第70話

　 雅彦が黒い瞳で桃を見つめ、「何か言いたいことがあるのか？離婚したくないのか？」と問うた。

桃はすぐに首を振った。「違います。もし本当にそうなら、はっきりと言ってください。すぐに離婚協議書にサインしますし、あなたを困らせません。」

彼女はそう言った後、思い出したように付け加えた。「それと、離婚後にあなたがくれると言ったお金の件です。」

「もっとお金を欲しいのか？」と雅彦は目を細め、少し嘲笑を込めた声で言った。

この女性は金にがめつい本性は変わらないようだ。

「違います。」桃は少し困惑しながら、彼女は自分がどれほど金に執着していると雅彦に思われているのかと自問した。

彼女は確かにお金が必要だが、金のために良心を犠牲にするほどではない。

「この間、雅彦様が私を色々と助けてくれましたし、今回は命まで救ってくれました。ですから、私はあなたの補償を受け取るつもりはありません。何も持たずに出て行きます。」

桃は一言一句、非常に真剣に語った。

この間、日向家から集めたお金で母の治療費には充分だった。

だから、雅彦の補償は受け取るつもりがない。彼女もこの契約結婚で何度か違反したし、この男は何度も彼女を救ってくれた。彼に借りを作って去るのは望まない。

彼女はこの街をきれいに出て、完全に平和な生活を送りたい。

雅彦は元々の嘲笑の笑みが徐々に消え、「本気か？」と尋ねた。

「もちろんです。」桃は淡々としかし確固たる声で答えた。

彼女の冷静さに雅彦は信じられず、かつて金銭を求めて必死だった女性が、こんなにもあっさりと放棄するとは。

これは一体何の芝居だろうか？

「わかった。今すぐ弁護士を呼んで、離婚協議書を作成しよう。」と菊池雅彦は一瞬驚いた後、菊池グループのトップ弁護士に電話をかけた。

彼は桃が本気で言っているのか、それとも演技をしているのかを見極めたいと思った。

しばらくすると、離婚協議書が持ってこられた。

桃はそれを受け取り、真剣に読み進めた。弁護士が作成した契約は非常に厳格で、彼女が菊池家から何も持ち出せないようにされていた。完全なる身一つで出て行くことだった。

桃は少し放心した。菊池家で過ごした日々は恐怖でいっぱいだったが、実は菊池様は彼女にとても良くしてくれ、家の使用人も彼女をよく世話してくれた。

そして……その性格の悪いと思っていた雅彦も、実は