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無意識の優しさ-04

last update 最終更新日: 2024-12-22 05:31:53

紗良のほっとしたような表情に、杏介はまた海斗のことでなにかあるのだろうかと思った。

先日もらった父の日の似顔絵はせっかくなので棚の上に飾ってある。

子供が自分のために一生懸命描いたのだろうと想像すると顔がほころび、子供を相手に仕事をすることが多い杏介にとってそれは活力源にもなる。

自分が必要とされているような、そんな気分になって明日も頑張ろうと思えるのだ。

ラーメンを食べ終えてコンビニへ行き、ブラックコーヒーを手に取る。

(石原さんは何が好みだろう?)

自然とそんなことを考えて、ハタと手が止まる。

(あ、いや、仕事終わりで疲れているだろうし、そういう意味だし……)

などとどうでもいい言い訳を考えながら、最近美味しいと話題の抹茶ラテが目に入った。

自分が買おうとしていたブラックコーヒーはやめて、抹茶ラテを二本購入する。

(……最近話題だからな)

と、これまた言い訳じみた考えを巡らせながら、紗良の仕事が終わるのを車の中で待った。

ロッカーに突っ込んであった紙袋の中身をチラリと確認して、 紗良はよしと気合を入れる。

仰々しくなっていないだろうか、 受け取ってもらえるだろうかと、ドキドキする胸を抑えながら 超特急で着替えてコンビニへ向かった。

紗良が姿を見せるとすぐに杏介が車から降りてくる。

距離が近づくにつれドキドキと暴れ出す心臓は紗良をますます緊張に追いやって行った。

「お待たせしました」

「いえ、お疲れ様です」

杏介の方こそ仕事終わりだというのに、疲れを微塵も感じさせない爽やかな笑顔を見せられて紗良は体の奥がザワリと揺らめく。

「あ、えっと、これ、この前のお礼です」

「お礼?」

差し出された小さい紙袋を受け取りながら杏介は首を傾げた。

「はい、海斗の絵を貰っていただいたし、 スイーツもたくさんいただいたので。だから……」

「えっ、すみません。 逆に気を遣わせてしまいましたか?」

「いえ、そんなんじゃないんです。 本当に嬉しかったから。だから、ほんの気持ちというか……貰っていただけますか?」

「ではありがたくいただきます」

「あの、趣味に合うかどうかわかりませんけど」

「見てもいいですか?」

コクリと頷くのを確かめてから、杏介は包みを開ける。中から出てきたブラウンレザーのブックカバーを見て思わず顔が綻んだ。

「すごくおしゃれなブックカバーですね」

「えと、いつも文
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  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   晴れていく心-03

    入口へ行くとすでに二人は待っていて、大きな浮輪まで準備して楽しそうに談笑している。「さらねえちゃん、おそいー」「ごめんね。先生も、お待たせしました」「あの、ひとつ提案なのですが、今日は先生と呼ぶのはやめて名前で呼びませんか。僕も海斗くんのお母さんと呼びづらいですし」「あ、そうですよね。なんか変な関係に見えちゃいますよね。えっと……」「僕のことは杏介と呼んでください」「杏介さん。あ、私は紗良で……」「了解です、紗良さん」ドキリとしたのはなぜだろうか。 男性から名前で呼ばれることがない紗良は、慣れていないからか緊張してしまう。自然と早くなる鼓動に、落ち着けと何度も頭の中で唱えた。杏介が持ってきてくれた大きな浮き輪に、紗良と海斗は一緒に入った。 杏介は外側から浮き輪を持つ。流れるプールでくるくる回りながら流されるままに身を任せていると、海斗は浮き輪で弾みをつけたりバタ足を試みたりと落ち着きがない。「きーもちいー!」「海斗暴れないでぇ」「紗良さん、力抜いて。大丈夫だから。力を抜いた方が浮くから」「は、はいい」大暴れの海斗とは対照的に、紗良は必死に浮輪にしがみつく。 まるでプールに来ているとは思えないほど難しい顔をする紗良を見て、杏介は思わず吹き出した。「ぷっ、紗良さん本当に泳げないんですね」「笑わないでください。ていうか、絶対手を離さないでくださいね」「はいはい」「さらねえちゃんは、こわがりだからさ~」「海斗、余計なこと言わないで」「海斗は全然平気なんだな」「かいとはプールすきだもん! つぎ、あれやりたい」指差す先は、四人乗りのゴムボートにのって滑り台をラフティングするもの。 たちまち紗良の顔は青ざめる。「お姉ちゃん絶対無理!」「えー! じゃあせんせー、やろう?」「残念、海斗。あれは身長が足りないよ」「えー! かいとまえよりおっきくなったでしょ」「そうだな。でも子供用のプールにも滑り台あるから、そこ行こうか」「いくー!」上手く海斗を誘導できたと、紗良と杏介は目配せをして微笑んだ。

    最終更新日 : 2024-12-25
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    最終更新日 : 2024-12-25

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    病院へ駆けつけると入口で紗良と海斗が待っていた。「紗良!」「杏介さん、わざわざ来てもらってごめんなさい。私、動揺してしまって電話をかけちゃって」「そんなことはいいんだ。お母さんは?」「朝起きたらなんか変だなって思って慌てて救急車を呼んだの。脳梗塞が再発したみたいで……あまり状態はよくなくて」「再発……?」コクンと紗良は頷く。 紗良の母親に持病があり通院しているとは聞いていたが、それが脳梗塞だったとは知らず杏介は背中に冷たい汗が流れる。だが紗良は、電話の時のあの消えそうな声とは違いずいぶん落ちついている。「せっかく来てもらったんだけど、私、一度家に帰って入院の準備をしてきます。海斗もごめんね、一回家に帰ろうか」「うん。おなかすいた」「あっ、そうだよね。ご飯食べてなかったね」着の身着のまま、といったところだろうか。 紗良は普段着に着替えているが、海斗はどう見てもパジャマ姿だ。 朝早かったために寝ている海斗を抱えて連れてきたのだ。「俺コンビニで何か買っていくから、とりあえず家に戻りな。車で来てるんだろう?」「杏介さん……」そんな迷惑はかけられない、と首を横に振ろうとするも杏介は海斗の手を引いて駐車場へ歩き出す。 慌てて紗良も歩き出すが、ふと向けられる柔らかな視線。「紗良。一番に俺を頼れって言っただろ。気にするなよ」「……うん」緊張の糸が一気に切れた気がした。 紗良の目にはじわりと涙が浮かぶ。 杏介の袖を控えめに掴めば、杏介はそれを柔らかく絡み取ってしっかりと握った。「あー! せんせーとさらねえちゃんも、てぇつないでるー。かいとといっしょー!」海斗が無邪気に茶化し、紗良も杏介も沈んでいた気分が少しだけ上向きになるようでふふっと笑った。

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    毎日の負担に加えて土日はラーメン店でのアルバイトがある。本業の仕事が忙しくなるにつれていろいろと余裕がなくなり、気づけば紗良はバイト先で杏介に会えることが唯一の楽しみになっていた。季節は夏。夏の夜でも暑さは昼間よりほんの少し和らいだ程度。仕事終わりにコンビニの前で立ち話をしていてもじわりと汗が滲む。「杏介さん、ぎゅってしてもいい?」「いいけど、どうした?」「ちょっと疲れちゃって……充電させて?」紗良から積極的に杏介に甘えるのは珍しい。一歩近づいた紗良を、杏介は優しく腕に絡め取った。思ったよりも華奢な紗良と思ったよりも筋肉質な杏介。ぎゅっとさせてと言ったのは紗良の方なのに、ドキドキと鼓動は速くなる。今は夏で夜でも汗ばむというのに、二人くっついている感覚は不思議と暑さを感じない。むしろ肌のぬくもりが心地良いとさえ感じてしばし微睡んだ。「紗良?」コテンと杏介の胸に頭を預ける紗良が微動だにせず杏介は声をかける。「――紗良」「はっ!」呼ばれて慌てて頭を上げる。「大丈夫?」「なんか気持ちよすぎて一瞬寝ちゃってた気がする」「前から思っていたけど、働きすぎなんじゃないか?」「そんなことないよ」「バイト、続けないとダメなのか? ダブルワークはしんどいだろう?」「うん……でも、やめたら……困っちゃうし。私が働かないと」アルバイトを辞める選択肢を考えたことがないわけではない。実家暮らしで母親と共同生活をしているため派遣の給料で賄えないことはないのだ。けれど海斗が成長するに従って必ずお金はかかる。小学校、中学校、高校と、今のうちに貯金できるならしておくことに越したことはない。そう思って続けているのだけど。最近は本業の方が忙しく疲れがたまっていることを自覚している。松田が上司に人を雇ってほしいと申し入れたが、なかなか難しいようだ。

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    ゴールデンウィーク明け出勤すると、いつも元気いっぱいの依美が休暇だった。紗良と依美は昼食もよく一緒に食べる。だからどちらかが休暇を取るときは事前に伝えておくか、メッセージなどで連絡をすることにしている。今日は依美からの連絡はないけれど、連休を繋げて長期連休にする社員も多いし、そんな時もあるだろうとさほど気にしていなかった。だが依美は翌日も休み、さらには翌週になっても出勤してこない。さすがに気になってメッセージを送ってみるも、まったく返事はなかった。どうしたのだろうと心配で何度もスマホを確認するが、何度メッセージを送っても返ってくることはなかった。「石原さん、松田さん、ちょっといいかな?」主任から声をかけられ、二人面談室に入る。松田も紗良と同じチームで働く、年配の派遣社員だ。「岡本さんなんだけど、体調不良でしばらく出勤できそうにないんだ。悪いけど、その間の仕事を分担して欲しい。少し大変になるかとは思うけど……」紗良と松田は顔を見合わせる。二人とも残業は無しという契約のため、増える作業量を定時間内にこなせるのか不安が過った。「岡本さん、大丈夫なんです? 私たち残業できないのであまり仕事が増えると捌ききれるかわかりませんけど?」松田が懸念事項を告げてくれたため、紗良も同意見だと大きく頷く。「とりあえず二週間お休みになるから、その間だけ頑張ってほしい。もちろん、契約通り定時で帰ってもらってかまわないよ。それに、我々もサポートするから」「……はい」としか返事はできなかった。しょせん紗良は派遣社員。与えられた仕事を請け負うことが仕事なのだ。「岡本さん心配ね。石原さん何か事情聞いてないの?」「はい、私も心配で何度かメッセージを送ったんですけど、返事がないんです」「そうなの。まあとりあえず分担して頑張りましょうか。復帰したらランチでもおごって貰わなきゃね」茶目っ気たっぷりに松田が言うので、紗良も「そうですね」と笑った。

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    「……杏介さんがいてくれたらいいのにって思っちゃって。……呆れちゃうよね?」「いや、どうして?」「だって、そんな都合のいい話はないじゃない」「都合よく俺のこと好きでいてもらえると嬉しいけど」「私は杏介さんが好きだけど、でもそれは心の奥底では海斗の父親を求めているのかもしれない。そんな風に考えちゃう自分が嫌なの。……ごめんなさい」胸がヒリヒリと痛かった。紗良が誰かを好きになるということは必ず海斗がセットでついてくる。 紗良は誰かに海斗の父親を求めてはいないけれど、海斗を切り捨てることは絶対にない。 この先一緒に生きていくには結局のところ海斗の父親になってもらうということ。 たとえ表面上でも、だ。けれど杏介は「いい」という。杏介の優しさが紗良の鼻の奥をツンとさせた。「そんな風に謝るなよ。俺はそうやって利用してもらっても構わないよ。その話を聞いてますます紗良が好きになった」「……好きになる要素がどこにあるの?」「いいんだ。俺が好きだから。紗良がなんと言おうと口説いてみせるよ。だからまたこうしてデートしよう」「……うん、ありがとう」今度こそ紗良は鼻をすする。 こんなにも理解があって優しい人が、自分のことを好きだと言ってくれる。 待っていてくれる。 その事実がありがたいし申し訳ない。「くそ、今が運転中じゃなければ抱きしめられたのに」「物好きだよね、杏介さんって」「そうかな?」「そうだよ。普通こんな女面倒くさいでしょ」「うーん」杏介は首を傾げる。 ちょうど信号で止まり、ずっと前を向いていた杏介が紗良を見た。 視線が絡まると杏介の目元はくっと緩み、紗良の胸はドキンと悲鳴を上げる。杏介はすっと腕を伸ばし、紗良の髪を優しく撫でた。 ぐいっと引き寄せたいのを我慢し、代わりに心からの想いを告げる。「好きだよ、紗良」「っ!」そんなストレートな言葉は紗良の心を優しく包み込む。 とんでもなく胸がしめつけられて体の奥底から熱いものが込み上げてくるような、そんな気持ちになった。

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   お互いのこと-06

    お互いのことをよく知らない。表面上はよくわかっていても、その生い立ちや家庭環境までは踏み込んでいない。(杏介さんのこと、もっと知りたいかも……)そう思うのと同時に、紗良は自分のことも知ってもらいたいと思った。好きだから知りたい、好きだから知ってもらいたい。付き合うことはできないと断った後もこうして一緒にお出かけして、まるで付き合っているのと変わらないような関係が続いていることに自分自身喜びを覚えている、この矛盾した生活。自分のことを伝えたら杏介は呆れるだろうか。この関係は崩れるだろうか。だったとしても、今、伝えたい気がした。ずっと燻っている、紗良の気持ちを。紗良は海斗がぐっすり眠っているのを確認してから口を開く。「あのね、うちの両親は離婚してるの。私は母子家庭だけどお母さんが明るすぎて父親の存在なんて忘れちゃうくらい」「確かに、紗良のお母さんは底抜けに明るいよな」「でしょう。だからね、海斗を引き取るときも大丈夫だと思った。私もお母さんみたいにやれるって思ったの。でも実際はすごく大変でお母さんに頼ることも多くて全然できてないけど、でも私なりに頑張ってて……」「うん、すごいと思うよ。だって最初に出会ったときは海斗の本当の母親だと思ったから」「そう言ってもらえて嬉しいんだけど。でもね、最近はダメなの……」紗良は杏介を見る。運転している杏介の横顔は夕日に照らされてキラキラと眩しく、それでいて頼もしくかっこいい。(ああ、私ってこんなにも杏介さんのことが好きなんだ……)自覚すると胸がきゅっと苦しくなる。伝えるべきなのか、どうなのか迷う。だが杏介は「何がダメ?」と優しく問うた。

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   お互いのこと-05

    「 俺さ、母親がいないんだよね」「え?」「いや、正確にはいるんだけど。幼いころに病気で亡くなって父子家庭で育ってさ、数年後に父親は再婚したんだけど、新しい母親と上手くいかなくて。……いや、上手くいかないっていうか、俺が毛嫌いしているだけなんだけど。だからそういうお弁当は憧れだったんだ。長年の夢が叶ったような、そんな気持ち、かな」「そう、だったんだ」「引いた?」「ううん、全然。私、杏介さんのこと全然知らなかったんだなって思って」「そうだよな。あんまりこういう話ってしないし。まあ聞いてもつまらないと思うけど」世の中にはいろいろな人がいる。 誰一人として環境が同じなわけではない。 そんなことはわかっているけれど、紗良のような家庭環境は珍しいのではないかとどこかでそう思っていた。 きっと杏介も『普通』の家庭なのだろうと決めつけていた。 そんな風に考えていた自分を反省する。「……私たちってお互いのこと全然知らないよね」「そうかもしれないな」紗良は姉の子供の海斗を育てていて、実家暮らしで母と住んでいる。 平日は事務の仕事をしていて土日はラーメン店でアルバイト。杏介は海斗の通うプール教室の先生で、仕事終わりに紗良の働くラーメン店へよく訪れる常連客。 そして一人暮らし。今までの付き合いからこれくらいの情報はお互いに知っている。 けれどそれ以上深く聞くこともなかったし、自ら語ることもなかった。それがいいのか悪いのかわからないけれど、紗良の知らなかった杏介の内面の話は紗良の固定概念を崩すには十分だった。

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