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第9話

再び隼人から電話がかかってきたのは、一年後のことだった。

電話で隼人は潤った声で話していた。

「母さん、親父はもうダメかも。最後に、もう一度母さんに会いたいそうだ」

和樹が病気だったことはよく知らなかった。

ただ、楢崎が財産の大半を持ち去って、老後の生活がなんとなく出来るくらいの金しか残してくれなかったことなら、耳にしていた。

会いにいかいつもりだった。自分を二十年も裏切った男に会うなんて、考えてだけで癪に障る。

けど、電話の向こうの隼人が泣き止まなかったのだ。多分、和樹の死後何をどうするのかわからないだろう。

楢崎と離婚した和樹は、あまり良いとは言えない暮らしをしていたのは聞いたことはあったが、本気で彼を見た時、私は確かに彼のだらしいない様子で驚きを覚えたのだ。

ひどく痩せていた彼は、ガリガリな体でベッドに丸まった。背中には褥瘡だらけだったから、彼は横向きに寝転んでいた。

けど、この姿勢だと、骨が当てえられて痛くなるそうで、彼は呻き声をこぼすことで痛みを解した。

私はを見た瞬間、和樹の濁っていた眼は一瞬だけ光った。そして、彼は苦痛のあまりに泣き出した。

「あなたに申し訳ないことをしたのだ。僕はずっと自分が洒落た生活が出来たのは、自分一人の動力のお陰だと思い違いをしたいたのだ」

「病気にならない限り、自分の苦しみは人には分からないという言葉の意味を知ることは出来なかったのだ」

「楢崎理央は人でなしだ。なんと長年僕を騙し続けてきたのだ」

「僕は今の自分をピエロのように思う。僕は二十年もあの女に弄んできたのだ」

「今の僕はようやく分かったの。この世界で一番僕のことを表くれるのは、文郁、あたなしかないってことを。けど、もう遅い」

「私は自ら一度手に入れた幸せを壊したのだ」

「名誉も、金も、家も無くした......」

「僕と楢崎理央がああいう関係だったのを知った時、文郁、あなたは悲しかっただろう。僕のこと憎いと思うか......」

彼の苦しんでいた様子を見て、私は些か不憫に思った。彼に私の顔を見られないように、そっぽ向いた私は冷たく返事した。

「そうは当然だ」

「私は文句の一つも溢さずに三十五年間、あたなの世話をしてきた」

「やっとのことで、六十歳の誕生会でちょっとだけでも羽を伸ばして天に登れたような気分になれると思えば、あっとい
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