからかわないでください!」紗良は頬を染めながらぷんすか怒るが、そんな姿が杏介には大変いじらしく映り思わず目を細める。わいわいと騒ぎすぎたからだろうか、ふいにむくりと起き上がった海斗は目をこすりながら「あれー? せんせー? なんでいるの?」と呟く。時計を見れば思ったよりも長く石原家に滞在していた。「おはよう、海斗。じゃあ僕はそろそろおいとましようかな」「やだ! まだあそぶ!」「こら、海斗わがまま言わないの。先生だって忙しいのよ」「やだやだー」海斗は杏介の膝の上に座り、頑として動かなくなった。「海斗!」「あらあら、よっぽど楽しかったのねぇ」「海斗、今度はどこ行きたい? また先生が連れてってあげるよ」「ほんと?」「ああ本当。約束だ」杏介は小指を差し出す。海斗は小さな指を杏介の指に絡めてブンブンと勢いよく振った。「ゆーびきりえんまんーうーそついたーらはりせんぼんーとーますー」真剣な顔で言い間違えながら歌う海斗にほっこりと癒やされながら、大人たちは顔を見合わせてふふっと微笑んだ。
last updateLast Updated : 2024-12-26
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晴れていく心-09

杏介が帰った後、紗良と母親は夕飯の準備を始めた。紗良が、彼氏ではないにせよ男性と出かけ、なおかつ家にまで上げたことに母は楽しくて仕方がない。 先ほどから杏介の話題ばかりで紗良はヒヤヒヤと受け答えをする。別にやましいことは何もないというのに、なぜこんなにもどぎまぎするのか。「優しい人だねぇ」「……うん、すごく優しい」「海ちゃんも懐いてるみたいだし、いいじゃない」「……何がいいのよ」「結婚相手に」「だから、そんなんじゃないってば。何期待してるの、お母さんったら。彼氏じゃないから」「あらそう? 残念だわ」そう言いつつも母は楽しそうに笑う。 本気なのか冗談なのか、その真意は図りかねるものの、胸のざわつきは抑えられそうにない。今日一日の楽しかったことが次から次へ思い出され、脳裏に浮かぶのは杏介の柔らかな笑顔。 そして、男らしく逞しい体。 頼りになる行動。殊更ここ二年間、プライベートで誰かに頼ったり甘えたりすることはなかったように思う。 もちろん母親に頼ることはあったけれど、そうではなくて、他人に何かを委ねるという感覚が新鮮で嬉しいと感じてしまう。それが良いことなのか悪いことなのか、判断はつかないけれど。(……それに、例え彼氏だったとしても、子持ちと結婚なんて考えられないでしょ)ため息深く、紗良はひとりごちるのだった。
last updateLast Updated : 2024-12-26
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晴れていく心-10

杏介は帰りの車の中、今日の出来事を思い出していた。ひとえに『今日は楽しかった』それに尽きる。(紗良さんのいろいろな表情が見れたのは新鮮だったな)思い出しては勝手に頬が緩む。紗良は一児の母にして母ではなかった。ずっとモヤモヤしていた彼女たちの関係性が紐解かれ、さらにその事情を知ることでますます紗良への興味がわくようだ。(もっと紗良さんのことを知りたい)そんな気持ちになっていることに、胸のざわめきで実感する。海斗は両親がいなくて不憫だと思う反面、紗良とその母親に愛情たっぷりに育てられている。いつだって楽しそうに笑う、その顔に陰なんて見られない。それが何だか杏介には羨ましく感じる。(四歳児を羨ましいと思うなんて、どうかしているな……)予想外に石原家にお邪魔して、あたたかい家庭に触れたからそう思ってしまうのだろうか。それとも、子どもの頃の自分と無意識に比較してしまうのだろうか。モヤッとした感情が出てきそうになって、杏介は即座に頭を切り替える。自分のことなど、どうだっていいのだ。(それにしても、紗良さんは可愛かったな)流れるプールで体を強張らせているのも、手を離さないでと必死になっているところも。滑って転びそうになったときには咄嗟に手を出してしまったが、想像以上の華奢な体の感触はまだほんのりと思い出せるほど。あの細い体で仕事をしながら海斗を育て、土日もバイトをしている紗良。普段しっかりしているくせに、母親の前では子供みたいな態度であることに妙に安心した。そして母との会話から、紗良が二十五歳だと知ることができた。杏介より三歳年下だ。(そういえば今日も夜はバイトなのかな?)海斗がいるからと早めに帰って来た訳なのだが、プールで遊んだ後はきっと疲れているに違いない。申し訳ない気持ちになりつつ、紗良への思いを馳せながら、杏介は帰宅するなりぐっすりと寝てしまった。心地良い疲労感だった。
last updateLast Updated : 2024-12-26
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気づき始めた気持ち-01

杏介は、海斗が通っている土曜昼は初級コースの担当、平日は上級コースを担当している。昨今のプール教室は人気で、生徒数は年々増加傾向にある。特に火曜日は選手育成コースがあり、レベルが高く他よりも年齢層も高い。通常のコースとは違い、水泳検定だって受けられるようになるのだ。誰もが選手になりたいし受験を考えている子は内申書に書けるため、子供よりも親が必死になっていることもある。だから今日みたいに、レッスン後に親から呼ばれることもざらだ。「先生、最近うちの子どうでしょう?」「頑張っていますよ。持久力が上がるともっとスピードも伸びると思います」「個人レッスンも考えているんですけどぉ」「ええ、夏休みや冬休みはそういったレッスンも募集がかかりますので、ぜひ活用してみてください」「それは先生が教えてくださるんですか?」「希望制ですが、人数が多いとお断りすることもあります」「そうなんですね。うちは滝本先生じゃないとダメなのでぜひお願いします」「それは光栄です」当たり障りのない受け答えをしつつ、なおも食い下がろうとする親を軽くいなす。自分が求められてありがたい反面、親の期待が大きく、それは杏介にとってプレッシャーだ。「はぁー」レッスン後の事務所で思わずため息が漏れた。「杏介、ずいぶん粘着されてたな」ちょうど通りかかり聞き耳を立てていた同期の小野航太が、コーヒーを手にニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。「個人レッスン希望らしいけどやる気があるのは親御さんだけなんだよ。本人のやる気はいまいちだったな」「だってお前それ、レッスンにかこつけて杏介狙いだろ?」「うーん、やっぱり?」なんとなく、思う節はある。やたらと腕を触ってきたり、話すその距離感が近いような気がしていたのだ。あまり考えないようにはしていたのだが。
last updateLast Updated : 2024-12-27
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気づき始めた気持ち-02

「気をつけないと食われるぞ」「食われるってなんだよ」「だってお前、人気者だもんなぁ。いやー、売れっ子は違うねぇ」「茶化すなよ」「いや、実は俺もあったんだよ。旦那とは冷めてるからって体求めてくるの」「はぁ?」「嘘みたいだろ? なんか、筋肉質が魅力的なんだと」げんなりとした顔で大げさにため息をつく航太。まさかそんなことがあるのかと杏介は疑うが、そんな二人の会話に「男性もなかなか大変ねー」とまったりお茶を飲みながら年配の深見が会話に参加する。そして更に杏介の後輩である森下リカまでも興味深げに身を乗り出した。「深見さんもそういう経験ありですか?」「あるわよ。子供プール教室よりジムのお客さん。わざと胸にぶつかってきたりとか」「いやー最低!」「さすがにチーフ呼んで注意してもらったけど。まあ、昔の話だけどね」「私も聞いてくださいよぉ。この仕事してるとなかなか出会いがないじゃないですか。ジムのお客さんと仲良くなって付き合ったんですけど、バツイチ子持ちだったんです。しかも隠してて、バレたら今度は私に母になってほしいとか言ってきて~無理って断りました。だって子供にも会ったことないんですよ! ありえなくないですか?」「ただの母親役がほしかったのかもね。災難だったわね」「子持ちって隠せるんだなー」「……案外わからないものなのかも」そう、杏介が紗良のことを子持ちだと知らなかったことのように。そんな大っぴらに『バツイチ』だの『子持ち』だのと言う人は少ないだろう。しかし、一人で子供を育てるとやはり相手が欲しくなるものなのだろうか。リカの元彼のように、『子供の親』を求めてしまうものなのだろうか。ふと思い出されることがある。杏介の父もそのタイプだった。
last updateLast Updated : 2024-12-27
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気づき始めた気持ち-03

杏介が小学生のとき、母は病気で亡くなった。父親と二人になった杏介は、父が大手企業の課長だったこともあり経済的には何不自由しなかったが、元々寡黙である父との生活はひどく素っ気なかった。だからといって、その生活が嫌だったかというと、そうでもない。杏介なりに、父と二人上手く生活ができていると思っていた。だが突然、その生活が一変した。父が恋人を作り、『新しい母』だと杏介に押し付けてきたのだ。杏介の同意もなく勝手に共同生活がスタートし、ちょうど思春期に入ろうとしていた杏介にとって、それは邪魔な存在でしかなかった。その『新しい母』も、初めは杏介に気に入られようと媚を売るような態度だったのだが、杏介のツンとした態度に嫌気がさしたのか、次第に疎ましくされるようになった。後から入ってきたのは『新しい母』のはずなのに、いつの間にか自分がいらない子のような存在になっていることに気づいて、どんどんと居心地が悪くなっていく。だから杏介は高校卒業後に迷わず県外の大学へ進学した。とにかく家から出たかった。そして実家に戻ることなくこの地で就職し、今でも滅多に家に帰らない。杏介にとって『新しい母』は要らなかった。ただそれだけのこと。紗良はどうだろうか。海斗に『新しい父』をと思っているだろうか。今のところそんな感じは見受けられないし、父の日の絵をプレゼントされたけれど『父親役をしてほしい』なんていう素振りは見えない。「あー出会いがほしい」リカが嘆くように呟く。待ってましたとばかりに航太はリカの前に座り、ニカッと爽やかな笑顔を向ける。「ここにいるじゃん」「どこに?」「俺だよ、俺」「小野先輩は好みじゃないです」「うわっ、リカちゃんひどっ!」「滝本先輩の方がイケメンで優しくて好きです」「あらやだ、リカちゃん面食いねぇ」「深見さん、俺に追い打ちかけないでください。杏介もなんか言ってやれ」「え?」急に話を振られ、心ここにあらずだった杏介はキョトンとしたあと、適当に返事をした。「あー、うん、ごめん」「ガーン! ひどいです!」リカが机につっぷして大げさに泣き真似をする。航太は呆れた顔で杏介の肩を叩いた。「お前、意外と冷たいのな」「いや、なんでそうなる……」「はいはい、お遊びはその辺にして。お客さんとトラブルは起こさないように気をつけてちょうだ
last updateLast Updated : 2024-12-28
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気づき始めた気持ち-04

ウォーターパークへ出かけて以来、紗良と杏介はラーメン店以外でも時々連絡を取り合うようになった。話題はたいてい海斗絡みのことなのだが、海斗がいてくれることで話が盛り上がることもあり海斗様々だ。「最近はジンベエザメにはまってて、そんな動画ばかり見てるんです」「あ、じゃあ今度水族館行きます?さすがにジンベエザメはいないけど……」「いいですね、楽しそう。イルカとかペンギンも好きなんです」「じゃあ決まりですね」そんな感じで行き先が決まり、杏介の日曜休みに合わせて三人で出掛けることが増えていった。「入場記念にどうぞー」誘われるまま足を運べば、イルカのパネルと写真を撮れるコーナーがあり、海斗は意気揚々と駆けていく。「さらねぇちゃん、しゃしんとってー」「はいはい」「紗良さんも一緒に撮りますよ」「ありがとうございます。じゃあ順番に……」「よろしければお撮りしますよー」スタッフに声をかけられ、紗良と杏介は一瞬顔を見合わせるも、ぎこちなく海斗の横に並んだ。「はーい、パパママもう少し寄ってください」微妙な距離感をスタッフに指摘され、紗良はドキリと杏介を見る。杏介は何でもないように紗良に近づきそっと耳打ちした。「俺たち家族に見えるみたいですね」その言葉はひときわ紗良の心臓をドキンとさせる。嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちが入り乱れて胸が苦しくなり、何も答えることができなかった。写真を撮ってもらったことにお礼を告げると、海斗が目をキラキラさせながらスタッフに尋ねる。「ジンベエザメいる?」「ごめんね、ここにはジンベエザメいないの。でももうすぐイルカショーが始まるから、ぜひ見ていってね」「イルカ? みたい!」「じゃあ行こっか」海斗は右手を杏介に、左手を紗良に向ける。挟まれるように手を繋ぐと、テンション高くぴょんぴょんと飛び跳ねた。(本当に、親子みたい)右手には海斗。その横には杏介。事情を知らなければ先ほどのスタッフのように、親子に見えるのだろう。妙にくすぐったいような気持になって、紗良はふふっと微笑む。「なに? さらねえちゃん」「ん? イルカショー楽しみだね」「かいとねぇ、イルカにのるんだー」「海斗、イルカに乗るためには泳げるようにならないとダメだぞ」「かいと、もうおよげるし」「えー、本当?」ドヤ顔をする海斗だが、いつもプ
last updateLast Updated : 2024-12-28
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