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第56話

翌朝。

初春の清らかな風景、太陽はまだ顔を出していなかった。霧が漂う薄明かりの中に、少しばかりの冷たさが感じられた。

渡辺玲奈は、外の物音で目を覚ました。

彼女は薄い上着を羽織り、部屋を出た。

その時、二階では数人の使用人たちが大きな荷物を運びながら階下へと向かっていた。

一階のホールでは、小林彩花と田中奏がパジャマ姿のまま、慌てて三男夫婦を説得していた。

「三弟、どうして急に引っ越そうとしてるの?」

「両親はみんなが一緒にいるのが好きなんだ。だから家に住み続けたらいいのに?」

渡辺玲奈は欄干に寄りかかりながら下を見下ろし、何が起きているのかおぼろげに理解した。

好奇心が強い義姉もすぐにリビングに駆けつけた。

義姉の井上美香は、遠慮なくこの状況を指摘した。「三弟、渡辺玲奈が昨日戻ってきたばかりなのに、もう出て行こうとしてるの?彼女が嫌いなんだろうけど、家族なんだから、そんなに極端なことをしなくてもいいじゃない」

この言葉に、三男夫婦ももう取り繕う気がなくなった。

三男の妻は不満そうに言った。「義姉さんは一番偉そうだから、どんな人とも一緒に住めるのね。私とは違うわ。私の家は知識のある家庭で、父は大学の教授で、母は音楽家ですから。私は幼い頃から高い教育を受けてきたし、こんなふしだらな人とは一緒にいられない」

さらに三男の妻は続けた。「私の夫はソフトウェア会社の社長で、私は社長夫人だよ。私たち夫婦はそんな人と一緒に暮らすなんて、どうしても我慢できないの」

三男の妻はそう言い切り、傲慢に高いヒールを踏み鳴らし、田中家の玄関を胸を張って出て行った。

三男も妻に従って両親に別れを告げると、しょんぼりと家を出て行った。

渡辺玲奈は顔を曇らせ、無意識に拳を握りしめ、言いようのない苦しさと悔しさを感じた。

「ふしだらな人とは一緒にいられない?」

その言葉が彼女の心を深く突き刺した。

小林彩花は三男が家を出て行ったのを見て、下を向きながらそっと涙を拭い、すすり泣きながら言った。

「一郎は公務が忙しくて、年中ほとんど帰ってこない。四男は家出してから五年も経って、生きているのかどうかもわからない。今、三男と三男の嫁まで引っ越すなんて、この家は……うう、ばらばらになってしまう……」

田中奏は彼女を支え、低い声で慰めた。「母さん、泣かないで。どうしよう
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