Share

気づき始めた気持ち-10

last update Last Updated: 2024-12-31 04:51:31

杏介もまた、紗良同様に今日の出来事を振り返っていた。

『海斗、紗良姉ちゃんにいつもお世話になってるから何かプレゼントしたいんだけど、何がいいと思う?』

『うーん、あっ! おにんぎょう! さらねえちゃんおにんぎょうがすきだよ。ふわふわのやつ』

『お人形?』

『これ、このイルカさんとか』

『ああ、ぬいぐるみか。紗良姉ちゃん、ぬいぐるみが好きなのか?』

『だって、いっつもいっしょにねてる』

『ふーん、じゃあどれがいいと思う?』

『イルカさん!』

『それは海斗が好きなものだろう?』

『かいともすきだけど、さらねえちゃんもすき。だってこれふわふわだよ。さわってみて』

『確かに。じゃあこれにするか』

『かいともさらねえちゃんにプレゼントあげたい』

『ん? じゃあ、俺たち二人からのプレゼントにするか』

『びっくりさせるー!』

『だな!』

そう海斗とコソコソ購入したイルカのぬいぐるみ。

紗良は瞳を潤ませながら喜んでくれた。

(あれは嬉し涙だと思っていいよな)

そんな紗良に心打たれたのは杏介の方だ。

紗良のいろいろな表情が、いつも杏介の心をざわつかせる。

(紗良さんと二人で出掛けたい……)

そう思ったときに、はっとして杏介は口元を覆った。

自分の言動が過去の記憶に重なったのだ。

(もしかして、俺はいつも海斗を口実に紗良さんを誘っていた?)

そんなことはない、……とは言い切れない自分にひどくショックを受けた。

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Related chapters

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   気づき始めた気持ち-11

    紗良を誘うとき、海斗が喜ぶことなら紗良は必ず来てくれるだろうという自信があった。紗良と海斗を天秤にかけるわけではないが、杏介の中では紗良に会いたいが為に誘っている気持ちも少なからずあって――。『今度、家族三人で外食でもどうかしら? ほら、杏介くんステーキ好きなんでしょう? お父さんから聞いたわよ』『杏介くんってお父さんに似て本が好きなのね。今度みんなで大型書店にでも行ってみない?』新しい母から出掛けようと誘われたとき、嫌悪感がすごかった。そうやっていい顔をして、結局は気に入られたいがためなんだろうと、そんな風に思っていたのだ。それは杏介が思春期であったことも影響しているのだが、捻くれた考えは『拒否』という形で冷たく突き放すことになる。(俺はいい顔をしている訳じゃないし、紗良さんに気に入られたいから海斗と仲良くしてるわけじゃない)そう思うのだが、もしかしたらこの気持ちはあの時の新しい母も感じていたのだろうか。杏介が大人になったから、――好きな人に子供がいるからわかった気持ちなのだろうか。だとしたら、あの時の自分はなんて残酷なことをしたのだろう。妙な罪悪感に苛まれるが、だからといってどうすることもできない。杏介は深いため息と共に考えるのを放棄した。

    Last Updated : 2024-12-31
  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   初めての恋-01

    昼休み。 社員食堂の窓際で紗良と依美は横並びでうどんを啜る。 たいていこの場所が定位置で、おしゃべりをしながら時間いっぱいまで居座るのがいつものパターンだ。「週末どこか行った?」「うん、水族館に行ったよ」「へぇー。海ちゃん喜んだんじゃない?」「そうなの。だけどイルカショーで海斗がびしょ濡れになって大変だったんだよ」紗良は思い出して苦笑いをし、依美はその光景を想像して「ウケる~」と笑い転げた。「……あのさ、水族館、……杏介さんも一緒に行ったんだけど……」「杏介さんって、前言ってたプール教室の先生のこと?」「うん」ただ事実を述べるだけなのに、紗良は顔に熱が集まるようだ。 依美に聞いて欲しくて自分からその話をしたのに、ドキンドキンと落ち着かなくなる。 依美はニヤニヤとしながら箸を止めた。「なんだかんだ上手くやってるじゃん」「うちの事情を知ってるからいつも気に掛けてくれて……。なんていうか、ありがたい存在なんだ」「うん、でも、それだけじゃないんでしょ?」依美に指摘されてなおさら心臓がドクンと鳴った。自分の中で整理しきれずにいる気持ち。 日増しに大きくなっていく杏介に対する想い。 本当は答えが出ている。 けれどそれでいいのか、自信がない。だからこうして依美に話しているのだ。 紗良は水を一口ゴクンと飲んでから依美に向き合った。「うーん、……いつも海斗が一緒なんだけど、もし、……もしもなんだけど、二人で出掛けたらどんな感じだろうって、気になってる」「二人で出掛けたことないんだ?」「うん、ないの」「紗良ちゃん、杏介さんのこと好きなんだ?」ぞわっと体が震えた。 依美に言われて、自分が薄々気づいていたこの気持ちはやっぱりそうなのかと自覚する。

    Last Updated : 2024-12-31
  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   初めての恋-02

    「そう、かも」口に出してしまったら、ますます顔に熱が集まってきているような気がした。うどんを食べているから暑いとか言い訳できるレベルではないような気がする。ドクンドクンと速くなる心臓は止められそうにない。「いいじゃん」「で、でも、付き合いたいとか思ってなくてっ。私にはほら、海斗がいるし」なぜだか依美に対して慌ててしまう。子どもを養っている自分には恋愛など必要ないと思っていたのに、なぜこんなことになるのか。紗良の気持ちは複雑に混じり合って、自分のことなのに自分がわからなくなってしまう。あまりにも初々しい紗良に若干羨ましさを感じつつ、依美は自嘲気味に笑う。「まあ、複雑な事情はわかるし海ちゃんへの責任もあると思うけど、紗良ちゃんはもう少し自分の幸せを考えた方がいいと思うよ」「自分の幸せ?」「そう、自分の幸せ。とりあえずこれあげるから、杏介さん誘ってみなよ。海ちゃんがいるときといないときでは性格違うかもしれないし、男はちゃんと見極めないとね」依美がポケットから取り出したのは二枚の紙だ。何だろうと、紗良は受け取る。依美は小さく息を吐き出す。こんな時に水を差すものでもないなと思いながらも、愚痴りたい気持ちの方が勝った。そのために映画のチケットを持ってきたのだ。「私さ、もう彼と別れるんだ」「え、なんで?」「たぶん浮気されてる。仕事が忙しいってのも嘘」はあ、と依美は大きなため息をついた。その横顔は憂いを帯びているようで、紗良の胸は苦しくなる。「だからさ、その分楽しんできてよ。使わないともったいないじゃん、そのチケット」「依美ちゃん……」順調にお付き合いしているように見えていた依美でさえ上手くいかないのだ。恋愛とはやはり難しいものなのでは……と考えたところで背中をバシンと叩かれた。「やだ、何暗い顔してるの? 私は吹っ切れてるから大丈夫よ。ちょっと愚痴りたかっただけ。次は絶対いい男ゲットするし」「……依美ちゃん意外と肉食だね」「何言ってんのよ。紗良ちゃんもこれくらいガツガツ行きなさいよ」「あ、はは。がんばる」二人はぎこちなく笑い合う。残りのうどんを啜りながら、それぞれ思いを馳せた。「映画のチケット?」「そう。平日限定ペアチケット。彼氏と行こうと思ったんだけどさ、しばらく仕事忙しくて平日休めないって言うから」「もらっ

    Last Updated : 2024-12-31
  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   初めての恋-03

    依美からもらった映画のペアチケットを前にして紗良はうむむとスケジュールを確認する。 杏介の平日休みに合わせて休暇を取らなければ映画には行けないわけで、そんなタイミング良く休暇が取れるだろうかと心配になった。けれどこのチケットを無駄にするわけにはいかない。 くれた依美にも失礼だと思った。 そしてなにより、自分の気持ちを認めてしまった今は、何が何でも杏介と出かけたいという欲望が勝ってしまう。「杏介さん、今月のお休みいつですか?」「土日の?」「じゃなくて、平日の……です」杏介はシフトが書き込まれたカレンダーを紗良に見せる。 紗良は自分の仕事との兼ね合いでちょうどいい日を指差した。「この日……」「うん?」「えっと、あの……」よく考えたら、紗良からどこかへ行こうと杏介を誘うのは初めてだった。 いつも杏介から「どう?」と聞かれるばかりだったことを今さらながら実感して変に緊張してくる。「この日に何かあった?」「映画に……つ、……付き合ってください」「えっ?」杏介はもう一度聞き返したい衝動に駆られるが、目の前の紗良は真っ赤な顔をしてプルプルしている。 紗良から誘われることは初めてで、それだけでざわりと心臓が音を立てた。「……もちろん、喜んで」にやけそうになる頬をぐっと抑え、にこっとした上品な笑顔で大人ぶる。 紗良の前では格好つけたいのだ。紗良は「ありがとうございます」と、赤らんだ頬のまま嬉しそうに笑った。

    Last Updated : 2025-01-02
  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   初めての恋-04

    いつもと同じように杏介は紗良を車で迎えに行った。違うことといえば、今日は海斗がいないこと。その海斗は朝から元気いっぱいに保育園へ登園している。だから誰に断ることもなく、自然と助手席は紗良専用になった。助手席に乗るのは初めてではないはずなのに、この空間に杏介と二人きりであるという事実が胸をざわりと揺らす。「お休みのところすみません。えっと、映画なんですけど、海斗いると行けないので」「今日はデートだと思っていいですか?」「でっ……は、はい。よろしくお願いします」紗良自身もこれはデートだと思っていた。けれどいざ杏介の口から『デート』だと言われると、やっぱりそうなんだと変に意識してしまって落ち着かない。運転する杏介の横顔を見れば、端整な顔立ちに綺麗な二重の切れ長の目と思いのほか長い睫毛にトクンと胸が高鳴る。少しくせ毛の髪の毛は柔らかく流れ、思わず手を伸ばして触ってみたい衝動に駆られた。「紗良は……」「はっ、はいぃぃっ」急に話しかけられて、宙をさまよいかけた手を慌てて膝の上に戻す。「どうかした?」「あ、いや、えっと、……なっ、名前呼びだったのでっ」「呼び捨ては嫌だった?」「あ……ううん。ちょっとドキドキしちゃって」「紗良も、俺のこと呼び捨てでいいよ?」「ええっ!……き、杏介」おずおずと名前を呼ぶと、杏介は手を口元に当て「……思ったよりドキドキする」と呟く。とたんに恥ずかしくなった紗良は顔を赤らめながら慌てて「……さん」と付け加えた。「いや、なんで」「だってやっぱり恥ずかしいんだもん」「そう? よかったのに」残念がる杏介だが、その言葉とは裏腹にとても楽しそうに笑った。

    Last Updated : 2025-01-02
  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   初めての恋-05

    絨毯張りの映画館は特別感を感じさせる。 どこからか甘い匂いも漂っていて、気持ちをわくわくさせた。「楽しみです。映画なんて学生のとき以来」「そう言われると俺もしばらく映画館には足を運んでなかったかも。何か買う?」「じゃあ飲み物だけ」紗良はメニューを覗く。 よくある定番の飲み物が並んでおり、「オレンジで」と伝えると、杏介が店員に注文してくれる。「アイスコーヒーとオレンジジュースで……」「ああっ、ちょっとまってください。やっぱりオレンジじゃなくてコーラでお願いします」「はい、アイスコーヒーとコーラですね。六百円になります」紗良がお金を出そうとすると杏介が目配せし、ささっと支払ってしまった。「いいんですか?」「いいよ。はい、コーラ」「ありがとうございます」「紗良、そろそろ敬語はやめようか。お互いに」「あ、はい。……じゃなくて、うん?」「そうそう」気恥ずかしいような嬉しいようなくすぐったい気持ちになって、紗良はストローに口を付ける。 ゴクリと一口コーラを飲めば、シュワッと炭酸が強烈に鼻を抜けた。「ん~、炭酸だ!」「コーラが炭酸って知らなかった?」「ううん、違うの。久しぶりに飲んだから」紗良はふふっとはにかんで笑う。 海斗はまだ炭酸が飲めないため、たいていオレンジジュースかリンゴジュースを注文する。 それも一人で飲むには多いため紗良と半分こすることも多い。(私ったらいつも海斗に合わせてたんだなぁ)まさか飲み物の注文ひとつでそんなことを実感するとは思わず、紗良は感慨深い気持ちでまた一口コーラを飲んだ。

    Last Updated : 2025-01-03
  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   初めての恋-06

    「暗いから足元気をつけて」おもむろに手が繋がれ紗良の胸はドキリと跳ねる。言うほど館内は暗くないけれど、杏介に握られた手に素直に従った。ずっと触れたいと思っていた杏介の手。こんなにも簡単に触れることができるなんて、まるで夢でも見ているようなそんなふわふわした気持ちに紗良の胸はまたきゅんと痺れる。指定された座席に座ると、目の前の巨大なスクリーンでは映画が始まる前の注意喚起やCMが次々に流れている。ぼんやりと眺めながら、紗良はいつか聞こうと思ってずっと聞きそびれていたことを口にした。「杏介さんって、何歳ですか?」「俺は二十八。紗良は二十五でしょう?」「え、なんで知ってるの?」「前にお母さんがそんなこと言っていたよね?」「あ、そっか……」以前ウォーターパークへ行ったとき、紗良の母は娘のことをぺらぺらと明け透けにしゃべっていた。それを思い出し、思わず苦笑いを浮かべる。「ちょうどいいね」「ちょうど、いい?」杏介の言葉の意味を汲み取る前に館内にブザーが響き渡り照明がぐっと落とされた。何がちょうどいいのか。ちょうど映画が始まるから?それとも歳の差が?妙にどぎまぎしてしまって、映画が始まってもそのことばかり考えてしまう。こっそりと横目で杏介を覗き見れば、暗闇の中、スクリーンからの光彩で浮かび上がる杏介の端正な顔。映画なんかよりずっと見ていたい、と考えてハッと我に返る。(だ、ダメだ。映画に集中しよう)紗良は落ち着くためにコーラを一口飲む。炭酸がしゅわっと弾けて鼻から抜けていき、気持ちを切り替えさせた。

    Last Updated : 2025-01-03
  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   初めての恋-07

    映画の後は近くのレストランへ向かった。紗良はメニュー表を凝視し、うむむと悩みこむ。 時折ハッとしたり、困ったような表情になったり、顔面が忙しい。 そんな紗良の姿に杏介はふっと笑みを漏らした。「ん? 何?」「いや? 紗良が百面相で面白いなって」「はっ! 私、そんな顔してた?」「うん。でも、なんか嬉しそうだなーって」「そうかな? やだ、恥ずかしい。……私、海斗を育てるって決めたときからずっと海斗が一番で、自分のことは後回しにしてきたから、今日こうして杏介さんとデートできるなんて夢みたいで。外食も自分の好きなもの食べていいんだと思ったらつい嬉しくなっちゃって」「そっか」「あ、別にいつも我慢してるとかいうわけじゃなくて。……なんか、私の人生にもそういう彩りがあったんだなって思ったら、つい。今日は付き合ってくれてありがとうございます」「紗良が嬉しいなら俺も嬉しい。食べたいものは決まった?」「これにする。担々麺!」「じゃあ俺は――」本当に夢のようだと思った。 海斗を引き取ると決意したあと、紗良の将来に『恋愛』や『結婚』はもうないのだろうと思っていた。 むしろあってはならないのだと自分に言い聞かせてきた。子供を育てることはわからないことだらけ。 制約されることだらけ。けれどそんな日々の中でも、今日こうして杏介と二人でデートができている。 たくさんの偶然が重なって出会えたことが奇跡に思えた。

    Last Updated : 2025-01-04

Latest chapter

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   番外編③ シアワセノカタチ-11

    カシャカシャカシャッその音に、紗良と杏介は振り向く。そこにはニヤニヤとした海斗と、これまたニヤニヤとしたカメラマンがしっかりカメラを構えていた。「やっぱりチューした。いつもラブラブなんだよ」「いいですねぇ。あっ、撮影は終了してますけど、これはオマケです。ふふっ」とたんに紗良は顔を赤くし、杏介はポーカーフェイスながら心の中でガッツポーズをする。ここはまだスタジオでまわりに人もいるってわかっていたのに、なぜ安易にキスをしてしまったのだろう。シンデレラみたいに魔法をかけられて、浮かれているのかもしれない。「そうそう、海斗くんからお二人にプレゼントがあるんですよ」「えっへっへー」なぜか得意気な顔をした海斗は、カメラマンから白い画用紙を受け取る。紗良と杏介の目の前まで来ると、バッと高く掲げた。「おとーさん、おかーさん、結婚おめでとー!」そこには紗良の顔と杏介の顔、そして『おとうさん』『おかあさん』と大きく描かれている。紗良は目を丸くし、驚きのあまり口元を押さえる。海斗とフォトウエディングを計画した杏介すら、このことはまったく知らず言葉を失った。しかも、『おとうさん』『おかあさん』と呼ばれた。それはじわりじわりと実感として体に浸透していく。「ふええ……海斗ぉ」「ありがとな、海斗」うち寄せる感動のあまり言葉が出てこなかったが、三人はぎゅううっと抱き合った。紗良の目からはポロリポロリと涙がこぼれる。杏介も瞳を潤ませ、海斗の頭を優しく撫でた。ようやく本当の家族になれた気がした。いや、今までだって本当の家族だと思っていた。けれどもっともっと奥の方、根幹とでも言うべきだろうか、心の奥底でほんのりと燻っていたものが紐解かれ、絆が深まったようでもあった。海斗に認められた。そんな気がしたのだ。カシャカシャカシャッシャッター音が軽快に響く。「いつまでも撮っていたい家族ですねぇ」「ええ、ええ、本当にね。この仕事しててよかったって思いました」カメラマンは和やかに、その様子をカメラに収める。他のスタッフも、感慨深げに三人の様子を見守った。空はまだ高い。残暑厳しいというのに、まるで春のような暖かさを感じるとてもとても穏やかな午後だった。【END】

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   番外編③ シアワセノカタチ-10

    その後はスタジオ内、屋外スタジオにも出てカメラマンの指示のもと何枚も写真を撮った。残暑の日差しがジリジリとしているけれど、空は青く時折吹く風が心地いい。汗を掻かないようにと木陰に入りながら、紗良はこの時間を夢のようだと思った。「杏介さん、連れてきてくれてありがとう」「思った通りよく似合うよ」「なんだか夢みたいで。ドレスを選んでくださいって言われて本当にびっくりしたんだよ」「フォトウエディングしようって言ったら反対すると思ってさ。海斗巻き込んだ壮大な計画」「ふふっ、まんまと騙されちゃった」紗良は肩をすくめる。騙されるのは好きじゃないけれど、こんな気持ちにさせてくれるならたまには騙されるのもいいかもしれない。「杏介さん、私、私ね……」体の底からわき上がる溢れそうな気持ち。そうだ、これは――。「杏介さんと結婚できてすっごく幸せ」「紗良……」杏介は目を細める。紗良の腰に手をやって、ぐっと持ち上げた。「わあっ」ふわっと体が浮き上がり杏介より目線が高くなる。すると満面の笑みの杏介の顔が目に飛び込んできた。「紗良、俺もだよ。俺も紗良と結婚できて最高に幸せだ」幸せで愛おしくて大切な君。お互いの心がとけて混ざり合うかのように、自然と唇を寄せた。

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   番外編③ シアワセノカタチ-09

    カシャッ「じー」小気味良いカメラのシャッター音と、海斗のおちゃらけた声が同時に聞こえて、紗良と杏介はハッと我に返る。「あー、いいですねぇ、その寄り添い方! あっ、旦那様、今度は奥様の腰に手を添えてくださーい」「あっ、はいっ」カシャッ「次は手を絡ませて~、あっ、海斗くんはちょっと待ってね。次一緒に撮ろうね~」カシャッカメラマンの指示されるがまま、いろいろな角度や態勢でどんどんと写真が撮られていく。もはや自分がどんな顔をしているのかわからなくなってくる。「ねえねえ、チューしないの?」突然海斗がとんでもないことを口走るので、紗良は焦る。いくら撮影だからといっても、そういうことは恥ずかしい。「海斗、バカなこと言ってないで――」と反論するも、カメラマンは大げさにポンと手を叩いた。「海斗くんそれいいアイデアです!」「でしょー」カメラマンと海斗が盛り上がる中、紗良はますます焦る。海斗の失言を恨めしく思った瞬間。「海斗くん真ん中でパパママにチューしてもらいましょう」その言葉にほっと胸をなで下ろした。なんだ、それなら……と思いつつ、不埒な考えをしてしまった自分が恥ずかしくてたまらない。「うーん、残念」杏介が呟いた声は聞かなかったことにした。

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   番外編③ シアワセノカタチ-08

    ウエディングドレス用の、少しヒールのある真っ白なパンプスに足を入れた。かかとが上がることで自然と背筋もシャキッとなるようだ。目線が少しだけいつもより高くなる。「さあ、旦那様とお子様がスタジオでお待ちですよ」裾を持ち上げ、踏んでしまわないようにとゆっくりと進む。ふわりふわりと波打つように、ドレスが繊細に揺れた。スタジオにはすでに杏介と海斗が待っていた。杏介は真っ白なタキシード。海斗は紺色のフォーマルスーツに蝶ネクタイ。紗良を見つけると「うわぁ」と声を上げる。「俺ね、もう写真撮ったんだー」紗良が着替えて準備をしている間、着替えの早い男性陣は海斗の入学記念写真を撮っていた。室内のスタジオだけでは飽き足らず、やはり屋外の噴水の前でも写真を撮ってもらいご満悦だ。海斗のテンションもいい感じに高くなって、おしゃべりが止まらない。「紗良」呼ばれて顔を上げる。真っ白なタキシードを着た杏介。そのバランスのいいシルエットに、思わず見とれてしまう。目が離せない。「とても綺麗だよ。このまま持って帰って食べてしまいたいくらい」「杏介さん……私……胸がいっぱいで……」紗良は言葉にならず胸が詰まる。瞳がキラリと弧を描くように潤んだ。

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   番外編③ シアワセノカタチ-07

    そんなわけであれよあれよという間に着替えさせられ、今はメイクとヘアスタイルが二人のスタッフ同時に行われているところだ。あまりの手際の良さに、紗良はなすすべがない。大人しく人形のように座っているだけだ。(私がウエディングドレスを着るの……?)まるで夢でも見ているのではないかと思った。海斗を引き取って、一生結婚とは無縁だと思っていたのに、杏介と結婚した。そのことすらも奇跡だと思っていたのに。結婚式なんてお金がかかるし、それよりも海斗のことにお金を使ってあげたいと思っていたのに。そのことは杏介とも話し合って、お互い納得していたことなのに。今、紗良はウエディングドレスに身を包み、こうして花嫁姿の自分が出来上がっていくことに喜びを感じている。こんな日が来るなんて思いもよらなかった。この気持ちは――。嬉しい。声を大にして叫びたくなるほど嬉しい。ウエディングドレスを身にまとっているのが本当に自分なのか、わからなくなる。でも嬉しい。けれどそれだけじゃなくて、もっとこう、心の奥底からわき上がる気持ちは一体何だろうか。紗良の心を揺さぶるこの気持ち。(早く杏介さんと海斗に会いたい)心臓がドキドキと高鳴るのがわかった。

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   番外編③ シアワセノカタチ-06

    鏡に映る自分の姿がどんどんと綺麗になっていく様を、紗良はどこか他人事のようにぼんやりと見つめていた。一体どうしてこうなったのか。海斗の入学記念写真を撮ろうという話だったはずだ。それなのにウエディングドレスを選べという。掛けられていた純白のウエディングドレスは、そのどれもが繊細な刺繍とレースでデザインされている。素敵なものばかりで選べそうにない。「どうしたら……」ウエディングドレスを着ることなんて、これっぽっちも考えたことがなかった。だから果たしてこんなに素敵なドレスが自分に似合うのか、見当もつかない。ドレスを前にして固まってしまった紗良に「ちなみに――」とスタッフが声をかける。「旦那様の一押しはこちらでしたよ」胸元がV字になって、透け感レース素材と合わせて上品な雰囲気であるドレスが差し出される。肩から腕にかけては|五分《ごぶ》くらいのレースの袖が付いており、デコルテラインがとても映えそうだ。レース部分にはバラの花がちりばめられているデザインで、それがまるで星空のようにキラキラと輝く。純白で波打つようなフリルは上品さと可憐さが相まってとても魅力的だ。「でも自分の好みを押しつけてはいけないとおっしゃって、最終的には奥様に選んでほしいとこのようにご用意させていただいております」そんな風に言われると、もうそれしかないんじゃないかと思う。杏介の気持ちがあたたかく伝わってくるようで、紗良は自然と「これにします」と答えていた。

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   番外編③ シアワセノカタチ-05

    「ではお着替えしましょうか。海斗くんとお父様はこちらに。お母様はあちらにどうぞ」スタッフに従ってそれぞれ更衣室に入る。どうぞと案内された更衣室のカーテンを開けると、そこには大きな鏡とその横に真っ白なウエディングドレスが何着もズラリと掛けられていた。「えっ?」紗良は入るのを躊躇う。 今日は海斗の入学記念写真を撮りに来たはずだ。 せっかくなので着物を借りて写真を撮ろうと、そういう話だった気がする。いや、間違いなく杏介とそう話した。昨日だって、何色の着物がいいかと杏介とあれやこれや喋った記憶がある。それなのに、紗良の目の前にはウエディングドレスしか見当たらない。着物の一枚すら置いてないのだ。「あ、あの、お部屋間違ってませんか?」「間違っていませんよ。さあさ、奥様こちらへどうぞ。お好きなドレスを一着お選びください」「いえ、今日は子供の入学記念写真の予定なんですけど……」「何をおっしゃいますか。旦那様とお子様が楽しみに待たれていますよ」「えっ、えええ~?」スタッフはふふふとにこやかに笑い、困惑する紗良を強引に更衣室へ引きずり込むと、逃がさないとばかりにシャッとカーテンを閉めた。わけがわからない紗良は、スタッフに勧められるがまま、あれよあれよと流されていった。

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   番外編③ シアワセノカタチ-04

    杏介が予約したフォトスタジオを訪れた紗良は、思わず「うわぁ」と声を上げた。四季折々の風景をコンセプトにしている屋内スタジオに加え、外でも撮影できるよう立派な庭園が設えられている。海斗はランドセルを大事そうに抱えながらも、フォトスタジオに興味津々で今にも走りださんと目がキラキラしている。「いらっしゃいませ。ご予約の滝本様ですね」「はい、今日はよろしくお願いします」「ねえねえ、あの噴水さわってもいい?」「こら、海斗、ご挨拶!」「あっ。こんにちは。おねがいします」ピシャッと紗良が戒めると、海斗は慌てて挨拶をする。その様子を見てスタッフは海斗に優しい笑みを浮かべた。「噴水が気に入ったかな? あのお庭でも写真が撮れるから、カメラマンさんに伝えておきますね」「やったー!」海斗の入学記念に写真を撮りに来ただけなのに、そんなシチュエーションもあるのかと紗良は感心する。なにせフォトスタジオに来ること自体初めてなのだ。杏介に任せきりで予約の仕方すらわからない。まあ、杏介が「俺に任せて」と言うから、遠慮なくすべて手配してもらっただけなのだが。「海斗すごく喜んでるね」「浮かれすぎてて羽目外しそうでヒヤヒヤするよ」「確かに」紗良と杏介はくすりと笑った。

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   番外編③ シアワセノカタチ-03

    「どうしたの、海斗」「これを見て!」海斗はおもむろにランドセルを背負う。 まだまだピカピカのランドセルを、紗良に見せつけるように体を捻った。「ランドセル?」「そう! ランドセル! 写真撮りたい。リクもさなちゃんも写真撮りにいったんだって」「写真? 写真なら撮ってあげるよ」紗良は自分のスマホのカメラを海斗に向ける。「ちがーう。そうじゃなくてぇ」ジタバタする海斗に紗良は首を傾げる。 咄嗟に杏介が「あれだろ?」と口を挟む。「入学記念に家族の記念写真を撮ったってことだよな?」「そう、それ! 先生わかってるぅー」「ああ~、そういうこと。確かに良いかもね。お風呂で何か盛り上がってるなぁって思ってたけど、そのことだったのね」「そうそう、そうなんだよ。でさ、会社が提携しているフォトスタジオがあるから、予約してみるよ」「うん、ありがとう杏介さん」ニッコリと笑う紗良の頭を、杏介はよしよしと撫でる。 海斗に関することなら反対しないだろうと踏んでいたが、やはりあっさりと了承されて思わず笑みがこぼれた。「?」撫でられて嬉しそうな顔をしながらも、「どうしたの?」と控えめに上目遣いで杏介を見る紗良に、愛おしさが増す。「紗良は今日も可愛い」「き、杏介さんったら」一瞬で頬をピンクに染める紗良。 そんなところもまた可愛くて仕方がない。夫婦がイチャイチャしている横で、海斗はランドセルを背負ったまま「写真! 写真!」と一人でテンション高く踊っていた。

Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status