All Chapters of 佐藤様、奥様のご冥福をお祈りします: Chapter 1241 - Chapter 1250

寝室は広くはなく、空気中にはほのかな水蒸気が漂っていた。優子は視線をそらしながら言った。「あなたに連れてこられてから、この服を何日も着っぱなしよ。私もシャワーを浴びたい」「いいよ」裕也はあっさりと答えた。優子は眉をひそめた。「でも、着替えがないわ」裕也は適当に優子がずっと気になっていたクローゼットを開けた。その中には彼の日常着が数枚入ったスーツケースが一つだけあった。なんてこと……彼がこの国の首脳だなんて本当なの？優子の脳裏に浮かんだのは、同じ立場にいる涼音の姿だった。彼は豪華な料理を楽しみ、何百年もの歴史を持つワインを飲み、百年以上の木から採れた茶を日常的に飲んでいた。涼音の服にはブランドロゴはなかったが、有名デザイナーが特別にデザインしたもので、その仕立ての良さは一目瞭然だった。一方、裕也のスーツケースの中身はというと、ジャケットが2枚、Tシャツとズボンも数枚だけ。彼はその中から皺くちゃのTシャツとズボンを手に取り、無造作に優子に投げた。「これで間に合わせろ」優子は怒りが爆発しそうだった。この男、一体何をしに来たの？観光旅行か何かなの？噂では彼がとても優秀な人物だと聞いていたのに、今目の前にいるのはまるで男子寮に足を踏み入れたかのような粗雑さだった。優子は言葉を失うほどだった。「あなたの服なんて、私が着られると思う？」裕也はそのTシャツを自分の頭に被せながら言った。「ほら、こんな風に着ればいい」優子「……」「難民はすでに移動済みで、この辺の店はどこも閉まってる。仕方ないからこれで我慢しろ。本当に気になるなら、部下に命じて女性用の服を奪ってこさせようか？」優子「……」この時ほど峻介が恋しく思えたことはなかった。峻介は常に細かなところまで気を配り、全てを整えてくれる男性だった。それに比べて、この裕也という男は、どう見ても孤独死しそうな運命だった。仕方なく優子はそのTシャツとズボンを手に取り、着替えることにした。少なくとも何も着ないよりはマシだった。天気が良いので、洗濯すればすぐに乾くだろう。バスルームに入った優子は、しばらくして顔を出して言った。「タオルはどこ？」「中にあるだろう」「それ、あなたのじゃない」「俺は気にしないのに、お前は俺を気にするのか？」裕也は黒い

裕也はまだ夜が明けないうちに起きた。優子は洗面所に干していた自分の衣類が気になり、急いで取りに行こうとしたが、既に裕也がドアをロックしていた。終わった……きっと見られたに違いない。まさかこんな早く起きるとは思わなかった。この粗野な男に見られるなんて、仕方がないとはいえ、こんなプライベートなものを見られるのは優子にとって耐え難いことだった。裕也はドアを閉めると振り返り、ハンガーにかかった一式の白いレースの下着を目にした。滑らかなシルク素材と淡いレースの装飾が、特に優しく女性らしい印象を与えていた。裕也は初めて女性の下着というものを目の当たりにした。それは単純なものにすぎなかったが、それでも彼の頭の中にはその服を身にまとった女性の姿が鮮明に浮かんだ。あの夜、自分が彼女の肩紐を引き下ろした時の光景が脳裏をよぎった。たとえ、一部しか見えなかったとしても、それだけで彼の想像は際限なく広がった。喉が渇くような感じに襲われ、唾を飲み込んだ。体温が次第に上がっていくのを感じた。気づけば、自分の体の一部が反応しているのを悟った裕也は、蛇口を捻り水で体を冷やした。それでも彼の脳裏には、優子の小さな手が自分の体に触れていた時の感触が蘇っていた。もし、その手がさらに下に……いや、もしそれが自分の秘部を握らせることができたら……優子は彼がシャワーを浴びる時間がいつもより長いことに気づいた。やがて雫を体にまとったまま浴室から出てきた彼を見て、優子は布団にくるまり、頭だけを外に出してじっとしていた。裕也の目は彼女の顔に落ちた。正直なところ、彼女の顔立ちは平凡そのものだった。美しいどころか、せいぜい大人しく見える程度だった。それなのに、自分が洗面所でしていたことを思い返すと、こんな普通の女の下着に反応してしまった自分が情けなかった。優子は彼の深い瞳に気づき、何を考えているのか分からずに、慌てて手を伸ばし言い訳を口にした。「あの……私、着替えがなくて、洗面所に干しておいたの」優子の白いTシャツから覗く腕は細く、袖口から少し見える肌がひときわ白く目立っていた。裕也は彼女の気まずそうな様子を察しつつも、小さなことで気にする性格ではなかった。自分の服を取り出し、無造作に着始めた。彼がタオルを外そうとした瞬間、優子は慌てて布団で頭を隠した。それ

裕也は腕の中の優子をじっと見つめた。彼女の精巧で完璧な鎖骨が露わになり、胸元の輪郭もはっきりと見えていた。優子は彼の視線に気づき、勢いよく彼を押しのけた。そして、瞬時にベッドに飛び乗り、布団で体をすっぽりと覆い隠した。裕也の瞳は暗く深く変化し、彼の親指が人差し指の腹を捻るように動いた。優子が逃れるように離れた後の掌には、未だ微かな虚無感が残っていた。布団の中で縮こまった優子の姿を見ていると、またあの得体の知れない感情が沸き上がってきた。裕也は視線をそらしながら言った。「何でもない。ただ、俺のものに勝手に触れるな。次はないぞ」そう言うと、彼は早足で部屋を出ていった。優子は小声で彼を「無神経」と罵った。彼が本当に去ったことを確認すると、優子はようやく安堵の息をついた。全身の緊張が一気に解け、彼女は自分がまだ彼の下着を握りしめていたことに気づいた。それを慌てて放り投げた。クローゼットの扉は開けっぱなしで、箱もそのまま開いていた。彼が本当に大事なものをそこに入れていたのなら、こんなに無防備なはずがない。おそらく、彼は今回、その指輪を持ってきていないのだろう。優子はパンツを戻しつつ、もう一度箱の中を確認した。やはり、入っていたのは彼の私物だけで、指輪のような重要な物品は見当たらなかった。優子は深くため息をついた。やはり、任務がそう簡単に進むわけがなかった。彼女の脳は高速で回転を始めた。もし指輪が基地の鍵であり、裕也が持ち歩いていないのなら、出発前に信頼の厚い部下に渡している可能性が高い。この街の中で手に入れるのは無理だと判断した。間もなく戦争が再開されるという状況下で、彼らがどれくらいこの地に滞在するかは見当もつかなかった。もし時間をかけすぎれば、祖父や峻介もきっと心配するだろう。戦争を止めるためには、ただ一つの方法しかないようだった。裕也のような強引で執着心の強い性格では、戦闘を中止するなど考えられない。だが、自分が峻介と内外から協力すれば、戦争を止める道は開けるかもしれない。問題は、連絡手段だった。彼女の携帯は没収されており、峻介に接触するには警備を突破する必要があった。それは空を飛ぶよりも難しいことだった。しかし、どんなに困難でも試してみる価値はあった。彼女には峻介の助けが必要だった。優

優子は必死に妊婦を支えながら移動していた。女性の足元には羊水が流れた跡が続き、数分ごとに陣痛が訪れ、彼女の顔は苦痛で青白くなっていた。優子も女性として、この痛みがどれほど辛いかを理解していた。自身も過去に早産で2度の出産を経験し、その時の苦しさを思い出した。それでも、この女性は今、どんなに辛くても一緒に逃げようと必死に耐えていた。やがて優子は爆撃で破壊された店舗を見つけ、中に入った。物資はすでに奪われており、ほとんど何も残っていなかった。優子は室内にあった破れた布を2枚取り、女性の下に敷いた。「ここで待っていて。すぐに戻るから」物資はなかったが、水道はまだ生きているらしい。優子は水を汲み、沸かして消毒用に準備した。その後、いくつかの布を綺麗に洗って持ち帰った。「今はこれが限界だけど、頑張って耐えてね」優子は温めた布で女性の体を可能な限り清潔にし、感染を防ぐための準備をした。そして、窓の破れた部分をテーブルと椅子で塞ぎ、洗った布を女性の口に咥えさせた。「声を出したら、敵に見つかるから、絶対に我慢してね」女性は無言で頷き、痛みに耐えながらも優子に協力的だった。優子は数分おきに女性の状態を確認し、子宮口がどの程度開いているかを確かめた。その時、外から足音が聞こえた。優子は女性に目で合図を送り、女性もその意図を察して声を殺して耐えた。陣痛の間隔が短くなり、子供が生まれる準備が整った。優子は女性に言った。「力を入れて、深呼吸して」女性は汗まみれになり、髪は顔に張り付き、顔色はさらに悪くなっていた。その姿に優子は胸が痛んだ。出産とは、女性が死の一歩手前まで行くようなものだ。優子は女性の手をしっかり握りながら励ました。「大丈夫、私がついているから。絶対にあなたも赤ちゃんも助けるから」女性は苦痛で声も出せない状態だったが、感謝の気持ちがその目に浮かんでいた。彼女は優子の手を強く握りしめ、爪が食い込むほどだった。優子はその痛みを感じることなく、優しく言葉をかけ続けた。「怖がらないで。もう少しだよ。赤ちゃんにすぐ会えるからね」一方その頃、裕也は部下たちを率いて現場に到着していた。優子がドローンを壊した場所の角で、血まみれの倒れた男を発見した。男はかろうじて息があり、状況を裕也に伝えた。優子が逃げる途中で妊婦を連れていたと聞

峻介は冷静に状況を分析した。もし相手が雛子を誘拐する目的なら、まずは彼女をどこかへ連れ去るはずであり、こんな場所で出産をさせることは考えにくい。つまり、相手は雛子を助けることに強い意図を持っていた。そうであれば、相手は自分と同じ側に立っている可能性が高い。峻介は自分の名を名乗り、雛子の偽名を呼んだ。「彩乃、中にいるのか？海斗もこっちに向かっている。一緒に君を救い出す」雛子は興奮を隠せなかった。そして、それ以上に興奮したのは優子だった。自分が探そうとしていた男性がすぐ目の前にいるなんて、思いもよらなかったのだ。「安心してくれ。俺は君に危害を加えない。君を助けに来たんだ」中にいた人物が峻介の言葉を聞き、テーブルや椅子を動かし始めた。彼の賭けは当たったようだ。峻介が足を踏み入れた瞬間、一人の女性が飛びついてきた。そして、彼のマスクを外すと、そのまま唇を重ねてきた。峻介は彼女を押し返そうとしたが、その瞬間、忘れられない香りが鼻をかすめた。夢じゃない！あの日、自分を助けてくれた人物が使っていた薬草の香りだった。彼女は包帯まで巻いてくれたが、目覚めた時にはもう姿はなかった。優子がいるはずもない、と自分に言い聞かせていたあの香りが、今ここにいる彼女から漂っていた。目の前で自分の唇を強く咬むその女性は、紛れもなく優子だった。峻介は彼女を引き離し、目に驚きと喜びを浮かべながらも、最後には問い詰めるような視線を向けた。「優子ちゃん！君、なんでここにいるんだ？」優子は彼の手を引いて中に入れながら言った。「今は説明している時間がない。ここを塞いで。話す時間がないの」峻介が入口を塞ぐと、優子は雛子の出産を手伝いながら穏やかに声をかけた。「大丈夫よ。彼は味方だから安心して」峻介は優子の前に立つと、彼女に背を向けて声を抑えた。「優子ちゃん、ちゃんと理由を聞かせてもらうぞ」優子は淡々と答えた。「ごめんなさい、今はまだ話せない。でも裕也に近づかなきゃならない理由があるの」峻介はその背中に怒りをにじませていた。「君、正気か？あいつがどんな人間か知ってるのか？」「知ってる。彼は冷酷非道で血に飢えた狂人よ。でも彼の持っている指輪を手に入れる必要があるの」峻介は眉をひそめた。彼もその指輪のことを理解しているら