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第005話

涼介は眉をひそめ、あかりを外に送り出しながら言った。「白石、あかりを連れてデザートを食べに行ってくれ」

ドアを閉めると、彼は浴室に向かって歩き出した。

たとえあかりが自分で使用人を選んだと言っても、あかりはまだ子供であり、大人ほど人を見極めることはできない。

涼介は不安を感じ、別荘に戻って確認することにしたのだった。

浴室では、紗月が洗面台を片付け終わり、振り向くとタオル掛けには白いタオルしかかかっていないことに気づいた。ストレージキャビネットを開け、ピンク色のタオルを取り出して掛け直した。

あかりはピンク色が好きだったから。

浴室は蒸気で満たされ、紗月の細い体が慣れた手つきで仕事をこなしていた。

その姿、その動きは、涼介に一瞬、夢を見ているかのような錯覚を起こさせた。

「紗月......」

その名前が彼の口から自然に漏れた。

紗月の体がビクッと震えた。

彼女はしばらくしてから振り返り、微笑みを浮かべて涼介を見て、「佐藤さん、こんにちは」

見知らぬ顔と見知らぬ声が、涼介の思考を現実に引き戻した。

「お前か?」

昨晩、ショッピングモールで会ったあの女性だ。

紗月は淡々と微笑み、「こんにちは、紗月です」

涼介は眉を深く寄せ、疑念の目で紗月の顔を見つめた。「何だって?」

「紗月です」

「紗月だと?」

彼の目が鋭くなった。

次の瞬間、涼介は紗月の首を掴み、冷たい浴室の壁に彼女を押し付けた。「まさかお前、本当に桜井紗月って言うつもりじゃないだろうな?」

彼は冷酷な目で彼女を睨みつけ、声には敵意がにじんでいた。「昨日、わざと俺にぶつかって話しかけてきて、今日は娘の世話をしに来たって?しかも俺の妻の名前を使って?

お前なんかにその名前を名乗る資格があると思っているのか?」

紗月は彼に首を絞められて、声が出なくなった。

彼女はもがきながらも、心の中で冷笑していた。

まだ紗月という名前を覚えているとは思ってもみなかった!

紗月は、彼が理恵と一緒になって、前妻である自分のことなどとうに忘れているものと思っていたのに!

「パパ!」

浴室のドアが開き、あかりが慌てて駆け込み、細い腕で涼介の脚にしがみついた。「離して!

おばさんが痛がってるよ!

もし彼女が傷ついたら、あかりはとっても悲しいんだよ!」

あかりの力は小さく弱いが、その声には心配と怒りが込められていた。

涼介は一瞬ためらい、そして紗月を放した。

新鮮な空気を取り戻した紗月は、力が抜けてその場に崩れ落ち、首を押さえながら咳き込んだ。

「大丈夫?」

あかりは彼女に駆け寄り、焦りながら紗月の胸を軽く叩いて、「苦しくない?」と心配そうに尋ねた。

「あかりが医者さんを呼んでくるね!」

彼女はそう言うと、顔を背けて涼介に不満そうな視線を送りながら、「医者を呼んでよ!」と叫んだ。

隣にいた執事の白石は冷や汗をかいていた。

涼介は桐島市で誰も逆らえない存在であり、佐藤家の長老たちでさえ、彼に対してそのように言う者はいなかった!

この小娘は、自分が娘であることを頼りに、使用人に対するように口調を社長に話しかけているなんて!

涼介は眉をわずかにひそめ、白石を一瞥して、「医者を呼べ」と指示した。

白石「......」

「大丈夫です」

紗月は深く息を吐き、立ち上がった。「こんなことで医者を呼ぶほど、デリケートではありませんわ」

そう言うと、彼女は涼介を一瞥し、「佐藤さん、名前は確かに紗月ですよ。更紗の紗、月の月です。

前の奥様と同じ名前であること、私も仕方がないのです。

昨日のショッピングモールの件は、確かにうっかりぶつかってしまいましたわ。

それに、ここに応募した理由は......」

彼女は涼介を見つめ、淡々と話し続けた。「ただ自分の得意な仕事をしたかっただけで、お姫様と縁があると感じたからで、特に他意はありません。

佐藤さんにはあまり考えすぎないでほしいですわ」

そう言うと、紗月は頭を下げ、優しく声をかけた。「さっき、下に降りてデザートを食べに行ったんじゃなかった?」

その話題になると、あかりの顔はすぐにしかめられた。「ここではデザートが甘すぎるの!あかりは嫌いなの!」

「クッキーを食べたい?」

「うん!」

「それなら作ってあげるわ」

「いいわね!」

あかりは紗月の小指をしっかりと握り、自慢げに彼女を引っ張っていった。

ドアのところに来た時、あかりは振り返り、涼介に真剣な眼差しを向けた。「パパ、もしまたおばさんに手を出したら......

家出して、警察に暴力的だって通報しちゃうからね!」

涼介は眉をひそめ、大小の二人が去っていった方向を見つめ、顔をしかめていた。

「この紗月の資料を取り出してくれ」

「はい!」

白石は恐る恐るうなずき、離れようとしたが、涼介に呼び止められた。

「さっきの僕の態度が......」

涼介は少し言葉を切り、「あかりに良くない印象を与えてしまっただろうか?」

突然現れた娘に対して、彼は驚きと戸惑いを感じていた。

驚きは、桜井紗月が死んでいなくて、娘もできたこと。

戸惑いは......

どうやって小娘と接していいのか全くわからないことだった。

さっき、その女性の正体を把握することに集中してしまい、あかりに良い印象を与えるのを忘れていた。

「確かに、ちょっと......」

白石は額の汗を拭いながら言った。「あのメイドさんはお姫様が何度も選び抜いた人なんです。

見たところ、彼女は紗月さんをとても気に入っているようです......」

涼介の眉はさらに深くしわが寄った。

彼は苛立ちながら立ち上がり、階下へと降りて行った。

下階にある小さなダイニングで、ピンク色のプリンセスドレスを着たあかりが静かにキッチンの方を見つめていた。

「何を見ているの?」

「クッキーを見てるの」

あかりは唇を舐め、柔らかい声で言った。「おばさんが、クッキーはオーブンから取り出すのに半時間かかるって言ってたの」

紗月の名前が出ると、涼介は周りを見回しながら言った。「彼女はどこにいる?」

「誰のこと?」

あかりは首を傾げ、大きな潤んだ目で彼を見つめた。「おばさんのこと?」

その無邪気な姿に、涼介は思わず手を伸ばし、彼女の頭を優しく撫でた。「そうだ、彼女のことだよ」

「おばさんは......」

あかりは口をへの字に曲げ、鼻をすすりながら泣き出した。「帰っちゃったの!」

彼女が泣き出すと、涙がまるで止めどなく流れる水道のようにあふれ出た。「パパが彼女のことを嫌ってるって言ってた。彼女は仕事が必要だけど、誰かに疑われたり侮辱されたりしながら生きたくないって。

だから帰っちゃったの!うわああん!」

涼介の目がわずかに少し鋭くなった。

あの女......

本当にこんな風に帰ったのか?

彼は頭を下げ、黙ってあかりを見つめた。「彼女に戻ってきてほしいか?」

「うん!」

あかりは鼻をすすりながら言った。「でも、おばさんが言ってたのは、パパが彼女に謝って、誤解していたと言わない限り、彼女は戻ってこないった」

そう言うと、彼女は少し大人びた様子で唇を引き締めた。「あかりはおばさんが好きだけど、パパの立場がもっと大事だから」と言った。

「だから、パパ、今日のお昼は私にご飯を作ってね。私は使用人さんが作るご飯は好きじゃないの。好きな人が作るものだけを食べたいの。

今、この家では、パパだけが好きなの」

涼介は額に青筋が立つのを感じた。

自分があかりに料理をしてあげるのか?

「こんなにかっこよくて頭がいいんだから、料理なんて簡単でしょ?」

あかりは目をぱちぱちさせながら、真剣な表情で彼を見つめた。

涼介「......」

しばらくして、彼は袖をまくり上げ、キッチンに入っていった。

あかりは小さなテーブルに身を寄せ、スマホでキッチンで慌てている涼介の様子をこっそり撮影し、紗月に送信した。

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