第65話

　歌は歩美に向かって目配せをした。

歩美は意味を理解し、すぐに日向桃を連れて隅へ行った。

雅彦が来たことを知り、桃はほっと一息ついた。

しかし、彼が来ないと思っていたから、その姿を見て驚いていた。彼は実際には彼女の頼みを受け入れていなかったのだから。

歩美が桃を外に連れ出し、誰にも聞かれないことを確認してから、口を開いた。「桃、あなたも分かっているでしょう。あなたが雅彦と結婚できたのは、歌が嫌がったからこそ、あなたにチャンスが回って来たのよ。彼が目を覚ました今、あなたも分をわきまえて身を引くべきよ。」

桃は日向家の人々の考え方には慣れていたが、その厚かましさには言葉を失う。「初めは彼女が結婚を拒否したので、私が雅彦を奪ったわけじゃないです。ちゃんと理解してほしいです。」

「それがどうしたの？あなたが彼女よりも雅彦にふさわしいとでも？彼の地位を考えたら、あなたと釣り合うと思う？」

桃は何か言い返そうとしたが、ふとお腹の中の小さな命を思い浮かべた。確かに、歌が雅彦と結婚する資格があるかどうかは別として、彼女と彼は永遠に無理なのだ。

桃が返事をせず、ただ頭を下げて黙っていると、歩美は彼女が聞き入れたと思って、満足げに頷いた。そして、事前に用意していた小切手を取り出した。「今身を引いたら、このお金はあなたのもの。歌が成功して彼と結婚したら、さらにお金をあげる。どうするかは、あなた次第よ。」

桃はその小切手を長い間見つめた。以前なら、すぐにそのお金を受け取り、喜んで歌に菊池夫人の座を譲っていただろう。

しかし今、何故か躊躇していた。

それでも、最後には理性が心の中の異常な感情を打ち負かした。桃は小切手を受け取った。「いいです、あなたの言う通りにします。」

桃が言い終わると、直接キッチンへ行き、外に出て雅彦と歌のやり取りを邪魔するつもりはなかった。

しかし、彼女は厨房の準備された食材を見ても、集中することができなかった。

......

雅彦はソファに座り、日向家の人々が彼を中心に囲んでいた。

彼は眉をひそめていた。桃が彼を呼んだのに、彼女はどこへ消えたのか？

歌は雅彦の隣に座り、彼から漂うさわやかな心地よいコロン香水の香りを感じつつ、少し開いたシャツから覗く魅力的な胸元に目を奪われた。

歌の顔が熱くなり、わずかに赤みを帯びた。「雅彦兄さん、