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第10話

柏原和樹の視点

文郁は目もくれずに、振り向かずに行ったのだ。

彼女はもう戻らないことを、僕はちゃんと分かった。

全部僕が悪にのだ。僕は理央に心を捕われたから、文郁の辛抱や捧げを疎かにしたのだ。

昔、僕は文郁のことを学問のなく、いいようにされても平気な存在だと思っていた。

だから、本心で彼女を尊重したことは一度もなかった。

彼女が嫁にきた時、彼女の出身の村人全員が、運の良いことだと彼女を褒めた。運がいいから、都会で生まれ育たられた大学生の僕と結婚できたのだ。

あの時、理央が急なことに結婚していなかったら、何がどうなっても文郁は決して、僕と結婚するなんていい話に恵まれることはなかった。

僕がいなければ、彼女が都会のマンションに住めたはずがなかった。

あの頃の暮らしは些か貧困だったが、彼女は一躍で都会の住人となり変わった。

その後、僕は頑張って大学に教授になった。彼女もそのお陰で、教授夫人となった。

彼女のことを買い被らない人なんていなかった。

そもそも、彼女は僕が理央と結婚できなかったから、嫁に来たことが出来たのだ。宝くじに当たったようなもので、結婚して僕の性格悪さに当たられても、過酷に要求されても当然のことだろう。

もう何年も耐えてきたというのに、どうして老婆になった今更、我慢し続けなかったの?

文郁の六十歳の誕生会も、はなから本心で開いたあげたものではなかった。自分が僕の新たな妻になることを披露し、みんなの前で文郁に離婚を告げて欲しいと理央に言われたから、誕生会をやってあげたのよ。

僕の想像では、彼女はきっと今まで通り弱虫でいてくれて、離婚することに頷き、財産を何も持たずに家を出てくれる。そしたら、私は理央と寄りを戻せる。けど、彼女が大暴れするのは予想外だった。

六十歳の老婆が、なんと屋上に登って自殺しようとした。

彼女がいつその手紙を探し出せたのか、僕は全く見当もつかなかった。ましてや、あんな派手な形でマスコミに投げたこと。

昔の僕だったら、きっとやり返したが、世論に息ができなくなるまで追い詰めていた。大学のほうからも停職処分をもらい、自ら進んで退職届を出すと言われた。

仕方なく私はプライドを捨て彼女に電話をした。彼女と話をして、ちゃんと自分の立場を弁えろと言ってやらないといけなかった。

けど、まさかのことに、彼女のほうから
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