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あさの紅茶
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Novel-novel oleh あさの紅茶

君と奏でるトロイメライ~今度こそ君を離さない~

君と奏でるトロイメライ~今度こそ君を離さない~

山名春花 ヤマナハルカ(25) × 桐谷静 キリタニセイ(25) ピアニストを目指していた高校時代。 お互いの恋心を隠したまま別々の進路へ。 それは別れを意味するものだと思っていたのに。 七年後の再会は全然キラキラしたものではなく何だかぎこちない……。 だけどそれは一筋の光にも見えた。 「あのときの続きを言わせて」 「うん?」
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Chapter: 罪悪感 04
春花は無事一週間で退院でき、街も人も何事もなかったかのように元通りの平穏を取り戻していた。だが春花だけは違う。隣には静がいて、店には葉月がいる。まわりの景色も何も変わらないのに、春花の心だけどこかに置き忘れてきてしまったように感じていた。仕事復帰も、葉月からゆっくりでいいと言われている。そんな優しさが余計に心苦しい。春花にはたくさんの生徒がいたのだ。今回の件で、店にも生徒たちにも迷惑をかけてしまった。物騒だからとレッスンを辞める人もいたと聞き、その責任の重さに胸が潰れそうになった。「店長、私……」差し出した封筒。 退職届と書かれた文字を見て、葉月は受け取りを拒否した。「悪いけど認められないわ。もし山名さんが責任を感じて店に迷惑をかけたと思うなら、今まで以上に働いてちょうだい。簡単に辞めるなんて言わないで。今通ってる生徒さんたちを裏切ることになるのよ。みんなあなたを待ってるんだから」「でも……」「責任を感じて辞めるっていうのだけはやめて。もし山名さんに責任があったとしても、それで辞めさせるかどうかの判断は店長である私が決める」「……はい」「まあ、それとは別で、あなたの今後の人生を考えて辞める選択をするなら、その時はきちんと受け入れるわ」葉月の言うとおり、今の春花の気持ちは迷惑をかけた責任を取ろうとしか考えていない。これからの自分のことなど考える余裕がないのだ。それほどまでに今回の事件は春花に罪悪感を植えつけていた。
Terakhir Diperbarui: 2025-04-15
Chapter: 罪悪感 03
春花の脇腹の傷は、血が流れた割には思ったよりも浅く、命に別状はなかった。グキッと曲がった左手首は幸い骨には異常がなく、捻挫との診断だった。だが数日の入院を余儀なくされた。ベッドに横たわる春花の左手首には仰々しく包帯が巻かれており、静は悲痛な面持ちでそっと手を添える。「痛みはある?」「薬のおかげかな、今は大丈夫」「春花、ごめん。俺が守らなきゃいけなかったのに」「ううん。静のせいじゃない。元はと言えば私が変な男にひっかかったからいけないの。そのせいで静に迷惑かけちゃって……本当にごめんなさい」「春花のせいじゃない」「いいの。静が無事だったから。私のせいで静がケガしたら、それこそ耐えられなかったよ」春花の左手に添えられた静の手の上に、春花は右手を添えた。痛々しいほどに健気な春花に静は胸が苦しくてたまらなくなる。守らなきゃいけなかった、守るべき存在だった春花に逆に守られてしまった。自分だけ無傷なのが情けなくて悔しくてたまらない。「ねえ静、刺されたのは脇腹だし捻挫したのは左手だから、利き手は普通に使えるのよ?」「ダメだ。俺がすべてやるから」運ばれてきた夕食を前にして、春花は戸惑いを隠せないでいた。静が箸を渡してくれないのだ。「ほら、口開けて」「恥ずかしいから自分で食べ……むぐっ」有無を言わさずこれでもかと過保護に取り扱われ、成すがままの入院生活となったのだった。
Terakhir Diperbarui: 2025-04-14
Chapter: 罪悪感 02
「っ!」「ぐっ!」脇腹に鋭い痛みが走り、春花は体制を崩しながら倒れまいと必死に手をつく。ぐきっという鈍い感覚に顔を歪めるが、脇腹の痛みの方が強く意識を保とうとするだけで精一杯だ。静は春花に突き飛ばされるまま、道路にごろりと転がる。「キャー!」誰かの悲鳴と共に静が見た光景は、苦痛に顔を歪ませながら地面にうずくまる春花の姿だった。「春花!」抱き寄せようと手を添えると、ぬめりとした感触に戦慄が走る。静の手には春花の血がべっとりと付いており、一気に血の気が引いていった。「春花しっかり!」「静、ケガは?」「俺は何ともない」「……静が……怪我しなくてよかった。ピアニストは……怪我が命取りだもんね」わずかに微笑む春花に静は唇を噛み締める。「何言ってるんだ! 今救急車を!」静の呼び掛けに、春花は青白い顔をしながら小さく頷く。静の手のひらから春花の血がこぼれ落ちる。止めたくても止められない、赤い血がぼたぼたと地面を染めた。「春花! 春花、大丈夫だから」「……静が無事なら、それでいい」「よくない! 今救急車が来るからな!」ザワザワと恐怖に怯える通行人たち。 勇気ある者たちに取り押さえられながらも奇声をあげ続ける高志。 騒ぎに気付いて店を飛び出してきた葉月。 そして祈るように春花を抱きしめる静。泣きそうな静の顔が春花の視界に入る。(ああ、静に迷惑かけちゃった……)やがて救急車とパトカーの近付くサイレンの音と共に、春花の意識は混濁していった。
Terakhir Diperbarui: 2025-04-13
Chapter: 罪悪感 01
いつも通り静が春花を迎えに行ったある日のこと。 店の前で春花を迎え、すぐ目の前の駐車場へ向かおうと歩を進めた時だった。「おい、春花。いいご身分だな」ひどく冷たいドスの聞いた声が横から耳に突き刺さり、二人はそちらに視線を向ける。「……高志」そこには髪を乱暴に掻き乱した高志が、春花と静を睨み付けるように立っていた。「なるほどな。男がいたからそっちに逃げたって訳だ」「違っ……」「春花に何の用だ。ストーカー被害として警察に付き出してもいい」静が春花をかばうように前に出る。そんな静を見て、高志はますます苛立ったように声を張り上げた。「人のもの奪っておきながら何言ってんだ」「春花はものじゃない。さあ、警察を呼ぼうか」その瞬間、高志はその場に崩れ落ち、先ほどの勇ましい態度が急変したように弱々しい声を出す。「春花、俺は春花がいないとダメなんだ。なあ春花、やり直そう。アパートも解約しないでくれよ。俺、お前がいないと死んじゃうよ」懇願するような態度は春花の気持ちをグラグラと揺らがせる。春花だってもう高志からの呪縛からは逃れているため簡単に心を持っていかれることはないのだが、わずかながらの罪悪感が動揺として現れた。そんな春花の心をピシャリと断ち切るように、静が凛とした声で春花の背中を押す。「聞かなくていいよ、春花。さあ、車に乗って」「待てって、春花!」高志の騒ぐ声に、道行く人が腫れ物でも触るかのように遠巻きに見たり避けたりしていた。やばい奴には関わりたくない、誰もがそう思い怪訝な表情をする中、春花だけは去り際に高志をチラリと見た。「え……?」ギラリと光る鋭利で気味の悪い輝きが目に飛び込んだ瞬間、春花は無我夢中で静を押し倒した。
Terakhir Diperbarui: 2025-04-12
Chapter: もっと甘えて 09
暖かなギャラリーに盛大な拍手で迎えられながら、演奏を終えた春花はほうっと胸を撫で下ろした。春花はワクワクするような懐かしいような、不思議な気分だった。観客のいる中でピアノを弾くのは何年振りだろうか。高校生の時の、発表会前のドキドキワクワクした気持ちが呼び起こされたかのようだった。静と目が合うと、ニコッと微笑まれて安堵する。「すごくよかった」「ほんと? 次は静の番だよ」小さくハイタッチをして、交代をした。静の演奏が始まると再びしんと静まり返る。綺麗で繊細なピアノの音色が耳に心地よく響いて、春花はふわふわと海の中を漂っている気持ちになった。静の実力は知っているはずなのに、いつ聴いても心に染み渡って美しい。感動すら覚えるその演奏はやはり圧巻だった。「春花」「はい」「トロイメライ」手招きされて、恐縮しつつも静の隣に座る。「いくよ」すうっという呼吸音で鍵盤を弾く。一体感の生まれる二人の演奏は観客たちの心を掴み、その音色はしっかりと刻み込まれたのだった。「やっぱプロは違うわ~!」「でも山名さんも凄かった~!」静の生の演奏を聴いた同僚たちは口々に感想を言い合う。それは静を褒めるものだけでなく、春花の存在感さえも確かなものとして彼女の評価を上げた。「店長、いろいろとありがとうございました」「こちらこそ、いい演奏を聴かせてもらったわ。ありがとう山名さん。桐谷さん、本当にタダでいいのよね?」「こちらが無理言って演奏させてもらったんですから、お金なんて取りませんよ。CDまた平積みしていただけると嬉しいかな」「もちろん、大々的に宣伝しますよ! 今日でファンになった子たちも多いみたいだしね」葉月は、未だ演奏の余韻に浸りながら興奮気味の社員たちに目配せをする。 そんな同僚たちの姿を見て春花は嬉しさでいっぱいになり、静は感謝の気持ちでいっぱいになった。楽しく心穏やかな時間は春花と静に活力を与えた。
Terakhir Diperbarui: 2025-04-11
Chapter: もっと甘えて 08
すうっと息を吸ってから、ポロン……と鍵盤を叩く。とたんにピアノの世界に引き込まれるような感覚に、春花は胸を震わせた。指が鍵盤に吸い付くように動いていく。誰のためでもない、自分のために弾くピアノ。音楽の世界は心地良い。普段のレッスン時の「春花先生」とは違う、ピアニスト山名春花がそこにはいた。「すごい、山名さんってこんなにピアノ上手いんだ!」「やっぱり先生ってすごいのねぇ」感嘆のざわめきが起こる中、葉月が静に耳打ちする。「最近山名さんの顔色がいいと思っていたんだけど、きっとあなたのおかげなのね。あなたと一緒にいるからとても幸せそう」「それならよかったです。でも俺の方が春花と一緒にいて幸せなんです。店長さん、これからも春花をよろしくお願いします」「こちらこそ。山名さんには期待してるのよ。というわけで、山名さんの次はピアニスト桐谷静が一曲披露していただけるかしら。一曲でも二曲でも、飽きるまで弾いてもらって構わないんだけど」「なかなかハードですね」「ふふっ、商売上手って言ってほしいわね」葉月は不適に笑い、静は苦笑する。とても雰囲気のいい店舗なのはやはり店長の葉月のリーダーシップの賜物で、そんなところで働いている春花に以前「辞めたら」などと軽はずみに口にしてしまったことを、静は改めて反省した。
Terakhir Diperbarui: 2025-04-10
泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜

泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜

石原紗良(25) 甥っ子(4)を育てる一児の母。 滝本杏介(27) プール教室の売れっ子コーチ。 紗良の働くラーメン店の常連客である杏介は、紗良の甥っ子が習うプール教室の先生をしている。 「あっ!常連さん?」 「店員さん?」 ある時その事実にお互いが気づいて――。 いろいろな感情に悩みながらも幸せを目指すラブストーリーです。
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Chapter: 番外編③ シアワセノカタチ-11
カシャカシャカシャッその音に、紗良と杏介は振り向く。そこにはニヤニヤとした海斗と、これまたニヤニヤとしたカメラマンがしっかりカメラを構えていた。「やっぱりチューした。いつもラブラブなんだよ」「いいですねぇ。あっ、撮影は終了してますけど、これはオマケです。ふふっ」とたんに紗良は顔を赤くし、杏介はポーカーフェイスながら心の中でガッツポーズをする。ここはまだスタジオでまわりに人もいるってわかっていたのに、なぜ安易にキスをしてしまったのだろう。シンデレラみたいに魔法をかけられて、浮かれているのかもしれない。「そうそう、海斗くんからお二人にプレゼントがあるんですよ」「えっへっへー」なぜか得意気な顔をした海斗は、カメラマンから白い画用紙を受け取る。紗良と杏介の目の前まで来ると、バッと高く掲げた。「おとーさん、おかーさん、結婚おめでとー!」そこには紗良の顔と杏介の顔、そして『おとうさん』『おかあさん』と大きく描かれている。紗良は目を丸くし、驚きのあまり口元を押さえる。海斗とフォトウエディングを計画した杏介すら、このことはまったく知らず言葉を失った。しかも、『おとうさん』『おかあさん』と呼ばれた。それはじわりじわりと実感として体に浸透していく。「ふええ……海斗ぉ」「ありがとな、海斗」うち寄せる感動のあまり言葉が出てこなかったが、三人はぎゅううっと抱き合った。紗良の目からはポロリポロリと涙がこぼれる。杏介も瞳を潤ませ、海斗の頭を優しく撫でた。ようやく本当の家族になれた気がした。いや、今までだって本当の家族だと思っていた。けれどもっともっと奥の方、根幹とでも言うべきだろうか、心の奥底でほんのりと燻っていたものが紐解かれ、絆が深まったようでもあった。海斗に認められた。そんな気がしたのだ。カシャカシャカシャッシャッター音が軽快に響く。「いつまでも撮っていたい家族ですねぇ」「ええ、ええ、本当にね。この仕事しててよかったって思いました」カメラマンは和やかに、その様子をカメラに収める。他のスタッフも、感慨深げに三人の様子を見守った。空はまだ高い。残暑厳しいというのに、まるで春のような暖かさを感じるとてもとても穏やかな午後だった。【END】
Terakhir Diperbarui: 2025-03-23
Chapter: 番外編③ シアワセノカタチ-10
その後はスタジオ内、屋外スタジオにも出てカメラマンの指示のもと何枚も写真を撮った。残暑の日差しがジリジリとしているけれど、空は青く時折吹く風が心地いい。汗を掻かないようにと木陰に入りながら、紗良はこの時間を夢のようだと思った。「杏介さん、連れてきてくれてありがとう」「思った通りよく似合うよ」「なんだか夢みたいで。ドレスを選んでくださいって言われて本当にびっくりしたんだよ」「フォトウエディングしようって言ったら反対すると思ってさ。海斗巻き込んだ壮大な計画」「ふふっ、まんまと騙されちゃった」紗良は肩をすくめる。騙されるのは好きじゃないけれど、こんな気持ちにさせてくれるならたまには騙されるのもいいかもしれない。「杏介さん、私、私ね……」体の底からわき上がる溢れそうな気持ち。そうだ、これは――。「杏介さんと結婚できてすっごく幸せ」「紗良……」杏介は目を細める。紗良の腰に手をやって、ぐっと持ち上げた。「わあっ」ふわっと体が浮き上がり杏介より目線が高くなる。すると満面の笑みの杏介の顔が目に飛び込んできた。「紗良、俺もだよ。俺も紗良と結婚できて最高に幸せだ」幸せで愛おしくて大切な君。お互いの心がとけて混ざり合うかのように、自然と唇を寄せた。
Terakhir Diperbarui: 2025-03-22
Chapter: 番外編③ シアワセノカタチ-09
カシャッ「じー」小気味良いカメラのシャッター音と、海斗のおちゃらけた声が同時に聞こえて、紗良と杏介はハッと我に返る。「あー、いいですねぇ、その寄り添い方! あっ、旦那様、今度は奥様の腰に手を添えてくださーい」「あっ、はいっ」カシャッ「次は手を絡ませて~、あっ、海斗くんはちょっと待ってね。次一緒に撮ろうね~」カシャッカメラマンの指示されるがまま、いろいろな角度や態勢でどんどんと写真が撮られていく。もはや自分がどんな顔をしているのかわからなくなってくる。「ねえねえ、チューしないの?」突然海斗がとんでもないことを口走るので、紗良は焦る。いくら撮影だからといっても、そういうことは恥ずかしい。「海斗、バカなこと言ってないで――」と反論するも、カメラマンは大げさにポンと手を叩いた。「海斗くんそれいいアイデアです!」「でしょー」カメラマンと海斗が盛り上がる中、紗良はますます焦る。海斗の失言を恨めしく思った瞬間。「海斗くん真ん中でパパママにチューしてもらいましょう」その言葉にほっと胸をなで下ろした。なんだ、それなら……と思いつつ、不埒な考えをしてしまった自分が恥ずかしくてたまらない。「うーん、残念」杏介が呟いた声は聞かなかったことにした。
Terakhir Diperbarui: 2025-03-21
Chapter: 番外編③ シアワセノカタチ-08
ウエディングドレス用の、少しヒールのある真っ白なパンプスに足を入れた。かかとが上がることで自然と背筋もシャキッとなるようだ。目線が少しだけいつもより高くなる。「さあ、旦那様とお子様がスタジオでお待ちですよ」裾を持ち上げ、踏んでしまわないようにとゆっくりと進む。ふわりふわりと波打つように、ドレスが繊細に揺れた。スタジオにはすでに杏介と海斗が待っていた。杏介は真っ白なタキシード。海斗は紺色のフォーマルスーツに蝶ネクタイ。紗良を見つけると「うわぁ」と声を上げる。「俺ね、もう写真撮ったんだー」紗良が着替えて準備をしている間、着替えの早い男性陣は海斗の入学記念写真を撮っていた。室内のスタジオだけでは飽き足らず、やはり屋外の噴水の前でも写真を撮ってもらいご満悦だ。海斗のテンションもいい感じに高くなって、おしゃべりが止まらない。「紗良」呼ばれて顔を上げる。真っ白なタキシードを着た杏介。そのバランスのいいシルエットに、思わず見とれてしまう。目が離せない。「とても綺麗だよ。このまま持って帰って食べてしまいたいくらい」「杏介さん……私……胸がいっぱいで……」紗良は言葉にならず胸が詰まる。瞳がキラリと弧を描くように潤んだ。
Terakhir Diperbarui: 2025-03-20
Chapter: 番外編③ シアワセノカタチ-07
そんなわけであれよあれよという間に着替えさせられ、今はメイクとヘアスタイルが二人のスタッフ同時に行われているところだ。あまりの手際の良さに、紗良はなすすべがない。大人しく人形のように座っているだけだ。(私がウエディングドレスを着るの……?)まるで夢でも見ているのではないかと思った。海斗を引き取って、一生結婚とは無縁だと思っていたのに、杏介と結婚した。そのことすらも奇跡だと思っていたのに。結婚式なんてお金がかかるし、それよりも海斗のことにお金を使ってあげたいと思っていたのに。そのことは杏介とも話し合って、お互い納得していたことなのに。今、紗良はウエディングドレスに身を包み、こうして花嫁姿の自分が出来上がっていくことに喜びを感じている。こんな日が来るなんて思いもよらなかった。この気持ちは――。嬉しい。声を大にして叫びたくなるほど嬉しい。ウエディングドレスを身にまとっているのが本当に自分なのか、わからなくなる。でも嬉しい。けれどそれだけじゃなくて、もっとこう、心の奥底からわき上がる気持ちは一体何だろうか。紗良の心を揺さぶるこの気持ち。(早く杏介さんと海斗に会いたい)心臓がドキドキと高鳴るのがわかった。
Terakhir Diperbarui: 2025-03-19
Chapter: 番外編③ シアワセノカタチ-06
鏡に映る自分の姿がどんどんと綺麗になっていく様を、紗良はどこか他人事のようにぼんやりと見つめていた。一体どうしてこうなったのか。海斗の入学記念写真を撮ろうという話だったはずだ。それなのにウエディングドレスを選べという。掛けられていた純白のウエディングドレスは、そのどれもが繊細な刺繍とレースでデザインされている。素敵なものばかりで選べそうにない。「どうしたら……」ウエディングドレスを着ることなんて、これっぽっちも考えたことがなかった。だから果たしてこんなに素敵なドレスが自分に似合うのか、見当もつかない。ドレスを前にして固まってしまった紗良に「ちなみに――」とスタッフが声をかける。「旦那様の一押しはこちらでしたよ」胸元がV字になって、透け感レース素材と合わせて上品な雰囲気であるドレスが差し出される。肩から腕にかけては|五分《ごぶ》くらいのレースの袖が付いており、デコルテラインがとても映えそうだ。レース部分にはバラの花がちりばめられているデザインで、それがまるで星空のようにキラキラと輝く。純白で波打つようなフリルは上品さと可憐さが相まってとても魅力的だ。「でも自分の好みを押しつけてはいけないとおっしゃって、最終的には奥様に選んでほしいとこのようにご用意させていただいております」そんな風に言われると、もうそれしかないんじゃないかと思う。杏介の気持ちがあたたかく伝わってくるようで、紗良は自然と「これにします」と答えていた。
Terakhir Diperbarui: 2025-03-18
強引な後輩は年上彼女を甘やかす

強引な後輩は年上彼女を甘やかす

社内で高嶺の花と言われる朱宮姫乃(29) 彼氏いない歴=年齢なのに、彼氏がいると勘違いされてずるずると過ごしてきてしまった。 「じゃあ俺が彼氏になってあげますよ。恋人ができたときの練習です」 そう協力をかって出たのは後輩の大野樹(25) 練習のはずなのに、あれよあれよと彼のペースに巻き込まれて――。 恋愛偏差値低すぎな姫乃を、後輩の樹が面倒を見るお話です。
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Chapter: 01_7 歓送迎会 姫乃side
「はぁー」帰りの電車の中、思わずため息が漏れた。彼氏って、どうしたらできるんだろう? ガラス越しに映るカップルをチラリ盗み見しながら、私はまた大きく項垂れる。 世の中にはこんなにもカップルで溢れているのに、私はいつになったら彼氏ができるのだろう? もう一度ため息が出そうになったとき、タイミングよく電車が揺れ、私はバランスを崩して目の前のガラスへ頭をぶつけた。「いたっ!」鈍いゴチンという音と私の小さな悲鳴は、一瞬のうちに電車内の乗客の視線を集める。恥ずかしさと痛さで頭を押さえながら、隠れるように慌ててうつむいた。「大丈夫ですか?」ふいに声をかけられ振り向くと、そこには心配そうに覗き込む大野くんがいて、驚きのあまり心臓が跳ねた。「……だ、だいじょうぶ」と言ってみたものの、知り合いに見られていた羞恥心で一気に顔が赤くなるのがわかる。「お、同じ電車だったんだね」「姫乃さん案外どんくさいですね。飲み会中、なんか無理してる感ありましたけど、悩み事でもあるんですか?」悩み事ならあります! と心の声が叫んでいるけれど、“どうしたら彼氏ができるのか”なんて事を大野くんに言えるはずがなく、私は愛想笑いを浮かべた。「えっ? いや? ないよ。大丈夫。ちょっと飲み過ぎたのかなー? えへへ」「じゃあ彼氏に迎えに来てもらえばいいじゃないですか?」愛想笑いでごまかそうとしたのに、大野くんはしれっとした顔で心臓に悪いことを言う。「えっ、うん、そうかな? そうだよね? でも忙しいかも?」上手く受け答えができず、しどろもどろになってしまう。 ちょうど駅に到着するアナウンスがあり、私はそそくさと降りる準備をした。「私、駅ここだから、じゃあね」「俺もここです」「えっ?」扉が開くと同時に大野くんが降りる。私もその後を追うように、急いで降りた。 「姫乃さんって最寄り駅ここでした?」 「うん、最近引っ越したんだ」 「ふーん」 電車を降りて改札口まで一緒に歩く。 そこで別れるものだと思っていたのに、大野くんは私の帰り道と同じ道を歩いていく。歩道には桜の木が植わっていて、満開の桜が風に揺れている。 「大野くん家こっちなの? 方面一緒だね。全然気付かなかったなぁ」 といっても、私はまだ二週間前に引っ越してきたばかりだ。近所の事はまだよくわかっていないし
Terakhir Diperbarui: 2025-04-09
Chapter: 01_6 歓送迎会 姫乃side
私が口を開こうとしたときだった。「ふーん。姫乃さん彼氏いるんだ?」大野くんの言葉に、私は箸を落としそうになった。「おっ、新人、さっそく姫ちゃんを名前呼びとは、生意気~!」祥子さんがニヤニヤとからかい、真希ちゃんがうんうんと大きく頷く。「ダメでした?」「いいんですか、姫乃さん?」「えっ? いや、いいよ。名前の方が親しみやすいし、仲良くなれる気がするし。ね、大野くん」私は大野くんに向けて、にっこりと笑った。別に下の名前で呼ばれることくらい、何ともない。現に大多数の同僚が“姫ちゃん”とか“姫乃さん”と親しみをもって呼んでくれるので、むしろありがたく感じている。「いやー、いいよね。姫ちゃんのその笑顔、癒しだったなあ」早田さんが名残惜しそうに言う。「早田さん、私たちは?」「もちろん、君たちもだよ!」真希ちゃんが不満げに言うと、早田さんはすかさずフォローして明るく笑った。そんなこんなで、和気あいあいとした飲み会は宴もたけなわのうちにお開きになった。祥子さんと真希ちゃんと駅で別れ、私は一人電車に揺られる。今日もまた、“彼氏と別れました”と打ち明けられなかった。 このまま私は、彼氏がいると勘違いされつつ結婚適齢期を逃してしまうのだろうか。ていうか、アラサーの時点ですでに結婚適齢期は過ぎているのかもしれないけど。死ぬまで一度も彼氏ができずに、そのままおばあちゃんになってしまうかも。ああ、その前に嘘がばれて会社に居づらくなって、仕事も辞めることになったりして?考えれば考えるほど、よくわからないネガティブな思考になり、項垂れていく。
Terakhir Diperbarui: 2025-04-09
Chapter: 01_5 歓送迎会 姫乃side
「大野、もう少し愛想よくできない?」早田さんの言葉に、大野くんはゆっくりと私たちを見回す。「すみません、これでも愛想よくしてるつもりです。結構気を遣ってますよ」物怖じしない貫禄っぷりに感心する。私が入社したての頃は、もっと先輩にペコペコしてたっけ。「堂々としてるわ~」祥子さんも感心したように呟き、私もそれに同調して頷いた。「えっと、何か飲む?」「じゃあビールを」「はい、どうぞ」私は空いている綺麗なグラスを大野くんに手渡すと、まだ残っているビール瓶を探して注いであげた。「どうも」淡々と受け答えする大野くんに、真希ちゃんがボソッと呟く。「姫乃さんにお酌してもらって喜ばない男、初めて見た」「はあ?」「確かに。ほら見て、あっちのテーブルのおじさんたちは羨ましそうにしてるわよ」祥子さんが指差す隣のテーブルでは、年配の男性陣がみんなこちらを見ている。「さすが姫ちゃん」「ちょっと、祥子さん、そんなわけないでしょう。からかわないでください」何だか急に恥ずかしくなって、私は慌てて否定する。お酌くらいで羨ましがるとか、意味がわからない。きっとみんな、大野くんを見ていたと思うの。「なるほど」「ちょっと、大野くんも真に受けないの」大野くんまで感心したように頷くので、私は居心地が悪い。「姫ちゃんも早く結婚したらいいのに」「えっ? いや、あの……」「あ、彼氏仕事に忙しいんだっけ? 大変ねー」「いや、だから……」突然の祥子さんからの話題に、私は心臓が跳ねる。そういえば今日こそ“彼氏と別れた”って言おうと思っていたんだった。 今こそチャンスじゃない?
Terakhir Diperbarui: 2025-04-09
Chapter: 01_4 歓送迎会 姫乃side
「姫ちゃん安心して。今は産休取りやすくなったし、いつでも結婚出産できるわよ」祥子さんは先程とはうって変わって、キラキラとした目で私を見る。なんだか期待されているようで、落ち着かない。「あの、そのことなんですけど、実は……」彼氏と別れた――と言いたかったのに、突然肩を叩かれて、私は飛び上がるほど驚いた。「ねえ、君たち、今日はお祝い会なんだけど、女子会になってない?」見上げれば、私の肩に手を置く早田さんが、爽やかに微笑みながら立っていた。「きゃあ、早田さん! 違います、いなくなって寂しいって話をしてたんです」真希ちゃんが慌てて否定し、祥子さんと私もうんうんと頷く。「ほんと? 厄介なやつがグループからいなくなって嬉しいんじゃないのー?」「まさか!」「ははっ、僕はちょっと寂しいな。皆と仕事するの楽しかったから。ねえ?」そう言って、早田さんは目配せをした。 私はそれに合わせて軽く頷く。「でも課長として同じフロアにはいるから、またよろしくね。あとは新人の教育は任せたよ」早田さんはもう一人の主賓、大野くんを顎で指す。大野くんのまわりに人はいるものの、大野くん自身はひとりしっぽりと過ごしていた。寂しそう……ではないかな。あまりはしゃがないタイプのようで、楽しいのか楽しくないのか表情からはよくわからない。「それなんですけど、大野さんなんか怖いんですけど」真希ちゃんがズケズケとものを言い、早田さんは苦笑いをした。「そうだね、ちょっと無愛想だよね。大野、こっちこい」早田さんが呼ぶと、大野くんは返事をして表情ひとつ変えずにこちらに来た。 私よりも四、五歳くらい若いのに、いつもクールで落ち着いている。
Terakhir Diperbarui: 2025-04-09
Chapter: 01_3 歓送迎会 姫乃side
私は一人納得し、意を決して口を開いた。「あの実は……」「それにね真希ちゃん、姫ちゃんはお茶汲みから経験してる女子社員の鑑なのよ」祥子さんがビールジョッキ片手に、私の肩をバンバンと叩く。思わず言葉を飲み込んだ。「ええっ? 今時お茶汲みですか?」真希ちゃんが、信じられないと言った顔でこちらを見る。「あ、うん。入社当時は、だよ」「さすがに今はそんなのないよね。今そんなことさせたら、セクハラパワハラだって問題になるわよー」「ですよねー。私絶対やりたくないもん。あ、早田さんにならお茶入れてあげたいかな」真希ちゃんは否定しつつも、調子の良いことを言う。「真希ちゃん現金な子! とはいっても、女は損よねー。頑張ったって出世の道もないんだからさぁ」祥子さんはビールを煽りながら嘆いた。 私は空いた大皿を店員さんに返しながら、新しく運ばれてきた天ぷらの大皿と交換する。「祥子さん、今はだいぶ緩和されましたよ。女性役職者もいますし」「そう? だったら姫ちゃんだってそろそろ階級が上がったってよくない?」「階級って何ですか?」真希ちゃんの質問に祥子さんは少し声を落とし、早田さんの方をこっそり指差す。「真希ちゃん、課長になるためにはいくつ階級があると思う?」「課長の前がグループ長で、その前が主任でしたっけ? だから三つ?」祥子さんはカバンからペンを取り出すと、割り箸の箸包みに階級を書き出す。 平社員から主任に上がるには、一級から三級までの三段階あり、主任からグループ長に上がるにも試験がある。その上の課長になるためには、試験と上司からの推薦が必要だ。 うちの会社は大手で歴史も古く、今なお昔ながらの階級制度が残っている。「さっすが、祥子さん詳しいですね」「私は元社員だもの。結婚出産で退職してパートで出戻りしただけだから、会社の事情は割りと知ってるわ。昔は産休育休なんて取れなかったのよねぇ」「へえー」真希ちゃんと私はしきりに感心した。確かに祥子さんの言うとおり、出世に関してはまだまだ男尊女卑の傾向は強い。今はだいぶ制度が整ってきたので、ようやく女性役職者が増えてきた。産休育休の取得率も上がっているみたいだ。
Terakhir Diperbarui: 2025-04-09
Chapter: 01_2 歓送迎会 姫乃side
「はい、真希ちゃん。カルピスサワーだったよね?」「ありがとうございます! あ、サラダも分けられてる。さすが姫乃さん」真希ちゃんはカルピスサワーを受けとりながら、目の前のサラダに箸をつけた。「真希ちゃんも姫ちゃんを見習いなー」「見習ってますよう。私だって姫乃さんみたいに綺麗で気立ての良い女になりたいですもん。そしてその暁にはイケメンエリート彼氏ゲットです!」真希ちゃんは胸の前でグッとガッツポーズをすると、私を見てうんうんと頷く。 私は愛想笑いをしながら、内心ギクリとした。「真希ちゃんもさ、姫ちゃんみたいにできる女になって、大手のイケメンエリートを捕まえなさいよ」「もー、祥子さんはすぐそうやって簡単に言うんだから。姫乃さん、どこで彼氏と知り合ったんですか?」「ええっと……」私は冷や汗をかきながら言い淀む。 真希ちゃんの純粋な視線が眩しくて、そして痛い。”綺麗で気立てが良くて名前負けしていない高嶺の花の朱宮姫乃は、大手企業に勤めるイケメンエリート彼氏持ち”そんな絵に描いたような噂が社内に流れ、あっという間に定着してしまった今のこの状況に、私は困惑しつつも否定できないでいた。”朱宮姫乃”という名前。 芸能人みたいな名前で、どこへ行っても目を引かれがちだ。名前負けするのが嫌で、勉強も頑張って良い大学に入ったし、加えて美容にも気をつかってきた。そんな努力の甲斐あってか、就職先も一応大手のメーカーに内定が通った訳なのだが、そこで働くこと早七年。 まわりが言うような、“大手企業に勤めるイケメンエリート彼氏”にはまったくもって出会っていない。むしろ、勝手に一人歩きするそのデマのせいで、男性が寄ってこないのではないかと疑っている。きちんと“違います”と言いたいのだけど、言う機会がないまま……いや、言っても信じてもらえないまま今日に至っているわけで。今日こそ言って信じてもらわなくちゃ。そう、”別れた”って言えば納得してもらえるよね、きっと。
Terakhir Diperbarui: 2025-04-09
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