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第004話

「そうです、佐藤さんの青湾別荘です」

電話の向こうから、男性の興奮した声が聞こえてきた。「お姫様がお風呂に入るためにお手伝いが必要で、何百もの履歴書の中から、彼女は一目であなたを選びました。早く来てください!」

そう言うと、男性は電話を切った。

紗月は眉をひそめ、目の前にいる透也を見上げた。「これがあなたが見つけた仕事なの?」

小さな透也は静かに頷き、紗月の手を取りながら言った。「ママが戻ってきた目的は知っているよ。涼介に近づくには、彼の会社よりも別荘の方がずっと簡単だろう?」

紗月はため息をつきながら、心の中でこの賢い息子には隠し事は通用しないことを再確認した。

彼女はしゃがんで、「あなたの言う通りね。でも......」

「大丈夫だよ、ママ!」透也は輝く目で彼女を見つめながら、「あのお姫様も、きっとお世話しやすいよ!」

紗月は苦笑し、顔を洗って軽く身支度を整えた。

「そうだ、あかりは?」

靴を履き替える時に彼女は尋ねた。

いつもなら、家に帰ってきた時に彼女の小さな娘が鳥のように駆け寄ってくるのに、今日はどうしていないのだろう?

「うん、アニメに夢中なんだよ!

心配しないで、あかりを見ているから、何も問題はないよ」

紗月はそれ以上何も言わず、背を向けて家を出た。

透也の言うことは正しかった。

青湾別荘で働けば、佐藤グループに行くよりも、確かに涼介に近づくチャンスがあった。

この機会を逃すわけにはいかない。

ただし......

お姫様とは誰なのだろう?

帰国前に涼介について多くの情報を調べたが、このお姫様に関する記録は一切なかった。

疑念を抱えたまま、紗月は使用人に連れられて青湾別荘に入った。

もう6年ぶりだった。

紗月はついにこの別荘に戻ってきた。

外庭に彼女が植えた木々はすでに立派に成長していた。

別荘の中はほとんど変わっていなかった。

かつて自ら手をかけて飾った花瓶や掛け軸も、すべてそのままの場所にあり、一片の埃もなかった。

この光景を目の当たりにして、紗月の心は複雑な感情に包まれた。

「お姫様、人が来ました!」

突然、背後から男の卑屈で無力な声が聞こえた。

紗月は反射的に振り返った。

そこには、ピンク色のプリンセスドレスを身にまとい、白いぬいぐるみのクマを抱えたあかりが微笑んで立っていた。

あかり!?

目の前の小さな女の子を見つめ、紗月は驚きで言葉を失った。

あかりはそっと指を唇に当て、「しーっ」

「このおばさんがいい」

あかりは小走りで近づいてきて、「こんにちは、おばさん。あかりって言います!」

紗月は眉をひそめ、声を低くして言った。「どうしてここにいるの?」

「ママ、後でちゃんと説明するから!」

白くて小さな手が紗月の小指を握り、「おばさん、一緒に上に行こう!ミルクバスに入りたいの!」

そう言うと、あかりは紗月を引っ張りながら、バタバタと階段を駆け上がっていった。

「お姫様をしっかりお世話してくれ!」

その背中を見送りながら、白石はようやく一息ついた。

このお姫様は彼女の父親よりも扱いが難しかった。朝から頑張って、ようやく気に入るメイドを見つけたのだ!

*

子供部屋のバスルームで、あかりは浴槽の中に横たわり、しょんぼりとした表情で唇を尖らせた。「ママ、そんなに怒らないで......

このパパ、結構いい人だよ......

何も嫌なことされてないよ」

紗月は頭を抱えるようにして軽くマッサージし、「ちょっと電話してくるね」と言って、浴室を出た。

あかりは小さな浴槽に身を沈め、寂しげに紗月の背中を見つめていた。

何か間違ったことをしたのかな?

どうしてママはこんなに悲しそうなの......

「透也」

バルコニーに立ちながら、桜井紗月は電話を握りしめ、歯を食いしばって相手の名前を呼んだ。「これがあなたが私に見つけた仕事?」

電話の向こうから聞こえてくる透也の声には少し怯えが混じっていた。「ママ、あかりに会ったの?」

「どうしてあかりを彼に会わせたの?」

これまで、長男が無口で、次男が聡明で、小さな娘が可愛らしいことしか知らなかった。しかし、透也が彼女に黙ってあかりを涼介に会わせたとは、思いもしなかった!

「これはいつか必ず起こることだったんだよ」

透也はため息をつき、「ママが怒るだろうと思ったから、言えなかったんだ。

でも、あかりと涼介は本当にそっくりなんだよ。

たとえ私たちが何も言わなくても、桐島市で暮らしていれば、いつかは彼の目にあかりが入るし、そうなればすぐにわかってしまうよ」

紗月は電話を握りしめたまま、思わず力を込めた。

認めたくはないが、確かにあかりは涼介とよく似ていた。

特にあかりの眉と目元が......

紗月が沈黙していると、透也はすかさず言葉を続けた。「どうせいずれバレるなら、こっちから動いた方がいいよ。

少なくとも、今あかりが出てきたことで、涼介はママがまだ生きていることを知るだろうし。

それに、あかりが彼のそばにいれば、あの女との結婚を阻止できるかもしれない」

紗月は目を閉じた。「でも、もし涼介があかりを返してくれなかったら、どうするの?

あなたたちは、一生懸命育ててきた大切な子供たちよ。私は......」

「ママ、大丈夫だよ」

電話の向こうで、まだ6歳の小さな息子が指を天に向けて誓うように言った。「もしママがあかりを戻してほしいなら、必ずあかりを連れて帰るから!」

紗月は苦笑し、電話を切った。

透也はまだ子供で、涼介という男がどんな人間かわかっていなかった。

彼はかつて、理恵との関係のために、毎日一緒に寝ている彼女を死の淵に追いやった人物だった。

もし彼があかりを返してくれなかったら......

彼女はこれ以上考えることを恐れた。

ここまできて、自分の正体を明かすこともできず、あかりを連れて行くこともできなかった。

まだやるべきことがたくさんあるから、一歩ずつ進んでいくしかなかった。

ため息をついて、バスルームに戻った。

バスルームでは、涼介の前ではとても気品のある小さなお姫様が、すでに自分でお風呂から上がり、体を拭いて、小さなパンツをはいながら、服を着ているところだった。

まだ6歳になったばかりなのに、その分別のある態度が、彼女の心を切なくさせた。

紗月が入ってくると、あかりは顔を上げ、不安げな目で彼女を見つめ、小さな声で言った。「ママ、あかりに怒ってないよね?

透也が......あかりがママをたくさん助けるって言ってたから......」

娘の目に浮かんだ涙を見て、紗月の心は溶けそうになり、あかりを責めることなんてできなかった。

彼女はあかりの服を着せてから抱きしめ、「ママは怒ってないよ。

いい子にしててね。

他の人の前ではママって呼んじゃダメよ。何かあったらまずママに話すの、わかった?」

「うん!」

あかりは小さな腕を伸ばして紗月の肩を抱きしめ、「あかりはずっとママの娘だよ。

あかりは絶対に忘れないから」

紗月は娘を抱きしめ、涙がこぼれないように必死にこらえた。

「あかり」

どれだけ時間が経ったのか、外から低くて落ち着いた男の声が響いた。「パパだよ。お風呂から出たかい?」

あかりは顔を上げ、紗月の顔を見つめた。

彼女はうなずき、あかりをそっと放した。

「もう出たよ!」

小さな姫は深呼吸をして、ゆっくりとバスルームから出て行き、ドアを開けた。

紗月はそのままバスルームに残り、浴槽の水を抜いて整理を続けた。

ドアが開いた。

高身長の男が入ってきて、あかりを抱き上げた。

あかりが彼の広くて温かい胸に身を寄せると、ほとんど聞こえないほどのため息をついた。

これがパパに抱かれる感覚なんだね?

大きな兄ちゃんと次の兄ちゃんにもこの感覚を味わわせてあげたいな......

パパがいるのも、意外と悪くないかも!

「白石が言ってたけど、自分で使用人さんを選んだんだって?」

涼介は眉をひそめ、低い声で尋ねた。

「うん」

あかりはうなずき、バスルームの方を指さした。「小さなおばさんがまだ中にいるよ。すごく素敵な人だよ!

パパ、これから彼女とうまくやっていってね!」

洗面台を拭いていた紗月は眉をひそめた。

そこはかとなく......

あかりは彼女を涼介とくっつけようとしているような気がする......

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