届いたブックカバーはあまり仰々しくならないように簡易ラッピングをして、アルバイト先に持ってきていた。ただ、いつ、どのタイミングで渡したらいいのか考えあぐねてしまう。そして今週も杏介は来てくれるのかどうか、ラーメン店の制服に着替えながら紗良は変に緊張してエプロンを結ぶ指が震えた。(さすがに仕事中に渡すことはできないよね。ほかのお客さんもいるし)とりあえずロッカーに突っ込んで、ホールへ向かう。十八時から働く紗良だが、いつも杏介が来店するのは二十一時前後。チラチラと時計を気にしていたのは最初だけで、客の入りが激しくなるにしたがってそんなことはすっかりと抜け落ちて仕事に励んでいた。ピークが過ぎ一息つくころ、ガララッと自動ドアが開く音で反射的に「いらっしゃいませ」と笑顔を向ける。「あっ」「こんばんは」紗良が声を上げたことで杏介も気づいて挨拶をする。「空いているお席へどうぞ」声をかければ杏介はいつもの窓際のカウンター席へ。普段ならばテキパキとそのまま接客するところ、杏介にどう切り出したらいいか考えているうちに他の店員が注文を取りに行ってしまう。(やばい。出遅れた。しゃべるチャンスがない)焦ると余計に普段の仕事ができなくなり、無駄に箸を落としたり水をこぼしたりと落ち着かない。「ちょっと石原さん、大丈夫?」「すみません、すぐ片づけますっ」(落ち着け、私)どうにかこうにか平常心を取り戻しているうちにラーメンが出来上がり、紗良は杏介のところまで配膳した。「失礼します。チャーシュー麺になります」「ありがとう」コトリと置いたまま動かなくなった紗良を見て、杏介は首を傾げる。「石原さん、どうかしました?」「あ、えっと……」「?」「私、今日二十二時で上がりなんです。それでその、少しだけお時間ありますか?」「じゃあいつものコンビニで待ってます」「ありがとうございます」すんなり了承を得られ、ようやく紗良は胸を撫で下ろす。少し待ってもらうことにはなってしまうが、とりあえずは杏介に渡す目途がついてよかった。 ぴったり二十二時で仕事が終われるように、紗良はいつも以上に気合を入れて働いた。
最終更新日 : 2024-12-21 続きを読む