いつもと同じように杏介は紗良を車で迎えに行った。違うことといえば、今日は海斗がいないこと。その海斗は朝から元気いっぱいに保育園へ登園している。だから誰に断ることもなく、自然と助手席は紗良専用になった。助手席に乗るのは初めてではないはずなのに、この空間に杏介と二人きりであるという事実が胸をざわりと揺らす。「お休みのところすみません。えっと、映画なんですけど、海斗いると行けないので」「今日はデートだと思っていいですか?」「でっ……は、はい。よろしくお願いします」紗良自身もこれはデートだと思っていた。けれどいざ杏介の口から『デート』だと言われると、やっぱりそうなんだと変に意識してしまって落ち着かない。運転する杏介の横顔を見れば、端整な顔立ちに綺麗な二重の切れ長の目と思いのほか長い睫毛にトクンと胸が高鳴る。少しくせ毛の髪の毛は柔らかく流れ、思わず手を伸ばして触ってみたい衝動に駆られた。「紗良は……」「はっ、はいぃぃっ」急に話しかけられて、宙をさまよいかけた手を慌てて膝の上に戻す。「どうかした?」「あ、いや、えっと、……なっ、名前呼びだったのでっ」「呼び捨ては嫌だった?」「あ……ううん。ちょっとドキドキしちゃって」「紗良も、俺のこと呼び捨てでいいよ?」「ええっ!……き、杏介」おずおずと名前を呼ぶと、杏介は手を口元に当て「……思ったよりドキドキする」と呟く。とたんに恥ずかしくなった紗良は顔を赤らめながら慌てて「……さん」と付け加えた。「いや、なんで」「だってやっぱり恥ずかしいんだもん」「そう? よかったのに」残念がる杏介だが、その言葉とは裏腹にとても楽しそうに笑った。
Last Updated : 2025-01-02 Read more