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第54話

田中一郎は姿勢を変え、横向きに渡辺玲奈の方を向いた。

真っ暗で何も見えなかった中、彼の声は低く心地よく響き、まるで深夜のラジオDJのようで、息遣いさえも魅惑的だった。「祖母の願いのために、好きでもない君と結婚するのは、君に対して無礼で無責任な行動だ」

自己反省ができ、責任感があり、女性を尊重する男性なんて、この世の中ではなかなか見かけなかった。ましてや、彼のような権力と財力を持つ男ならなおさら少なかった。

渡辺玲奈も思わず身を翻し、横向きに彼と向き合い、手を頬の下に置き、柔らかい声で尋ねた。「田中一郎、きっと多くの女性があなたが好きになるでしょうね?」

「分からない。誰も僕に告白してきたことはない」彼は淡々と答えた。「君はどう?好きな人がいるのか?」

「いるわ」渡辺玲奈はきっぱりと言い切った。彼に一度告白したいと何度も思ったことがあった。

けれど、彼女にはその勇気がなかった。

彼はいつも冷たく、無表情で威圧的で、彼のそばに一歩でも近づくと、女の子は足がすくんでしまうほどだった。

誰が彼に告白できるというのだろう?

田中一郎は数秒間考え込んでから、さらに尋ねた。「その人と両想いなのか?」

渡辺玲奈は「違うわ。彼には好きな人がいるの。私たちが一緒になることなんて一生ありえない」と言った。

田中一郎は結論を出した。「だから、君は僕と結婚したいの?」

渡辺玲奈は苦笑しながら、二人の間の雰囲気が少し和んで、少しリラックスした様子で言った。「あなたの考えって、本当に面白いわね」

「渡辺玲奈、結婚は遊びじゃない。僕たち、もう少し試してみないか?」田中一郎は軽い調子で言った。

その言葉を聞いて、渡辺玲奈は完全に呆然として、血が沸騰して、心臓が爆発しそうなほど激しく鼓動した。

彼女は自分が幻聴を聞いたのかと思った。

彼女の声は緊張で震えていた。「あなた……なんて言ったの?」

田中一郎は相変わらず冷静だった。「祖母は僕たちが離婚することを望んでいない。だから、もう少し一緒に過ごしてみて、それでも合わなければその時に別れよう」

「あなた……私の過去や身元を気にしないの?」渡辺玲奈は興奮しすぎて、言葉が上手く出なかった。

田中一郎は「誰だって振り返りたくない過去の一つや二つはあるさ。人は成長するものだと思う。今の君は悪くないと思うし、特に問題があるとは
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