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第10話

健は一瞬呆然とし、思わず口を開いた。「でも、君が花屋に行くたびに買うのはいつもこの花だったじゃないか」

友梨は目をそらした。彼はもう忘れているだろう。彼が彼女に告白した日に贈ったのは、ジュリエットローズだったことを。

だが、それも重要なことではなかった。彼は彼女を裏切れるのだから、こんな些細なことを忘れてしまうのも当然だ。

「それは昔のこと」

友梨は彼を無視して直接寝室に戻った。健の視線がずっと自分に向けられているのを感じていたが、彼女はもう彼の言葉に失望したり悲しんだりすることを気にしなくなっていた。

着替えを済ませて下の階に降りると、家政婦がすでに夕食をテーブルに運んでいた。

「坊ちゃん、奥様、夕食の準備ができました」

友梨はうなずき、直接テーブルに行って椅子に座り、食事を始めた。健には一瞥もくれなかった。

彼は眉をひそめたが、何も言わずに黙って彼女の向かいに座った。

二人の間の雰囲気が変だと気づいた伊藤は、喧嘩したのだろうと察した。

彼女はリビングのテーブルの上の花を抱き上げ、笑顔で友梨に向かって言った。「奥様、この花は前と同じように、部屋に飾っておきますか?」

「もういらないよ、捨てればいい」

以前二人も喧嘩することがあったが、友梨がこれほど冷淡になったことはなかった。

一瞬、伊藤は戸惑い、思わず健の方を見た。

健は顔を上げず、少し冷淡な口調で言った。「彼女の言う通りにして、捨てて」

伊藤は少し後悔し、自分が余計なことを言ってしまったと気づくと、急いで花を置き、足早にキッチンへと戻った。

少し迷った後、彼女はやはり健の母親にメッセージを送った。

なぜなら、今回の二人の喧嘩は、これまでのどの喧嘩とも違う気がしてならなかった。

夕食を食べ終わった後、友梨は食具を置いてそのまま寝室に戻った。

ドアを閉めようとしたとき、誰かがドアを押さえた。

「友梨、君はこれからもずっと僕にこんなに冷たくするつもりなの?僕たちは一生を共にするんだから、殴ったり罵ったりする方が、冷たく無視されるよりもいい」

友梨を見上げると、健が無力そうに自分を見つめているのが目に入った。それは以前の喧嘩の後に彼が自分をなだめようとしていた時と変わらなかった。しかし、友梨は何も反応しなかった。

彼はいつも浮気のことを軽くしようとして、彼女の優しさを利用して彼女に許してもらおうとする。

しかし、二人は一緒に八年過ごしてきたため、彼女は彼をよく知っている。今回彼を許してしまったら、これから待っているのは彼の無数の裏切りだろう。

結局、一度自分のラインを捨ててしまうと、得られるのは罪悪感ではなく、ますます深い傷だけだ。

「もし私が浮気をしたら、あなたはこんなに短い時間で心を落ち着けて、許してくれるの?」

健がドアノブを握る手に青筋が浮かび、目には凶暴さと殺意が溢れていた。

もし健が、友梨が他の男と寝ている場面を見たら、きっとその男を殺さずにはいられないだろう!

彼の突然冷たくなった表情を見て、友梨は少し可笑しく感じた。

「見てごらん、自分でもできないことを他人に強要しないで」

健は友梨を見下ろし、一言一句ずつ言った。「友梨、君がこのことをゆっくり受け入れる時間をあげるけど、僕は一生君を手放すことは絶対にないと理解してほしい」

彼はよくわかっていた。友梨が仕事を探しに行くのは、自分から離れようとしているからだということを。

しかし、彼はすぐに彼女に理解させるだろう、彼女がしたことには全く意味がないと。

彼の瞳に満ちた独占欲と偏執に、友梨は思わず震え、背中に冷たいものを感じた。

彼女はよく知っている。健は、見た目は上品で優しいが、実際は一度狂い出すと誰も止められない。

もし彼女が離婚を強く望むなら、彼らの関係は……恐らく良い結末を迎えることはないだろう。

彼女の目に恐怖が浮かんでいるのを見て、健は彼女を怖がらせたことに気づき、少し優しくなった。

「怖がらないで、僕のそばに大人しくしていれば、傷つけたりしないよ」

健は手を伸ばして彼女の頬の横の髪を耳の後ろに整えようとしたが、友梨は思わず一歩後退し、彼の手は止まってしまった。

すると、数秒間、雰囲気が張り詰め、健は何事もなかったかのように手を引っ込めた。

「明日出張に行くから、半月ほど留守にするね。帰ったら寝室に戻るつもりだから、心の準備をしておいてね。早く休んでね」

友梨はドアを閉め、背中には薄い汗が滲んでいた。

彼女は健の言葉の意味をよくわかっていた。彼は彼女に、出張から戻ったら彼の浮気を受け入れ、許すまでの期間はたったの半月しかないと言っているのだ。

どうやら、引っ越しは早い方がいいようだ。

「ピンポン!」

スマホが突然鳴り、成園製薬からのメッセージが届いた。

彼女は採用されたが、給料は予想より少し低かった。

しかし今は選ぶ余地がないので、メッセージに返信して来週の月曜日に入社できることを確認した後、友梨はすぐに仲介業者に連絡した。

翌日、友梨は大家と契約を結んだ。期間は一年で、三ヶ月ごとに支払うことになっており、大家が管理費を負担するが、水道光熱費は含まれていない。

家賃を支払った後、友梨の口座には数万円しか残っていなかった。

彼女は急いで帰らず、下のスーパーでほうきやモップなどの清掃用具を買い、部屋を隅々まできれいに掃除した。

掃除が終わると、すでに昼近くなっていた。友梨は疲れ果ててほとんど腰が曲がりそうだったが、見違えるほどきれいになった部屋を見て、心の中には達成感が満ちていた。

その後数日、友梨は別荘で物を整理し、土曜日にはさくらが手伝いに来てくれた。

友梨がスーツケースを引きずっているのを見て、伊藤は戸惑ったような顔をした。

「奥さん……あなた、旅行に行かれるのですか?」

友梨は首を振りながら、笑顔で言った。「引越しの準備をしている。伊藤、この数年、いろいろとお世話になった」

伊藤は彼女の言葉を聞いて顔色が変わった。以前から友梨と健の間に何か問題があると感じていたからだ。というのも、以前は二人が家にいるといつも一緒に過ごしていたが、最近はほとんど会話がなかったからだ。

しかも、健が出張中のこの数日間、友梨は彼に一度も電話をかけず、何の関心も示さなかった。

以前健が出張していた時、彼女は毎晩リビングで1時間以上も彼に電話をかけていた。

「奥さん……あなたと坊ちゃんは、喧嘩でもしたのですか?」

友梨は無意識にスーツケースのハンドルを握りしめ、数秒後に優しく言った。「違うよ、仕事を見つけたから、外に住んでいる方が近いんだ」

言い終わると、彼女は伊藤に軽くうなずき、振り返ることなく立ち去った。

彼女の後ろ姿を見つめながら、伊藤の心の中の不安はますます強くなり、健に電話をかけた。

「坊ちゃん、奥様が先ほどスーツケースを引いて出て行かれました!」

伊藤から電話がかかってきたとき、健はちょうど会議が終わり、取引先をエレベーターに送ったところだった。

電話の向こうから伝わってきた言葉に、彼の笑顔は凍りつき、元々の良い気分は一瞬で消え去り、表情も非常に暗くなった。

まさか彼女が本当に成長して、彼が家にいない間に家出するなんて!

「わかった」

電話を切って、健は友梨に電話をかけた。

画面上の番号を見つめながら、友梨の目には少しの驚きもなかった。

彼女は、別荘を出たらすぐに健がそのことを知るだろうと分かっていた。

唇を噛みしめながら、指先がスマホのスクリーンを滑らせた。

電話がつながると、健の怒りを含んだ声が聞こえてきた。

「友梨、引越しは反対だ。今すぐ家に戻って!」

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