All Chapters of 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜: Chapter 41 - Chapter 50

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気づき始めた気持ち-05

イルカショーの会場はすでにたくさんの客で埋め尽くされていた。空いている席を探しながらウロウロすると、海斗が「こっち」と手を引っ張る。「いちばんまえ、あいてる。ここにしよ」不自然に空く一番前の席に首を傾げるも、海斗は一人走って行ってしまう。慌てて追いかければ、近くにいたスタッフに声をかけられた。「こちらの席は水がかかりますがよろしいですか?」「えっ、水?」「はい、このレインコートを着用ください」「海斗、ここ水がかかるんだって」「やったー!」「いや、そうじゃないでしょ……。杏介さん、どうしよう」「俺はそれで構わないよ。むしろ楽しそうだよね」「……じゃあ」スタッフから簡易的なレインコートを受け取り、三人は着用してから海斗を真ん中にして座る。そうこうしているうちにショーが始まり、イルカたちが手前のプールで優雅に泳ぎだした。『さあ、お客さんにご挨拶です』司会のアナウンスと共にイルカたちが一斉に目の前に集まる。そして尾を思い切り振り、水しぶきが客席へと降り注いだ。「きゃっ」「おおっ」「あーははははは」思ったよりも多い水しぶきに、紗良と杏介はフードを被る。だが海斗はツボにはまったのか、大笑いをしながら頭から水を被った。それがまた面白いのか、レインコートの意味などまったくないくらいにびしょ濡れになってしまった。「おもしろーい! イルカさーん!」客席から立ち上がらんばかりの海斗は終始目をキラキラさせてイルカショーに釘付けだ。目の前のプールで大ジャンプを繰り広げるイルカたち。次第に紗良も海斗の服が濡れることなど忘れてしまうほどに夢中になっていた。
last updateLast Updated : 2024-12-28
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気づき始めた気持ち-06

「せんせー、かいともあれやりたい!」と、イルカ調教師がイルカの背に乗って泳ぎ、一緒に大ジャンプをしているところを指差す。「せんせーはできる?」「さすがに先生もあれはできないかも。でもやってみたいよね」「やってみたい!」「えー、絶対怖いよ。なんでそんなのやりたいって思うの?」「あはは。何だろうね? スリルを楽しみたいっていうか、単純に気持ちよさそうでもあるなぁ」「かいとはねぇ、イルカさんにのりたい」「私にはわからない気持ちだわ」杏介と海斗の盛り上がりについていけない紗良は意味がわからないと首を振る。 けれど二人の楽しそうな姿が見られて、紗良の気持ちも弾みがちだ。「ところで海斗、シャツがびしょ濡れじゃないの」「びったんこー」「さすがに濡れすぎだな」「どうしよう、着替えなんて持ってきてないし」「さらねえちゃん、パンツはぬれてない」元気よく答える海斗はおもむろにズボンをずりっと脱ぐ。 まだ会場にはたくさんの人がいるというのに、海斗は恥ずかしげもなくパンツを晒した。 慌てるのは紗良だけだ。「ちょっ、海斗! ここでズボン脱がないの!」「せんせー、みて。パンツ!」紗良が海斗の服を直そうとするも、その手をすり抜けて海斗は杏介に見せびらかす。「海斗~、それが面白いのは男子だけだ。紗良姉ちゃんを困らせるなよ」「かいとのパンツかっこいいのに。さらねえちゃんのパンツはかわいいよ」「ちょ、なっ、かっ、 海斗っ!」「あはは。そりゃ紗良姉ちゃんは可愛いから、何履いても可愛いだろ」「きっ、きょっ、杏介さんまでっ」真っ赤になった紗良はやっぱり可愛いなと眺めつつ、杏介はささっと海斗のズボンを直した。「さて海斗、Tシャツでも買いに行くか」「びったんこだから?」「そう、びったんこだから。そのままでいると風邪ひくぞ」「かいと、イルカさんのふくがほしい」「売ってるかなぁ? ほら、紗良さんも行こう」「……」ムスッと不満げな顔をする紗良。杏介は苦笑いをしながら尋ねる。「もしかして怒ってる?」「……怒ってません」「せんせい、さらねえちゃんおこってるからきをつけて」「……たぶん海斗に怒ってると思うけどな?」「ええーなんでぇー。せんせーがパンツっていうから」「あっ、お前人のせいにしたな? こうしてやる」「あひゃひゃひゃひゃ」コチョ
last updateLast Updated : 2024-12-29
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気づき始めた気持ち-07

希望通りイルカのTシャツを購入し着替えた海斗は、ご機嫌に水族館を見て回っていた。紗良と杏介と手を繋いで歩いていたかと思えば、突然手を振りほどいてお目当ての魚のところまで走り出したりと目が離せない。それでも杏介が一緒に見てくれているという安心感が紗良に心の余裕を与えてくれる。おかげで紗良自身も純粋に水族館を楽しむことができた。「かいとはガチャガチャしたい」出口直前にあるショップの前には水族館限定のガチャガチャが何台も設置されていて子どもの目にはどれも魅力的に映った。案の定、海斗はそこからピクリとも動かなくなったし、やりたいやりたいと癇癪でも起こしそうな勢いだ。「やらないよ。 海斗はイルカのTシャツ買ったじゃない」「やだやだ。ほしいもん。このイルカさんがほしい」「イルカさんが出るかわからないのよ」「イルカさんがでるまでやる」「やりません」「海斗、イルカがほしいならお店にもいろいろ売ってるよ。それと、おばあちゃんにお土産買わなくていいのか? 海斗が選んだら喜ぶと思うよ」「おばーちゃんにおみやげ。かいとがえらぶ」杏介が上手くガチャガチャから海斗を遠ざけ、三人はショップへ入った。たくさんの商品を前に、またしても海斗は目をキラキラさせる。さんざん悩んだあげく、海斗はイルカのコップを手に取った。「かいとはこれ。おばーちゃんはおまんじゅう」「よし、じゃあ決まりだな。これ買うからガチャガチャは無しだぞ」「うん、わかった」「杏介さん、ガチャガチャのほうが安いよ」「そうだけど、ガチャガチャよりこっちのほうが実用的だろ? で、紗良さんは決めた?」「え、私?」「そう。記念に何か買おう」「いや、私は……」「何がほしい?」そう言われると困ってしまう。自分が欲しいものなんて考えに及ばなかった。いや、二年前までならきっと、あれもほしいこれもほしいと物欲があったはずだ。それがいつからか、海斗のことばかり気にして自分の物欲はどこかへいってしまった。海斗が喜べばそれでいいと思っていたからだ。「……何もいらないです」「そう?」じゃあ買ってくるねと、海斗を連れてレジに並ぶ杏介の後ろ姿を見送る。紗良は邪魔にならないようにと一人店外へ出て待った。
last updateLast Updated : 2024-12-29
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気づき始めた気持ち-08

なんだか変に胸がズキズキするのはなぜなのだろう。本当に、欲しいものは何もなかった。だけどやっぱり、何か欲しかった。そう思うのは、なぜ……?楽しそうな海斗を見ているだけで嬉しいはずなのに。自分でもよくわからないモヤッとした気持ちを抱えたままぼんやりと二人を待っていると、海斗と手を繋いだ杏介が戻ってくる。反対の手には大きな袋。「はい、紗良さん」「え、なに?」「さらねえちゃんにプレゼントだよー」「えっ?」杏介はその大きな袋を紗良に差し出した。「紗良さんぬいぐるみ好きなんでしょう?」「好き……だけど。えっ? ……私に?」「海斗にばかり買ってあげたんじゃ不公平だよね? ……ていうのは建前で、本当は紗良さんにも何か買ってあげたかったっていうか」「さらねえちゃん、いっつもおにんぎょうさんとねてるもんねー?」袋を開けてみれば、抱きかかえることができるほどのイルカのぬいぐるみ。程よい弾力で肌触りも良く、そのまま顔を埋めてしまいたいほど。「……好みじゃなかった?」紗良はフルフルと首を横に振る。体の奥の方から込み上げてくる熱いものは紗良の胸をぎゅっと痺れさせた。「……嬉しいっ!」ニコッと笑う紗良を見て、杏介と海斗は顔を見合わせてハイタッチをした。「やったー! びっくりだいせいこーう」「さすが海斗、紗良姉ちゃんの好きなものよくわかってるな」「でしょー。えへへ」「杏介さん、ありがとう。これ高かったよね? あと海斗のコップも」「気にしないで。俺が二人にしてあげたくて勝手に買ったんだから。素直にもらってくれると嬉しい」「うん、うん、……すっごく嬉しい!」イルカのぬいぐるみを大事そうに抱える紗良の瞳はわずかに揺らぐ。そんな紗良を見て、杏介の胸も熱くなる。そして紗良の頭をポンと優しく撫でた。「喜んでもらえて、俺もすっごく嬉しい」つい先ほどまで感じていた胸のモヤモヤは、もうどこかにいってしまうほど。微笑み合えば二人を纏う空気が柔らかく流れ、それだけで幸せが満たされていくような、そんな気がした。
last updateLast Updated : 2024-12-30
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気づき始めた気持ち-09

海斗のことと紗良のアルバイトの都合で、夕方には帰路についた。それが当たり前でそうじゃなくてはいけないと思っていたのに、最近は別れが惜しくてたまらなくなっている。(今日も楽しかったな……)いつもそう。杏介と出かけた後は楽しかった余韻に浸りながら、今日一日を振り返る。プレゼントしてもらったイルカのぬいぐるみと一緒に布団に入りぎゅううっと抱きしめると、得も言われぬ感情が紗良の中にわき起こった。ほんのりと鼓動が速くなる。この気持ちは自分でも薄々気づいている。(杏介さん……)杏介と海斗と、三人で出掛けるのはとても楽しい。だけどもし、これが杏介と二人きりだったらどうなんだろうと考える瞬間がある。もちろん、海斗のことをないがしろにしているわけではない。もしも……もしも、の話だ。水族館で撮った写真を見返せば、柔らかく笑う杏介がたくさん写っていた。海斗を撮っているつもりだったけれど、どうやら無意識に杏介のことも撮っていたらしい。(杏介さんと二人で出掛けてみたい……かも)もし杏介の休みに合わせて休暇が取れたら、デートして貰えるだろうか。(いやっ、デートっていうか、いやっ、そういうことじゃなくてっ)自分の思考があらぬ方向に飛んでいってしまいそうな気がして、紗良は一人布団の中で身悶えた。そんなんじゃない、と思いつつも、紗良の中で大きくなる杏介への気持ちは止められそうになかった。
last updateLast Updated : 2024-12-30
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気づき始めた気持ち-10

杏介もまた、紗良同様に今日の出来事を振り返っていた。『海斗、紗良姉ちゃんにいつもお世話になってるから何かプレゼントしたいんだけど、何がいいと思う?』『うーん、あっ! おにんぎょう! さらねえちゃんおにんぎょうがすきだよ。ふわふわのやつ』『お人形?』『これ、このイルカさんとか』『ああ、ぬいぐるみか。紗良姉ちゃん、ぬいぐるみが好きなのか?』『だって、いっつもいっしょにねてる』『ふーん、じゃあどれがいいと思う?』『イルカさん!』『それは海斗が好きなものだろう?』『かいともすきだけど、さらねえちゃんもすき。だってこれふわふわだよ。さわってみて』『確かに。じゃあこれにするか』『かいともさらねえちゃんにプレゼントあげたい』『ん? じゃあ、俺たち二人からのプレゼントにするか』『びっくりさせるー!』『だな!』そう海斗とコソコソ購入したイルカのぬいぐるみ。紗良は瞳を潤ませながら喜んでくれた。(あれは嬉し涙だと思っていいよな)そんな紗良に心打たれたのは杏介の方だ。紗良のいろいろな表情が、いつも杏介の心をざわつかせる。(紗良さんと二人で出掛けたい……)そう思ったときに、はっとして杏介は口元を覆った。自分の言動が過去の記憶に重なったのだ。(もしかして、俺はいつも海斗を口実に紗良さんを誘っていた?)そんなことはない、……とは言い切れない自分にひどくショックを受けた。
last updateLast Updated : 2024-12-31
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気づき始めた気持ち-11

紗良を誘うとき、海斗が喜ぶことなら紗良は必ず来てくれるだろうという自信があった。紗良と海斗を天秤にかけるわけではないが、杏介の中では紗良に会いたいが為に誘っている気持ちも少なからずあって――。『今度、家族三人で外食でもどうかしら? ほら、杏介くんステーキ好きなんでしょう? お父さんから聞いたわよ』『杏介くんってお父さんに似て本が好きなのね。今度みんなで大型書店にでも行ってみない?』新しい母から出掛けようと誘われたとき、嫌悪感がすごかった。そうやっていい顔をして、結局は気に入られたいがためなんだろうと、そんな風に思っていたのだ。それは杏介が思春期であったことも影響しているのだが、捻くれた考えは『拒否』という形で冷たく突き放すことになる。(俺はいい顔をしている訳じゃないし、紗良さんに気に入られたいから海斗と仲良くしてるわけじゃない)そう思うのだが、もしかしたらこの気持ちはあの時の新しい母も感じていたのだろうか。杏介が大人になったから、――好きな人に子供がいるからわかった気持ちなのだろうか。だとしたら、あの時の自分はなんて残酷なことをしたのだろう。妙な罪悪感に苛まれるが、だからといってどうすることもできない。杏介は深いため息と共に考えるのを放棄した。
last updateLast Updated : 2024-12-31
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初めての恋-01

昼休み。 社員食堂の窓際で紗良と依美は横並びでうどんを啜る。 たいていこの場所が定位置で、おしゃべりをしながら時間いっぱいまで居座るのがいつものパターンだ。「週末どこか行った?」「うん、水族館に行ったよ」「へぇー。海ちゃん喜んだんじゃない?」「そうなの。だけどイルカショーで海斗がびしょ濡れになって大変だったんだよ」紗良は思い出して苦笑いをし、依美はその光景を想像して「ウケる~」と笑い転げた。「……あのさ、水族館、……杏介さんも一緒に行ったんだけど……」「杏介さんって、前言ってたプール教室の先生のこと?」「うん」ただ事実を述べるだけなのに、紗良は顔に熱が集まるようだ。 依美に聞いて欲しくて自分からその話をしたのに、ドキンドキンと落ち着かなくなる。 依美はニヤニヤとしながら箸を止めた。「なんだかんだ上手くやってるじゃん」「うちの事情を知ってるからいつも気に掛けてくれて……。なんていうか、ありがたい存在なんだ」「うん、でも、それだけじゃないんでしょ?」依美に指摘されてなおさら心臓がドクンと鳴った。自分の中で整理しきれずにいる気持ち。 日増しに大きくなっていく杏介に対する想い。 本当は答えが出ている。 けれどそれでいいのか、自信がない。だからこうして依美に話しているのだ。 紗良は水を一口ゴクンと飲んでから依美に向き合った。「うーん、……いつも海斗が一緒なんだけど、もし、……もしもなんだけど、二人で出掛けたらどんな感じだろうって、気になってる」「二人で出掛けたことないんだ?」「うん、ないの」「紗良ちゃん、杏介さんのこと好きなんだ?」ぞわっと体が震えた。 依美に言われて、自分が薄々気づいていたこの気持ちはやっぱりそうなのかと自覚する。
last updateLast Updated : 2024-12-31
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初めての恋-02

「そう、かも」口に出してしまったら、ますます顔に熱が集まってきているような気がした。うどんを食べているから暑いとか言い訳できるレベルではないような気がする。ドクンドクンと速くなる心臓は止められそうにない。「いいじゃん」「で、でも、付き合いたいとか思ってなくてっ。私にはほら、海斗がいるし」なぜだか依美に対して慌ててしまう。子どもを養っている自分には恋愛など必要ないと思っていたのに、なぜこんなことになるのか。紗良の気持ちは複雑に混じり合って、自分のことなのに自分がわからなくなってしまう。あまりにも初々しい紗良に若干羨ましさを感じつつ、依美は自嘲気味に笑う。「まあ、複雑な事情はわかるし海ちゃんへの責任もあると思うけど、紗良ちゃんはもう少し自分の幸せを考えた方がいいと思うよ」「自分の幸せ?」「そう、自分の幸せ。とりあえずこれあげるから、杏介さん誘ってみなよ。海ちゃんがいるときといないときでは性格違うかもしれないし、男はちゃんと見極めないとね」依美がポケットから取り出したのは二枚の紙だ。何だろうと、紗良は受け取る。依美は小さく息を吐き出す。こんな時に水を差すものでもないなと思いながらも、愚痴りたい気持ちの方が勝った。そのために映画のチケットを持ってきたのだ。「私さ、もう彼と別れるんだ」「え、なんで?」「たぶん浮気されてる。仕事が忙しいってのも嘘」はあ、と依美は大きなため息をついた。その横顔は憂いを帯びているようで、紗良の胸は苦しくなる。「だからさ、その分楽しんできてよ。使わないともったいないじゃん、そのチケット」「依美ちゃん……」順調にお付き合いしているように見えていた依美でさえ上手くいかないのだ。恋愛とはやはり難しいものなのでは……と考えたところで背中をバシンと叩かれた。「やだ、何暗い顔してるの? 私は吹っ切れてるから大丈夫よ。ちょっと愚痴りたかっただけ。次は絶対いい男ゲットするし」「……依美ちゃん意外と肉食だね」「何言ってんのよ。紗良ちゃんもこれくらいガツガツ行きなさいよ」「あ、はは。がんばる」二人はぎこちなく笑い合う。残りのうどんを啜りながら、それぞれ思いを馳せた。「映画のチケット?」「そう。平日限定ペアチケット。彼氏と行こうと思ったんだけどさ、しばらく仕事忙しくて平日休めないって言うから」「もらっ
last updateLast Updated : 2024-12-31
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初めての恋-03

依美からもらった映画のペアチケットを前にして紗良はうむむとスケジュールを確認する。 杏介の平日休みに合わせて休暇を取らなければ映画には行けないわけで、そんなタイミング良く休暇が取れるだろうかと心配になった。けれどこのチケットを無駄にするわけにはいかない。 くれた依美にも失礼だと思った。 そしてなにより、自分の気持ちを認めてしまった今は、何が何でも杏介と出かけたいという欲望が勝ってしまう。「杏介さん、今月のお休みいつですか?」「土日の?」「じゃなくて、平日の……です」杏介はシフトが書き込まれたカレンダーを紗良に見せる。 紗良は自分の仕事との兼ね合いでちょうどいい日を指差した。「この日……」「うん?」「えっと、あの……」よく考えたら、紗良からどこかへ行こうと杏介を誘うのは初めてだった。 いつも杏介から「どう?」と聞かれるばかりだったことを今さらながら実感して変に緊張してくる。「この日に何かあった?」「映画に……つ、……付き合ってください」「えっ?」杏介はもう一度聞き返したい衝動に駆られるが、目の前の紗良は真っ赤な顔をしてプルプルしている。 紗良から誘われることは初めてで、それだけでざわりと心臓が音を立てた。「……もちろん、喜んで」にやけそうになる頬をぐっと抑え、にこっとした上品な笑顔で大人ぶる。 紗良の前では格好つけたいのだ。紗良は「ありがとうございます」と、赤らんだ頬のまま嬉しそうに笑った。
last updateLast Updated : 2025-01-02
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