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晴れていく心-01

last update 最終更新日: 2024-12-24 18:20:30

「え、ウォーターパークですか?」

いつものラーメン店で杏介の接客をした際コソコソっと話された話題に、紗良は目を丸くして驚いた。

ウォーターパークとは、県内にある大型プール施設だ。

流れるプールやウォータースライダー、キッズ専用屋内プールも充実していて人気がある。

そのチケットを、杏介はくれるという。

「仕事の関係上チケットをたくさんもらって。もし、よかったら、なんですけど。その、海斗くんプール好きですし」

「とてもありがたいのですが、私泳げなくて。海斗を連れていってあげたいけど。どうしよう……」

うむむ、と紗良は悩む。

確かに海斗はプールが大好きだし、先日テレビでウォーターパークのCMが流れた際も「ここいきたい!」と騒いでいた。

けれど自分が泳げないことがネックになっていて重い腰が上がらないでいたのだ。

そんな紗良の様子を伺いつつ、杏介は数日前から考えていたことを思い切って口にする。

「……えっと、もしご迷惑でなければ一緒にどうですか?」

「え、先生とですか?」

「はい。あ、えっと変な意味ではなく。僕は泳げますし。独り身なので暇ですし」

こんなありがたい申し出があるだろうか。

杏介が一緒に行ってくれるなら紗良が泳げなくてもなんとかなるだろうし、なにより海斗が喜ぶだろう。

「あ、あの、ぜひよろしくお願いします」

食い気味に頷けば、杏介は柔らかく笑みを落とした。

翌週、ちょうど杏介が日曜日に休みがあり、それに合わせてウォーターパークへ行くことが決まった。

杏介が車で迎えに来てくれ、ご機嫌な海斗はジュニアシートを抱えてちゃっかり助手席をゲットする。

「車まで出していただいてすみません」

「これくらい気にしないでください」

「せんせー、はやくいこう! はやくいこう!」

「海斗、ちゃんと大人しく乗ってるのよ」

「わかってるよぉ。シートベルトした!」

「じゃあ出発するぞ」

紗良は後部座席から、今日がとても楽しい一日になるといいなと思いながら、海斗と杏介の会話を静かに聞いていた。

海斗は終始しゃべりっぱなしで、そのテンションの高さが伺える。

数日前から今日という日を指折り数えてきたのだ。

その海斗のテンションに呆れることもなく、杏介も楽しそうに話を合わせてくれている。

(さすが先生、子供の扱いが上手いわ)

感心しているうちに、あっという間にウォーターパークへ到着した。
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    お互いのことをよく知らない。表面上はよくわかっていても、その生い立ちや家庭環境までは踏み込んでいない。(杏介さんのこと、もっと知りたいかも……)そう思うのと同時に、紗良は自分のことも知ってもらいたいと思った。好きだから知りたい、好きだから知ってもらいたい。付き合うことはできないと断った後もこうして一緒にお出かけして、まるで付き合っているのと変わらないような関係が続いていることに自分自身喜びを覚えている、この矛盾した生活。自分のことを伝えたら杏介は呆れるだろうか。この関係は崩れるだろうか。だったとしても、今、伝えたい気がした。ずっと燻っている、紗良の気持ちを。紗良は海斗がぐっすり眠っているのを確認してから口を開く。「あのね、うちの両親は離婚してるの。私は母子家庭だけどお母さんが明るすぎて父親の存在なんて忘れちゃうくらい」「確かに、紗良のお母さんは底抜けに明るいよな」「でしょう。だからね、海斗を引き取るときも大丈夫だと思った。私もお母さんみたいにやれるって思ったの。でも実際はすごく大変でお母さんに頼ることも多くて全然できてないけど、でも私なりに頑張ってて……」「うん、すごいと思うよ。だって最初に出会ったときは海斗の本当の母親だと思ったから」「そう言ってもらえて嬉しいんだけど。でもね、最近はダメなの……」紗良は杏介を見る。運転している杏介の横顔は夕日に照らされてキラキラと眩しく、それでいて頼もしくかっこいい。(ああ、私ってこんなにも杏介さんのことが好きなんだ……)自覚すると胸がきゅっと苦しくなる。伝えるべきなのか、どうなのか迷う。だが杏介は「何がダメ?」と優しく問うた。

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   お互いのこと-05

    「 俺さ、母親がいないんだよね」「え?」「いや、正確にはいるんだけど。幼いころに病気で亡くなって父子家庭で育ってさ、数年後に父親は再婚したんだけど、新しい母親と上手くいかなくて。……いや、上手くいかないっていうか、俺が毛嫌いしているだけなんだけど。だからそういうお弁当は憧れだったんだ。長年の夢が叶ったような、そんな気持ち、かな」「そう、だったんだ」「引いた?」「ううん、全然。私、杏介さんのこと全然知らなかったんだなって思って」「そうだよな。あんまりこういう話ってしないし。まあ聞いてもつまらないと思うけど」世の中にはいろいろな人がいる。 誰一人として環境が同じなわけではない。 そんなことはわかっているけれど、紗良のような家庭環境は珍しいのではないかとどこかでそう思っていた。 きっと杏介も『普通』の家庭なのだろうと決めつけていた。 そんな風に考えていた自分を反省する。「……私たちってお互いのこと全然知らないよね」「そうかもしれないな」紗良は姉の子供の海斗を育てていて、実家暮らしで母と住んでいる。 平日は事務の仕事をしていて土日はラーメン店でアルバイト。杏介は海斗の通うプール教室の先生で、仕事終わりに紗良の働くラーメン店へよく訪れる常連客。 そして一人暮らし。今までの付き合いからこれくらいの情報はお互いに知っている。 けれどそれ以上深く聞くこともなかったし、自ら語ることもなかった。それがいいのか悪いのかわからないけれど、紗良の知らなかった杏介の内面の話は紗良の固定概念を崩すには十分だった。

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